源氏物語 第39帖 夕霧(21)
弔問と葬送
あちこちからの弔問が、いつの間にかと思うほど早く届く。大将殿もこの上なく驚いて、真っ先に弔いの手紙を寄こす。六条院からも致仕の大臣からも、皆たいそう頻繁に弔問がある。山の朱雀院も聞いて、たいそう哀れに手紙を書く。宮はこの父院の手紙にだけ頭を上げる。日頃重く患っていると聞いていたが、いつも病弱とばかり聞いていた慣れで油断していた、かいのないことはともかく、あなたが思い嘆いている様子を推し量るのが哀れで心苦しい、世の常の道理と思って心を慰めなさいとある。宮は涙で目も見えないが、返事をする。御息所が常々そうしてほしいと言っていたことだとして、今日すぐに葬ることになり、御息所の甥の大和守がいろいろと世話をする。亡骸だけでもしばらく見ていたいと宮は惜しむが、そうしてもかいのないことなので、皆が急いで準備をして、不吉な頃に大将殿が来る。夕霧は、今日を過ぎると日柄が悪いなどと人には言いながら、たいそう悲しく哀れに宮の嘆きを推し量って、そんなに急いでおいでになることもないと人々が諫めるが、押して出かけた。

- 1所所ところ々々どころののの御御おんとぶらひとぶらひとぶらいいついついつのののまままにににかかかととと見見みゆゆゆ。。。大大だい將將しょう殿殿どのももも限限かぎりなくなくなく聞聞きききき驚驚おどろききき給給たまひひいてててまづまづまず聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。六六ろく條條じょう院院いんよりよりよりももも致致ち仕仕じののの大大おお殿殿とのよりよりよりもももすべてすべてすべていといといとしげうしげうしぎょう聞聞きこえええたまふたまふたまう。。。山山やまのののみかどみかどみかどももも聞聞きこしめししめししめしててていといといと哀哀あわれににに御御おん文文ふみかいかいかいたまへたまへたまえりりり。。。宮宮みやはははこのこのこの御御おんせうそこせうそこしょうそこにににぞぞぞ御御おんぐしぐしぐしもたげもたげもたげ給給たまふふう。。。「「「日日ひ比比ごろ重重おもくくく惱惱なやみみみ給給たまふふうととと聞聞ききききわたりわたりわたりつれつれつれどどど例例れいもももあつしうあつしうあつしゅうのみのみのみ聞聞きききき侍侍はべりりりつるつるつるならひならひならいにににうちうちうちたゆみたゆみたゆみてててなむなむなん、、、かひかひかいなきなきなき事事ことをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて思思おもひひい歎歎なげいいい給給たまふふうらむらむらんありさまありさまありさまおしおしおしはかるはかるはかるなむなむなん哀哀あわれににに心苦心苦こころぐるしきしきしき。。。なべてなべてなべてののの世世よのののことわりことわりことわりににに覺覺おぼしししなぐさめなぐさめなぐさめ給給たまへへえ」」」とととありありあり。。。目目めももも見見みえええ給給たまははわねねねどどど御御おん返返かへしししきこえきこえきこえ給給たまふふう。。。常常つねにににさささこそこそこそあらあらあらめめめとととのたまひのたまひのたまいけるけるける事事こととてとてとて今今け日日きょうやがてやがてやがてをさめをさめおさめ奉奉たてまつるるるとてとてとて御御おん甥甥おいののの大大やま和和と守守のかみにてにてにてありありありけるけるけるぞぞぞよろづよろづよろずにににあつかひあつかひあつかい聞聞きこえええけるけるける。。。骸骸からをををだにだにだにしばししばししばし見見み奉奉たてまつらららむむんとてとてとて宮宮みやははは惜惜おしみみみ聞聞きこえええ給給たまひひいけれけれけれどどど、、、さてもさてもさてもかひかひかいあるあるあるべきべきべきならならならねねねばばば皆皆みな急急いそぎぎぎたちたちたちてててゆゝしげゆゝしげゆゆしげなるなるなる程程ほどにににぞぞぞ大大だい將將しょう殿殿どのおはしおはしおわしたるたるたる。。。「「「今今け日日きょうよりよりよりのちのちのち日日ひついでついでついであしかりあしかりあしかりけりけりけり」」」などなどなど人人ひとぎゝぎゝぎきにににはははののの給給のたまひひいててていといといともももかなしうかなしうかなしゅう哀哀あわれににに宮宮みやのののおぼしおぼしおぼし歎歎なげくくくらむらむらんことことことをををおしおしおしはかりはかりはかり聞聞きこえええ給給たまひひいててて「「「かくかくかくしもしもしも急急いそぎぎぎ渡渡わたりりり給給たまふふうべきべきべき事事ことならならならずずず」」」ととと人々人々ひとびといさめいさめいさめ聞聞きこゆれゆれゆれどどどえええしひしひしいててておはしましおはしましおわしましぬぬぬ。。。
現代語訳
あちこちからのお弔いが、いつの間にと思われるほど早く届く。大将殿(夕霧)もこの上なく聞き驚きなさって、真っ先にお便りを申し上げなさった。六条院(源氏)からも、致仕の大殿からも、皆たいそう頻繁にお便りを申し上げなさる。山の帝(朱雀院)もお聞きになって、たいそう哀れにお手紙をお書きになった。宮はこのお便りにだけ、御髪をもたげなさる。「日頃重く患っていらっしゃるとずっと聞いていたけれど、いつも病弱だとばかり聞いておりました慣れで、つい油断しておりました。かいのないことはともかくとして、あなたが思い嘆いていらっしゃるだろう有様を推し量るのが、哀れで心苦しいのです。世の常の道理とお思いになって、心をお慰めなさい」とある。宮は涙で目もお見えにならないけれど、お返事を申し上げなさる。御息所が常々そのようにしてほしいとおっしゃっていたことだということで、今日すぐに葬り申し上げるということで、御甥で大和守であった人が、いろいろとお世話申し上げた。亡骸だけでもしばらく見ていたいと、宮はお惜しみ申し上げなさったが、そうしてもかいのあることではないので、皆が急いで準備をして、不吉な慌ただしさの頃に、大将殿がおいでになった。夕霧は「今日より後は日柄が悪かったので」などと人の聞こえにはおっしゃって、たいそう悲しく哀れに、宮がお嘆きになっているだろうことを推し量り申し上げなさって、「そのようにまでお急ぎになっておいでになるべきことでもありません」と人々がお諫め申し上げるけれど、押してお出かけになった。
意訳
各方面から弔問が届き、宮は父朱雀院の手紙にだけ返事をする。御息所はその日のうちに葬られることになり、夕霧は人々の諫めを押して小野へ向かう。
語釈・文法注
文法
- 「あつし」(例もあつしうのみ聞き侍りつる)
- 病気がちである、病弱である。
- 「をさめ奉る」(今日やがてをさめ奉る)
- 葬る、埋葬する。
- 「日ついで」(今日よりのち日ついであしかりけり)
- 日の巡り合わせ、日柄。
解説
御息所の死の知らせに、各方面から弔問が届く。宮が父朱雀院の手紙にだけ頭を上げるのは、母を失った今、父だけが頼りだからである。朱雀院の手紙は、出家者らしく、世の道理として慰めるよう説く。
夕霧は、日柄が悪いからと言い訳をしながら、人々の諫めを押して小野へ向かう。前日は坎日を理由に行かなかった夕霧が、今度は無理を押して駆けつける。その遅すぎた誠意が、哀れを誘う。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、786–787頁(コマ104)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日