源氏物語 第39帖 夕霧(36)
一条宮への帰還
宮は心の中では強く出家を思うが、その頃は鋏などのような物は皆取り隠して、女房たちが見張っていたので、こんなに騒ぎ立てなくても、何の惜しい身だからといって、愚かしく子どもっぽく隠れて出家などしようか、人聞きも悪く強情なことだと思うので、その本意のようにもしない。女房たちは皆急いで、それぞれ櫛箱、手箱、唐櫃など万の物を、粗末な袋のような物まで先に運んでしまったので、宮は一人残っているわけにもいかず、泣く泣く車に乗るが、傍らばかりが見つめられて、こちらへ移ってきた時、母が苦しい病の身でも髪をかき撫でて整え、車から降ろしてくれたのを思い出すと、目もくらんで悲しい。御佩刀に添えて経箱を添えてあるのが傍らを離れないので、恋しさの慰めがたい形見として、涙に曇る玉の箱よと詠む。黒い漆にもまだ塗り替えさせていない。母が手慣らしていた螺鈿の箱だった。誦経の布施にさせたのを、形見に残しておいたのだった。浦島の子の心地がする。一条宮に着くと、邸の内は悲しげもなく人の気配が多くて、以前とは違う様子である。車を寄せて降りようとするのを、まったく古里とも思えず、疎ましく嫌に思われるので、すぐには降りない。たいそう妙な子どもっぽいご様子だと、女房たちも見て困っている。夕霧は東の対の南面を自分の居所として仮に設え、住み慣れた顔でいる。三条殿(夕霧の自邸)では人々が、急にあきれたことになったものだ、いつの間にそうなったのかと驚く。柔らかで色めいたことを好まない人には、このように突然なことが交じるものだった。それでも年を経た仲を、音もなく気配も漏らさずに過ごしてきたのだとばかり思って、このように女のお心が許していないとは思い寄る人もない。どちらにしても宮のためにこそ気の毒である。

- 1心心こころひとつひとつひとつにににはははつよくつよくつよくおぼせおぼせおぼせどどどそのそのその比比ころははは御御おん鋏鋏はさみなどなどなどやうやうようのののものものものははは皆皆みなとりとりとりかくしかくしかくしててて人々人々ひとびとのののまもりまもりまもり聞聞きこえええけれけれければばば、、、かくかくかくもてもてもてさわがさわがさわがざらざらざらむむんにににだにだにだに、、、何何なにのののをしげをしげおしげあるあるある身身みにてにてにてかかかをこがましうをこがましうおこがましゅう若若わか々々わかしきしきしきやうやうようにににはははひきひきひき忍忍しのばばばむむん、、、人人ひときゝきゝききもももうたてうたてうたておずましおずましおずましかかかべきべきべきわざわざわざをををとととおぼせおぼせおぼせばばば、、、そのそのそのほいほいほいのののごとごとごともももししし給給たまははわずずず。。。人々人々ひとびとははは皆皆みな急急いそぎぎぎたちたちたちててておのおのおのおのおのおの櫛櫛くし手手て箱箱ばこ唐唐から櫃櫃びつ萬萬よろずののの物物ものをををはかばかしからはかばかしからはかばかしからぬぬぬ袋袋ふくろやうやうようのののものものものなれなれなれどどど皆皆みなさきだてさきだてさきだてゝゝて運運はこびびびたれたれたればばば一一ひと人人りとまりとまりとまり給給たまふふうべうべうびょうもももあらあらあらででで、、、泣泣なくくく泣泣なくくく御御おん車車くるまににに乘乘のりりり給給たまふふうものからものからものから、、、かたはらかたはらかたわらのみのみのみまもらまもらまもられれれ給給たまひひいてててこちこちこち渡渡わたりりり給給たまひひいししし時時とき御御おん心地心地ここちののの苦苦くるしきしきしきにににももも御御おんぐしぐしぐしかきかきかきなでなでなでつくろひつくろひつくろいおろしおろしおろし奉奉たてまつりりり給給たまひひいしししをををおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずるににに、、、目目めもももきりきりきりててていみじいみじいみじ。。。御御おんはかしはかしはかしにににそへそへそえててて經經きょう箱箱ばこをををそへそへそえたるたるたるががが御御おんかたはらかたはらかたわらもももはなれはなれはなれねねねばばば、、、「「「戀戀こいしさしさしさのののなぐさめなぐさめなぐさめがたきがたきがたきかたみかたみかたみにてにてにて淚淚なみだにににくもるくもるくもる玉玉たまのののはこはこはこかなかなかな」」」。。。黑黑くろきききもももまだまだまだしししあへあへあえさせさせさせ給給たまははわずずず。。。かのかのかの手手てならしならしならし給給たまへへえりりりししし螺螺ら鈿鈿でんののの箱箱はこなりなりなりけりけりけり。。。誦誦ず經經きょうにににせせせさせさせさせ給給たまひひいしししをををかたみかたみかたみにににとゞめとゞめとどめ給給たまへへえるるるなりなりなりけりけりけり。。。浦浦うら島島しまののの子子こががが心地心地ここちなむなむなん。。。
- 2おはしましおはしましおわしましつきつきつきたれたれたればばば殿殿とのののの內內うち悲悲かなしげしげしげもももなくなくなく人人ひとげげげ多多おおくくくてててあらあらあらぬぬぬさまさまさまなりなりなり。。。御御おん車車くるまよせよせよせててておりおりおり給給たまふふうををを更更さらにににふるふるふる里里さととととおもほえおもほえおもおえずずず、、、疎疎うとまじうまじうまじゅううたてうたてうたておぼさおぼさおぼさるれるれるればばば頓頓とみにににもももおりおりおり給給たまははわずずず。。。いといといと怪怪あやしうしうしゅう若若わか々々わかしきしきしき御御おんさまさまさまかなかなかなととと人々人々ひとびとももも見見み奉奉たてまつりりり煩煩わずらふふう。。。殿殿とのはははひんがしひんがしひんがしののの對對たいののの南南みなみ面面おもてををを我我わががが御御おん方方かたににに假假かりにににしつらひしつらひしつらいてててすみすみすみつきつきつきがほがほがおにににおはすおはすおわす。。。三三さむ條條じょう殿殿どのにににははは人々人々ひとびと「「「俄俄にわかにににあさましうあさましうあさましゅうなりなりなり給給たまひひいぬるぬるぬるかなかなかな。。。いついついつののの程程ほどにににありありありしししとととぞぞぞ」」」ととと驚驚おどろきききけりけりけり。。。なよゝかなよゝかなよよかにににをかしばめをかしばめおかしばめるるることことことををを好好このましからましからましからずずずおぼすおぼすおぼす人人ひとはははかくかくかくゆくりかゆくりかゆくりかなるなるなることことことぞぞぞ打打うちちちまじりまじりまじり給給たもうううけるけるける。。。されどされどされど年年とし經經へにににけるけるけることことことををを音音おとなくなくなく氣色氣色けしきももももらさもらさもらさででで過過すぐしぐしぐし給給たまひひいけるけるけるなりなりなりとととのみのみのみ思思おもひひいなしなしなしててて、、、かくかくかく女女おんなののの御心御心みこころゆるびゆるびゆるび給給たまははわぬぬぬととと思思おもひひいよるよるよる人人ひともももなしなしなし。。。とてとてとてもももかくかくかくてててももも宮宮みやののの御御おんためためためこそこそこそいとほしけれいとほしけれいとおしけれ。。。
現代語訳
宮はお心一つでは強く出家をお思いになるが、その頃は御鋏などのような物は皆取り隠して、女房たちが見張り申し上げていたので、このように騒ぎ立てなくても、何の惜しい身だからといって、愚かしく子どもっぽいように、隠れて出家などしようか、人聞きも悪く強情なことだろうとお思いになるので、その本意のようにもなさらない。女房たちは皆急いで、それぞれ櫛箱、手箱、唐櫃など万の物を、粗末な袋のような物までも、皆先に運んでしまったので、宮はお一人残っていらっしゃることもできずに、泣く泣くお車にお乗りになるものの、傍らばかりが見つめられなさって、こちらへお移りになった時、母がご病気の苦しい中でも、宮の御髪をかき撫でて整え、お車から降ろし申し上げてくださったのをお思い出しになると、目もくらんで悲しい。御佩刀に添えて経箱を添えてあるのが、お傍らを離れないので、「恋しさの慰めがたい形見として、涙に曇る玉の箱であることよ」。黒い喪の色にもまだ塗り替えさせなさっていない。母君が手慣らしていらっしゃった螺鈿の箱であった。誦経の布施におさせになったのを、形見に残していらっしゃったのであった。浦島の子の心地がすることよ。
一条宮にお着きになったので、邸の内は悲しげもなく、人の気配が多くて、以前とは違う様子である。お車を寄せてお降りになろうとするのを、まったく古里ともお思いになれず、疎ましく嫌にお思いになるので、すぐにはお降りにならない。たいそう妙な、子どもっぽいご様子だと、女房たちも拝見して困っている。殿(夕霧)は東の対の南面を、ご自分の御方として仮に設えて、住み慣れた顔でいらっしゃる。三条殿(夕霧の自邸)では、女房たちが「急にあきれたことにおなりになったものですね。いつの間にそうなったのでしょう」と驚いた。柔らかで色めいたことを好ましくお思いにならない人には、このように突然なことが交じりなさるものだった。それでも、年を経た仲を、音もなく気配も漏らさずに過ごしていらっしゃったのだとばかり思いなして、このように女のお心が許していらっしゃらないとは思い寄る人もない。どちらにしても、宮の御ためにこそ気の毒なことである。
意訳
宮は出家もできず、泣く泣く車に乗り、母の形見の螺鈿の経箱を抱いて嘆く。
一条宮には夕霧が住み慣れた顔で待っており、世間は二人が長年の仲だったと思い込む。宮の気持ちを知る人はいない。
語釈・文法注
文法
- 「おずまし」(人きゝもうたておずましかべきわざを)
- 強情である、気が強い。
- 「玉のはこ」(淚にくもる玉のはこかな)
- 美しい箱。母の形見の経箱。浦島の玉手箱をかける。
- 「浦島の子」(浦島の子が心地なむ)
- 浦島太郎。故郷に帰ると何もかも変わっていたことにたとえる。
解説
宮は母の形見の螺鈿の経箱を抱いて、一条宮へ移る。かつて病の母が髪を撫でて車から降ろしてくれた思い出は、宮の悲しみを深める。「玉のはこ」と浦島の子の連想は、変わり果てた故郷に帰る宮の心を巧みに表している。
一条宮には夕霧が住み慣れた顔で待っている。世間は、二人が長年の仲だったと思い込み、宮の拒絶を知る人はいない。語り手は「宮の御ためこそいとほしけれ」と、宮への同情を示す。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、798–801頁(コマ110–111)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日