源氏物語 第41帖 幻(3)
源氏の述懐
源氏はいつものように紛らわしに手水を召して勤行する。埋み火を掻き起こして火桶を差し上げる。中納言の君や中将の君などが御前近くで話をする。源氏は、独り寝がいつもより寂しかった夜だ、こうしていても十分に心を澄ませて過ごせたはずの世を、はかなくもかかずらってきたものだと物思いにふける。自分まで見捨てたら、この女房たちがいっそう嘆き悲しむのが哀れで気の毒だろうと見渡す。ひそかに勤行しながら経を読む声は、普通の時でさえ涙が止まりそうもないのに、まして涙の柵をせき止められないほど哀れに、朝夕お仕えする女房たちの心は尽きることなく思われる。源氏は、この世では不足に思うことはほとんどない高い身に生まれながら、人よりも格別に残念な宿縁でもあったと思うことが絶えない、世のはかなさとつらさを知らせようと仏などが定めた身なのだろう、それを無理に知らぬ顔で生きながらえてきたので、このように晩年に近い末にひどい別れを見たが、宿縁のほども自分の心の程度も残りなく見極めて気楽になり、今は少しの妨げもなくなったのに、これまでよりいっそう見慣れた女房たちと、今は別れていく時こそ、もう一段心が乱れそうだ、たいそうはかないことだ、未練な心だと言って目をぬぐい隠すが、紛れずにそのままこぼれる涙を見て、女房たちはまして涙をせき止められない。そうして見捨てられてしまうつらさを、それぞれ口に出したいが、そうも申し上げられず、むせ返って終わった。

- 1例例れいのののまぎらはしまぎらはしまぎらわしにににははは御御おんてうづてうづちょうずめしめしめしててて行行おこなひひい給給たまふふう。。。うづみうづみうずみたるたるたる火火ひ起起おこししし出出いでででゝゝて御御おん火火ひ桶桶おけまゐらすまゐらすまいらす。。。中中ちゅう納納な言言ごんののの君君きみ中中ちゅう將將じょうののの君君きみなどなどなど御御お前前まえ近近ちかくくく御御おん物語物語ものがたりきこゆきこゆきこゆ。。。獨獨ひとり寢寢ね常常つねよりよりよりもももさびしかりさびしかりさびしかりつるつるつる夜夜よのののさまさまさまかなかなかな、、、かくかくかくてててもももいといといとよくよくよく思思おもひひいすましすましすましつつつべかりべかりべかりけるけるける世世よををを、、、はかなくはかなくはかなくもももかゝづらひかゝづらひかかずらいけるけるけるかなかなかなとととうちうちうち眺眺ながめめめ給給たまふふう。。。われわれわれさへさへさへうちうちうち捨捨すてててゝゝてはははこのこのこの人々人々ひとびとのののいとゞいとゞいとど歎歎なげきききわびわびわびむむんことことことののの哀哀あわれにににいとほしかるいとほしかるいとおしかるべきべきべきなどなどなど見見み渡渡わたししし給給たまふふう。。。忍忍しのびやかびやかびやかにににうちうちうち行行おこなひひいつゝつゝつつ經經きょうなどなどなど讀讀よみみみ給給たまへへえるるる御御おん聲聲こえをををよろしうよろしうよろしゅう思思おもははわむむん事事ことにてにてにてだにだにだに淚淚なみだとまるとまるとまるまじきまじきまじきををを、、、ましてましてまして袖袖そでのののしがらみしがらみしがらみせきせきせきあへあへあえぬぬぬまでまでまであはれあはれあわれにににあけあけあけ暮暮くれににに奉奉たてまつるるる人々人々ひとびとののの心地心地ここちつきせつきせつきせずずず思思おもひひい聞聞きこゆゆゆ。。。
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現代語訳
いつものように、紛らわしには御手水を召して勤行なさる。埋み火を掻き起こして、御火桶を差し上げる。中納言の君や中将の君などが、御前近くでお話を申し上げる。源氏は、独り寝がいつもより寂しかった夜の様子だなあ、このようにしていても、たいそうよく心を澄ませて過ごせたはずの世の中を、はかなくもかかずらってきたことよと、物思いにふけりなさる。自分までが見捨ててしまったら、この女房たちがいっそう嘆き悲しむだろうことが、哀れで気の毒だろうなどと見渡しなさる。ひそかに勤行しながら経などを読んでいらっしゃるお声を、普通に思うようなことでさえ涙が止まりそうもないのに、まして袖の涙の柵がせき止められないほど、しみじみと、朝夕お仕え申し上げる女房たちの心には、尽きることなく思われる。
源氏は、「この世においては、不足に思うはずのことはほとんどない高い身分には生まれながら、また人よりも格別に残念な宿縁でもあったことよと思うことが絶えない。世のはかなくつらいことを知らせようと、仏などがお定めになった身なのだろう。それを無理に知らぬ顔で生きながらえてきたので、このように今はの夕べ近い晩年に、ひどい別れの結末を見てしまったが、宿縁のほども、自分の心の程度も、残りなく見極めて気楽になって、今は少しの妨げもなくなってしまったのに、あれこれ、このようにして、これまでよりいっそう見慣れた女房たちと、今はと別れていく時こそ、もう一段心が乱れてしまいそうだ。たいそうはかないことよ。未練な心のほどだなあ」と言って、お目をぬぐってお隠しになるが、紛れずにそのままこぼれるお涙を拝見する女房たちは、まして涙をせき止めようもない。そうして見捨てられ申し上げることのつらさを、それぞれ口に出したいけれど、そうも申し上げられず、むせ返って終わった。
意訳
源氏は勤行しながら、自分が出家すれば女房たちが悲しむだろうと思い、経を読む声に女房たちは涙する。
源氏は、高い身分に生まれながら悲しい宿縁だったと語り、今は出家の妨げもないが女房たちとの別れがつらいと涙を流す。
語釈・文法注
文法
- 「袖のしがらみ」(袖のしがらみせきあへぬまで)
- 涙をせき止める袖を柵(しがらみ)にたとえた表現。
- 「めならす」(げにめならす人々)
- 目に慣れる、見慣れる。
- 「ほだし」(今なむ露のほだしなくなりにたる)
- 絆し。出家の妨げとなるもの。
解説
源氏は、自分の生涯を「人よりもことに口惜しき契」と振り返る。最高の身分と栄華を得ながら、愛する人を次々と失ってきた源氏の人生は、仏が無常を教えるために定めたものだったと源氏は悟る。
紫の上を失って出家の妨げはなくなったが、仕える女房たちとの別れがつらいと源氏は言う。源氏の涙は、女房たちへの情愛と、この世への最後の未練を表している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、826–827頁(コマ124)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日