源氏物語 第39帖 夕霧(8)
濡れ衣の歌
夕霧は、荻原の軒端の露に濡れながら、幾重にも立つ霧を分けて帰らねばならないのか、濡れ衣はやはりお乾かしにはなれないでしょう、このように無理に追い払うあなたのお心のせいでと言う。宮は、本当にこの浮名は消しようもなく漏れるだろうが、せめて自分の心に問われた時に潔白だと答えようと思うので、ひどく突き放して、分けて行く草葉の霧を口実にして、なお私に濡れ衣を着せようと思うのですか、珍しいことですと、たしなめる様子がたいそう美しく気高い。夕霧は、長年人とは違う誠実な人として、さまざまに情けを見せてきたのに、その名残もなく油断させて好色めいたことをしたのが気の毒で恥ずかしいので、疎かにはしないと思い返しながらも、このように無理に宮の言うなりになっても、後で間抜けに見えるのではないかと、さまざまに心乱れて帰る。道の露もたいそうひどい。このような忍び歩きに慣れない夕霧には、趣深くも心を尽くすものにも思われながら、自邸に帰れば雲居の雁がこの濡れ姿を怪しんで咎めるにちがいないので、六条院の東の御殿(花散里の所)に行く。まだ朝霧も晴れず、まして小野ではどんなだろうと思いやる。いつにない朝帰りがあったと女房たちはささやく。しばらく休んで衣を着替える。花散里が夏冬の衣を美しく用意しておいてあるので、香の唐櫃から取り出して差し上げる。粥などを食べて、源氏の御前に参る。

- 1「「「荻荻おぎ原原はらややや軒軒のきばばばのののつゆつゆつゆにににそぼちそぼちそぼちつゝつゝつつやへやへやえたつたつたつ霧霧きりをををわけわけわけぞぞぞゆくゆくゆくべきべきべき。。。ぬれぬれぬれぎぬぎぬぎぬははは猶猶なおえええほさほさほさせせせ給給たまははわじじじ。。。かうかうこうわりなうわりなうわりのうやらはやらはやらわせせせ給給たまふふう御心御心みこころづからづからずからこそこそこそははは」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。げにげにげにこのこのこの御御おん名名なのののたけからたけからたけからずずずもりもりもりぬぬぬべきべきべきををを心心こころのののとはとはとはむむんにににだにだにだに口口くち淸淸きようううこたへこたへこたえむむんとととおぼせおぼせおぼせばばば、、、いみじういみじういみじゅうもてもてもてはなれはなれはなれ給給たまふふう。。。「「「わけわけわけゆかゆかゆかむむん草草くさ葉葉ばののの霧霧きりをををかごとかごとかごとにてにてにて猶猶なおぬれぬれぬれ衣衣ぎぬをををかけかけかけむむんとととややや思思おもふふう。。。めづらかめづらかめずらかなるなるなることことことかなかなかな」」」とととあばめあばめあばめ給給たまへへえるるるさまさまさまいといといとをかしうをかしうおかしゅうはづかしげはづかしげはずかしげなりなりなり。。。年年とし比比ごろ人人ひとにににたがへたがへたがえるるる心心こころばせばせばせ人人びとににになりなりなりてててさまざまさまざまさまざまににになさけなさけなさけををを見見みえええ奉奉たてまつるるる名名な殘殘ごりなくなくなくうちうちうちたゆめたゆめたゆめすきずきしきすきずきしきすきずきしきやうやうようなるなるなるがががいとほしういとほしういとおしゅう心心こころはづかしげはづかしげわずかしげなれなれなればばば、、、踈踈おろそかならならならずずず思思おもひひいかへしかへしかえしつゝつゝつつ、、、かうかうこうあながちあながちあながちににに隨隨したがひひい聞聞きこえええてててももも後後のちをこがましくをこがましくおこがましくやややとととさまざまさまざまさまざまににに心心こころ亂亂みだれれれつゝつゝつつ出出いででで給給たまふふう。。。
- 2道道みちののの露露つゆけさけさけさもももいといといと所所ところせしせしせし。。。かやうかやうかようのののありきありきありきならひならひならい給給たまははわぬぬぬ心心こころちちちにににをかしうをかしうおかしゅうももも心心こころづくしづくしずくしにににおぼえおぼえおぼえつゝつゝつつ、、、殿殿とのにににおはせおはせおわせばばば女女おんな君君ぎみのののかゝるかゝるかかるぬれぬれぬれをををあやしあやしあやしととと咎咎とがめめめ給給たまひひいぬぬぬべけれべけれべければばば、、、六六ろく條條じょう院院いんのののひんがしひんがしひんがしのののおとゞおとゞおとどにににまうでまうでもうで給給たまひひいぬぬぬ。。。まだまだまだ朝朝あさ霧霧ぎりもももはれはれはれずずずましてましてましてかしこかしこかしこにににはははいかにいかにいかにととと覺覺おぼしししやるやるやる。。。例例れいならならならぬぬぬ御御おんありきありきありきありありありけりけりけりととと人々人々ひとびとはははさゞめくさゞめくさざめく。。。暫暫しばししし打打うちちち休休やすみみみ給給たまひひいててて御御おんぞぞぞぬきぬきぬきかへかへかえたまふたまふたまう。。。夏夏なつ冬冬ふゆととといといといときよらきよらきよらにににしししおきおきおき給給たまへへえれれればばばかうかうこうののの御御おん唐唐から櫃櫃びつよりよりよりとうでとうでとうでゝゝて奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。御御おんかゆかゆかゆなどなどなどまゐりまゐりまいりててて御御お前前まえににに參參まいりりり給給たまふふう。。。
現代語訳
夕霧は「荻原の軒端の露に濡れながら、幾重にも立つ霧を分けて帰っていかなければならないのでしょうか。濡れ衣は、やはりお乾かしになることはできないでしょう。このように無理に追い払いなさるお心のせいでこそ」と申し上げなさる。本当にこの浮名は、どうしようもなく漏れてしまうだろうが、せめて自分の心に問われた時には、潔白だと答えようとお思いになるので、宮はひどく突き放しなさる。「分けて行く草葉の霧を口実にして、なお私に濡れ衣を着せようと思うのですか。珍しいことですね」とたしなめなさる様子が、たいそう美しく、こちらが気後れするほど気高い。夕霧は、長年人とは違う誠実な人物として、さまざまに情けをお見せしてきたその名残もなく、宮を油断させて好色めいたことをしたのが、宮にお気の毒で気恥ずかしく思われるので、疎かにはするまいと思い返しながらも、このように無理に宮の言うとおりにしても、後で間抜けに見えるのではないかと、さまざまに心乱れながらお帰りになる。
道の露けさも、たいそうひどい。このような忍び歩きに慣れていらっしゃらない心には、趣深くも、心を尽くすことにも思われながら、自邸にいらっしゃれば、女君(雲居の雁)がこのように濡れた姿を怪しいと咎めなさるにちがいないので、六条院の東の御殿(花散里の所)に参りなさった。まだ朝霧も晴れず、まして小野ではどんなだろうかとお思いやりになる。いつにない朝帰りがあったものだと、女房たちはささやく。しばらく休みなさって、御衣を脱ぎ替えなさる。花散里が夏冬と季節ごとにたいそう美しく用意しておいていらっしゃるので、香を焚きしめた唐櫃から取り出して差し上げなさる。粥などを召し上がって、源氏の御前に参上なさる。
意訳
夕霧は濡れ衣の歌を詠みかけ、宮は潔白を守ろうと突き放す歌を返す。夕霧は心乱れて帰る。
夕霧は雲居の雁に咎められるのを恐れて、六条院の花散里のもとで衣を着替える。
語釈・文法注
文法
- 「そぼつ」(軒ばのつゆにそぼちつゝ)
- 濡れる、しっとりと濡れる。
- 「あばむ」(とあばめ給へるさま)
- たしなめる、とがめる。
- 「ひんがしのおとゞ」(六條院のひんがしのおとゞにまうで給ひぬ)
- 六条院の東北の町。夕霧の養母である花散里が住む。
解説
夕霧と宮の歌の贈答は、濡れ衣をめぐる応酬である。夕霧は、追い返された自分に濡れ衣が着せられると訴え、宮は、自分に濡れ衣を着せようとするのかと切り返す。宮は自分の心に潔白を守ろうとしている。
夕霧が雲居の雁を恐れて花散里のもとで着替える姿は、ユーモラスである。花散里が夕霧のために季節ごとの衣を用意しているという描写には、養母としての花散里の細やかな愛情が表れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、774–775頁(コマ98)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日