源氏物語 第39帖 夕霧(19)
御息所の最期の言葉
小野では、昨夜も平然として来なかった夕霧の様子を、御息所はこらえきれず、後の噂も構わずに恨みの手紙を書いたのに、その返事さえない。今日も暮れてしまったのを、どれほどの心なのかと見放されたようで、あきれて心も砕け、少しよくなっていた病がまたひどく重くなる。かえって宮本人の心の内では、このことを特につらいと驚くこともないので、ただ思いがけない人に気を許した様子を見られたことばかりが残念で、それほど深く思い詰めてもいないのに、母がこれほどひどく思い込んでいるのが、あきれて恥ずかしく、弁明しようもなくて、いつもより恥ずかしがっている。御息所はそれを見て、たいそう心苦しく、娘に物思いばかりを重ねさせることになったと胸がふさがって悲しく、今さら煩わしいことは申し上げまいと思うが、やはり宿縁とはいえ、思いがけず幼い心で人の非難を受けることになったのは、取り返しようもないが、これからはそのような心遣いをなさい、取るに足りない身ながら、何かとお世話してきたが、今は何事もわきまえ、世の中のあれこれの様子もお考えになれる年頃と見て、そちらは安心していた、やはりたいそう幼くて、しっかりした心構えがなかったのだと思い乱れて、もうしばらくの命もとどめたい、普通の身分の女でさえ、少し身分のある者が二人の夫を持つのは情けなく軽はずみなことなのに、まして皇女の身では、いい加減に人が近づくべきでもないのに、思いがけず意に沿わない縁組と、長年見て悩んでいたが、そうなるべき宿縁なのか、朱雀院をはじめ心が傾き、柏木の父大臣も許しそうな様子だったので、自分一人が反対してもと気弱になったことだったが、末代まで不名誉な有様を、あなたの過ちでもないので天を恨みながら見過ごしてきたのに、このように人のためにも自分のためにも、何かと聞き苦しいことが加わりそうなのが、それでも世間の噂は知らぬ顔で、世の常の夫婦にさえなってくれれば、自然と年月を経るにつれ慰むこともあろうかと思いなしていたのに、この上なく情けない人の心でもあったことよと、ぽろぽろと泣く。無理に決めつけて言うのを、宮は言い争って晴らす言葉もなく、ただ泣いている様子が、おっとりとかわいらしい。御息所はじっと見つめながら、ああ、何が人に劣っておられよう、どんな宿縁で心安らかでなく深く思い悩む契りが深かったのだろうなどと言ううちに、ひどく苦しみ出す。物の怪などもこうした弱り目に乗じるものなので、急に意識を失って、ただ冷えに冷えていく。律師も騒ぎ立てて、願などを立てて大声で祈る。深い誓いを立てて命の限りと決めた山籠りを、これほどの思いで出てきて、壇を壊して帰ったら面目もなく、仏も恨めしく思われるだろうと、心を奮い立たせて祈る。宮が泣き惑うのはまことにもっともである。

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現代語訳
あちら(小野)では、昨夜も平然として来なかった夕霧のご様子を、御息所はこらえきれずに、後の噂も構っていられずに恨み申し上げなさったのに、そのお返事さえ見えない。今日も暮れてしまったのを、どれほどのお心なのかと見放されたようで、あきれて心も砕けて、少しよくなっていたご病気が、またたいそうひどく重くおなりになる。かえって宮ご本人のお心の内では、このことを特につらいと驚くようなこともないので、ただ思いがけない人に気を許した有様を見られたことばかりが残念で、それほど深く思い詰めてもいらっしゃらないのに、母がこれほどひどく思い込んでいらっしゃるのを、あきれて恥ずかしく、弁明申し上げようもなくて、いつもよりも恥ずかしがっていらっしゃる様子がお見えになるのを、御息所はたいそう心苦しく、物思いばかりを重ねさせることになったと拝見するにつけても、胸がぎゅっとふさがって悲しいので、
「今さら煩わしいことは申し上げまいと思いますが、やはりご宿縁とはいいながら、思いがけず幼い心で、人の非難を受けなさることになったのは、取り返しようもないことですが、これからはやはりそのような心遣いをなさいませ。取るに足りない身ながら、何かとお育て申し上げてまいりましたが、今は何事もわきまえられ、世の中のあれこれの様子もお考えになれるほどの年頃に見申し上げておりましたので、そちらの方面は安心して拝見しておりました。やはりたいそう幼くて、しっかりしたお心構えがなかったのだと思い乱れておりますので、もうしばらくの命もとどめておきたい気持ちです。普通の身分の人でさえ、少し身分の高くなった女が二人の夫に見えるという例は、情けなく軽はずみなことですのに、ましてこのようなお身の上では、それほどいい加減に人が近づき申し上げるべきでもないのに、思いがけず、心にも沿わないご縁組と、長年拝見して悩んでおりましたが、そうなるべきご宿縁だったのでしょう、朱雀院をはじめ皆様のお心が傾き、柏木の父大臣も許しなさりそうなご様子でしたので、私一人が意地を張ってもどうしようもないと気弱になったことでしたが、末代まで不名誉なご有様を、あなたご自身の過ちでもないのに、大空を恨みながら見過ごしてまいりましたのに、このように人のためにも自分のためにも、何かと聞き苦しいことが加わって出てきそうなのが、それでも世間の噂は知らぬ顔をして、世の常のご夫婦の様子にさえなってくだされば、自然と年月を経るにつれて慰むこともあろうかと思いなしておりましたのに、この上なく情けないお方のお心でもあったことよ」と、ぽろぽろとお泣きになる。
たいそう無理に決めつけておっしゃるのを、宮は言い争って晴らす言葉もなくて、ただお泣きになっている様子が、おっとりとかわいらしい。御息所はじっと見つめながら、「ああ、何が人に劣っていらっしゃるでしょう。どのようなご宿縁で、心安らかでなく、深く物思いをなさるような契りが深かったのでしょう」などとおっしゃるうちに、ひどく苦しみなさる。物の怪なども、このような弱り目につけ入るものなので、急に意識を失って、ただ冷えに冷えていかれる。律師も騒ぎ立てなさって、願などを立てて大声で祈りなさる。深い誓いを立てて、今は命の限りと決めた山籠りを、これほどまでの思いで出てきて、壇を壊して山へ帰り入ることになるのは面目もなく、仏も恨めしく思われるにちがいないことだと、心を奮い立たせて祈り申し上げなさる。宮が泣き惑いなさるのは、まことにもっともなことである。
意訳
夕霧の返事が来ないまま日が暮れ、御息所の病は重くなる。宮は恥ずかしがるばかりで弁明もできない。
御息所は、気の進まなかった柏木との縁組から語り、世の常の夫婦にさえなってくれればと思っていたのにと、夕霧の薄情を嘆いて泣く。
御息所はそのまま苦しみ出して意識を失い、律師が必死に祈り、宮は泣き惑う。
語釈・文法注
文法
- 「ひとふたりと見る」(女のひとふたりと見るためし)
- 二人の夫を持つこと。再婚すること。
- 「大空をかこつ」(大空をかこちて見奉りすぐす)
- 天を恨む。運命を嘆く。
- 「よわめに所うる」(かゝるよわめに所うるものなり)
- 弱り目につけ入る、勢いを得る。
解説
御息所の最後の言葉は、娘の不運な結婚への嘆きである。皇女でありながら臣下に嫁ぎ、夫に先立たれ、今また軽々しい浮名を立てられる。御息所は、せめて世の常の夫婦になってくれればと思っていたが、夕霧の態度はそれさえ裏切ったように見えた。実際には何もなかったのに、その誤解が御息所の命を奪う。
宮は弁明することもできず、ただ泣く。母を思う娘と、娘を思う母との間に、真実が伝わらないまま、御息所は意識を失う。誤解と沈黙が生んだ悲劇である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、784–787頁(コマ103–104)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日