源氏物語 第39帖 夕霧(10)
律師の告げ口
御息所はまったく事情を知らない。物の怪に患う人は重病と見えても、さわやかになる合間もあって正気に返る。昼ごろ、日中の加持が終わって阿闍梨(律師)が一人残ってなお陀羅尼を読んでいる。御息所の具合が少しよいのを喜んで、大日如来が嘘をつかれないのなら、どうしてこの私が心を尽くしてお仕えする御修法に効き目がないことがあろう、悪霊は執念深いようだが、業障にまつわりついている弱いものだと、声をからして怒っている。たいそう聖らしくぶっきらぼうな律師で、唐突に、そういえばあの大将はいつからここへ通っておられるのかと尋ねる。御息所は、そういうことはない、亡き大納言(柏木)と親しい仲で、頼まれた心を違えまいと、この数年何かにつけて不思議なほど親身に世話をしてくれ、このように重く患っているのを見舞いに立ち寄られたので、恐れ多く聞いたと答える。律師は、いやいや見苦しい、私に隠すことではない、今朝後夜の勤めに上った時、あの西の妻戸からたいそう立派な男が出ていかれたのを、霧が深くて私は見分けられなかったが、法師たちが、大将殿がお出になったのだ、昨夜も車を帰してお泊まりになったと口々に言っていた、本当にたいそう香ばしい香りが満ちて頭が痛いほどだったので、なるほどそうだったと思い合わせた、あの君はいつもたいそう香ばしい方だ、この縁組はあまり感心しない、あの方はたいそう学識もある、私も夕霧が子どもの頃から、あの君のための修法は亡き大宮が言いつけられていたので、ひたすらそうしたことは今でも承っているが、まったく益がない、本妻が強くいらっしゃる、時めく一族で、たいそう尊い身分だ、子どもも七、八人になられた、皇女でも本妻を押しのけることはできまい、また女人が罪深い身を受けて長夜の闇に迷うのは、ただこうした罪によって恐ろしい報いを受けるのだ、本妻の怒りが出てきたら長い妨げとなろう、まったく賛成できないと、首を振ってずけずけと言い放つ。御息所は、たいそう不思議なことだ、まったくそんな様子も見えない人だ、気分がひどく悪かったので休んでから対面しようと、しばらくとどまっておられたとここの女房たちが言っていたが、そうして泊まられたのだろうか、だいたいたいそう誠実で堅い人なのにととぼけるが、心の内では、そういうこともあったのだろうか、ただならぬ様子は折々見えたが、人柄がたいそうしっかりしていて、人の非難を受けそうなことは避けて端正に振る舞っておられるので、たやすく心を許されないうちは何もあるまいと油断していた、人が少なくおられる様子を見て、入り込みなどされたのだろうかと思う。

- 1御御み息息やす所所どころもももかけかけかけてててしりしりしり給給たまははわずずず、、、ものものものゝゝのけけけににに煩煩わずらひひい給給たまふふう人人ひとはははおもしおもしおもしととと見見みれれれどどどさはやぎさはやぎさわやぎ給給たまふふうひまひまひまもももありありありてててなむなむなん物物ものおぼえおぼえおぼえ給給たまふふう。。。晝晝ひるつかたつかたつかた日日につ中中ちゅうののの御御おん加加か持持じはてはてはてゝゝて阿阿あ闍闍ざ梨梨りひとりひとりひとりとゞまりとゞまりとどまりててて猶猶なお陀陀だ羅羅ら尼尼に讀讀よみみみ給給たまふふう。。。よろしうよろしうよろしゅう坐坐おわしますしますします悅悅よろこびびびててて「「「大大だい日日にち如如によ來來らいそらごとそらごとそらごとししし給給たまははわずずずばばばなどなどなどてててかかかかくかくかくなにがしなにがしなにがしががが心心こころをををいだしいだしいだしててて仕仕つかうまつるうまつるうまつる御御おんすすす法法ほうにににしるししるししるしなきなきなきやうやうようはははあらあらあらむむん。。。あくらうあくらうあくろうはははしふねきしふねきしうねきやうやうようなれなれなれどどどごつしやうごつしやうごつしょうにににまつはれまつはれまつわれたるたるたるはかなはかなはかなものものものなりなりなり」」」ととと聲聲こえはははかれかれかれててていかりいかりいかり給給たまふふう。。。いといといとひじりひじりひじりだちだちだちすくすくしきすくすくしきすくすくしきりしりしりしにてにてにてゆくりゆくりゆくりもももなくなくなく「「「そよそよそよやややこのこのこの大大だい將將しょうはははいついついつよりよりよりこゝこゝここにににははは參參まいりりり通通かよひひい給給たまふふうぞぞぞ」」」ととととひとひとい申申もうししし給給たまふふう御御み息息やす所所どころ「「「さるさるさることことことももも侍侍はべらららずずず。。。故故こ大大だい納納な言言ごんのののいといといとよきよきよき中中なかにてにてにて語語かたらひらひらいつけつけつけ給給たまへへえるるる心心こころたがへたがへたがえじじじととと、、、このこのこの年年とし比比ごろさるさるさるべきべきべきことことことにににつけつけつけててていといといとあやしくあやしくあやしくなむなむなん語語かたらひらひらい物物ものししし給給たまふふうももも、、、かくかくかくふりはへふりはへふりはえわづらふわづらふわずらうををを、、、とぶらひとぶらひとぶらいにににとてとてとて立立たちちち寄寄よりりり給給たまへへえりりりけれけれければばば辱辱かたじけなくくく聞聞きききき侍侍はべりりりききき」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「いでいでいであなあなあなかたはかたはかたわ。。。なにがしなにがしなにがしにににかくさかくさかくさるるるべきべきべきことことことにににもももあらあらあらずずず。。。けさけさけさごやごやごやにににまうまうもうのぼりのぼりのぼりつるつるつるにににかのかのかの西西にしののの妻妻つま戶戶どよりよりよりいといといとうるはしきうるはしきうるわしき男男おとこののの出出いででで給給たまへへえるるるををを、、、霧霧きりふかくふかくふかくてててなにがしなにがしなにがしはははえええ見見みわいわいわい奉奉たてまつらららざりざりざりつるつるつるををを、、、このこのこの法法ほう師師しばらばらばらなむなむなん、、、大大だい將將しょう殿殿どのののの出出いででで給給たまふふうなりなりなりけりけりけりよべよべよべももも御御おん車車くるまももも歸歸かへしししてててとまりとまりとまり給給たまひひいけるけるけるととと口口くち々々ぐち申申もうしししつるつるつるげにげにげにいといといとかうばしきかうばしきこうばしきかかかのののみちみちみちててて頭頭かしら痛痛いたきききまでまでまでありありありつれつれつればばば、、、げにげにげにさささなりなりなりけりけりけりととと思思おもひひいあはせあはせあわせ侍侍はべりりりぬるぬるぬる常常つねにににいといといとかうばしうかうばしうこうばしゅう物物ものししし給給たまふふう君君きみなりなりなり。。。
- 2このこのこの事事こといといといと切切せちにににもももあらあらあらぬぬぬことことことなりなりなり。。。人人ひとはははいといといと有有ゆう職職そくにににものしものしものし給給たまふふう。。。なにかしなにかしなにかし等等らもももわらはわらはわらわにににものしものしものし給給たまひひいししし時時ときよりよりより、、、かのかのかの君君きみののの御御おんためためためののの事事ことはははずほふずほふずほうをををなむなむなん故故こ大大おお宮宮みやののののたまひのたまひのたまいつけつけつけたりたりたりしかしかしかばばば、、、一一いつかうかうこうにににさるさるさるべきべきべきことことこと今今いまににに承承うけたまはるはるわる所所ところなれなれなれどどどいといといとやくやくやくなしなしなし。。。本本ほん妻妻さい强强つよくくくものしものしものし給給たまふふう。。。さるさるさる時時ときにににあへあへあえるるるぞうぞうぞうるゐるゐるいにてにてにていといといとやんごとなしやんごとなしやんごとなし。。。若若わか君君きん達達だちははは七七しち八八はち人人にんににになりなりなり給給たまひひいぬぬぬ。。。えええみこみこみこののの君君きみおしおしおし給給たまははわじじじ、、、又又また女女によ人人にんのののあしきあしきあしき身身みをををうけうけうけ長長じょう夜夜やのののやみやみやみにににまどふまどふまどうははは唯唯ただかやうかやうかようののの罪罪つみににによりよりよりなむなむなん、、、さるさるさるいみじきいみじきいみじき報報むくいをををもももうくるうくるうくるものものものなるなるなる。。。人人ひとののの御御おんいかりいかりいかり出出いででできききなななばばば長長ながきききほだしほだしほだしとととなりなりなりなななむむん。。。もはらもはらもはらうけひかうけひかうけひかずずず」」」とととかしらかしらかしらふりふりふりてててたゞたゞただいひいひいいにににいひいひいい放放はなてててばばば「「「いといといとあやしきあやしきあやしきことことことなりなりなり。。。更更さらにににさるさるさる氣色氣色けしきにににももも見見みえええ給給たまははわぬぬぬ人人ひとなりなりなり。。。萬萬よろず心心こころちちちのののまどひまどひまどいにににしかしかしかばばばうちうちうちやすみやすみやすみててて對對たい面面めんせせせむむんとてとてとてなむなむなん暫暫しばししし立立たちちちとまりとまりとまり給給たまへへえるるるとととこゝこゝここなるなるなる御御ご達達たちいひいひいいしししををを、、、さやうさやうさようにてにてにてとまりとまりとまり給給たまへへえるるるにににやややあらあらあらむむん。。。大大おおかたかたかたいといといとまめやかまめやかまめやかにににすくよかすくよかすくよかににに物物ものししし給給たまふふう人人ひとををを」」」とととおぼめいおぼめいおぼめい給給たまひひいながらながらながら心心こころのののうちうちうちににに、、、さるさるさることことこともももやややありありありけむけむけん、、、たゞたゞただならならならぬぬぬ御御おん氣色氣色けしきははは折折おり々々おり見見みゆれゆれゆれどどど人人ひとののの御御おんさまさまさまのののいといといとかどかどしうかどかどしうかどかどしゅうあながちあながちあながちににに人人ひとのののそしりそしりそしりあらあらあらむむんことことことははは省省はぶきききすてすてすて、、、うるはしうるはしうるわしだちだちだち給給たまへへえるるるににに、、、容容たや易易すくくく心心こころゆるさゆるさゆるされれれぬぬぬことことことはははあらあらあらじじじとととうちうちうちとけとけとけたるたるたるぞぞぞかしかしかし、、、人人ひとずくなずくなずくなにてにてにておはするおはするおわする氣色氣色けしきををを見見みてててはひはひはい入入いりりりもももやややししし給給たまひひいけむけむけんとととおぼすおぼすおぼす。。。
現代語訳
御息所も、まったくそのことをご存じない。物の怪に患っていらっしゃる人は、重病と見えても、さわやかになられる合間もあって、正気に返りなさる。昼ごろ、日中の御加持が終わって、阿闍梨(律師)が一人残って、なお陀羅尼を読んでいらっしゃる。御息所が少しよくいらっしゃるのを喜んで、「大日如来が嘘をおつきにならないのなら、どうしてこの私が心を尽くしてお仕えする御修法に、効き目がないことがあろう。悪霊は執念深いようだが、業障にまつわりつかれている、はかないものだ」と、声をからしてお怒りになる。たいそう聖めいて、ぶっきらぼうな律師で、唐突に「そういえば、あの大将は、いつからここへ通っていらっしゃるのか」とお尋ね申し上げなさる。御息所は「そのようなことはございません。亡き大納言(柏木)とたいそう親しい仲で、頼み置かれた心を違えまいと、この数年、何かにつけて、不思議なほど親身にお世話してくださいますが、このようにわざわざ患っておりますのを、お見舞いにとお立ち寄りくださったので、恐れ多く承りました」と申し上げなさる。律師は「いやいや、見苦しい。私にお隠しになることでもない。今朝、後夜の勤めに上ってまいりましたところ、あの西の妻戸から、たいそう立派な男がお出になったのを、霧が深くて私は見分け申し上げられなかったが、この法師たちが、大将殿がお出になったのだ、昨夜もお車まで帰してお泊まりになったと、口々に申していた。本当にたいそう香ばしい香りが満ちていて、頭が痛くなるほどだったので、なるほどそうであったかと思い合わせました。いつもたいそう香ばしくしていらっしゃる君です。
このご縁組は、あまり感心しないことです。あの方はたいそう学識もおありになる。私なども、あの君が子どもでいらっしゃった時から、あの君のための御修法のことを、亡き大宮が言いつけなさっていたので、ひたすらそうしたことは今でも承っているところですが、まったく益のないことです。本妻が強くていらっしゃる。そのような時めく一族で、たいそう尊い身分です。若君たちは七、八人におなりになった。皇女の君でも、本妻を押しのけることはおできになるまい。また女人が罪深い身を受けて、長い夜の闇に迷うのは、ただこのような罪によって、そのような恐ろしい報いをも受けるのです。本妻のお怒りが出てきたら、長い妨げとなるでしょう。まったく賛成できない」と、首を振って、ただずけずけと言い放つので、御息所は「たいそう不思議なことです。まったくそのような様子にもお見えにならない方です。何もかも気分が乱れておりましたので、休んでから対面しようと、しばらくお残りになっていたと、ここの女房たちが申しておりましたが、そのようにしてお泊まりになったのでしょうか。だいたい、たいそう誠実で堅くていらっしゃる方なのに」と、とぼけていらっしゃりながら、心の内では、そういうこともあったのだろうか、ただならぬご様子は折々見えたけれど、人柄がたいそうしっかりしていて、無理に人の非難を受けそうなことは避け捨てて、端正にしていらっしゃるので、たやすく宮が心を許さないうちは何もあるまいと、油断していたのだよ、人が少なくていらっしゃる様子を見て、入り込みなどなさったのだろうか、とお思いになる。
意訳
律師は御息所に、今朝夕霧が宮の部屋の妻戸から出て行ったと告げる。
律師は本妻の強い夕霧との縁組に反対し、御息所はとぼけながらも、夕霧が宮のもとに入り込んだのかと疑う。
語釈・文法注
文法
- 「ごつしやう」(ごつしやうにまつはれたる)
- 業障。悪い行いによる障り。
- 「ごや」(けさごやにまうのぼりつるに)
- 後夜。夜半から明け方までの勤行。
- 「有職」(人はいと有職にものし給ふ)
- 学識や教養がすぐれていること。
- 「ぞうるゐ」(さる時にあへるぞうるゐにて)
- 族類。一族。雲居の雁の実家、致仕の大臣家を指す。
解説
律師の無遠慮な言葉が、御息所に夕霧の朝帰りを知らせる。律師は聖らしい堅物で、悪意はないが、その率直さが事態を悪化させる。夕霧の香りが頭が痛くなるほど満ちていたという描写には、ユーモアがある。
律師は、本妻の強い夕霧との縁組は宮の罪となり、長夜の闇に迷う原因になると説く。御息所は夕霧を信じたいと思いながらも、疑いを抱き始める。この誤解が、御息所の病を重くし、死へと導いていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、776–777頁(コマ99)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日