源氏物語 第39帖 夕霧(33)
朱雀院の諫め
このことの噂は自然と隠れないので、致仕の大臣なども聞いて、そんなことがあってよいものかなどと、女の方の心が浅いように思われるのは理不尽である。四十九日の法事の日には、昔のよしみがあるので、柏木の弟の君達も退出して弔問する。誦経なども致仕の大臣家から盛大にさせる。あれこれの人々がさまざまに劣らずに供養したので、時めく人の法事にも劣らないものであった。宮はこのまま小野に住み通そうと思い立つことがあったが、誰かが朱雀院に漏らして奏上したので、院は、たいそうあってはならないことだ、本当に、何人もの男とあれこれ身を処すべきでもないが、後見のない人は、かえってそのような尼の姿で、あってはならない浮名を立て、罪を得そうな時に、この世でも後の世でも中途半端に非難を受けるものだ、私がこのように世を捨てたうえに、三の宮(女三の宮)が同じように出家されたのを、子孫が絶えるように人が思い言うのも、世を捨てた身で思い悩むべきことではないが、必ずしもそう競い合って出家なさるのもいやなことだろう、世のつらさのために世を厭うのはかえって見苦しいことだ、心から悟るところがあって、もう少し心を静め澄ましてからこそ、どうなりとと、たびたび言う。院は、この浮いた噂を聞いたのだろう、そのような思いがけないことのために嫌になったと言われることを心配するのであった。そうかといってまた、夕霧と表立って結婚なさるのも軽々しく不愉快なことと思うが、宮が恥ずかしいと思うのも気の毒なので、自分まで口出しすることもあるまいと思って、このことはまったく触れなかった。

- 1ことことことののの聞聞きこえええおのづからおのづからおのずから隱隱かくれれれなけれなけれなければばば大大おお殿殿とのなどなどなどにににももも聞聞きききき給給たまひひいてててさささやややはははあるあるあるべきべきべきなどなどなど、、、女女おんながたがたがたののの心心こころあさきあさきあさきやうやうようににに、、、おぼしおぼしおぼしなすなすなすぞぞぞわりなきわりなきわりなきややや。。。かのかのかの日日ひははは昔昔むかしののの御心御心みこころあれあれあればばば君君きん達達だちもももまかでまかでまかでとぶらひとぶらひとぶらい給給たまふふう。。。誦誦ず經經きょうなどなどなど殿殿とのよりよりよりもももいかめしういかめしういかめしゅうせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。これかれこれかれこれかれさまざまさまざまさまざま劣劣おとらららずずずししし給給たまへへえれれればばば時時ときののの人人ひとのののかやうかやうかようのののわざわざわざににに劣劣おとらららずずずなむなむなんありありありけるけるける。。。宮宮みやはははかくかくかくててて住住すみみみはてはてはてなななむむんととと覺覺おぼしししたつたつたつことことことありありありけれけれけれどどど院院いんににに人人ひとのののもらしもらしもらし奏奏そうしししけれけれければばば「「「いといといとあるあるあるまじきまじきまじきことことことなりなりなり。。。げにげにげに數數あま多多たとざまとざまとざまかうざまかうざまこうざまににに身身みをををもてもてもてなしなしなし給給たまふふうべきべきべき事事ことにににもももあらあらあらねねねどどど、、、後後うしろ見見みなきなきなき人人ひとなむなむなん、、、なかなかなかなかなかなかさるさるさるさまさまさまにてにてにてあるあるあるまじきまじきまじき名名なをををたちたちたち、、、罪罪つみえええがましきがましきがましきときときときこのこのこの世世よ後後のちののの世世よ中中なか空空ぞらにににもどかしきもどかしきもどかしき咎咎とがおふおふおうわざわざわざなるなるなる。。。こゝこゝここにににかくかくかく世世よををを捨捨すてててたるたるたるににに三三さむ宮宮のみやのののおなじおなじおなじごとごとごと身身みをををやつしやつしやつし給給たまへへえるるる、、、すゑすゑすえなきなきなきやうやうようににに人人ひとののの思思おもひひいいふいふいうももも捨捨すてててたるたるたる身身みににに思思おもひひいなやむなやむなやむべきべきべきにににはははあらあらあらねねねどどど、、、必必かならずずずさしもさしもさしもやうやうようのののことことことゝゝと爭爭あらそひひい給給たまははわむむんもももうたてうたてうたてあるあるあるべしべしべし。。。世世よのののうきうきうきにににつけつけつけててて厭厭いとふふうはははなかなかなかなかなかなか人人ひとわろきわろきわろきわざわざわざなりなりなり。。。心心こころととと思思おもひひいとるとるとるかたかたかたありありありててて今今いますこしすこしすこし思思おもひひいしづめしづめしずめ心心こころすましすましすましてててこそこそこそともかうもともかうもともこうも」」」ととと度度たび々々たび聞聞きこえええ給給たまひひいけりけりけり。。。
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現代語訳
このことの噂は自然と隠れないので、大殿(致仕の大臣)などもお聞きになって、そのようなことがあってよいものかなどと、女の方の心が浅いようにお思いになるのは、理不尽なことよ。あの四十九日の日には、昔のよしみがあるので、柏木の弟の君達も退出して弔問なさる。誦経なども、致仕の大臣の殿からも盛大におさせになる。あれこれの人々がさまざまに劣らず供養なさったので、時めく人のこのような法事にも劣らないものであった。宮は、このまま小野に住み通してしまおうとお思い立ちになることがあったが、誰かが朱雀院に漏らして奏上したので、院は「たいそうあってはならないことです。本当に、何人もの男と、あれこれ身を処しなさるべきことでもないけれど、後見のない人は、かえってそのような尼の姿で、あってはならない浮名を立て、罪を得そうな時に、この世でも後の世でも中途半端に、非難されるような咎を負うものです。私がこのように世を捨てているうえに、三の宮(女三の宮)が同じように身をやつしなさったのを、子孫が絶えるように人が思い、言うのも、世を捨てた身で思い悩むべきことではないけれど、必ずしもそのように、同じようなことと競い合って出家なさるのも、いやなことでしょう。世のつらさにつけて世を厭うのは、かえって見苦しいことです。心から悟るところがあって、もう少し心を静め、澄ましてからこそ、どうなりと」と、たびたび申し上げなさった。
院は、この浮いた噂をお聞きになったのだろう、そのようなことが思いがけなくなったのにつけて、嫌になって出家なさったと言われなさることを、ご心配になるのであった。そうかといってまた、夕霧と表立って結婚なさるのも、軽々しく不愉快なこととお思いになりながらも、宮が恥ずかしいとお思いになるのも気の毒なので、どうして自分まで聞いて口出しすることがあろうかとお思いになって、この方面のことは、まったく申し上げなさらなかったのである。
意訳
致仕の大臣も噂を聞いて宮を軽んじる。四十九日の法事は盛大に営まれる。
宮が小野で出家しようと思っていると聞いた朱雀院は、世のつらさから世を厭うのは見苦しいと諫め、夕霧とのことには触れない。
語釈・文法注
文法
- 「中空」(この世後の世中空にもどかしき咎おふ)
- どっちつかず。この世でも後の世でも中途半端なこと。
- 「すゑなき」(すゑなきやうに人の思ひいふも)
- 子孫が絶える、末がない。
- 「うんず」(うんじ給へるといはれ給はむこと)
- 嫌になる、うんざりする。
解説
致仕の大臣は、息子の未亡人が夕霧と噂を立てたことを、女の方の心が浅いと思う。語り手はそれを「わりなきや」(理不尽だ)と批判する。宮の真実を知らない世間の目は、常に女性に厳しい。
朱雀院は、宮の出家を思いとどまらせる。女三の宮に続いて落葉の宮まで出家すれば、世間は何と言うか。院は、夕霧との噂から逃れるための出家と見られることを恐れる。父の配慮は、宮の心よりも世間体に向けられている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、796–797頁(コマ109)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日