源氏物語 第40帖 御法(8)
夕霧が見た死に顔
中宮も宮中に帰らず、こうして最期を看取ったことを、この上ないことと思う。誰もが当然の死別で、例のあることとも思えず、珍しくひどいことと、明け方の夢に惑うのは言うまでもなく、しっかりした人は誰もいなかった。仕える女房たちも皆、まったく正気の者はいない。源氏はまして心を静めようもないので、近くに参っていた夕霧を几帳のもとに呼び寄せて、このように今はもう最期のようなので、長年本意として願っていたことを、このような時にその思いを違えて終わってしまうのはたいそう気の毒だ、加持に控えていた大徳たちや読経の僧なども皆声をやめて退出したようだが、それでも残っている者もいるだろう、この世では空しい気がするが、仏の功徳を、今はせめてあの冥途の道の弔いとして頼みたいので、髪を下ろすよう言いなさい、然るべき僧は誰が残っているかなどと言う。気丈に振る舞おうとしているようだが、顔色も変わり、ひどくこらえきれず涙が止まらないのを、夕霧はもっともだと悲しく見る。夕霧は、物の怪などが、これも人の心を乱そうとして、このようなことがあるので、そうかもしれない、それならどちらにしても、ご本意の出家は結構なことだ、一日一夜でも戒を受けるしるしは空しくないというが、本当に言うかいもなく亡くなられて、後で髪だけを尼姿にしても、格別あの世の光にもなられないだろうに、目の前の悲しみばかりがまさるようで、どうでしょうかと言って、忌みに籠ろうという志で残っている僧を誰それと呼んで、然るべきことを取り仕切る。夕霧は長年、何やかやと大それた心はなかったが、いつの世にか、あの時ほどにでも見たい、ほのかにでも声さえ聞いたことがないことなど、心から離れずに思い続けてきたのに、声はついに聞かずに終わったのだろう、空しい亡骸でももう一度見たいという願いがかなう折は今しかないと思うと、こらえきれずに泣いて、女房たちが皆騒ぎ惑うのを、静かに、しばらくと静める顔で、几帳の帷子を、源氏が何か言う紛れに引き開けて見ると、ほのぼのと明けていく光もおぼつかないので、源氏が灯火を近くに掲げて見ていると、いつまでも見飽きず美しくすばらしく清らかに見える顔が惜しいので、夕霧がこのようにのぞくのを見ながらも、無理に隠そうというお気持ちにもならないようである。

- 1宮宮みやももも歸歸かえりりり給給たまははわでででかくかくかくててて見見み奉奉たてまつりりり給給たまへへえるるるをををかぎりかぎりかぎりなくなくなくおぼすおぼすおぼす。。。誰誰たれもももたれたれたれもももことわりことわりことわりののの別別わかれれれにてにてにてたぐひたぐひたぐいあるあるあることことことゝゝともももおぼさおぼさおぼされれれずずず、、、珍珍めずらからからかにににいみじくいみじくいみじく明明あけけけぐれぐれぐれののの夢夢ゆめにににまどひまどひまどい給給たまふふうほどほどほどさらさらさらなりなりなりややや、、、さかしきさかしきさかしき人人ひとおはせおはせおわせざりざりざりけりけりけり。。。さぶらふさぶらふさぶらう女房女房にょうぼうなどなどなどもももあるあるあるかぎりかぎりかぎり更更さらににに物物もの覺覺おぼえええたるたるたるなしなしなし。。。院院いんはははましてましてましておぼしおぼしおぼししづめしづめしずめむむん方方かたなけれなけれなければばば、、、大大だい將將しょうののの君君きみ近近ちかくくく參參まいりりり給給たまへへえるるるををを御御み几几き帳帳ちょうのののもともともとににに呼呼よびびび寄寄よせせせ奉奉たてまつりりり給給たまひひいててて「「「かくかくかく今今いまはははかぎりかぎりかぎりのののさまさまさまなななめるめるめるををを、、、年年とし比比ごろのののほほほ意意いありありありててて思思おもへへえるるる事事ことかゝるかゝるかかるきざみきざみきざみにににそのそのその思思おもひひいたがへたがへたがえててて止止やみみみなななむむんがががいといといといとほしきいとほしきいとおしきををを、、、御御おん加加か持持じにににさぶらふさぶらふさぶらう大大だいとことことこ達達たち讀讀ど經經きょうののの僧僧そうなどなどなどののの皆皆みな聲聲こえやめやめやめててて出出いでででぬぬぬなななめるめるめるをををさりともさりともさりとも立立たちちちとまりとまりとまりてててものすものすものすべきべきべきもももあらあらあらむむん。。。このこのこの世世よにににははは空空むなしきしきしき心心こころちちちするするするををを佛佛ほとけののの御御おんしるししるししるし今今いまはははかのかのかの暗暗くらききき道道みちのののとぶらひとぶらひとぶらいだにだにだに賴賴たのみみみ申申もうすすすべきべきべきをををかしらかしらかしらおろすおろすおろすべきべきべきよしよしよし物物ものししし給給たまへへえ。。。さるさるさるべきべきべき僧僧そう誰誰たれかかかとまりとまりとまりたるたるたる」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう御御おんけしきけしきけしき心心こころづよくづよくずよくおぼしおぼしおぼしなすなすなすべかべかべかめれめれめれどどど、、、御御おん顏顏かおののの色色いろもももあらあらあらぬぬぬさまさまさまにににいみじくいみじくいみじくたへたへたえかねかねかね御御おん淚淚なみだのののとまらとまらとまらぬぬぬをををことわりことわりことわりににに悲悲かなしくしくしく見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。「「「御御おんものものものゝゝのけけけなどなどなどのののこれこれこれももも人人ひとののの御心御心みこころ亂亂みだらららむむんとてとてとてかくかくかくのみのみのみものものものははは侍侍はべるるるををを、、、さささもももやややおはしますおはしますおわしますらむらむらん。。。さらばさらばさらばとてとてとてもももかくかくかくてててももも御御おんほほほ意意いのののことことことはははよろしきよろしきよろしき事事ことににに侍侍はべるるるなりなりなり。。。一一ひと日日ひ一一ひと夜夜よにてにてにてももも忌忌いむむむことことことのののしるししるししるしこそこそこそははは空空むなしからしからしからずずず侍侍はべるるるなれなれなれどどど、、、誠誠まことにににいふかひいふかひいうかいなくなくなくなりなりなりはてはてはてさせさせさせ給給たまひひいててて、、、後後のちののの御御おん髮髮ぐしばかりばかりばかりをををやつさやつさやつさせせせ給給たまひひいてててももも、、、ことことことなるなるなるかのかのかの世世よののの御御おん光光ひかりととともももならならならせせせ給給たまははわざらざらざらむむんものからものからものから、、、目目めののの前前まえののの悲悲かなしびびびのみのみのみまさるまさるまさるやうやうようにてにてにて、、、いかゞいかゞいかが侍侍はべるるるべからべからべからむむん」」」ととと申申もうししし給給たまひひいててて御御おん忌忌いみににに籠籠こもりりり侍侍さぶらふふうべきべきべき志志こころざしありありありてててまかでまかでまかでぬぬぬ僧僧そうそのそのその人人ひとかのかのかの人人ひとなどなどなどめしめしめしてててさるさるさるべきべきべきことことことゞゞどもももこのこのこの君君きみぞぞぞ行行おこなひひい給給たまふふう。。。
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現代語訳
中宮も宮中にお帰りにならず、こうして最期をお看取り申し上げなさったことを、この上ないことにお思いになる。誰も誰も、当然の死別で、例のあることともお思いになれず、珍しくひどいこととして、明け方の暗い夢に惑いなさるのは言うまでもなく、しっかりした人はいらっしゃらなかった。お仕えする女房なども皆、まったく正気を保っている者はいない。院(源氏)はまして心をお静めになりようもないので、大将の君(夕霧)が近くに参っていらっしゃるのを、御几帳のもとにお呼び寄せになって、「このように、今はもう最期の様子のようだが、長年本意として願っていたことを、このような時にその思いを違えて終わってしまうのが、たいそう気の毒なので、御加持にお仕えしている大徳たちや、読経の僧などが皆、声をやめて退出したようだが、それでも残っていて務めることのできる者もいるだろう。この世では空しい気がするが、仏の御功徳を、今はせめてあの暗い冥途の道の弔いとしてお頼み申し上げたいので、髪を下ろすよう言いなさい。然るべき僧は、誰が残っているか」などとおっしゃるご様子は、気丈にお振る舞いになろうとしているようだが、お顔の色も変わって、ひどくこらえきれず、お涙の止まらないのを、夕霧はもっともだと悲しく拝見なさる。夕霧は「物の怪などが、これも人のお心を乱そうとして、このようなことばかりがございますので、そうかもしれません。それなら、どちらにしても、ご本意の出家のことは結構なことでございます。一日一夜でも戒を受けるしるしは空しくないと申しますが、本当に言うかいもなく亡くなられて、後でお髪だけを尼姿におやつしになっても、格別あの世のお光ともなられないでしょうから、目の前の悲しみばかりがまさるようで、いかがでございましょう」と申し上げなさって、御忌に籠ってお仕えしようという志で退出しないでいる僧を、誰それと呼んで、然るべきことなどを、この君(夕霧)が取り仕切りなさる。
夕霧は長年、何やかやと大それた心はなかったけれど、いつの世にか、あの時(野分の朝)ほどにでも拝見したい、ほのかにでもお声さえ聞いたことがないことなどが、心から離れずに思い続けてきたのに、お声はついにお聞かせにならないで終わってしまったのだろう、空しい御亡骸ででも、もう一度拝見したいという願いがかなう折は、今より外にどうしてあろうかと思うと、こらえきれずに泣いて、女房たちが皆騒ぎ惑うのを、「静かに、しばらく」と静める顔をして、御几帳の帷子を、源氏が何かおっしゃる紛れに引き開けてご覧になると、ほのぼのと明けていく光もおぼつかないので、源氏が大殿油を近くに掲げて見申し上げていらっしゃると、いつまでも見飽きず、美しく、すばらしく清らかに見えるお顔が惜しいので、源氏は、この君(夕霧)がこのようにのぞいていらっしゃるのを見ながらも、無理に隠そうというお心にもおなりにならないようである。
意訳
源氏は夕霧に、せめて死後に紫の上を出家させたいと言うが、夕霧は今さら髪を下ろしてもと答え、葬儀の手配をする。
夕霧は、野分の朝にかいま見て以来思い続けた紫の上の顔を、ついに亡骸でもう一度見る。
語釈・文法注
文法
- 「明けぐれ」(明けぐれの夢にまどひ給ふ)
- 夜明け前のまだ暗い時。
- 「大とこ」(大とこ達讀經の僧など)
- 大徳。高徳の僧。
- 「ありしばかり」(いかならむ世にありしばかりも見奉らむ)
- あの時ほど。野分の巻で夕霧が紫の上をかいま見た時を指す。
解説
源氏は、紫の上の死後にせめて出家させたいと願う。生前に許さなかった出家を、死後に与えようとする源氏の悔恨が痛ましい。夕霧は冷静に、今さら髪を下ろしても意味がないと答える。
夕霧は、野分の巻で紫の上をかいま見て以来、その面影を心に秘めてきた。紫の上の死に顔を見る夕霧の思いは、生涯で一度も声を聞くことのなかった人への、静かな憧れの終わりである。源氏はそれを隠そうともしない。悲しみの深さが、すべての隔てを取り払っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、818–821頁(コマ120–121)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日