源氏物語 第41帖 幻(12)
秋から五節へ
九月になって、九日、綿をかぶせた菊を見て、源氏は、一緒に起きて見た菊の朝露も、今年は一人の袂にかかる秋だと詠む。十月はおおかた時雨がちな頃で、いっそう物思いにふけって、夕暮れの空の様子なども言いようもなく心細いので、「神無月いつも時雨は降りしかど」と独り言を言う。雲居を渡る雁の翼もうらやましく見守られる。大空を通う幻術士よ、夢にさえ現れない魂の行方を尋ねてくれと詠む。何事につけても紛れず、月日とともに悲しみが募る。五節などといって世の中がそこはかとなく華やいでいる頃、夕霧の子息たちが殿上童として参上した。同じ年頃で二人ともたいそうかわいらしい。叔父の頭中将や蔵人少将などが小忌衣の姿で、青摺の装束も清らかで見苦しくなく、皆が付き添って世話をしながら一緒に参上する。屈託のなさそうな様子を見るにつけ、昔、五節の舞姫に心を寄せた日影の折を、さすがに思い出すのだろう。宮人たちは豊明の節会に急ぐ今日、自分は日影も知らずに暮らしてしまったと詠む。

- 1九九なが月月つきににになりなりなりててて九九ここの日日かおほひおほひおおいたるたるたる菊菊きくををを御御ご覽覽らんじじじててて、、、「「「もろとももろとももろともにににおきおきおきゐゐいししし菊菊きくののの朝朝あさ露露つゆもももひとりひとりひとり袂袂たもとにににかゝるかゝるかかるあきあきあきかなかなかな。。。神神かみ無無な月月ずきははは大大おおかたかたかたもももしぐれしぐれしぐれがちがちがちなるなるなる比比ころ、、、いとゞいとゞいとどながめながめながめ給給たまひひいててて夕夕ゆう暮暮ぐれののの空空そらののの氣色氣色けしきなどなどなどもももえええもももいはいはいわぬぬぬ心心こころぼそさぼそさぼそさにににふりふりふりしかしかしかどどど」」」とととひとりごちひとりごちひとりごちおはすおはすおわす。。。雲雲くもゐゐいをををわたるわたるわたる雁雁かりのののつばさつばさつばさもももうらやましくうらやましくうらやましくまもらまもらまもられれれ給給たまふふう。。。「「「大大おお空空ぞらをををかよふかよふかようまぼろしまぼろしまぼろし夢夢ゆめにににだにだにだに見見みえええこここぬぬぬたまたまたまのののゆくへゆくへゆくえたづねたづねたずねよよよ」」」。。。何何なに事事ごとにににつけつけつけてててもももまぎれまぎれまぎれずずずのみのみのみ月月つき日日ひにににそへそへそえててておぼさおぼさおぼさるるる、、、五五ご節節せちなどなどなどいひいひいいててて世世よののの中中なかそこはかとそこはかとそこはかとなくなくなく今今いまめかしげめかしげめかしげなるなるなる頃頃ころ、、、大大だい將將しょう殿殿どのののの君君きん達達だち殿殿てん上上じょうししし給給たまひひいててて參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。同同おなじじじ程程ほどにてにてにて二二ふた人人りいといといとうつくしきうつくしきうつくしきさまさまさまなりなりなり。。。御御おんをぢをぢおじののの頭頭とうの中中ちゅう將將じょう藏藏くろう人人どの少少しょう將將しょうなどなどなどをみをみおみにてにてにて靑靑あお摺摺ずりのののすがたすがたすがたどもどもども淸淸きよげげげにににめやすくめやすくめやすくててて、、、皆皆みなうちうちうち續續つづきききもてもてもてかしづきかしづきかしずきつゝつゝつつ諸諸もろ共共ともににに參參まいりりり給給たまふふう。。。思思おもふふう事事ことなげなげなげなるなるなるさまさまさまどもどもどもををを見見み給給たまふふうにににいにしへいにしへいにしえあやしかりあやしかりあやしかりししし日日ひ影影かげのののをりをりおりさすがさすがさすがにににおぼしおぼしおぼし出出いでででらるらるらるべしべしべし。。。「「「宮宮みや人人びとはははとよとよとよのののあかりあかりあかりにににいそぐいそぐいそぐけふけふきょう日日ひかげかげかげもももしらしらしらでででくらしくらしくらしつるつるつるかなかなかな」」」。。。
現代語訳
九月になって、九日、綿をかぶせてある菊をご覧になって、「一緒に起きて見た菊の朝露も、今年は一人の袂にかかる秋であることよ」。十月は、おおかた時雨がちな頃で、いっそう物思いにふけりなさって、夕暮れの空の様子なども、言いようもなく心細いので、「神無月いつも時雨は降りしかど(十月はいつも時雨が降ったけれど、これほど袖を濡らすことはなかった)」と独り言をおっしゃる。雲居を渡る雁の翼も、うらやましく見守られなさる。「大空を通う幻術士よ、夢にさえ現れてこない魂の行方を、尋ねてくれ」。何事につけても紛れることなく、月日とともに悲しみが募るようにお思いになる。五節などといって、世の中がそこはかとなく華やいでいる頃、大将殿(夕霧)の御子息たちが殿上童として参上なさった。同じ年頃で、二人ともたいそうかわいらしい様子である。叔父の頭中将や蔵人少将などが小忌衣の姿で、青摺の装束も清らかで見苦しくなく、皆が続いて付き添って世話をしながら、一緒に参上なさる。屈託のなさそうな様子をご覧になるにつけて、昔、不思議な縁のあった日影の折を、さすがに思い出されなさるのだろう。「宮人たちは豊明の節会に急ぐ今日、私は日影も知らずに暮らしてしまったことだ」。
意訳
秋が深まり、源氏は一人で菊を見て、雁に紫の上の魂の行方を尋ねてほしいと詠む。五節の頃、夕霧の子息たちが参上するのを見て、源氏は昔を思い出し、世から離れた我が身を詠む。
語釈・文法注
文法
- 「おほひたる菊」(九日おほひたる菊を御覽じて)
- 重陽の節句の前夜に菊に綿をかぶせ、その露で身を拭うと長寿を得るという風習。
- 「まぼろし」(大空をかよふまぼろし)
- 幻術士。「長恨歌」で玄宗の命を受けて楊貴妃の魂を探しに行った方士をふまえる。巻名の由来となった歌。
- 「をみ」(藏人少將などをみにて)
- 小忌衣。新嘗祭や豊明の節会の神事に奉仕する者が着る、青摺の衣。
- 「日影」(いにしへあやしかりし日影のをり)
- 日蔭の鬘。五節の舞姫などが冠にかける。昔、源氏が五節の舞姫(筑紫の五節)に心を寄せたことをいう。
解説
「大空をかよふまぼろし」の歌は、この帖の巻名の由来である。「長恨歌」で方士が楊貴妃の魂を探しに行ったように、源氏は紫の上の魂の行方を尋ねたいと願う。雁の翼をうらやむ源氏の姿に、この世に残された者の孤独がにじむ。
五節の華やぎは、世を離れようとする源氏とは無縁のものとなった。夕霧の子息たちの屈託のない姿は、次の世代の始まりを告げている。源氏は「日かげもしらでくらしつる」と、時の流れから取り残された我が身を詠む。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、836–837頁(コマ129)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日