源氏物語 第40帖 御法(7)
萩の上露
紫の上は、中宮に来ていただくのは気が引けるが、確かに会わないのもかいがないと思って、こちらに特別に御座を設けさせる。紫の上はこの上なくやせ細っているが、こうしてこそ上品で優美なことの限りなさもまさってすばらしいと見える。かつて色香があまりに多く鮮やかだった盛りの頃は、かえってこの世の花の香りにもたとえられたが、今は限りなくいとおしく美しい様子で、たいそうかりそめにこの世を思っている様子は、比べるものもなく心苦しく、わけもなく物悲しい。風がもの寂しく吹き出した夕暮れに、前栽を見ようとして脇息に寄りかかっているのを、源氏が来て見て、今日はたいそうよく起きていられるようだ、中宮の御前では格別に気分も晴れ晴れとするようだねと言う。これくらいの小康を源氏がたいそう嬉しく思っている様子を見るのも心苦しく、ついにはどんなに嘆き騒がれるだろうと思うと哀れなので、紫の上は、起きていると見えるのもはかないことです、ともすれば風に乱れる萩の上露のような私の命はと詠む。本当に、折れ返ってとどまりそうもない萩の露にたとえられた折まで忍びがたいので、源氏は、どうかすると消えを争う露のようなこの世に、後れ先立つ間もなく一緒に消えたいと詠んで、涙を拭いきれない。中宮は、秋風にしばしもとどまらない露のようなこの世を、誰が草葉の上だけのことと見ましょうかと詠み交わす。皆の容貌が申し分なく見るかいがあるにつけても、源氏はこのまま千年を過ごす方法があればと思うが、心にかなわないことなので、引き止めようもないのが悲しい。紫の上は、もうお帰りください、気分がたいそう苦しくなりました、言うかいもなくなってしまったとはいえ、たいそう失礼でございますと言って、几帳を引き寄せて臥す様子が、いつもよりたいそう頼りなく見えるので、どうなさったのかと、中宮は紫の上の手を取って泣く泣く見つめると、本当に消えていく露のような心地がして最期と見えるので、誦経の使いが数知れず立ち騒ぐ。以前もこうして生き返った折があったのに慣れて、物の怪の仕業と疑って、一晩中さまざまに手を尽くすがかいもなく、夜が明けきる頃に、紫の上は消え果てた。

- 1かたはらかたはらかたわらいたけれいたけれいたけれどどどげにげにげに見見み奉奉たてまつらららぬぬぬもももかひかひかいなしなしなしとてとてとて、、、こなたこなたこなたににに御御おんしつらひしつらひしつらいをををことことことにににせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。こよなうこよなうこよのう瘦瘦やせせせほそりほそりほそり給給たまへへえれれれどどどかくかくかくてててこそこそこそあてあてあてににになまめかしきなまめかしきなまめかしきことことことののの限限かぎりなさなさなさもももまさりまさりまさりてててめでたかりめでたかりめでたかりけれけれけれととと、、、きききしししかたかたかたあまりあまりあまりにほひにほひにおい多多おおくくくあざあざあざあざあざあざとととかはかはかはせせせしししさかりさかりさかりはははなかなかなかなかなかなかこのこのこの世世よののの花花はなのののかをりかをりかおりにににもももよそへよそへよそえられられられ給給たまひひいしししををを、、、限限かぎりもももなくなくなくらうたげらうたげろうたげにににをかしげをかしげおかしげなるなるなる御御おんさまさまさまにてにてにていといといと假假かり初初そめににに世世よををを思思おもひひい給給たまへへえるるる氣色氣色けしき似似にるるるものものものなくなくなく心苦心苦こころぐるしくしくしくすゞろすゞろすずろににに物物ものがなしがなしがなし。。。風風かぜすごくすごくすごく吹吹ふききき出出いでででたるたるたる夕夕ゆう暮暮ぐれににに前前せん裁裁ざい見見み給給たまふふうとてとてとて脇脇きょう息息そくににによりよりより居居い給給たまへへえるるるををを院院いん渡渡わたりりりててて見見み奉奉たてまつりりり給給たまひひいててて「「「今今け日日きょうはははいといといとよくよくよく起起おききき居居い給給たまふふうめるめるめるはははこのこのこの御御お前前まえにてにてにてはははこよなくこよなくこよなく御心御心みこころもももはれはれしげはれはれしげはればれしげなななめりめりめりかしかしかし」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。かばかりかばかりかばかりのののひまひまひまあるあるあるをををもももいといといと嬉嬉うれしししととと思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえるるる御御おん氣色氣色けしきををを見見み給給たまふふうももも心苦心苦こころぐるしくしくしく、、、つひつひついにににいかにいかにいかにおぼしおぼしおぼしさわがさわがさわがむむんととと思思おもふふうにににあはれあはれあわれなれなれなればばば、、、「「「おくおくおくととと見見みるるるほどほどほどぞぞぞはかなきはかなきはかなきともともともすれすれすればばば風風かぜにににみだるゝみだるゝみだるる萩萩はぎのののうはうはうわ露露つゆ」」」。。。げにげにげにぞぞぞ折折おれれれかへりかへりかえりとまるとまるとまるべうべうびょうもももあらあらあらぬぬぬ花花はなののの露露つゆもももよそへよそへよそえられられられたるたるたるをりをりおりさへさへさへ忍忍しのびびびがたきがたきがたきををを、、、「「「やゝやゝややもももせせせばばばきえきえきえをををあらそふあらそふあらそう露露つゆののの世世よにににおくれおくれおくれさきだつさきだつさきだつ程程ほどへへへずずずもももがががななな」」」とてとてとて御御おん淚淚なみだをををはらひはらひはらいあへあへあえ給給たまははわずずず。。。宮宮みや、、、「「「秋秋あき風風かぜにににしばししばししばしとまらとまらとまらぬぬぬ露露つゆののの世世よをををたれたれたれかかか草草くさ葉葉ばのののうへうへうえとととのみのみのみ見見みむむん」」」ととと聞聞きこえええかはしかはしかわし給給たまふふう。。。
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現代語訳
紫の上は、気が引けるけれど、本当にお会い申し上げないのもかいがないと思って、こちらに御座を特別に設けさせなさる。紫の上はこの上なくやせ細っていらっしゃるが、こうしてこそ、上品で優美なことの限りなさもまさって、すばらしいのであったと見える。かつて、色香があまりに多く、鮮やかに華やいでいらっしゃった盛りの頃は、かえってこの世の花の香りにもたとえられなさったが、今は限りなくいとおしく美しいご様子で、たいそうかりそめにこの世を思っていらっしゃる様子は、比べるものもなく心苦しく、わけもなく物悲しい。風がもの寂しく吹き出した夕暮れに、前栽をご覧になろうとして、脇息に寄りかかっていらっしゃるのを、院(源氏)がお渡りになってご覧になって、「今日はたいそうよく起きていらっしゃるようですね。この中宮の御前では、この上なくお心も晴れ晴れとなさるようですね」と申し上げなさる。この程度の小康があるのをも、たいそう嬉しいとお思い申し上げていらっしゃる源氏のご様子をご覧になるのも心苦しく、最後にはどんなにお嘆き騒ぎになるだろうと思うと哀れなので、紫の上は「起きていると見える間もはかないことです。ともすれば風に乱れる萩の上の露のような、私の命は」。本当に、折れ返ってとどまりそうもない萩の花の露にもたとえられた、その折までが忍びがたいので、源氏は「どうかすると、消えるのを争う露のようなこの世に、後れたり先立ったりする間もなく、一緒に消えたいものです」と言って、お涙を拭いきれない。中宮は「秋風にしばしもとどまらない露のようなこの世を、誰が草葉の上だけのことと見ましょうか」と詠み交わしなさる。
皆さまのご容貌が申し分なく、見るかいがあるにつけても、源氏はこのようにして千年を過ごす方法があればよいのにとお思いになるが、心にかなわないことなので、引き止めようもないのが悲しいのであった。紫の上は「もうお帰りくださいませ。乱れた気分がたいそう苦しくなってまいりました。言うかいもなくなってしまった有様とはいいながら、たいそう失礼でございます」と言って、御几帳を引き寄せて臥していらっしゃる様子が、いつもよりたいそう頼りなくお見えになるので、どうなさったのだろうと、中宮は紫の上のお手をお取りになって、泣く泣く見申し上げなさると、本当に消えていく露のような心地がして、最期とお見えになるので、御誦経の使いたちが数も知れず立ち騒いだ。以前もこのようにして生き返りなさった折があったのに慣れなさって、物の怪の仕業かとお疑いになって、一晩中さまざまなことを尽くさせなさったが、かいもなく、夜が明けきる頃に、紫の上は消え果てておしまいになった。
意訳
紫の上は中宮と語らい、萩の上露に命をたとえる歌を詠み、源氏と中宮もそれぞれ露の世を詠む。
紫の上はそのまま臥し、中宮に手を取られて、夜明けとともに露が消えるように亡くなる。
語釈・文法注
文法
- 「おくと見るほどぞはかなき」(おくと見るほどぞはかなき)
- 「起く」と露が「置く」をかける。起きているように見える間もはかない。
- 「萩のうは露」(風にみだるゝ萩のうは露)
- 萩の葉の上の露。風に散りやすく、はかない命をたとえる。
- 「きえをあらそふ」(きえをあらそふ露の世に)
- 露が消えるのを先を争うように、人の命がはかないことをいう。
解説
紫の上の最期は、源氏物語の中でも最も美しく哀切な場面である。秋風の吹く夕暮れ、萩の上露に自らの命をたとえる歌は、紫の上の辞世となった。源氏、紫の上、中宮の三人の歌が、露の世のはかなさを詠み交わす。
紫の上は、自分の育てた中宮に手を取られて亡くなる。夜明けとともに露が消えるように、紫の上の命は静かに尽きた。源氏が出家を許さなかったため、紫の上は最後まで出家の願いを果たせなかった。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、816–819頁(コマ119–120)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日