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源氏物語 第41帖 幻(13)

手紙を焼く

登場人物:光源氏・紫の上

今年をこうして耐え過ごしたので、源氏は今はいよいよ世を去るべき時が近いと心づもりをするにつけても、しみじみとした思いは尽きない。少しずつしかるべきことを心の中で考え続けて、仕える人々にもそれぞれの身分に応じて物を与えなどして、大げさに今が最後とはしないが、近く仕える人々は、出家の本意を遂げる様子と拝見するにつれ、年の暮れてゆくのも心細く悲しいことは限りない。後に残って見苦しいはずの女君たちの手紙を、破り捨てるには惜しいと思ったのか、少しずつ残していたのを、何かのついでに見つけて破らせなどするうちに、須磨の頃に方々から届いた手紙もある中に、紫の上の筆跡のものは特に束ねてあった。自分でしておいたことだが、ずいぶん昔のことと思うのに、たった今書いたような墨の色など、本当に千年の形見にもできそうなのを、出家すれば見ることもなくなるのだと思うと、かいもないので、親しい女房二、三人ばかりに御前で破らせる。それほどでもない間柄の人の筆跡でも、亡き人のものと思えば哀れなのに、まして源氏はいっそう目の前が暗くなり、それとも見分けられないほど落ちる涙が筆の跡に流れ添う。女房たちもあまりに心弱いと見るだろうと気恥ずかしいので、押しやって、死出の山を越えてしまった人を慕うとて、筆の跡を見ながらもなお惑うことだと詠む。仕える人々もまともには広げられないが、紫の上の手紙とほのかに分かるので、心の乱れはひとかたならない。同じこの世にいながら遠くない須磨での別れの時を、つらいと思うままに書いた言葉は、本当にその折よりもこらえきれない悲しさで晴らしようもない。これ以上の心乱れも女々しく体裁が悪いので、よくも見ずに、紫の上がこまやかに書いた手紙の傍らに、かき集めて見てもかいのない藻塩草のような手紙よ、亡き人と同じ空の煙となれと書きつけて、皆焼かせてしまう。

年の暮れの二条院で、源氏が紫の上の手紙の束を前に涙を流し、女房たちが火鉢で手紙を焼いている場面(AI生成)
年の暮れの二条院で、源氏が紫の上の手紙の束を前に涙を流し、女房たちが火鉢で手紙を焼いている場面
  1. 1今こ今ここ年とし年としとしをををばばばかくかくかくててて忍しの忍しのしのびびび過す過すすぐしぐしぐしつれつれつればばば、、、今いま今いまいまはははととと世よ世よよををを去さ去ささりりり給たま給たまたまふふうべきべきべきほどほどほど近ちか近ちかちかくくくおぼしおぼしおぼしまうくるまうくるもうくるににに哀あはれ哀あはれあわれなるなるなることことことつきせつきせつきせずずず。。。やうやうやうやうようようさるべきさるべきさるべきことことことゞゞどももも御心みこころ御心みこころみこころのののうちうちうちにににおぼしおぼしおぼしつゞけつゞけつづけててて侍さぶら侍さぶらさぶらふふう人々ひとびと人々ひとびとひとびとにににもももほどほどほどほどほどほどにににつけつけつけてててものものものたまひたまひたまいなどなどなど、、、おどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしく今いま今いまいまなむなむなん限かぎり限かぎりかぎりりりりとととしししなしなしなし給たま給たまたまははわねねねどどど、、、近ちか近ちかちこううう侍さぶら侍さぶらさぶらふふう人々ひとびと人々ひとびとひとびとははは御おん御おんおんほほほ意い意いい遂と遂ととげげげ給たま給たまたまふふうべきべきべき氣色けしき氣色けしきけしきととと見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるまゝまゝままににに、、、年とし年としとしののの暮く暮くくれれれゆくゆくゆくももも心こころ心こころこころぼそうぼそうぼそう悲かな悲かなかなしきしきしきことことことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。落お落おおちちちとまりとまりとまりてててかたはかたはかたわなるなるなるべきべきべき人ひと人ひとひとののの御おん御おんおん文ふみ文ふみふみどもどもどもやれやれやればばばをしをしをしとととおぼさおぼさおぼされれれけるけるけるにににややや、、、少すこ少すこすこしししづゝづゝずつのこしのこしのこし給たま給たまたまひひいけるけるけるををを、、、物もの物ものもののののついでついでついでににに御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじつけつけつけてててやらやらやらせせせ給たま給たまたまひひいなどなどなどするするするににに、、、かのかのかの須す須すす磨ま磨ままのののよろほひよろほひよろおい所ところ所ところところ々どころ々どころどころよりよりより奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまひひいけるけるけるもももあるあるある中なか中なかなかににに、、、かのかのかの御おん御おんおん手て手ててなるなるなるははは殊こと殊ことことにににゆひゆひゆいあはせあはせあわせてててぞぞぞありありありけるけるける。。。みづからみづからみずからしししおきおきおき給たま給たまたまひひいけるけるけることことことなれなれなれどどど久ひさ久ひさひさしうしうしゅうなりなりなりにににけるけるける世よ世よよのののことことことゝゝとおぼすおぼすおぼすににに、、、只たゞ只たゞただ今いま今いまいまのののやうやうようなるなるなる墨すみ墨すみすみつきつきつきなどなどなど實げ實げげににに千ち千ちちとせとせとせのののかたみかたみかたみにににまつまつまつべかりべかりべかりけるけるけるををを見み見みみずずずなりなりなりぬぬぬべきべきべきよよよとととおぼせおぼせおぼせばばば、、、かひかひかいなくなくなくててて踈うと踈うとうとからからからぬぬぬ人々ひとびと人々ひとびとひとびと二ふた二ふたふた三り三りり人みたり人みたりみたりばかりばかりばかり御お御おお前まへ前まへまえにてにてにてやらやらやらせせせ給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2いといといとかゝらかゝらかからぬぬぬほどほどほどのののことことことにてにてにてだにだにだに過す過すすぎぎぎにににししし人ひと人ひとひとののの跡あと跡あとあとととと見み見みみるるるははは哀あはれ哀あはれあわれなるなるなるををを、、、ましてましてましていとゞいとゞいとどかきかきかきくらしくらしくらし、、、それそれそれとととももも見み見みみわかわかわかれれれぬぬぬまでまでまで降ふ降ふふりりりおつるおつるおつる御おん御おんおん淚なみだ淚なみだなみだののの水みづ水みづみず莖くき莖くきくきににに流なが流ながながれれれそふそふそうををを人ひと人ひとひともももあまりあまりあまり心こころ心こころこころよわしよわしよわしととと見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべきべきべきががが、、、かたはらいたうかたはらいたうかたわらいとうはしたなけれはしたなけれはしたなければばばおしおしおしやりやりやり給たま給たまたまひひいててて、、、「「「しでしでしでののの山やま山やまやま越こ越ここえええにににししし人ひと人ひとひとをををしたふしたふしたうとてとてとて跡あと跡あとあとををを見み見みみつゝつゝつつもももなほなほなおまどふまどふまどうかなかなかな」」」。。。さぶらふさぶらふさぶらう人々ひとびと人々ひとびとひとびともももまほまほまほにににはははえええひろげひろげひろげねねねどどど、、、それそれそれとととほのぼのほのぼのほのぼの見み見みみゆるゆるゆるににに心こころ心こころこころ惑まど惑まどまどひひいどもどもどもおろかおろかおろかならならならずずず。。。このこのこの世よ世よよながらながらながら遠とほ遠とほとおからからからぬぬぬ御おん御おんおん別わかれ別わかれわかれのののほどほどほどをををいみじいみじいみじとととおぼしおぼしおぼしけるけるけるまゝまゝままにににかいかいかい給たま給たまたまへへえるるる言こと言ことことののの葉は葉はは、、、實げ實げげにににそのそのそのをりをりおりよりよりよりもももせきせきせきあへあへあえぬぬぬ悲かな悲かなかなしさしさしさやらやらやらむむんかたかたかたなしなしなし。。。いといといとうたてうたてうたて、、、今いま今いまいまひときはひときはひときわののの御心みこころ御心みこころみこころ惑まど惑まどまどひひいもももめゝしくめゝしくめめしく人ひと人ひとひとわろくわろくわろくなりなりなりぬぬぬべけれべけれべければばば、、、能よ能よよくくくももも見み見みみ給たま給たまたまははわでででこまやかこまやかこまやかににに書か書かかききき給たま給たまたまへへえるるるかたはらかたはらかたわらににに、、、「「「かきかきかきつめつめつめててて見み見みみるるるもももかひかひかいなしなしなしもしほもしほもしお草ぐさ草ぐさぐさおなじおなじおなじ雲くも雲くもくもゐゐいののの烟けぶり烟けぶりけぶりとととをををなれなれなれ」」」とととかきかきかきつけつけつけさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて皆みな皆みなみなやかやかやかせせせ給たま給たまたまひひいつつつ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

今年をこのように耐え過ごしたので、源氏は、今はもう世を去りなさるべき時が近いとご準備なさるにつけても、しみじみとしたことは尽きない。だんだんと、しかるべきことなどを心の中で考え続けなさって、お仕えする人々にも身分に応じて物をお与えになりなどして、大げさに今が最後とはなさらないけれど、近くお仕えする人々は、ご出家の本意をお遂げになるご様子と拝見するにつれて、年の暮れてゆくのも心細く、悲しいことは限りない。後に残って見苦しいはずの女君たちのお手紙などは、破ってしまうには惜しいとお思いになったのだろうか、少しずつお残しになっていたのを、何かのついでにお見つけになって、破らせなさりなどするうちに、あの須磨の頃に方々から差し上げなさった手紙もある中に、紫の上の御筆跡のものは、特に束ねてあった。ご自身でしておかれたことだけれど、ずいぶん昔のことになったとお思いになるのに、たった今書いたような墨の色などが、本当に千年の形見にもできそうだったのを、出家すれば見ることもなくなってしまうのだとお思いになると、かいもないので、親しい女房二、三人ばかりに、御前で破らせなさる。

それほどでもない間柄のことでさえ、亡くなった人の筆跡と見るのは哀れなものなのに、まして源氏はいっそう目の前が暗くなって、それとも見分けられないほど落ちる御涙が、筆の跡に流れ添うのを、女房たちもあまりに心弱いと拝見するにちがいないのが、気恥ずかしく体裁が悪いので、押しやりなさって、「死出の山を越えてしまった人を慕うとて、その筆の跡を見ながらも、なお心が惑うことだ」。お仕えする人々も、まともには広げられないけれど、紫の上のお手紙とほのかに分かるので、心の乱れはひとかたならない。同じこの世にいながら、遠くもなかった須磨でのお別れの時を、ひどくつらいとお思いになったままにお書きになった言葉は、本当にその折よりも、こらえきれない悲しさで晴らしようもない。たいそうひどく、これ以上のお心の乱れも女々しく体裁が悪くなりそうなので、よくもご覧にならずに、紫の上がこまやかにお書きになった手紙の傍らに、「かき集めて見てもかいのない藻塩草のような手紙よ、亡き人と同じ空の煙となれ」と書きつけさせなさって、皆焼かせておしまいになった。

意訳

年の暮れ、出家を決めた源氏は、身辺を整理し、女君たちの手紙を破らせる。須磨の頃の紫の上の手紙は特に束ねてあった。

源氏は紫の上の手紙を見て涙を流し、亡き人と同じ空の煙となれと書きつけて、すべて焼かせる。

語釈・文法注

文法

「ほ意」(御ほ意遂げ給ふべき氣色)
本意。かねてからの願い。ここでは出家。
「水莖」(御淚の水莖に流れそふ)
筆跡。
「しでの山」(しでの山越えにし人をしたふとて)
死出の山。死者が越えて行くという冥途の山。
「もしほ草」(かきつめて見るもかひなしもしほ草)
藻塩を焼くために掻き集める海藻。手紙(書き)の縁語。須磨の浦にちなむ。

解説

出家を前に、源氏は手紙を焼く。須磨の頃の紫の上の手紙は特に束ねて残してあった。「同じこの世にいながら」の別れの悲しみを綴った手紙は、死別した今読むと、いっそう悲しい。

「もしほ草」は須磨の浦の縁で、手紙を「かき」集めることにかける。「おなじ雲ゐの烟とをなれ」と、源氏は手紙を紫の上を火葬した煙と同じ空へ送る。この世への執着を断ち切る、源氏の最後の儀式である。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、836–837頁(コマ129)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日