源氏物語 第37帖 横笛(8)
柏木の和琴
それは柏木がいつも弾いていた琴であった。夕霧は趣ある曲を少し弾いて、ああ、柏木はたいそう珍しい音でかき鳴らしていた、この琴にもその音がこもっているだろう、宮の演奏で聞かせてほしいと言う。御息所は、柏木が亡くなって琴の緒が絶えてから、宮は昔の子ども時代の遊びの名残さえ思い出さなくなってしまった、朱雀院の御前で女宮たちがそれぞれ琴を試した時も、この方面は確かだと評されていたのに、今はぼんやりと物思いに沈んでいるので、世の憂さの種というように見ていると言う。夕霧は、まことにもっともなお気持ちだ、恋しさにも限りがあれば、と物思いにふけって琴を押しやる。御息所が、それならあなたが弾いて、音に柏木の音が伝わっているかと聞き分けられるほどに鳴らしてほしい、ふさいだ耳だけでも晴らしたいと言うので、夕霧は、そのように伝わる夫婦の仲の音は格別でしょう、それをこそお聞きしたいと申し上げたのです、と言って、和琴を御簾のそば近くに押し寄せるが、宮はすぐには承知しそうにないので、無理には勧めない。

- 1故故こ君君ぎみののの常常つねにににひきひきひき給給たまひひいしししことことことなりなりなりけりけりけり、、、をかしきをかしきおかしき手手てひとつひとつひとつなどなどなどすこしすこしすこしひきひきひき給給たまひひいててて「「「哀哀あわれいといといと珍珍めずらからからかなるなるなるねねねにににかきかきかきならしならしならし給給たまひひいしししはははややや。。。このこのこの御御おんことことことにににもももこもりこもりこもりててて侍侍はべらららむむんかしかしかし。。。承承うけたまわりりりあらはしあらはしあらわしてててしがしがしがななな」」」とととののの給給のたまへへえばばば「「「ことことことのののをををたえたえたえにににししし後後のちよりよりより昔昔むかしののの御御おんわらはわらはわらわあそびあそびあそびののの名名な殘殘ごりをををだにだにだに思思おもひひい出出いででで給給たまははわずずずなむなむなんなりなりなりにににててて侍侍はべるるるめるめるめる。。。院院いんののの御御お前前まえにてにてにて女女おんな宮宮みやたちたちたちのののとりどりとりどりとりどりののの御御おんことことことゞゞどももも試試こころみみみきこえきこえきこえ給給たまひひいしししにににもももかやうかやうかようののの方方かたはははおぼめかしからおぼめかしからおぼめかしからずずず物物ものししし給給たまふふうとととなむなむなん定定さだめめめ聞聞きこえええ給給たまふふうめりめりめりしししををを、、、あらあらあらぬぬぬさまさまさまにににほれぼれしうほれぼれしうほれぼれしゅうなりなりなりてててながめながめながめすぐしすぐしすぐし給給たまふふうめれめれめればばば、、、世世よのののうきうきうきつまつまつまにににととといふいふいうやうやうようににになむなむなん見見み給給たまふるふるうる」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば「「「いといといとことわりことわりことわりののの御御おんおもひおもひおもいなりなりなりややや。。。かぎりかぎりかぎりだにだにだにあるあるある」」」ととと打打うちちちながめながめながめててて琴琴ことはははおしおしおしやりやりやり給給たまへへえれれればばば「「「かれかれかれなほなほなおさらばさらばさらば聲聲こえににに傳傳つたはるはるわることことこともももやややととと聞聞ききききわくわくわくばかりばかりばかりならならならさせさせさせ給給たまへへえ物物ものむつかじうむつかじうむつかじゅう思思おもううう給給たまへへえ沈沈しずめめめるるる耳耳みみをををだにだにだにあきらめあきらめあきらめ侍侍はべらららむむん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふうををを「「「しかしかしかつたはるつたはるつたわるなかなかなかのののをををはははことことことにににこそこそこそ侍侍はべらららめめめ。。。それそれそれをををこそこそこそ承承うけたまわらららむむんととと聞聞きこえええつれつれつれ」」」とてとてとて御御み簾簾すのののもともともと近近ちかくくくおしおしおしよせよせよせたまへたまへたまえどどど頓頓とみにににしもしもしもうけひきうけひきうけひき給給たまふふうまじきまじきまじきことことことなれなれなればばばしひしひしいてててももも聞聞きこえええ給給たまははわずずず。。。
現代語訳
それは、亡き君(柏木)がいつも弾いていらっしゃった琴であった。夕霧は趣のある曲を一つなど少しお弾きになって、「ああ、たいそう珍しい音でかき鳴らしていらっしゃったことよ。この御琴にも、その音がこもっておりましょう。宮のお弾きになるのをお聞きして、明らかにしたいものです」とおっしゃると、御息所は、「琴の緒が絶えて柏木が亡くなってから後は、昔の子ども時代のお遊びの名残さえ思い出しなさらなくなってしまっているようでございます。朱雀院の御前で、女宮たちがそれぞれの御琴をお試し申し上げなさった時にも、宮はこの方面は確かでいらっしゃると、お定め申し上げなさったようでしたのに、すっかり様子が変わって、ぼんやりと物思いに沈んで過ごしていらっしゃるようですので、世の憂さの種というように拝見しております」と申し上げなさるので、夕霧は「まことにもっともなお気持ちですね。恋しさにも限りがあったら」と物思いにふけって、琴を押しやりなさると、御息所は「その琴を、それでは、やはりあなたが弾いて、音に柏木の音が伝わっていることもあるかと聞き分けられるほどに、お鳴らしください。何となくうっとうしく沈み込んでおります耳だけでも、晴らしとうございます」と申し上げなさるのを、夕霧は「そのように伝わる夫婦の仲の音は、格別でございましょう。それをこそお聞きしたいと申し上げたのです」と言って、和琴を御簾のそば近くに押し寄せなさるが、宮はすぐには承知なさりそうにないことなので、無理にはお勧め申し上げなさらない。
意訳
夕霧は柏木愛用の和琴を少し弾いて宮に弾奏を求め、御息所は宮が琴も弾かなくなったと語り、夕霧は和琴を御簾のそばに押し寄せる。
語釈・文法注
文法
- 「ことのをたえにし」(ことのをたえにし後より)
- 琴の緒が絶えてから。伯牙が親友鍾子期の死後、琴の弦を断って二度と弾かなかったという故事による。夫の死をいう。
- 「世のうきつま」(世のうきつまにといふやうに)
- 世の憂さのきっかけ、種。
- 「かぎりだにある」(かぎりだにある)
- 「恋しさの限りだにある世なりせば年経て物は思はざらまし」などの古歌によるとされる。
解説
柏木が愛用した和琴を、夕霧が手に取る。夕霧は、宮の演奏を聞きたいと願うが、宮は夫の死以来、琴を弾かなくなっていた。「ことのをたえにし」という御息所の言葉は、伯牙絶弦の故事を踏まえ、宮の悲しみの深さを伝える。
夕霧の「しかつたはるなかのを」という言葉には、夫婦の仲と琴の中の緒とがかけられている。夕霧は、柏木と宮の夫婦の音を聞きたいと言いながら、宮自身への関心を深めている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、748–749頁(コマ85)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日