源氏物語 第36帖 柏木(24)
一条御息所の嘆き
夕霧の様子は、鮮やかで気高いながら、親しみやすく優美である。御息所も鼻声になって語る。悲しいことは無常の世の常で、ひどくても例のないことでもないと、年を取った自分は無理に心を強く持っているが、宮はひどく思い沈んで、今にも後を追いそうに見えるので、つらい身の自分が今まで生きながらえて、このように世の末のはかない有様を見なければならないのかと落ち着かない。親しい間柄なので聞き及んでいるだろうが、初めからこの縁組には気が進まなかったのに、父大臣の熱意も心苦しく、朱雀院もよい縁だと許した様子だったので、自分の考えが及ばなかったのだと思って見てきたが、こんな夢のようなことになってみると、同じことなら強く反対すればよかったと悔やまれる、それもこうなるとは思わなかった。皇女たちは、よほどのことでない限り、良くも悪くも結婚するのは感心しないことだと古風な心で思っていたが、どっちつかずの中空に浮いた宿縁だったので、いっそこの機会に宮も煙となって後を追うのも、宮の体面としては特に残念なことでもないだろうが、そうも思い切れず、悲しく見ている、そこへたいそう嬉しく浅からぬお見舞いがたびたびあるのを、ありがたいと申し上げるにつけても、それでは柏木との約束があったのだ、宮には思うほど深い愛情は見えなかったが、今はと言って人々に言い置いた遺言が哀れで、憂いの中にも嬉しいことは交じっていたと、ひどく泣く。夕霧もすぐには涙をこらえられず、不思議なほど大人びていた人が、こうなる運命だったのか、この二、三年はひどく沈んで心細げに見えたので、あまり世の道理を悟って思慮深くなった人は、澄みすぎてかえってこうした例があり、素直さがなくなって、かえって華やかな評判が薄らぐものだと、いつも諫めていたが、浅はかだと思っていたようだ、何よりも、宮のお嘆きの心中が恐れ多く、たいそう心苦しいと、親しみ深くこまやかに語り、しばらくして帰る。

- 1あざやかあざやかあざやかににに氣氣け高高だかきききものからものからものから懷懷なつかしうしうしゅうなまめいなまめいなまめいたりたりたり御御み息息やす所所どころももも鼻鼻はな聲聲ごえににになりなりなり給給たまひひいててて「「「哀哀あわれなるなるなることことことはははそのそのその常常つねなきなきなき世世よのののさがさがさがにににこそこそこそははは、、、いみじいみじいみじとてとてとてももも又又また類類たぐひひいなきなきなき事事ことにににやややはははととと、、、年年とし積積つもりりりぬるぬるぬる人人ひとはははしひしひしいててて心心こころづようづようずようさましさましさまし侍侍はべるるるををを、、、更更さらにににおぼしおぼしおぼし入入いりりりたるたるたるさまさまさまのののいといといとゆゝしきゆゝしきゆゆしきまでまでまでしばししばししばしももも立立たちちち後後おくれれれ給給たまふふうまじきまじきまじきやうやうようににに見見みえええ侍侍はべれれればばば、、、すべてすべてすべていといといと心心こころうかりうかりうかりけるけるける身身みののの今今いままでまでまでながらへながらへながらへ侍侍はべりりりてててかくかくかくかたがたかたがたかたがたにににはかなきはかなきはかなき世世よののの末末すえののの有有あり樣樣さまををを見見み給給たまへへえすぐすすぐすすぐすべきべきべきにににやややととといといといとしづしづしず心心こころなくなくなくなむなむなん。。。おのづからおのづからおのずから近近ちかききき御御おんなからひなからひなからいにてにてにて聞聞きききき及及およばばばせせせ給給たまふふうやうやうようももも侍侍はべりりりけむけむけん。。。初初はじめめめつかたつかたつかたよりよりよりをさをさをさをさおさおさうけひきうけひきうけひき聞聞きこえええざりざりざりししし御御おんことことことををを、、、おとゞおとゞおとどののの御心御心みこころむけむけむけももも心苦心苦こころぐるしうしうしゅう院院いんにににもももよろしきよろしきよろしきやうやうようにににおぼしおぼしおぼしゆるいゆるいゆるいたるたるたる御御おん氣色氣色けしきなどなどなどののの侍侍はべりりりしかしかしかばばば、、、更更さらにににみづからみづからみずからののの心心こころおきておきておきてののの及及およばばばぬぬぬなりなりなりけりけりけりととと思思おもひひい給給たまへへえなしなしなしてててなむなむなん見見み奉奉たてまつりりりつるつるつるををを、、、かくかくかく夢夢ゆめのののやうやうようなるなるなることことことををを見見み給給たまふるふるうるににに思思おもひひい給給たまへへえあはすれあはすれあわすればばば、、、みづからみづからみずからののの心心こころののの程程ほどなむなむなん同同おなじうじうじゅうははは强强つようううもももあらがひあらがひあらがい聞聞きこえええましましましをををととと思思おもひひい侍侍はべるるるににに猶猶なおいといといとくやしうくやしうくやしゅう、、、それそれそれもももかやうかやうかようにににしもしもしも思思おもひひいよりよりより侍侍はべらららざりざりざりきききかしかしかし。。。
- 2御御み子子こ達達たちはははおぼろげおぼろげおぼろげののの事事ことならならならででで、、、惡惡あしくしくしくももも善善よくくくももも、、、かやうかやうかようににに世世よづきづきずき給給たまふふうことことことはははえええ心心こころにくからにくからにくからぬぬぬことことことなりなりなりとととふるめきふるめきふるめき心心こころにににははは思思おもひひい侍侍はべりりりしししををを、、、いづかたいづかたいずかたにににもももよらよらよらずずず中中なか空空ぞらにににうきうきうき御御おんすくせすくせすくせなりなりなりけれけれければばば、、、何何なにかかかはははかゝるかゝるかかる序序ついでにににけぶりけぶりけぶりにににももも紛紛まぎれれれ給給たまひひいなななむむんははは、、、このこのこの御御おん身身みのののためためため人人ひとぎゝぎゝぎきなどなどなどははは殊殊ことににに口口くちをしかるをしかるおしかるまじけれまじけれまじけれどどど、、、さりとてさりとてさりとてもももしかしかしかすかやかすかやかすかやかにににえええ思思おもひひいしづむしづむしずむまじうまじうまじゅう悲悲かなしうしうしゅう見見み奉奉たてまつりりり侍侍はべるるるににに、、、いといといと嬉嬉うれしうしうしゅう淺淺あさからからからぬぬぬ御御おんとぶらひとぶらひとぶらいののの度度たび々々たびににになりなりなり侍侍はべるるるめるめるめるををを、、、ありがたうありがたうありがとうもももととと聞聞きこえええ侍侍はべるるるももも、、、さらばさらばさらばかのかのかの御御おん契契ちぎりありありありけるけるけるにににこそこそこそはははととと思思おもふふうやうやうようにににしもしもしも見見みえええざりざりざりししし御心御心みこころばへばへばえなれなれなれどどど、、、今今いまはははとてとてとてこれかれこれかれこれかれにににつげつげつげおきおきおき給給たまひひいけるけるける御御おんゆゐごんゆゐごんゆいごんののの哀哀あわれなるなるなるににになむなむなん。。。憂憂うきききにににももも嬉嬉うれしきしきしきせせせははは交交まじりりり侍侍はべりりりけりけりけり」」」とてとてとていといといといたういたういとうないないない給給たまふふうけはひけはひけわいなりなりなり。。。大大だい將將しょうもももとみとみとみにににえええためらひためらひためらい給給たまははわずずず「「「怪怪あやしうしうしゅういといといとこよなくこよなくこよなくおよすげおよすげおよすげ給給たまへへえりりりししし人人ひとののの、、、かゝるかゝるかかるべうべうびょうてててややや、、、このこのこの二二ふた三三み年年とせのののこなたこなたこなたなむなむなんいたういたういとうしめりしめりしめりててて物物もの心心こころ細細ぼそげげげににに見見みえええ給給たまひひいしかしかしかばばば、、、あまりあまりあまり世世よのののことわりことわりことわりををを思思おもひひいしりしりしり物物もの深深ふこうううなりなりなりぬるぬるぬる人人ひとのののすみすみすみすぎすぎすぎてててかゝるかゝるかかるためしためしためし心心こころうつくしからうつくしからうつくしからずずず、、、かへりてかへりてかえりてはははあざやかあざやかあざやかなるなるなる方方かたのののおぼえおぼえおぼえうすらぐうすらぐうすらぐものものものなりなりなりとととなむなむなん、、、常常つねにににはかばかしからはかばかしからはかばかしからぬぬぬ心心こころににに諫諫いさめめめ聞聞きこえええしかしかしかばばば心心こころあさしあさしあさしととと思思おもひひい給給たまへへえりりりししし、、、萬萬よろずよりよりよりももも人人ひとにににまさりまさりまさりてててげにげにげにかのかのかのおぼしおぼしおぼし歎歎なげくくくらむらむらん御心御心みこころのののうちうちうちのののかたじけなけれかたじけなけれかたじけなけれどどど。。。いといといと心苦心苦こころぐるしうしうしゅうももも侍侍はべるるるかなかなかな」」」などなどなど懷懷なつかしうしうしゅうこまやかこまやかこまやかににに聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、やゝやゝやや程程ほど經經へてててぞぞぞ出出いででで給給たまふふう。。。
現代語訳
夕霧の様子は、鮮やかで気高いものの、親しみやすく優美である。御息所も鼻声におなりになって、「悲しいことは、それが無常な世の習いというものでございましょう。ひどいといっても、また例のないことでもないと、年を取った者は無理にも心を強くして気持ちを静めておりますが、宮はまったく思い沈んでいらっしゃる様子が、たいそう不吉なほどで、少しの間も後に残っていらっしゃれそうにもないように見えますので、何もかもたいそう情けなかった私の身が、今まで生きながらえまして、このように宮も柏木も、それぞれにはかない世の末の有様を見過ごさなければならないのかと、たいそう落ち着かない気持ちでございます。自然と近しいお間柄で、お聞き及びになっていらっしゃることもございましたでしょう。初めの頃から、ほとんどお受け申し上げなかったご縁組でしたのに、父大臣のご熱意もお断りするのが心苦しく、朱雀院にも、よい縁組のようにお許しになったご様子などがございましたので、まったく自分の考えが至らなかったのだと思いなしまして、お世話申し上げてまいりましたのに、このように夢のようなことを見ますにつけて思い合わせますと、私の考えのほどでも、同じことなら強く反対申し上げればよかったと思いますにつけ、やはりたいそう悔しく、それも、まさかこのようになろうとは思い寄りませんでしたよ。
皇女たちは、よほどのことでない限り、悪くても良くても、このように結婚なさることは感心しないことだと、古めかしい心では思っておりましたのに、どちらにもつかず、中空に浮いたようなご宿縁でしたので、いっそ、このような機会に、宮も火葬の煙に紛れてお亡くなりになってしまうのは、宮の御身のために、世間の聞こえなどは格別残念なことでもないでしょうけれど、そうかといって、そのようにさっぱりと思い切ることもできず、悲しく拝見しておりますところに、たいそう嬉しく、浅からぬお見舞いがたびたびになりますようですのを、ありがたいことだと申し上げますにつけても、それでは柏木とのお約束があったのだと、宮には思うほどにも見えなかったご愛情でしたけれど、今はもうと言って、あちこちに言い置かれたご遺言が哀れでございまして。つらい中にも、嬉しい瀬は交じっておりました」と言って、たいそうひどくお泣きになる様子である。大将(夕霧)も、すぐには涙をこらえることもおできにならず、「不思議なほどたいそうこの上なく大人びていらっしゃった人が、このようになるはずの運命だったのでしょうか、この二、三年来は、ひどく沈んで何となく心細げにお見えになったので、あまりに世の道理を悟り、思慮深くなってしまった人は、澄みすぎて、このような例があり、心の素直さがなくなって、かえって華やかな方面の評判が薄らぐものですと、いつもふつつかな私の心で諫め申し上げましたので、浅はかだとお思いになっていたようです。何よりも、人にまさって、本当に宮がお嘆きになっていらっしゃるだろうお心の内が、恐れ多いことですが。たいそう心苦しいことでございますね」などと、親しみ深くこまやかに申し上げなさって、しばらくたってからお帰りになる。
意訳
御息所は、気の進まなかった宮の縁組を悔やみ、後を追いそうな宮の様子に心を痛めていると語る。
御息所は夕霧の見舞いを柏木の遺言によるものと喜び、夕霧も柏木を偲び、宮の心中を思いやる。
語釈・文法注
文法
- 「御子達は」(御子達はおぼろげの事ならで)
- 皇女たちは。当時、皇女は独身を通すのがよいという考えがあった。
- 「中空にうき御すくせ」(いづかたにもよらず中空にうき御すくせ)
- どちらつかずで、宙に浮いたような宿縁。結婚もして、しかも夫に先立たれたことをいう。
- 「すかやか」(しかすかやかにえ思ひしづむまじう)
- さっぱりと思い切りのよい様子。
- 「せ」(憂きにも嬉しきせは交り侍りけり)
- 瀬。機会、折。
解説
一条御息所は、娘の縁組をはじめから望んでいなかったことを悔やむ。皇女は独身を通すべきだという古い考えを持ちながら、父大臣の熱意と朱雀院の許しに押されて縁組を承諾した。その結果、娘は夫に先立たれ、中空に浮いたような身の上になった。母の嘆きは深い。
夕霧は、柏木がこの二、三年沈んでいたと語る。それは女三の宮への恋の苦しみのためであったが、夕霧はそれを世の道理を悟りすぎたためだと婉曲に言う。夕霧の言葉には、真相を知りながら語れない複雑な思いがにじんでいる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、738–739頁(コマ80)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日