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源氏物語 第36帖 柏木(23)

夕霧の一条宮訪問

登場人物:夕霧・一条御息所・落葉の宮・柏木

一条宮では、まして柏木に会えないまま別れた恨みまで加わって、日がたつにつれ、広い宮邸の中は人も少なく心細げである。柏木が親しく使っていた人々は、やはり見舞いに参る。柏木が好んだ鷹や馬の係の者たちも、頼るところがなく沈み込んで、ひっそりと出入りするのを見るのも、何かにつけて哀れは尽きない。柏木が愛用した調度や、いつも弾いていた琵琶や和琴の弦も外されて音を立てないのも、たいそう気のふさぐことである。庭の木立は芽吹いて煙るようで、花は時を忘れずに咲いているのを眺めながら物悲しく、仕える人々も鈍色の喪服にやつれて寂しく所在ない昼ごろ、前駆の声も華やかに、ここに車を止めた人がある。ああ、亡き殿のお越しかと、ついうっかり思ってしまったと泣く者もいる。夕霧が来たのであった。夕霧は案内を乞う。いつものように弁の君(左大弁)や宰相などが来たのだと思っていたら、たいそう気後れするほど清らかな様子で入ってくる。母屋の廂に御座を設けて迎える。普通の客のように女房が応対するのは恐れ多い様子なので、御息所が対面する。夕霧は、ひどい悲しみを嘆く心は身内の人々にも劣らないが、限りがあるので申し上げようもなく、世間並みのお悔やみになってしまった、柏木が臨終に言い置いたことがあるので、おろそかには思わない、誰も命の長さは分からない世なので、後れ先立つまでの間は、力の及ぶ限り深い志をお見せしたい、神事の多い頃で、私情のままに籠っているのも例のないことなので、立ったままの弔問ではかえって物足りないと思って、日頃は過ごしてしまった、父大臣が心を乱す様子を見聞きするにつけ、親子の情の闇はもとより、ご夫婦の間でどれほど深く思い残されたかを推し量ると、悲しみは尽きないと言って、何度も涙をぬぐい、鼻をかむ。

春の昼下がり、喪に沈む一条宮の庭に花が咲く中、夕霧が母屋の廂に通され、御簾越しに一条御息所と対面して涙をぬぐっている場面(AI生成)
春の昼下がり、喪に沈む一条宮の庭に花が咲く中、夕霧が母屋の廂に通され、御簾越しに一条御息所と対面して涙をぬぐっている場面
  1. 1一いち一いちいち條でう條でうじょうののの宮みや宮みやみやにににはははましてましてまして覺おぼ覺おぼおぼ束つか束つかつかなくなくなくててて別わか別わかわかれれれ給たま給たまたまひひいにににししし恨うらみ恨うらみうらみさへさへさへそへそへそえててて、、、日ひ日ひひ比ごろ比ごろごろふるふるふるまゝまゝままににに廣ひろ廣ひろひろききき宮みや宮みやみやのののうちうちうち人ひと人ひとひとげげげすくなうすくなうすくのう心こころ心こころこころぼそげぼそげぼそげにてにてにて、、、親した親したしたしくしくしく使つか使つかつかひひいならしならしならし給たま給たまたまひひいししし人ひと人ひとひとははは猶なほ猶なほなお參まゐ參まゐまいりりりとぶらひとぶらひとぶらいきこゆきこゆきこゆ。。。好この好このこのみみみ給たま給たまたまひひいししし鷹たか鷹たかたか、、、馬むま馬むまうまなどなどなどそのそのその方かた方かたかたのののあづかりあづかりあずかりどもどもどもゝゝも皆みな皆みなみなつくつくつく所ところ所ところところなうなうのう思おも思おもおもひひいうんじうんじうんじてててかすかかすかかすかににに出いで出いでいで入いり入いりいりををを見み見みみ給たま給たまたまふふうももも、、、ことことことにににふれふれふれててて哀あはれ哀あはれあわれはははつきつきつきぬぬぬものものものににになむなむなんありありありけるけるける。。。もてもてもてつかひつかひつかい給たま給たまたまひひいししし御おん御おんおん調てう調てうちょう度ど度どどどもどもども、、、常つね常つねつねにににひきひきひき給たま給たまたまひひいししし琵び琵びび琶は琶はわ和わ和わわ琴ごん琴ごんごんなどなどなどののの緒を緒をおもももとりとりとりはなちはなちはなちやつさやつさやつされれれててて音ね音ねねををを立た立たたてててぬぬぬもももいといといとうもれうもれうもれいたきいたきいたきわざわざわざなりなりなりややや。。。御お御おお前まへ前まへまえののの木こ木ここ立だち立だちだちいたういたういとうけぶりけぶりけぶりててて花はな花はなはなははは時とき時ときときををを忘わす忘わすわすれれれぬぬぬ氣色けしき氣色けしきけしきなるなるなるををを詠なが詠ながながめめめつゝつゝつつものものものがなしくがなしくがなしく、、、侍さぶら侍さぶらさぶらふふう人々ひとびと人々ひとびとひとびともももにびにびにび色いろ色いろいろにににやつれやつれやつれつゝつゝつつ寂さび寂さびさびしうしうしゅう徒つれ徒つれつれ然づれ然づれずれなるなるなる晝ひる晝ひるひるつつつ方かた方かたかた、、、さきさきさき華はな華はなはなやかやかやかににに追お追おおふふう音おと音おとおとしししてててこゝこゝここにににとまりとまりとまりぬるぬるぬる人ひと人ひとひとありありあり。。。「「「あはれあはれあわれ故こ故ここ殿との殿とのとのののの御おん御おんおんけはひけはひけわいとととこそこそこそうちうちうち忘わす忘わすわすれれれててて思おも思おもおもひひいつれつれつれ」」」とてとてとて泣な泣ななくくくもももありありあり。。。大だい大だいだい將しやう將しやうしょう殿どの殿どのどののののおはしおはしおわしたるたるたるなりなりなりけりけりけり。。。御おん御おんおんせうそこせうそこしょうそこ聞きこ聞きこきこえええいれいれいれ給たま給たまたまへへえりりり。。。
  2. 2例れい例れいれいののの辨べん辨べんべんののの君きみ君きみきみ、、、宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうなどなどなどのののおはしおはしおわしたるたるたるとととおぼしおぼしおぼしつるつるつるをををいといといとはづかしげはづかしげはずかしげににに淸きよ淸きよきよらなるらなるらなる御おん御おんおんもてなしもてなしもてなしにてにてにて入い入いいりりり給たま給たまたまへへえりりり。。。もやもやもやののの廂ひさし廂ひさしひさしにににおましおましおましよそひよそひよそいててて入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。おしなべおしなべおしなべたるたるたるやうやうようににに人々ひとびと人々ひとびとひとびとのののあへしらひあへしらひあえしらい聞きこ聞きこきこえええむむんはははかたじけなきかたじけなきかたじけなきさまさまさまのののししし給たま給たまたまへへえれれればばば御み御みみ息やす息やすやす所どころ所どころどころぞぞぞたいめたいめたいめししし給たま給たまたまへへえるるる。。。「「「いみじきいみじきいみじきことことことををを思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ歎なげ歎なげなげくくく心こころ心こころこころはははさるさるさるべきべきべき人々ひとびと人々ひとびとひとびとにににももも越こ越ここえええててて侍はべ侍はべはべれれれどどど限かぎり限かぎりかぎりあれあれあればばば聞きこ聞きこきこえええさせさせさせやるやるやる方かた方かたかたなうなうのうててて世よ世よよののの常つね常つねつねににになりなりなり侍はべ侍はべはべりりりにににけりけりけり。。。いまはいまはいまわののの程ほど程ほどほどにににももものたまひのたまひのたまい置お置おおくくく事こと事ことこと侍はべ侍はべはべりりりしかしかしかばばばおろかおろかおろかならならならずずずなむなむなん。。。誰たれ誰たれたれももものどめのどめのどめ難がた難がたがたききき世よ世よよなれなれなればばば、、、後おく後おくおくれれれ先さき先さきさきだつだつだつ程ほど程ほどほどのののけぢめけぢめけじめにににははは思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ及およ及およおよばばばむむんにににしたがひしたがひしたがいててて深ふか深ふかふかききき心こころ心こころこころののの程ほど程ほどほどをををももも御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜられられられにににしがしがしがなななとととなむなむなん。。。神かみ神かみかみわざわざわざなどなどなどしげきしげきしげき比ころ比ころころほひほひおい私わたくし私わたくしわたくしののの志こころざし志こころざしこころざしにににまかせまかせまかせててて、、、つくづくつくづくつくずくととと籠こも籠こもこもりりり居ゐ居ゐい侍はべ侍はべはべらららむむんももも、、、例れい例れいれいならならならぬぬぬ事こと事ことことなりなりなりけれけれければばば立た立たたちちちながらながらながらはははたたたなかなかなかなかなかなかににに飽あ飽ああかかかずずず思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえらるらるらるべうべうびょうてててなむなむなん日ひ日ひひ比ごろ比ごろごろはははすぐしすぐしすぐし侍はべ侍はべはべりりりにににけるけるける。。。おとゞおとゞおとどなどなどなどののの心こころ心こころこころををを亂みだ亂みだみだりりり給たま給たまたまふふうさまさまさま見み見みみ聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべるるるにににつけつけつけてててももも親おや親おやおや子こ子ここののの道みち道みちみちのののやみやみやみをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて、、、かゝるかゝるかかる御おん御おんおん中なか中なかなからひらひらいののの深ふか深ふかふかくくく思おも思おもおもひひいとゞめとゞめとどめ給たま給たまたまひひいけむけむけん程ほど程ほどほどををを推お推おおししし量はか量はかはかりりり聞きこ聞きこきこえええさするさするさするにににいといといと盡つ盡つつきききせせせずずずなむなむなん」」」とてとてとてしばしばしばしばしばしばおしおしおしのごひのごひのごい鼻はな鼻はなはな打う打ううちちちかみかみかみ給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

一条の宮では、まして、お会いになれないまま別れておしまいになった恨みまでも加わって、日がたつにつれて、広い宮邸の中は人の気配も少なく心細げで、柏木が親しく使い慣らしていらっしゃった人は、やはり参上してお見舞い申し上げる。柏木が好んでいらっしゃった鷹や馬など、その方面の係の者たちも、皆、身の寄せ所もなく沈み込んで、ひっそりと出入りするのをご覧になるのも、何かにつけて哀れは尽きないものであった。柏木が愛用していらっしゃったご調度類や、いつもお弾きになっていた琵琶や和琴などの弦も、取り外してしまわれて、音を立てないのも、たいそう気のふさぐことであるよ。御前の木立は、すっかり芽吹いて煙るようで、花は時を忘れずに咲いている様子なのを眺めながら物悲しく、お仕えする人々も鈍色の喪服にやつれながら、寂しく所在ない昼ごろ、前駆の声を華やかに追う音がして、ここに車を止めた人がある。「ああ、亡き殿のお越しの気配と、ついうっかり思ってしまった」と言って泣く者もいる。大将殿(夕霧)がいらっしゃったのであった。案内のご挨拶を申し入れなさった。

いつものように弁の君(左大弁)や宰相などがいらっしゃったのだとお思いになっていたのに、たいそう気後れするほどに清らかなご様子で、お入りになった。母屋の廂に御座を設けて、お入れ申し上げる。普通の客のように女房たちがお相手申し上げるのは、恐れ多い様子でいらっしゃるので、御息所が対面なさった。夕霧は、「ひどい悲しみを思い嘆き申し上げる心は、しかるべき身内の人々にも越えておりますが、限りがありますので、申し上げようもなくて、世間並みのお悔やみになってしまいました。柏木が臨終の折にも言い置くことがございましたので、おろそかには思っておりません。誰も命をのんびりと構えてはいられない世ですから、私が後れたり先立ったりするまでの間は、力の及びますのに従って、深い志のほどもご覧いただきたいと存じます。神事などの多い頃で、私情のままにじっと籠っておりますのも、例のないことでございましたので、立ったままの弔問では、また、かえって物足りなく思われるにちがいなくて、日頃は過ごしてしまいました。父大臣などがお心を乱していらっしゃる様子を見聞きいたしますにつけても、親子の情の闇はもちろんのこと、このようなご夫婦の間柄で、深く思い残されたでしょうことを推し量り申し上げますと、悲しみは尽きません」と言って、何度も涙をぬぐい、鼻をおかみになる。

意訳

柏木を失った一条宮は人も少なく寂しく、弦を外された琵琶や和琴が哀れを誘う中、夕霧が訪れる。

夕霧は御息所と対面し、柏木の遺言を受けて、深い志を見せたいと申し出て、涙をぬぐう。

語釈・文法注

文法

「つく所なう思ひうんず」(皆つく所なう思ひうんじて)
身を寄せる所もなく、すっかり気がふさいでしまう。
「うもれいたし」(音を立てぬもいとうもれいたきわざなりや)
気がふさぐ、陰気である。
「神わざなどしげき比ほひ」(神わざなどしげき比ほひ)
四月の賀茂祭など神事の多い頃。神事の際には死穢を避ける必要があった。

解説

柏木を失った一条宮の寂しさが、鷹や馬の係の者、弦を外された琵琶や和琴、時を忘れずに咲く花などを通して描かれる。主を失った邸の寂しさは、喪の色の中で一層際立つ。前駆の声に、亡き殿が来たのかと思う女房の言葉が、哀れを誘う。

夕霧の訪問は、柏木の遺言を果たすためのものである。夕霧は丁寧に弔意を述べ、今後も力を尽くしたいと申し出る。生真面目な夕霧の誠実さが表れているが、この訪問が、やがて夕霧と落葉の宮との関係へと発展していく。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、736–739頁(コマ79–80)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日