源氏物語 第36帖 柏木(19)
若君を抱く源氏
乳母たちは身分が高く感じのよい者ばかりが大勢仕えている。源氏は乳母を召し出して、仕える心構えなどを言い聞かせる。余命少ない私の晩年に生まれ育つ子なのだと言って抱き取ると、若君はたいそう人見知りせずにほほえんで、まるまると太って白くかわいらしい。夕霧の幼い頃をかすかに思い出しても似ておらず、明石の女御の御子たちは父帝の血筋で王者らしく気高いが、特にすぐれて美しいというのでもない。この君はたいそう上品なうえに愛嬌があり、目もとが匂うようで、よく笑うのを、源氏はたいそう哀れに見る。気のせいか、やはり柏木にたいそうよく似ている。今からもう目つきが穏やかで、こちらが気恥ずかしくなるような様子も普通とは違い、匂やかで美しい顔立ちである。宮はそれほど見分けられず、人々はまったく知らないことなので、ただ源氏一人の心の内でだけ、ああはかなかった人の宿縁だと見ていると、世の無常も思い続けられて、涙がほろほろとこぼれるのを、今日は忌むべき祝いの日だとぬぐい隠して、静かに思って嘆くに堪えたり、と白楽天の詩を口ずさむ。五十八から十を引いた四十八歳だが、晩年になった心地がして、たいそうもの哀れに思う。汝の父に似るなかれ、とでも戒めたく思ったことだろう。このことの事情を知る人が女房の中にもいるだろう、それが誰か分からないのが悔しい、愚かだと見ているだろうと穏やかでないが、自分が咎められることは我慢しよう、どちらかといえば宮のためにこそ気の毒だと思い、顔色にも出さない。若君が無心に声を立てて笑う目もとや口もとのかわいらしさも、事情を知らない人はどう思うだろうか。源氏は、やはりたいそうよく似ていると見て、柏木の両親が、せめて子だけでも残してくれればと泣いているだろうに、見せることもできない、人知れずはかない形見だけを残して、あれほど気位高く立派に成人した身を自ら失ってしまったことよと、哀れで惜しく、いまいましいと思う心も変わって泣いてしまう。

- 1御御おん乳乳め母母のとたちたちたちはははやんごとなくやんごとなくやんごとなくめやすきめやすきめやすき限限かぎり數數あま多多たさぶらふさぶらふさぶらう。。。召召めしししいでいでいでゝゝて仕仕つかうまつるうまつるうまつるべきべきべき心心こころおきておきておきてなどなどなどののの給給のたまふふう。。。「「「哀哀あわれのこりのこりのこりすくなきすくなきすくなき世世よにににおひおひおい出出いつつつべきべきべき人人ひとにににこそこそこそ」」」とてとてとて抱抱いだきききとりとりとり給給たまへへえばばばいといといと心心こころ安安やすくくくうちうちうちゑみゑみえみてててつぶつぶつぶつぶつぶつぶととと肥肥こえええててて白白しろううううつくしうつくしうつくし。。。大大だい將將しょうなどなどなどののの御御おんちごちごちごおひおひおいほのかほのかほのかにににおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずるにににははは似似に給給たまははわずずず、、、女女にょうご御御ごののの宮宮みやたちたちたちはははたたた父父ちちみかどみかどみかどののの御御おんかたざまかたざまかたざまにににわうわうおうげげげづきづきずきててて氣氣け高高だこうううこそこそこそおはしませおはしませおわしませ、、、殊殊ことにににすぐれすぐれすぐれてててめでたうめでたうめでとうしもしもしもおはせおはせおわせずずず。。。このこのこの君君きみいといといとあてあてあてなるなるなるにににそへそへそえてててあいぎやうあいぎやうあいぎょうづきづきずきまみまみまみのののかをりかをりかおりてててゑみゑみえみがちがちがちなるなるなるなどなどなどをををいといといと哀哀あわれととと見見み給給たまふふう。。。思思おもひひいなしなしなしにににややや猶猶なおいといといとようようようおぼえおぼえおぼえたりたりたりかしかしかし。。。只只ただ今今いまながらながらながらまなこゐまなこゐまなこいのどかのどかのどかににに耻耻はずかしきかしきかしきさまさまさまもももやうやうようはなれはなれはなれてててかをりかをりかおりをかしきをかしきおかしき顏顏かおざまざまざまなりなりなり。。。宮宮みやはははさささしもしもしもおぼしおぼしおぼしわかわかわかずずず人人ひとはははたたた更更さらにににしらしらしらぬぬぬことことことなれなれなればばば唯唯ただ一一ひと所所ところののの御心御心みこころのののうちうちうちにににのみのみのみぞぞぞ哀哀あわれはかなかりはかなかりはかなかりけるけるける人人ひとののの契契ちぎりかなかなかなととと見見み給給たまふふうににに、、、大大おお方方かたののの世世よのののさだめなささだめなささだめなさもももおぼしおぼしおぼし續續つづけけけられられられててて、、、淚淚なみだのののほろほろほろほろほろほろとととこぼれこぼれこぼれぬるぬるぬるををを、、、今今け日日きょうはははことことこといみいみいみすすすべきべきべき日日ひをををとととおしおしおしのごひのごひのごい隱隱かくししし給給たまひひいててて「「「しづかしづかしずかににに思思おもひひいててて嘆嘆なげくくくににに堪堪たへへえたりたりたり」」」とととうちうちうちずじずじずじ給給たまふふう。。。
- 2五五ご十十じゅう八八はちををを十十とおとりとりとりすてすてすてたるたるたる御御おん齡齡よわいなれなれなれどどど末末すえににになりなりなりぬるぬるぬる心心こころちちちししし給給たまひひいててていといといと物物もの哀哀あわれにににおぼさおぼさおぼさるるる。。。なんぢなんぢなんじががが父父ちちにににともともとも諫諫いさめめめまほしうまほしうまほしゅうおぼしおぼしおぼしけむけむけんかしかしかし。。。このこのこの事事ことののの心心こころしれしれしれるるる人人ひと女房女房にょうぼうののの中中なかにににもももあらあらあらむむんかしかしかし、、、しらしらしらぬぬぬこそこそこそねたけれねたけれねたけれ、、、をこをこおこなりなりなりととと見見みるるるらむらむらんととと安安やすからからからずずずおぼせおぼせおぼせどどど我我わががが御御おん咎咎とがめめめあるあるあることことことはははあへあへあえなななむむん、、、ふたつふたつふたついはいはいわむむんにににははは女女おんなののの御御おん爲爲ためこそこそこそいとほしけれいとほしけれいとおしけれなどなどなどおぼしおぼしおぼしててて、、、色色いろにににもももいだしいだしいだし給給たまははわずずずいといといと何何なに心心ごころなうなうのう物語物語ものがたりしししててて笑笑わらひひい給給たまへへえるるるまみまみまみ口口くちつきつきつきのののうつくしきうつくしきうつくしきももも心心こころしらしらしらざらざらざらむむん人人ひとはははいかゞいかゞいかがあらあらあらむむん。。。猶猶なおいといといとよくよくよく似似に通通かよひひいたりたりたりけりけりけりととと見見み給給たまふふうににに、、、親親おやたちたちたちののの子子こだにだにだにあれあれあれかしかしかしとととないないない給給たまふふうらむらむらんにににもももえええ見見みせせせずずず。。。人人ひとしれしれしれずずずはかなきはかなきはかなきかたみかたみかたみばかりばかりばかりをををとゞめとゞめとどめ置置おきききてててさばかりさばかりさばかり思思おもひひいあがりあがりあがりおよすげおよすげおよすげたりたりたりししし身身みををを心心こころもてもてもてうしなひうしなひうしないつるつるつるよよよととと、、、哀哀あわれにににをしけれをしけれおしければばばめざましめざましめざましととと思思おもふふう心心こころもももひきひきひきかへしかへしかえしうちうちうちなかれなかれなかれ給給たまひひいぬぬぬ。。。
現代語訳
御乳母たちは、身分が高く感じのよい者ばかりが大勢お仕えしている。源氏は乳母たちを召し出して、お仕えすべき心構えなどをおっしゃる。「ああ、余命少ない私の晩年に、生い育っていくはずの人なのだね」と言って、若君を抱き取りなさると、若君はたいそう人見知りもせずにほほえんで、まるまると太って、白くかわいらしい。大将(夕霧)などの幼い頃の様子を、かすかに思い出しなさっても似ていらっしゃらない。女御(明石の女御)の宮たちは、また父帝のお血筋で、王者らしい気品があって気高くはいらっしゃるが、格別にすぐれて美しいというわけでもいらっしゃらない。この君は、たいそう上品であるうえに、愛嬌があり、目もとが匂うようで、よくほほえんでいるのなどを、源氏はたいそう哀れとご覧になる。気のせいか、やはり柏木にたいそうよく似ていることだよ。今からもう、目つきが穏やかで、こちらが気恥ずかしくなるような様子も普通とは違っていて、匂やかに美しい顔立ちである。宮はそれほど見分けもなさらず、人々はまた、まったく知らないことなので、ただ源氏お一人のお心の内でだけ、ああ、はかなかった人の宿縁よと見ていらっしゃると、世の中全体の無常もお思い続けられて、涙がほろほろとこぼれてしまったのを、今日は不吉なことを忌むべき日なのにと、ぬぐい隠しなさって、「静かに思いて嘆くに堪えたり」と口ずさみなさる。
五十八から十を取り除いた四十八のご年齢だけれど、晩年になってしまった心地がなさって、たいそうもの哀れにお思いになる。「汝が父に似ること勿かれ」とでも、戒めたくお思いになったことだろう。このことの事情を知っている人が、女房の中にもいるだろう、それが誰か分からないのがいまいましい、私を愚かだと見ているだろうと、穏やかでなくお思いになるが、自分が非難されることは我慢しよう、どちらかと言えば、女宮の御ためにこそ気の毒だなどとお思いになって、顔色にもお出しにならない。若君がたいそう無心に声を立てて笑っていらっしゃる目もとや口もとのかわいらしさも、事情を知らない人はどう思うだろうか。源氏は、やはりたいそうよく似通っていたなと見なさると、柏木の親たちが、せめて子だけでもあってくれればと泣いていらっしゃるだろうにも、見せることもできない。人知れず、はかない形見だけを残して、あれほど気位高く、立派に成人した身を、自分の心から失ってしまったことよと、哀れで惜しいので、いまいましいと思う心も一転して、お泣きになった。
意訳
源氏は若君を抱き、その上品で愛嬌のある顔が柏木によく似ていると見て、白楽天の詩を口ずさむ。
源氏は事情を知る女房を気にしながらも顔色に出さず、形見だけを残して死んだ柏木を哀れに思い泣く。
語釈・文法注
文法
- 「しづかに思ひて嘆くに堪へたり」(しづかに思ひて嘆くに堪へたり)
- 白居易の詩「自嘲」の一節「静かに思ひて喜ぶに堪へ亦嘆くに堪へたり」による。五十八歳で子を得た白居易の感慨。
- 「五十八を十とりすてたる御齡」(五十八を十とりすてたる御齡)
- 四十八歳。白居易が五十八歳で子を得たのに対し、源氏は四十八歳であることをいう。
- 「なんぢが父に」(なんぢが父にとも諫めまほしう)
- 白居易の同じ詩の「汝が父に似ること勿かれ」による。
- 「わうげづく」(父みかどの御かたざまにわうげづきて)
- 王気づく。王者らしい気品がある。
解説
源氏が若君を抱く場面は、物語の中でも最も複雑な感情に満ちた場面である。若君の美しい顔には、柏木の面影がある。源氏は白居易の詩を口ずさみ、「汝が父に似ること勿かれ」と心の中で戒める。詩句の引用が、源氏の痛切な思いを婉曲に表している。
源氏は、事情を知る女房がいるかもしれないと穏やかでないが、宮のために顔色に出さない。そして、形見の子を残して自ら身を滅ぼした柏木を、いまいましく思う心も変わって、哀れに思い泣く。若君を抱く源氏の胸には、怒りと哀れみと、かつての自分の罪への思いとが交錯している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、734–735頁(コマ78)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日