源氏物語 第36帖 柏木(26)
致仕の大臣と夕霧
夕霧は、なるほど感じのよい程度のたしなみだと思い、そのまま致仕の大臣の邸に参る。君達が大勢いて、こちらへと言うので、大臣の居間に入る。大臣は気を静めて対面する。いつまでも若々しく清らかだった顔はひどくやせ衰え、髭なども手入れしないので伸び放題で、親の喪に服した時よりもやつれている。夕霧は大臣を見るなりこらえがたく、あまりに取り乱してこぼれる涙は見苦しいと思って、努めて隠す。大臣も、柏木とは特に仲がよかったのにと見ると、涙がただ降るように落ちてとめられず、尽きない話を交わす。夕霧は一条宮を訪ねた様子などを話す。大臣は、春雨かと見えるほど、軒の雫と変わらないほど袖を濡らす。夕霧が畳紙に書きとめた、柳の芽にぞ、の歌を差し出すと、大臣は涙で目も見えないと言いながら、じっと見つめる。泣き顔になって見る様子は、いつもは気丈で華やかに誇らしげなのに、名残もなく見苦しい。格別な歌ではないが、玉はぬく、という一節がいかにもと思われて心が乱れ、長い間涙をこらえられない。大臣は、あなたの母君(葵の上)が亡くなった秋こそ、この世の悲しみの極みと思ったが、女は限りがあって知る人も少なく、何事も表立たないので、悲しみも人目につかずにいた、柏木はふつつかながら帝も見捨てず、だんだん一人前になり、官位につけて頼る人々も自然と次々に多くなって、驚き残念がる者も、それぞれの縁につけてあるだろう、しかしこの深い思いは、世間の評判も官位も思われず、ただ格別なところもなかった柏木自身の有様だけが、耐えがたく恋しい、どれほどのことで思い覚ませるだろうかと、空を仰いで眺める。夕暮の雲が鈍色に霞んで、花の散った梢などにも、今日初めて目をとめる。大臣はその畳紙に、木の下の雫に濡れて、逆さまに、親が子のために霞の衣を着る春だと詠む。夕霧は、亡き人も思わなかっただろう、あなたを残して、夕べの霞の衣を親が着ようとは、と詠み、弁の君(左大弁)は、恨めしいことだ、霞の衣を誰に着よと、春より先に花が散ったのだろうと詠む。

- 1げにげにげにめやすきめやすきめやすき程程ほどののの用用よう意意いなりなりなりけりけりけりととと見見み給給たまふふう致致ち仕仕じののの大大おお殿殿とのにににやがてやがてやがて參參まいりりり給給たまへへえれれればばば君君きん達達だちあまたあまたあまた物物ものししし給給たまひひいててて「「「こなたこなたこなたににに入入いらららせせせ給給たまへへえ」」」とととあれあれあればばば、、、おとゞおとゞおとどののの御御おんいでいでいでゐゐいのののかたかたかたににに入入いりりり給給たまへへえりりり。。。ためらひためらひためらいててて對對たい面面めんししし給給たまへへえりりり。。。ふりふりふりがたうがたうがとう淸淸きよげげげなるなるなる御御おんかたちかたちかたちいたういたういとう瘠瘠やせせせ衰衰おとろへへえててて御御おん髭髭ひげなどなどなどもももとりとりとりつくろひつくろひつくろい給給たまははわねねねばばば、、、しげりしげりしげりててて親親おやのののけうけうきょうよりよりよりもももげにげにげにやつれやつれやつれ給給たまへへえりりり。。。見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふうよりよりよりいといといと忍忍しのびびびがたけれがたけれがたければばばあまりあまりあまりにににをさまらをさまらおさまらずずず亂亂みだれれれ落落おつるつるつる淚淚なみだこそこそこそはしたなけれはしたなけれはしたなけれととと思思おもへへえばばばせめてせめてせめてぞぞぞかくしかくしかくし給給たまふふう。。。おとゞおとゞおとどもももとりわきとりわきとりわきててて御御おん中中なかよくよくよく物物ものししし給給たまひひいしししをををととと見見み給給たまふふうににに、、、たゞたゞただふりふりふりににに降降ふりりり落落おちちちてててえええとゞめとゞめとどめ給給たまははわずずず、、、つきせつきせつきせぬぬぬ御御おん事事ことどもどもどもををを聞聞きこえええかはしかはしかわし給給たまふふう。。。一一いち條條じょうののの宮宮みやにににまうでまうでもうでたりたりたりつるつるつる有有あり樣樣さまなどなどなど聞聞きこえええ給給たまふふう。。。いとゞしくいとゞしくいとどしく春春はる雨雨さめかかかととと見見みゆるゆるゆるまでまでまで軒軒のきののの雫雫しずくにににことことことならならならずずずぬらしぬらしぬらしそへそへそえ給給たまふふう。。。たゝうがみたゝうがみたとうがみにににかのかのかの柳柳やなぎのののめめめにににぞぞぞとととありありありつるつるつるをををかいかいかい給給たまへへえるるるををを奉奉たてまつりりり給給たまへへえばばば目目めももも見見みえええずずずやややとととおしおしおしまぼりまぼりまぼりつゝつゝつつ見見み給給たまふふう。。。うちうちうちひそみひそみひそみつゝつゝつつ見見み給給たまふふう御御おんさまさまさま例例れいははは心心こころ强强つようううあざやかあざやかあざやかにににほこりかほこりかほこりかなるなるなる御御おん氣色氣色けしき名名な殘殘ごりなくなくなく人人ひとわろしわろしわろし。。。さるはさるはさるは殊殊ことなるなるなることことことなかなかなかめれめれめれどどど、、、このこのこの玉玉たまはははぬくぬくぬくとととあるあるあるふしふしふしのののげにげにげにとととおぼさおぼさおぼさるゝるゝるるににに心心こころ亂亂みだれれれててて久久ひさしうしうしゅうえええためらひためらひためらい給給たまははわずずず。。。
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現代語訳
夕霧は、なるほど感じのよい程度のたしなみだったと思いなさって、致仕の大臣の邸に、そのまま参上なさると、君達が大勢いらっしゃって、「こちらにお入りください」とあるので、大臣のお居間の方にお入りになった。大臣は気持ちを静めて対面なさった。いつまでも若々しく清らかだったお顔は、ひどくやせ衰えて、お髭なども手入れなさらないので、伸び放題になって、親の喪に服した時よりも、いかにもやつれていらっしゃった。夕霧は拝見なさるなり、たいそうこらえがたいので、あまりに取り乱してこぼれ落ちる涙は見苦しいと思うので、努めてお隠しになる。大臣も、柏木と特に仲よくしていらっしゃったのにとご覧になると、涙がただ降るように落ちて、おとめになることもできず、尽きないお話を交わしなさる。夕霧は、一条の宮に参った様子などを申し上げなさる。大臣はいっそう、春雨かと見えるほどに、軒の雫と変わらないほど袖を濡らしなさる。夕霧が畳紙に、あの「柳のめにぞ」とあった歌をお書きになっていたのを差し上げなさると、大臣は「目も見えないことよ」と言いながら、じっと見つめてご覧になる。泣き顔になりながらご覧になるご様子は、いつもは気丈で華やかに誇らしげなご様子なのに、名残もなく見苦しい。実のところ、格別な歌でもないようだが、この「玉はぬく」とある一節が、いかにもとお思いになるにつけて心が乱れて、長い間涙をこらえることもおできにならない。
大臣は、「あなたの母君(葵の上)がお亡くなりになった秋こそ、この世の悲しいことの極みと思われましたが、女は限りがあって、知る人も少なく、何事も表立たないので、悲しみも人目に隠れていたのです。柏木はふつつかながら、帝もお見捨てにならず、だんだん一人前になって、官位につけて頼りにし合う人々も、自然と次々に多くなったりなどして、驚き残念がる者も、それぞれの縁につけてあることでしょう。しかし、このような深い思いは、その世間一般の評判も官位も思われず、ただ格別なところもなかった柏木自身の有様だけが、耐えがたく恋しいのです。どれほどのことで、この思いを覚ますことができるでしょうか」と言って、空を仰いで物思いにふけりなさる。夕暮れの雲の様子が鈍色に霞んで、花の散った梢などにも、今日初めて目をおとめになる。その畳紙に、大臣は「木の下の雫に濡れて、逆さまに、親が子のために霞の衣(喪服)を着る春であることよ」。大将の君(夕霧)は、「亡き人も思わなかったでしょう。あなたを打ち捨てて、夕べの霞の衣を親であるあなたが着ようとは」。弁の君(左大弁)は、「恨めしいことよ。霞の衣を誰に着よというので、春より先に花は散ってしまったのだろう」。
意訳
夕霧は致仕の大臣を訪ね、やつれた大臣は御息所の歌を見て、長い間涙をこらえられない。
大臣は、柏木の地位ではなく、柏木その人が恋しいと嘆き、夕霧や左大弁と柏木を悼む歌を詠み交わす。
語釈・文法注
文法
- 「親のけう」(親のけうよりもげにやつれ給へり)
- 親の孝。親の喪に服すること。
- 「たゝうがみ」(たゝうがみにかの柳のめにぞとありつるを)
- 畳紙。懐に畳んで入れておく紙。歌を書きつけたりする。
- 「木のまたの雫」(木のまたの雫にぬれてさかさまに)
- 「木の下」は子をたとえ、子のために流す涙をいう。「さかさま」は親が子の喪に服する逆縁をいう。
- 「かすみの衣」(かすみの衣きたる春かな)
- 霞の衣。春霞を衣にたとえた語で、ここでは喪服をかける。
解説
致仕の大臣の嘆きは、子に先立たれた親の悲しみとして、物語の中でも最も痛切なものの一つである。いつも華やかで誇らしげだった大臣が、髭も伸び放題で、人目もはばからず泣く。大臣は、柏木の地位や評判ではなく、柏木その人が恋しいと言う。この言葉は、親の愛の本質を語っている。
大臣の「さかさまに」の歌は、親が子の喪に服する逆縁の悲しみを詠む。夕霧と左大弁の歌もそれに応える。三人の歌は、柏木の死を悼む挽歌として、柏木の巻の哀しみを集約している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、740–741頁(コマ81)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日