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源氏物語 第39帖 夕霧(3)

御簾越しの恨み言

登場人物:夕霧・落葉の宮・少将の君・一条御息所

宮は奥の方にひっそりといるが、仰々しくない旅の設えで、浅い御座の造りなので、宮の気配が自然とはっきり分かる。たいそう柔らかに身じろぎする衣ずれの音を、あれが宮だろうと夕霧は聞いている。心も上の空で、御息所との取り次ぎが少し遠くて間がある間に、いつもの少将の君など仕える女房たちと話をして、こうして参上し親しく伺うことが何年にもなったのに、ひどくよそよそしく扱われる恨めしさよ、このような御簾の前で人づてに言葉をほのかに伝えるとは、まだ経験したことがない、どんなに古めかしい男と女房たちに笑われているだろうと、きまりが悪い、年も若く身軽だった頃に少しは色恋に慣れていたら、こんなにうぶな気持ちにはならなかっただろう、これほど堅物で年を経た男は他にいまいと言う。女房たちは、本当に侮りにくい様子なので、なまじな返事をするのも恥ずかしいとつつき合って、宮に、このような恨み言を知らぬ顔でいらっしゃるのはと申し上げると、宮は、母が自分で申し上げられないのが気の毒なので代わるべきだが、恐ろしいほど患っていたのを看病しているうちに、自分もあるかなきかの心地になって申し上げられないと伝える。夕霧は、これは宮のお言葉かと居住まいを正して、お気の毒なご病気を、身代わりになりたいほど嘆いているのも何のためか、恐れ多いが、物事をわきまえた宮が晴れやかな境遇になられるまで、御息所が無事に過ごされることこそ、誰のためにも頼もしいことと推し量るからだ、ただ御息所の方のためとばかり思って、積もった私の志をご存じないのは不本意だと言う。女房たちも、本当にと言う。

小野の山荘の御簾の前で、夕霧が女房たちに恨み言を言い、御簾の奥で落葉の宮が身じろぎし、少将の君が取り次いでいる場面(AI生成)
小野の山荘の御簾の前で、夕霧が女房たちに恨み言を言い、御簾の奥で落葉の宮が身じろぎし、少将の君が取り次いでいる場面
  1. 1宮みや宮みやみやははは奧おく奧おくおくののの方かた方かたかたにににいといといと忍しの忍しのしのびびびててておはしませおはしませおわしませどどどことごとしからことごとしからことごとしからぬぬぬ旅たび旅たびたびののの御おん御おんおんしつらひしつらひしつらい淺あさ淺あさあさきききやうやうようなるなるなるおましおましおましののの程ほど程ほどほどにてにてにて人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんけはひけはひけわいおのづからおのづからおのずからしるししるししるし。。。いといといとやはらかやはらかやわらかににに打う打ううちちちみじろきみじろきみじろきなどなどなどししし給たま給たまたまふふう。。。御おん御おんおんぞぞぞのののおとなひおとなひおとないさばかりさばかりさばかりなななゝゝなりりりととと聞き聞ききききき居ゐ居ゐい給たま給たまたまへへえりりり。。。心こころ心こころこころももも空そら空そらそらにににおぼえおぼえおぼえてててあなたあなたあなたののの御おん御おんおんせうそこせうそこしょうそこ通かよ通かよかよふふうほどほどほど少すこ少すこすこししし遠とほ遠とほとおうううへだゝるへだゝるへだたるひまひまひまににに例れい例れいれいののの少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうののの君きみ君きみきみなどなどなどさぶらふさぶらふさぶらう人々ひとびと人々ひとびとひとびとににに物語ものがたり物語ものがたりものがたりなどなどなどししし給たま給たまたまひひいててて、、、「「「かうかうこう參まゐ參まゐまいりりりきききなれなれなれ承うけたま承うけたまうけたまはるはるわることことことののの年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろととといふいふいうばかりばかりばかりににになりなりなりにににけるけるけるををを、、、こよなうこよなうこよのう物もの物ものもの遠とほ遠とほとおうううもてもてもてなさなさなさせせせ給たま給たまたまへへえるるるうらめしさうらめしさうらめしさなむなむなん、、、かゝるかゝるかかるみすみすみすののの前まへ前まへまえにてにてにて人ひと人ひとひとづてづてずてののの御おん御おんおんせうそこせうそこしょうそこなどなどなどのののほのかほのかほのかににに聞きこ聞きこきこえええ傳つた傳つたつたふるふるうることことことよよよ、、、まだまだまだこそこそこそならはならはならわねねね、、、いかにいかにいかにふるめかしきふるめかしきふるめかしきさまさまさまににに人々ひとびと人々ひとびとひとびとほゝゑみほゝゑみほほえみ給たま給たまたまふふうらむらむらんとととはしたなくはしたなくはしたなくなむなむなん。。。齡よはひ齡よはひよわい積つも積つもつもらららずずず輕かる輕かるかるらからからかなりなりなりしししほどほどほどにににほのほのほのすきすきすきたるたるたる方かた方かたかたにににおもおもおもなれなれなれなななましかましかましかばばばかうかうこううひうひしううひうひしうういういしゅうももも覺おぼ覺おぼおぼえええざらざらざらましましまし。。。更さら更さらさらにににかばかりかばかりかばかりすくずくしうすくずくしうすくずくしゅうをれをれおれててて年とし年としとしふるふるふる人ひと人ひとひとはははたぐひたぐひたぐいあらあらあらじじじかしかしかし」」」とととののの給のたま給のたまのたまふふう。。。
  2. 2「「「げにげにげにいといといとあなづりあなづりあなずりにくげにくげにくげなるなるなるさまさまさまししし給たま給たまたまへへえれれればばば、、、さればさればさればよよよととと、、、なかなかなかなかなかなかなるなるなる御おん御おんおんいらへいらへいらえ聞きこ聞きこきこえええ出い出いいでででむむんははは耻はづか耻はづかはずかしうしうしゅう」」」などなどなどつきつきつきしろひしろひしろいててて「「「かゝるかゝるかかる御おん御おんおんうれへうれへうれえ聞きこ聞きこきこしめししめししめししらしらしらぬぬぬやうやうようなりなりなり」」」ととと宮みや宮みやみやににに聞きこ聞きこきこゆれゆれゆればばば「「「みづからみづからみずから聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまははわざざざめるめるめるかたはらかたはらかたわら痛いた痛いたいたさささににに代かは代かはかわりりり侍はべ侍はべはべるるるべきべきべきををを、、、いといといと恐おそろ恐おそろおそろしきしきしきまでまでまで物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうめりめりめりしししををを見み見みみあつかひあつかひあつかい侍はべ侍はべはべりりりししし程ほど程ほどほどににに、、、いとゞいとゞいとどあるあるあるかかかなきなきなきかかかののの心こころ心こころこころちちちににになりなりなりてててなむなむなん得え得ええ聞きこ聞きこきこえええぬぬぬ」」」とととあれあれあればばば、、、「「「こここははは宮みや宮みやみやののの御おん御おんおんせうそこせうそこしょうそこかかか」」」ととと居ゐ居ゐいなほりなほりなおりててて「「「心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしきしきしき御おん御おんおんなやみなやみなやみををを、、、身み身みみにににかふかふかうばかりばかりばかり歎なげ歎なげなげききき聞きこ聞きこきこえええさせさせさせ侍はべ侍はべはべるるるももも何なに何なになにのののゆゑゆゑゆえにににかかか。。。かたじけなけれかたじけなけれかたじけなけれどどど物もの物ものものをををおぼしおぼしおぼししるしるしる御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまなどなどなどはればれしきはればれしきはればれしき方かた方かたかたにににももも見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりなほしなほしなおし給たま給たまたまふふうまでまでまでははは、、、たひらかたひらかたいらかににに過す過すすぐしぐしぐし給たま給たまたまははわむむんこそこそこそ誰た誰たたががが御おん御おんおんためためためにににもももたのもしきたのもしきたのもしきことことことにににははは侍はべ侍はべはべらららめめめととと推お推おおししし量はか量はかはかりりり聞きこ聞きこきこえええさするさするさするににによりよりよりなむなむなん。。。唯ただ唯ただただあなたあなたあなたざまざまざまにににおぼしおぼしおぼしゆづりゆづりゆずりてててつもりつもりつもり侍はべ侍はべはべりりりぬるぬるぬる志こころざし志こころざしこころざしをををもももしろしめさしろしめさしろしめされれれぬぬぬははは、、、ほいほいほいなきなきなき心こころ心こころこころちちちなむなむなん」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。「「「げにげにげに」」」ととと人々ひとびと人々ひとびとひとびとももも聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

宮は奥の方にたいそうひっそりといらっしゃるけれど、大げさでない旅先のお設えで、浅い御座の造りなので、宮のご気配が自然とはっきり分かる。たいそう柔らかに身じろぎなどなさる。御衣の衣ずれの音、あれがそうなのだろうと、夕霧は聞いていらっしゃった。心も上の空に思われて、あちら(御息所)とのお言葉の取り次ぎが少し遠くて間があく間に、いつもの少将の君など仕える女房たちに話などをなさって、「このように参上して親しくし、お話を承ることが、何年にもなってしまいましたのに、この上なくよそよそしくお扱いになる恨めしさよ。このような御簾の前で、人づてのお言葉などをほのかにお伝えするとは、まだ経験したことがありません。どんなに古めかしい男だと、皆さんが笑っていらっしゃるだろうかと、きまりが悪いことです。年も積もらず身軽だった頃に、少しは色恋の方面に慣れていたら、こんなにうぶな気持ちにもならなかったでしょう。まったく、これほど堅苦しく、愚直に年を重ねた者は、ほかにいないでしょうね」とおっしゃる。

女房たちは「本当にたいそう侮りにくいご様子でいらっしゃるので、なまじなお返事を申し上げるのは恥ずかしいこと」などとつつき合って、「このようなお恨み言を、知らぬ顔でいらっしゃるようで」と宮に申し上げると、宮は「母が自分でお返事申し上げられないようなのがお気の毒なので、私が代わるべきですが、たいそう恐ろしいほどに患っていらっしゃったのを看病しておりましたうちに、いっそうあるかなきかの心地になりまして、お返事申し上げられません」とあるので、夕霧は「これは宮のお言葉か」と居住まいを正して、「お気の毒なご病気を、我が身に代えたいほどお嘆き申し上げておりますのも、何のためでしょうか。恐れ多いことですが、物事をよくわきまえていらっしゃる宮のご様子などが、晴れやかな境遇になられるのを見届けなさるまでは、御息所が無事にお過ごしになることこそ、誰のためにも頼もしいことでございましょうと、推し量り申し上げるからなのです。ただあちら(御息所)のためとばかりお思いになって、積もってまいりました私の志をご存じないのは、不本意な気持ちがいたします」と申し上げなさる。「本当に」と女房たちも申し上げる。

意訳

夕霧は宮の気配を感じながら、女房たちによそよそしい扱いを恨み、自分の堅物ぶりを自嘲する。

宮が初めて自ら言葉を伝え、夕霧は居住まいを正して、御息所を案じるのも宮のためだと、積もる志を訴える。

語釈・文法注

文法

「すくずくし」(かばかりすくずくしうをれて)
きまじめで融通がきかない、堅苦しい。
「つきしろふ」(などつきしろひて)
つつき合う。目配せし合う。
「身にかふ」(身にかふばかり歎き聞えさせ侍るも)
我が身に代える。身代わりになる。

解説

夕霧は、自分の堅物ぶりを自嘲しながら、よそよそしい扱いを恨む。若い頃に色恋に慣れていればという言葉には、生真面目な夕霧の不器用さと、それを自覚する苦さがにじんでいる。

宮が初めて自ら言葉を伝えると、夕霧は居住まいを正す。宮への思いが、一言の返事で高まる様子が描かれる。御息所の病を案じるのも宮のためだという夕霧の言葉は、遠回しの求愛である。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、768–769頁(コマ95)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日