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源氏物語 第37帖 横笛(3)

尼姿の女三の宮

登場人物:女三の宮・光源氏・朱雀院

宮が涙ぐんで手紙を見ているところに源氏が来る。いつになく御前近くに籠がいくつもあるのを不審に思って見ると、院の手紙であった。読むとたいそう哀れである。今日か明日かの命という気がするのに、対面が思うにまかせないことなどを細やかに書いている。同じ極楽への誘いは、格別に趣のある節もない聖らしい言葉だが、なるほどそう思っているだろう、自分までが宮を粗略に扱っているように見えて、いっそう院の心配が増すだろうと、源氏はたいそう気の毒に思う。宮は返事を遠慮がちに書いて、使者には青鈍の綾一揃いを与える。書き損じた紙が几帳のそばから見えるのを源氏が取って見ると、筆跡はたいそうはかなげで、憂き世ではないところが慕わしくて、背く山路に私も心を入れています、と詠んでいる。源氏は、心細そうな様子なのに、この俗世でない所を求めるとは、たいそう情けないと言う。宮は今では源氏に正面から顔を見せない。たいそうかわいらしい額髪や顔つきは、ただ幼子のように見えて、ひどくいとおしいのを見るにつけ、源氏は、どうしてこうなってしまったのかと、罪を得そうな気がするので、几帳だけを隔てて、ひどく疎遠にもならないように扱っている。

六条院で、尼姿の女三の宮が父院の手紙を読み、源氏が届いた筍の籠を前に思いをめぐらせている場面(AI生成)
六条院で、尼姿の女三の宮が父院の手紙を読み、源氏が届いた筍の籠を前に思いをめぐらせている場面
  1. 1淚なみだ淚なみだなみだぐみぐみぐみててて見み見みみ給たま給たまたまふふうほどほどほどににに、、、おとゞおとゞおとどののの君きみ君きみきみわたりわたりわたり給たま給たまたまへへえりりり。。。れいれいれいならならならずずず御お御おお前まへ前まへまえ近ちか近ちかちかきききらいしらいしらいしどもどもどもをををなぞなぞなぞあやしあやしあやしととと御覽ごらん御覽ごらんごらんずるずるずるににに院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん文ふみ文ふみふみなりなりなりけりけりけり。。。見み見みみ給たま給たまたまへへえばばばいといといと哀あはれ哀あはれあわれなりなりなり。。。けふけふきょうかかかあすあすあすかかかののの心こころ心こころこころちちちするするするををを對たい對たいたい面めん面めんめんののの心こころ心こころこころにににかなはかなはかなわぬぬぬことことことなどなどなど、、、こまやかこまやかこまやかににに書か書かかかかかせせせ給たま給たまたまへへえりりり。。。このこのこのおなじおなじおなじ所ところ所ところところののの御おん御おんおんともなひともなひともないををを殊こと殊ことことにににをかしきをかしきおかしきふしふしふしもももなきなきなきひじりひじりひじりごとばごとばごとばなれなれなれどどどげにげにげにさささぞぞぞおぼすおぼすおぼすらむらむらんかしかしかし。。。われわれわれさへさへさへおろかおろかおろかなるなるなるさまさまさまににに見み見みみえええ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりててて、、、いとゞいとゞいとど後うしろ後うしろうしろめたきめたきめたき御おん御おんおん思おも思おもおもひひいのののそふそふそうべかべかべかめるめるめるををを、、、いといといといとほしいとほしいとおしとととおぼすおぼすおぼす。。。御おん御おんおん返かへ返かへかえりりりつゝましげつゝましげつつましげににに書か書かかききき給たま給たまたまひひいててて御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいにににははは靑あを靑あをあおにびにびにびののの綾あや綾あやあや一ひと一ひとひとかさねかさねかさね賜たま賜たまたまふふう書か書かかきききかへかへかえ給たま給たまたまへへえりりりけるけるけるかみかみかみののの御み御みみ几き几きき帳ちやう帳ちやうちょうのののそばそばそばよりよりよりほのほのほの見み見みみゆるゆるゆるをををとりとりとりててて見み見みみ給たま給たまたまへへえばばば、、、御おん御おんおん手て手ててはははいといといとはかなげはかなげはかなげにてにてにて、、、「「「うきうきうき世よ世よよにににはははあらあらあらぬぬぬところところところのののゆかしくゆかしくゆかしくてててそむくそむくそむく山やま山やまやま路ぢ路ぢじににに思おも思おもおもひひいこそこそこそいれいれいれ」」」。。。
  2. 2うしろめたげうしろめたげうしろめたげなるなるなる御おん御おんおん氣色けしき氣色けしきけしきなるなるなるににに「「「このこのこのあらあらあらぬぬぬ所ところ所ところところもとめもとめもとめ給たま給たまたまへへえるるるいといといとうたてうたてうたて心こころ心こころこころうしうしうし」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。今いま今いまいまはははまほまほまほにににももも見み見みみえええ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまははわずずず、、、いといといとうつくしううつくしううつくしゅうらうたげらうたげろうたげたるたるたる御おん御おんおんひたひひたひひたいがみがみがみつらつきつらつきつらつきのののをかしさをかしさおかしさ、、、唯ただ唯ただただちごちごちごのののやうやうようににに見み見みみえええ給たま給たまたまひひいててていみじういみじういみじゅうらうたきらうたきろうたきををを見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふうにににつけつけつけてててははは、、、などなどなどかかかうううはははなりなりなりにににしししことことことぞぞぞととと罪つみ罪つみつみえええぬぬぬべくべくべくおぼさおぼさおぼさるれるれるればばば、、、御み御みみ几き几きき帳ちやう帳ちやうちょうばかりばかりばかり隔へだ隔へだへだてててゝゝて又また又またまたいといといとこよなうこよなうこよのうけけけどほくどほくどおくうとうとしううとうとしううとうとしゅうはははあらあらあらぬぬぬ程ほど程ほどほどにににもてもてもてなしなしなし聞きこ聞きこきこえええてててぞぞぞおはしおはしおわしけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

宮が涙ぐんでご覧になっているところに、源氏の君がお渡りになった。いつもと違って御前近くに籠がいくつもあるのを、何だろう、不思議だとご覧になると、院のお手紙であった。ご覧になると、たいそう哀れである。今日か明日かの命という気持ちがするのに、対面が思うにまかせないことなどを、細やかにお書きになっていた。この同じ極楽への誘いは、格別に趣のある節もない聖らしい言葉だけれど、なるほどそのようにお思いになっていることだろう、自分までが宮を粗略に扱っているようにお見えして、いっそう気がかりなお思いが加わるにちがいないのを、たいそうお気の毒だとお思いになる。宮はお返事を遠慮がちにお書きになって、お使いには青鈍の綾一揃いをお与えになる。書き損じなさった紙が、御几帳のそばからほのかに見えるのを、源氏が取ってご覧になると、ご筆跡はたいそうはかなげで、「憂き世ではない所が慕わしくて、父院が背いて入られた山路に、私も心を入れております」。

源氏は「心細そうなご様子なのに、この俗世でない所をお求めになるのは、たいそういやで情けないことです」と申し上げなさる。宮は今では正面からお顔をお見せ申し上げなさらず、たいそうかわいらしく、いとおしげな額髪や顔つきの美しさは、ただ幼子のようにお見えになって、ひどくいとおしいのを見申し上げなさるにつけては、どうしてこのようになってしまったのかと、罪を得てしまいそうにお思いになるので、御几帳だけを隔てて、また、ひどくこの上なくよそよそしく疎遠ではない程度に、お扱い申し上げていらっしゃった。

意訳

源氏は朱雀院の手紙を見て、宮を粗略に扱っていると院に思われるのを気の毒に思う。

宮は俗世を離れたいと詠み、源氏は情けないと言うが、幼子のような宮の姿に、几帳を隔てて疎遠にならない程度に接する。

語釈・文法注

文法

「らいし」(御前近きらいしどもを)
籠。竹で編んだかご。筍などが入っている。
「ひじりごとば」(殊にをかしきふしもなきひじりごとばなれど)
聖言葉。僧らしい言葉。
「そむく山路」(そむく山路に思ひこそいれ)
世を背いて入る山路。父院が出家して入った山を指す。「入れ」に「山に入る」と「思ひ入る」をかける。

解説

源氏は、朱雀院の手紙を読んで、院の心配を思いやる。自分までもが宮を粗略に扱っているように見えることを、源氏は気にかける。源氏の宮への態度には、愛情よりも、院への義理と体面が先に立っている。

宮の書き損じの歌には、父と同じ道を歩みたいという願いが込められている。源氏はそれを情けないと言うが、幼子のような宮の姿に、罪を得そうな気がする。かつて宮を疎んじた源氏は、出家した宮に対して、かえって未練を感じている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、744–747頁(コマ83–84)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日