源氏物語 第39帖 夕霧(4)
霧に閉ざされた夕べ
日が沈みかける頃、空も哀れに霧が立ちこめて山陰は小暗く、ひぐらしがしきりに鳴き、垣根に生えた撫子が風になびく色も美しい。前栽の花は思うままに咲き乱れ、水の音が涼しく、山おろしがもの寂しく、松風が木深く響き、不断経を読む僧が交代して鐘を打ち鳴らすと、退く声と座に着く声が一つになって尊く聞こえる。所柄、何もかも心細く見えるのも哀れで、夕霧は物思いにふけり、帰る気にもならない。律師の加持の音がして、陀羅尼をたいそう尊く読む。御息所がひどく苦しんでいるというので、女房たちもそちらに集まり、もともと旅先なので大勢参っていなかったうえに人が少なくなって、宮は物思いに沈んでいる。夕霧は、思いを打ち明けるによい折だと思っているところに、霧がこの軒先まで立ちこめるので、帰る道も見えなくなっていくのをどうしようと言い、山里の哀れを添える夕霧に、出て行く気持ちにもなれないと詠むと、宮は、山人の垣根を包んで立つ霧も、心の浮ついた人は引き止めないでしょうと返す。ほのかに聞こえる宮の気配に心を慰めて、夕霧は帰ることをすっかり忘れてしまう。中途半端なことだ、家路は見えず、霧の垣根に立ち止まることもできないように追い払われる、不慣れな者はこうなると言ってためらい、こらえきれない思いをほのめかすが、宮は長年まったく気づかなかったわけではないが知らぬ顔をしてきたので、こう言葉に出して恨まれるのが煩わしく、いっそう返事もしない。夕霧はひどく嘆いて、またこのような折があるだろうかと思い巡らす。情けない軽薄な男と思われてもかまわない、思い続けてきた心だけでも知らせようと思って、人を呼ぶと、右近衛府の将監から五位になった親しい家来が来る。夕霧は小声で、律師にぜひ話すことがあるが、護身などで忙しそうなので今は休んでいるだろう、今夜はこの辺りに泊まって、初夜の勤めが終わる頃に律師のいる方へ行こう、誰それを控えさせよ、随身などの男たちは栗栖野の荘園が近いだろうから、馬に秣を与えさせて、ここで大勢声を立てるな、このような旅寝は軽々しく人も取りざたするだろうと言う。家来は事情があるのだろうと心得て立ち去る。夕霧は、道がたいそうおぼつかないのでこの辺りに宿を借ります、同じことならこの御簾のそばをお許しください、阿闍梨が下りてくるまでと平然と言う。いつもはこのように長居して色めいた様子も見せないのに、困ったことだと宮は思うが、わざとらしく軽々しく奥へいざって行くのも見苦しい気がして、ただ黙っていると、夕霧はあれこれ言い寄って、取り次ぎにいざって入る女房の後ろについて、御簾の内に入ってしまう。

- 1日日ひ入入いりりりがたがたがたににになりなりなりゆくゆくゆくににに、、、空空そらののの氣色氣色けしきももも哀哀あわれにににきりきりきりわたりわたりわたりててて山山やまののの蔭蔭かげはははををおぐらきぐらきぐらき心心こころちちちするするするににに、、、ひぐらしひぐらしひぐらし鳴鳴なきききしきりしきりしきりてててかきかきかきほほほにににおふるおふるおうるなでしこなでしこなでしこののの打打うちちち靡靡なびきききけるけるける色色いろもももをかしうをかしうおかしゅう見見みゆゆゆ。。。おおお前前まえののの前前せん栽栽ざいののの花花はなどもどもどもははは心心こころににに任任まかせせせててて亂亂みだれれれあひあひあいたるたるたるににに水水みずののの音音おといといといと涼涼すずしげしげしげにてにてにて山山やまおろしおろしおろし心心こころすごくすごくすごく松松まつののの響響ひびき木木こ深深ぶかくくく聞聞きこえええわたさわたさわたされれれなどなどなどしししててて、、、不不ふ斷斷だんののの經經きょうよむよむよむ時時ときかはりかはりかわりててて鐘鐘かね打打うちちちならすならすならすにににたつたつたつ聲聲こえもももゐゐいかはるかはるかわるもももひとつひとつひとつにににあひあひあいててていといといとたふとくたふとくとうとく聞聞きこゆゆゆ。。。所所ところからからから萬萬よろずのののことことこと心心こころぼそうぼそうぼそう見見みなさなさなさるゝるゝるるももも哀哀あわれににに物思物思ものおもひひいつゞけつゞけつづけらるらるらる。。。出出いででで給給たまははわむむん心心こころちちちもももなしなしなし。。。りしりしりしももも加加か持持じするするする音音おとしししててて陀陀だ羅羅ら尼尼にいといといとたふとくたふとくとうとくよむよむよむなりなりなり。。。いといといと苦苦くるしげしげしげにににししし給給たまふふうなりなりなりとてとてとて人々人々ひとびともももそなたそなたそなたににに集集つどひひいててて大大おお方方かたもももかゝるかゝるかかるたびたびたび所所ところににに數數あま多多た參參まいらららざりざりざりけるけるけるにににいとゞいとゞいとど人人ひとずくなずくなずくなにてにてにて宮宮みやはははながめながめながめ給給たまへへえりりり。。。まめやかまめやかまめやかにてにてにて思思おもふふう事事ことももも打打うちちち出出いでででつつつべきべきべき折折おりかなかなかなととと思思おもひひい居居い給給たまへへえるるるににに、、、霧霧きりのののたゞたゞただこのこのこの軒軒のきのののもともともとまでまでまで立立たちちち渡渡わたれれればばば「「「まかでまかでまかでむむん方方かたももも見見みえええずずずなりなりなりゆくゆくゆくはははいかゞいかゞいかがすすすべきべきべき」」」とてとてとて、、、「「「山山やま里里ざとのののあはれあはれあわれをををそふるそふるそうる夕夕ゆう霧霧ぎりにににたちたちたちいでいでいでむむん空空そらもももなきなきなきこゝちこゝちここちしししててて」」」ととときこえきこえきこえ給給たまへへえばばば、、、「「「山山やまがつがつがつのののまがきまがきまがきをををこめこめこめててて立立たつつつ霧霧きりもももこゝろこゝろこころそらそらそらなるなるなる人人ひとはははとゞめとゞめとどめずずず」」」。。。
- 2ほのかほのかほのかににに聞聞きこゆるゆるゆる御御おんけはひけはひけわいににに慰慰なぐさめめめつゝつゝつつ誠誠まことににに歸歸かえるるるさささ忘忘わすれれれはてはてはてぬぬぬ。。。「「「中中なかぞらぞらぞらなるなるなるわざわざわざかなかなかな。。。家家いえ路路じははは見見みえええずずず、、、霧霧きりののの籬籬まがきははは立立たちちちとまるとまるとまるべうべうびょうもももあらあらあらずずずやらはやらはやらわせせせ給給たまふふう。。。つきなきつきなきつきなき人人ひとはははかゝるかゝるかかることことことこそこそこそ」」」などなどなどやすらひやすらひやすらいててて忍忍しのびびびあまりあまりあまりぬるぬるぬるすぢすぢすじもももほのめかしほのめかしほのめかし聞聞きこえええ給給たまふふうににに、、、年年とし比比ごろもももむげむげむげににに見見み知知しりりり給給たまははわぬぬぬにににはははあらあらあらねねねどどど知知しらららぬぬぬがほがほがおにににのみのみのみもてもてもてなしなしなし給給たまへへえるるるををを、、、かくかくかく言言ことににに出出いでででゝゝて恨恨うらみみみ聞聞きこえええ給給たまふふうをををわづらはしうわづらはしうわずらわしゅうててていとゞいとゞいとど御御おんいらへいらへいらえもももなけれなけれなければばば、、、いたういたういとう歎歎なげきききつゝつゝつつ心心こころのののうちうちうちににに又又またかゝるかゝるかかる折折おりありありありなななむむんやややととと思思おもひひいめぐらしめぐらしめぐらし給給たまふふう。。。情情なさけなうなうのうあはつけきあはつけきあわつけきものものものにににははは思思おもははわれれれ奉奉たてまつるるるともともともいかゞいかゞいかがはははせせせむむん、、、思思おもひひいわたるわたるわたるさまさまさまをををだにだにだにしらせしらせしらせ奉奉たてまつらららむむんととと思思おもひひいててて人人ひとをををめせめせめせばばば、、、御御おんつかさつかさつかさのののぞうぞうぞうよりよりよりかうぶりかうぶりこうぶりえええたるたるたるむつましきむつましきむつましき人人ひとぞぞぞ參參まいれれれるるる。。。忍忍しのびやかびやかびやかにににめしめしめしよせよせよせててて「「「このこのこのりしりしりしににに必必かならずずずいふいふいうべきべきべきことことことのののあるあるあるををを、、、護護ご身身しんなどなどなどにににいとまいとまいとまなげなげなげなななめるめるめるををを只只ただ今今いまはははうちうちうちやすむやすむやすむらむらむらん。。。今今こ夜夜よいこのこのこのわたりわたりわたりにににとまりとまりとまりてててそやそやそやのののしししはてはてはてむむん程程ほどにににかのかのかの居居いたるたるたる方方かたににに物物ものせせせむむん。。。これかれこれかれこれかれ侍侍さぶらははわせよせよせよ。。。隨隨ずい身身じんなどなどなどのののをのこをのこおのこどもどもどもははは栗栗くる栖栖す野野のののの庄庄しょう近近ちかからからからむむんままま草草くさなどなどなどとりとりとりかはせかはせかわせてててこゝこゝここににに人人ひとあまたあまたあまた聲聲こえなせなせなせそそそ。。。かうかうこうやうやうようののの旅旅たび寢寢ねはははかるがるしきかるがるしきかるがるしきやうやうようににに人人ひともももとりとりとりなすなすなすべしべしべし」」」とととのたまふのたまふのたまうあるあるあるやうやうようあるあるあるべしべしべしととと心心こころ得得えてててうけたまはりうけたまはりうけたまわりててて立立たちちちぬぬぬ。。。
- 3「「「さてさてさて道道みちいといといとたどたどしけれたどたどしけれたどたどしければばばこのこのこのわたりわたりわたりににに宿宿やどかりかりかり侍侍はべるるる。。。おなじうおなじうおなじゅうはははこのこのこのみすみすみすのののもともともとににに許許ゆるささされれれあらあらあらなむなむなん。。。阿阿あ闍闍ざ梨梨りのののおるゝおるゝおるる程程ほどまでまでまでなむなむなん」」」とととつれなくつれなくつれなくのたまふのたまふのたまう。。。例例れいはははかやうかやうかようににに長長なが居居いしししてててあざればみあざればみあざればみたるたるたる氣色氣色けしきももも見見みえええ給給たまははわぬぬぬををを、、、うたてうたてうたてもももあるあるあるかなかなかなととと宮宮みやははは思思おぼせせせどどど、、、ことさらことさらことさらめきめきめきてててかるらかかるらかかるらかにににあなたあなたあなたにににはひはひはい渡渡わたりりり給給たまははわむむんもももさまさまさまあしきあしきあしき心地心地ここちしししててて唯唯ただ音音おとせせせでででおはしますおはしますおわしますににに、、、とかくとかくとかく聞聞きこえええよりよりよりててて御御おんせうそこせうそこしょうそこ聞聞きこえええつたへつたへつたえにににゐざりゐざりいざりいるいるいる人人ひとのののかげかげかげにににつきつきつきててて入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
現代語訳
日が沈みかけてゆくにつれて、空の様子もしみじみと霧が一面に立ちこめて、山の陰は薄暗い感じがするうえに、ひぐらしがしきりに鳴いて、垣根に生えている撫子が風になびいている色も美しく見える。御前の前栽の花々は思うままに咲き乱れていて、水の音がたいそう涼しげで、山おろしがもの寂しく、松風の響きが木深く聞こえわたったりして、不断経を読む僧が交代する時刻で、鐘を打ち鳴らすと、座を立つ声も座に着く声も一つに合わさって、たいそう尊く聞こえる。所柄、万事が心細く見なされるのも哀れで、夕霧は物思いを続けておられる。お帰りになる気持ちもない。律師も加持をする声がして、陀羅尼をたいそう尊く読んでいるようだ。御息所がたいそう苦しそうにしていらっしゃるというので、女房たちもそちらに集まって、もともとこのような旅先には大勢参っていなかったうえに、いっそう人が少なくなって、宮は物思いに沈んでいらっしゃった。夕霧は、静かで、思うことも打ち明けてしまってよい折だなあと思っていらっしゃると、霧がちょうどこの軒先まで立ちこめるので、「帰る方角も見えなくなってゆくのは、どうしたらよいでしょう」と言って、「山里の哀れを添える夕霧に、立ち出てゆく空(気持ち)もない心地がして」と申し上げなさると、宮は「山人の垣根を包んで立つ霧も、心の浮ついた人は引き止めません」。
ほのかに聞こえる宮のご気配に心を慰めながら、夕霧は本当に帰ることをすっかり忘れてしまった。「中途半端なことですね。家路は見えず、霧の垣根には立ち止まることもできないように、追い払いなさる。不慣れな者は、こういう目に遭うのです」などとためらって、こらえきれなくなった思いの筋もほのめかし申し上げなさると、宮は、長年まったくお気づきにならなかったわけではないが、知らぬ顔でばかり扱っていらっしゃったのに、このように言葉に出して恨み申し上げなさるのを煩わしく思って、いっそうお返事もないので、夕霧はひどく嘆きながら、心の内で、またこのような折があるだろうかと思い巡らしなさる。情けない軽薄な者とは思われ申し上げても仕方がない、思い続けてきた心だけでもお知らせ申し上げようと思って、人をお呼びになると、近衛府の将監から五位に叙された親しい家来が参った。夕霧はひそかに呼び寄せて、「この律師に必ず言わなければならないことがあるのだが、護身などに暇がなさそうなので、今は休んでいるだろう。今夜はこの辺りに泊まって、初夜の勤めが終わる頃に、あの律師のいる方へ行こう。誰それを控えさせておけ。随身などの男たちは、栗栖野の荘園が近いだろうから、馬に秣などを与えさせて、ここで大勢で声を立てるな。このような旅寝は、軽々しいように人も取りざたするだろう」とおっしゃる。家来は何か事情があるのだろうと心得て、承って立ち去った。
夕霧は「さて、道がたいそうおぼつかないので、この辺りに宿を借ります。同じことなら、この御簾のそばをお許しいただきたい。阿闍梨が下りてくる頃まで」と平然とおっしゃる。いつもはこのように長居して、色めいた様子もお見せにならないのに、困ったことだと宮はお思いになるが、わざとらしく軽々しく、あちら(奥)へいざってお移りになるのも見苦しい気がして、ただ黙っていらっしゃると、夕霧はあれこれと言い寄って、お言葉を取り次ぎにいざって入る女房の後ろについて、御簾の内にお入りになってしまった。
意訳
霧の立ちこめる夕暮れ、人の少ない山荘で、夕霧は宮と歌を詠み交わし、帰ることを忘れる。
夕霧は思いを打ち明けようと決め、家来に泊まる手配をさせる。
夕霧は御簾のそばに宿を借りたいと言い、取り次ぎの女房の後について御簾の内に入ってしまう。
語釈・文法注
文法
- 「山里のあはれをそふる夕霧に」(山里のあはれをそふる夕霧に)
- この歌によって、夕霧という呼び名と巻名が付けられた。
- 「こゝろそらなる人」(こゝろそらなる人はとゞめず)
- 心の浮ついた人。夕霧の歌の「空」を受けて切り返した。
- 「そや」(そやのしはてむ程に)
- 初夜。夜を三分した最初の時間。またその時に行う勤行。
- 「あざればむ」(あざればみたる氣色も見え給はぬを)
- 色めいた、ふざけた様子を見せる。
解説
霧の立ちこめる夕暮れの山荘の描写は美しく、物語の転換点にふさわしい情景である。夕霧の「山里のあはれをそふる夕霧に」の歌が、この人物の呼び名と巻名の由来となった。宮の返歌は、夕霧を「心そらなる人」と切り返し、拒絶の意を示している。
生真面目な夕霧が、家来に泊まる手配をさせ、ついに御簾の内に入ってしまう。それまで「まめ人」として振る舞ってきた夕霧の大胆な行動は、思いの深さとともに、恋に不慣れな者の不器用さを示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、768–771頁(コマ95–96)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日