源氏物語 第36帖 柏木(22)
致仕の大臣の嘆き
柏木の父大臣と母北の方は、涙の乾く間もなく悲しみに沈み、はかなく過ぎていく日数も分からないほどで、法事の法服や装束など、あれこれの準備は、君達や御方々がそれぞれに行った。経や仏の手配なども弟の左大弁が行う。七日ごとの誦経なども、人が注意を促すと、父大臣は、私に聞かせるな、こんなにひどく思い惑っているのに、かえって往生の妨げにもなるだろうと言って、まるで亡き人のように呆然としている。

- 1父父ちちおとゞおとゞおとど母母はは北北きたののの方方かたははは淚淚なみだのののいとまいとまいとまなくなくなくおぼしおぼしおぼししづみしづみしずみててて、、、はかなくはかなくはかなく過過すぐるぐるぐる日日ひ數數かずをををもももしりしりしり給給たまははわずずず、、、御御おんわざわざわざののの法法ほう服服ぶく御御おんさうぞくさうぞくそうぞく、、、なにくれなにくれなにくれののの急急いそぎぎぎをををももも君君きん達達だち御御おん方方かた々々がたとりどりとりどりとりどりににになむなむなんせせせさせさせさせ給給たまひひいけるけるける。。。經經きょう佛佛ほとけのののおきておきておきてなどなどなどももも左左さ大大だい辨辨べんののの君君きみせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。七七なぬ日日か七七なぬ日日かののの御御おんずきやうずきやうずきょうなどなどなどももも人人ひとののの聞聞きこえええおどろかすおどろかすおどろかすにににももも「「「われわれわれににになななきかきかきかせせせそそそ。。。かくかくかくいみじいみじいみじととと思思おもひひい惑惑まどふふうににに、、、なかなかなかなかなかなか道道みちさまたげさまたげさまたげにににもももこそこそこそ」」」とてとてとてなきなきなきやうやうようににに覺覺おぼしししほれほれほれたりたりたり。。。
現代語訳
父大臣と母北の方は、涙の乾く暇もなく悲しみに沈みなさって、はかなく過ぎていく日数もお分かりにならず、ご法事の法服やご装束、あれこれの準備も、君達や御方々が、それぞれにおさせになった。経や仏の手配なども、左大弁の君がおさせになる。七日ごとのご誦経なども、人が申し上げて注意を促すにつけても、父大臣は「私に聞かせるな。このようにひどいと思い惑っているのに、かえって往生の道の妨げにもなるだろう」と言って、亡き人のように呆然となっていらっしゃる。
意訳
柏木の両親は悲しみに沈み、法事の準備は子どもたちが行う。父大臣は法事の話も聞きたくないと、呆然としている。
語釈・文法注
文法
- 「御わざ」(御わざの法服御さうぞく)
- 法事、仏事。ここでは四十九日の法要などを指す。
- 「七日七日の御ずきやう」(七日七日の御ずきやうなども)
- 死後、七日ごとに行う誦経。四十九日まで続く。
- 「覺しほる」(なきやうに覺しほれたり)
- 悲しみのあまり、ぼんやりと呆然とする。
解説
柏木の死を嘆く両親の姿は、子に先立たれた親の悲しみを痛切に伝えている。華やかで陽気だった父大臣が、法事の話も聞きたくないと呆然とする姿は、かつての権勢家の面影もない。
父大臣の「なかなか道さまたげにもこそ」という言葉は、親の嘆きが死者の往生を妨げるという当時の考え方による。悲しみを抑えなければならないと分かっていても、抑えることができない。親の情の深さが、短い描写の中に凝縮されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、736–737頁(コマ79)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日