源氏物語 第39帖 夕霧(27)
少将の君の話
夕霧は、このように尽きない悲しみはもちろんだが、申し上げようもない宮のお心のつらさを思い加えると、心も魂もすっかり抜け出して、会う人ごとに見咎められるので、今はもう忍ぶ方法もないと、たいそう多く恨み続ける。あの御息所の最期の手紙の様子も話し出して、ひどく泣く。少将はまして泣き入りながら、あの夜のお返事さえ見えなかったのを、もう最後と思い込まれて、暗くなった頃の空の様子に心が惑ってしまったところを、そのような弱り目に、いつもの物の怪が引き入れ申したのだと見ておりました、柏木様が亡くなった時にも、今にも心が乱れてしまいそうな折々が多くありましたが、宮が同じように沈んでおられたのを慰めようという気丈さで、だんだん正気を保たれたのです、このたびのお嘆きには、宮はただ我を忘れたご様子で、呆然として暮らしておられますなどと、抑えがたく嘆きながら、はかばかしくも言えない。夕霧は、それなのだ、それもあまりにぼんやりとして、言いようもない宮のお心だ、今は恐れ多いことだが、私以外の誰を頼りにお思いになるだろう、父院の山の住まいもたいそう深い峰で、世の中を思い絶った雲の中のようなので、便りを交わされるのも難しい、たいそうこのように情けないご様子だとお知らせ申し上げなさい、万事そうなるべき定めなのだ、世に生きていまいとお思いでも、思い通りにならない世の中だ、まず、このようなお別れが心のままになるなら、あってよいことだろうかなどと、いろいろ多く言うが、少将は申し上げることもなく嘆きながら座っている。

- 1「「「かくかくかく盡盡つくせせせぬぬぬ御御おん事事ことはははさるさるさるものものものにてにてにて聞聞きこえええむむん方方かたなきなきなき御心御心みこころのののつらさつらさつらさををを思思おもひひいそふるそふるそうるににに心心こころ魂魂だましいもももあくがれあくがれあくがれはてはてはてゝゝて見見みるるる人人ひとごとごとごとににに咎咎とがめめめられられられ侍侍はべれれればばば今今いまははは更更さらににに忍忍しのぶぶぶべきべきべき方方かたなしなしなし」」」ととといといといと多多おおくくく恨恨うらみみみつゞけつゞけつづけ給給たまふふう。。。かのかのかの今今いまはははののの御御おん文文ふみのののさまさまさまももものたまひのたまひのたまい出出いでででゝゝていみじういみじういみじゅう泣泣なききき給給たまふふう。。。このこのこの人人ひともももましてましてましていみじういみじういみじゅう泣泣なきききいりいりいりつゝつゝつつ「「「そのそのその夜夜よののの御御おん返返かえりりりさへさへさへ見見みえええ侍侍はべらららずずずなりなりなりにににしししををを今今いまははは限限かぎりののの御心御心みこころにににやがてやがてやがておぼしおぼしおぼしいりいりいりててて暗暗くろうううなりなりなりにににししし程程ほどののの空空そらののの氣色氣色けしきににに御御おん心心こころちちちまどひまどひまどいにににけるけるけるををを、、、さるさるさるよわよわよわめめめににに例例れいのののものものものゝゝのけけけのののひきひきひきいれいれいれ奉奉たてまつるるるとととなむなむなん見見み給給たまへへえししし。。。過過すぎぎぎにににししし御御おん事事ことにににもももほどほどほどほどほどほど御心御心みこころ惑惑まどひひい給給たまひひいぬぬぬべかりべかりべかりししし折折おり々々おり多多おおくくく侍侍はべりりりしししををを、、、宮宮みやののの同同おなじじじさまさまさまにににしづみしづみしずみ給給たまひひいしししをををこしらへこしらへこしらえ聞聞きこえええむむんののの御御おん心心こころづよさづよさずよさににになむなむなんやうやうやうやうようよう物物もの覺覺おぼえええ給給たまひひいししし。。。このこのこの御御おん歎歎なげきをををばばばおおお前前まえにににははは唯唯ただわれわれわれかかかののの御御おん氣色氣色けしきにてにてにてあきれあきれあきれてててくらさくらさくらさせせせ給給たまひひいししし」」」などなどなどのどめのどめのどめがたげがたげがたげににに打打うちちち歎歎なげきききつゝつゝつつはかばかしうはかばかしうはかばかしゅうもももあらあらあらずずずきこゆきこゆきこゆ。。。
- 2「「「そよそよそよややや、、、そそそもももあまりあまりあまりにににおぼめかしうおぼめかしうおぼめかしゅういふかひいふかひいうかいなきなきなき御御おん心心こころちちちなりなりなり。。。今今いまはははかたじけなくかたじけなくかたじけなくともともとも誰誰たれをををかかかはははよるべよるべよるべににに思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまははわむむん。。。御御おん山山やまずみずみずみもももいといといと深深ふかききき峯峯みねににに世世よののの中中なかをををおぼしおぼしおぼし絕絕たえええたるたるたる雲雲くもののの中中なかなななめれめれめればばば聞聞きこえええ通通かよひひい給給たまははわむむんことことことかたしかたしかたし。。。いといといとかくかくかく心心こころうきうきうき御御おん氣色氣色けしき聞聞きこえええしらせしらせしらせ給給たまへへえ。。。萬萬よろずののの事事ことさるさるさるべきべきべきにににこそこそこそ。。。世世よにににありありありへへへじじじとととおぼすおぼすおぼすともともともしたがはしたがはしたがわぬぬぬ世世よなりなりなり。。。まづまづまずはははかゝるかゝるかかる御御おん別別わかれれれののの御心御心みこころにににかなはかなはかなわゞゞばあるあるあるべきべきべきことことことかかかははは」」」などなどなど萬萬よろずにににおほくおほくおおくののの給給のたまへへえどどど、、、聞聞きこゆゆゆべきべきべきことことこともももなくなくなくててて打打うちちち歎歎なげきききつゝつゝつつ居居いたりたりたり。。。
現代語訳
夕霧は「このように尽きないお悲しみはもちろんのこととして、申し上げようもない宮のお心のつらさを思い加えますと、心も魂もすっかり抜け出してしまって、会う人ごとに見咎められますので、今はもう忍ぶ手立てもありません」と、たいそう多く恨み続けなさる。あの御息所の最期のお手紙の様子もおっしゃり出して、ひどくお泣きになる。この人(少将)も、まして泣き入りながら、「その夜のお返事さえ見えなくなってしまいましたのを、もう最後とのお心で、そのまま思い込みなさって、暗くなった頃の空の様子に、お心が惑ってしまわれたのを、そのような弱り目に、いつもの物の怪が引き入れ申したのだと見ておりました。亡くなられた柏木様のことの折にも、今にもお心が乱れてしまいそうな折々が多くございましたが、宮が同じように沈んでいらっしゃったのを、お慰め申し上げようという気丈さで、だんだん正気を保たれたのです。このたびのお嘆きには、宮はただ我を忘れたご様子で、呆然として暮らしていらっしゃいます」などと、抑えがたそうに嘆きながら、はかばかしくも申し上げられない。
夕霧は「それなのですよ。それもあまりに、ぼんやりとして、言いようもない宮のお心です。今は恐れ多くとも、誰を頼りにお思い申し上げなさるのでしょう。父院の山のお住まいも、たいそう深い峰に、世の中を思い絶った雲の中のようですので、お便りを交わされることも難しいでしょう。たいそうこのように情けないご様子だと、宮にお知らせ申し上げなさい。万事そうなるべき定めなのです。世に生きていまいとお思いになっても、思い通りにならない世の中です。まず、このようなお別れが、お心のままになるのなら、あってよいことでしょうか」などと、いろいろと多くおっしゃるが、少将は申し上げることもなくて、嘆きながら座っていた。
意訳
夕霧は宮の冷たさを恨み、少将は、夕霧の返事がなかったことで御息所が思い込み、物の怪に引き入れられたと語る。
夕霧は、今は自分以外に宮の頼れる人はいないと言い、宮にそう伝えるよう少将に頼む。
語釈・文法注
文法
- 「心魂もあくがれはつ」(心魂もあくがれはてゝ)
- 心も魂もすっかり体から抜け出してしまう。
- 「われかの御氣色」(唯われかの御氣色にて)
- 我か人かも分からない様子。我を忘れた様子。
- 「こしらふ」(こしらへ聞えむの御心づよさ)
- なだめる、慰める。
解説
少将の言葉から、御息所の死の経緯が明らかになる。夕霧の返事が来なかったことで、御息所は宮が捨てられたと思い込み、その弱り目に物の怪が取り憑いた。夕霧は自分の不手際が御息所を死なせたことを、改めて知らされる。
それでも夕霧は、今は自分以外に宮の頼れる人はいないと主張する。御息所の死を悼みながら、宮を得ようとする夕霧の言葉には、誠意と身勝手さとが混在している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、792–793頁(コマ107)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日