源氏物語 第36帖 柏木(16)
柏木の遺言
柏木は語る。自分では病が重くなった区切りも分からず、どこが苦しいということもないので、急にこうなるとは思わなかったが、月日もたたないうちに弱ってしまい、今は正気も失せたようで、惜しくもない身を祈祷や願の力で引き止められているが、かえって苦しいので、自分から死出の道を急ぐ気持ちがする。この世の別れに言い残したいことは多い。親にも孝養を尽くしきれず、帝への奉仕も半ばで、身を顧みても出世もはかばかしくない恨みを残した嘆きはともかく、ほかに心の内で思い乱れることがある。今わの際に漏らすべきではないが、一人で耐えがたいので、あなた以外に誰に訴えられよう。六条院(源氏)との間に少しの行き違いがあって、ここ数か月、心の内でお詫びしたく思っていたが、ひどく不本意に世を心細く思うようになって病みついたところへ、お召しがあって院の御賀の試楽の日に参上し、源氏のご様子を拝見すると、やはり許されないお気持ちが目つきに見えたので、いよいよ世に生きながらえるのもはばかられ、心が騒ぎはじめて、このように静まらなくなった。人数にも思っていなかっただろうが、幼い頃から深く頼りにしてきたのに、どんな讒言があったのかと、これがこの世の憂いとして残るので、きっと来世の妨げにもなるだろう、機会があったら源氏にうまく取りなしてほしい、死後でもこの勘気が許されたら、あなたのおかげだと言う。夕霧は、心の内に思い当たることもあるが、はっきりとは推し量れず、どんな心の鬼なのか、源氏にはそんな様子もなく、重病と聞いて驚き嘆き、たいそう残念がっていた、どうして今まで隠していたのか、双方に取りなすこともできたのに、今となってはと、取り返したいほど悲しく思う。柏木は、本当に少しでも具合のよい時に申し上げればよかった、まさか今日明日とは思わず、自分の命の程も知らずにのんびりしていたのがはかない、このことは決して他言しないでほしい、然るべき折に心を配ってほしいと思って言い置くのだ、一条にいる宮(落葉の宮)を何かにつけて見舞ってほしい、気の毒な身の上で朱雀院などのお耳に入るだろうから、取り繕ってほしいなどと言う。言いたいことは多いが、気分がどうしようもなく悪くなったので、お帰りくださいと手振りで示す。加持の僧たちが近くに来て、母上や父大臣も集まり人々が立ち騒ぐので、夕霧は泣く泣く退出する。

- 1「「「心心こころにににははは重重おもくくくなるなるなるけぢめけぢめけじめももも覺覺おぼえええ侍侍はべらららずずず。。。そこそこそこぞぞぞととと苦苦くるしきしきしきことことこともももなけれなけれなければばばたちまちたちまちたちまちにににかうかうこうももも思思おもひひい給給たまへへえざりざりざりししし程程ほどににに、、、月月つき日日ひももも經經へでででよわりよわりよわり侍侍はべりりりにににけれけれければばば、、、今今いまはははうつしうつしうつしごゝろごゝろごころもももうせうせうせたるたるたるやうやうようににになむなむなんをしげをしげおしげなきなきなき身身みをををさまざまさまざまさまざまにににひきひきひきとゞめとゞめとどめらるゝらるゝらるる。。。いのりいのりいのりぐわんぐわんがんなどなどなどのののちからちからちからにににややや、、、さすがさすがさすがにににかゝづらふかゝづらふかかずらうもももなかなかなかなかなかなか苦苦くるしうしうしゅう侍侍はべれれればばば心心こころもてもてもてなむなむなん急急いそぎぎぎたつたつたつ心心こころちちちのののししし侍侍はべるるる。。。さらばさらばさらばこのこのこの世世よのののわかれわかれわかれさりさりさりがたきがたきがたきことばことばことばいといといと多多おおうううなむなむなん。。。親親おやにににももも仕仕つかうまつりうまつりうまつりさしさしさしててて今今いま更更さらににに御心御心みこころどもどもどもををを惱惱なやましましまし、、、君君きみににに仕仕つかうまつるうまつるうまつる事事こともももなかばなかばなかばののの程程ほどにてにてにて身身みをををかへりみるかへりみるかえりみるかたかたかたはたはたはたましてましてましてはかばかしからはかばかしからはかばかしからぬぬぬ恨恨うらみをををとゞめとゞめとどめつるつるつる大大おお方方かたののの歎歎なげきききをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて又又また心心こころのののうちうちうちににに思思おもひひい給給たまへへえ亂亂みだるゝるゝるることことことののの侍侍はべるるるををを、、、かゝるかゝるかかるいまはいまはいまわのののきざみきざみきざみにてにてにて何何なにかかかははは漏漏もらすすすべきべきべきととと思思おもひひい侍侍はべれれれどどど、、、獨獨ひとり忍忍しのびびびがたきがたきがたきことことことををを誰誰たれにににかかかはははうれへうれへうれえ侍侍はべらららむむん。。。これかれこれかれこれかれ數數あま多多たものすれものすれものすれどどどさまざまさまざまさまざまなるなるなることことことにてにてにて更更さらにににかすめかすめかすめ侍侍はべらららむむんもももあいなしあいなしあいなしかしかしかし。。。
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現代語訳
柏木は、「自分の心では、病が重くなる区切りも分かりません。どこが苦しいということもないので、急にこのようになるとも思いませんでしたが、月日もたたないうちに弱ってしまいましたので、今は正気も失せたようになって、惜しくもない身を、あれこれと引きとどめられております。祈祷や願などの力でしょうか、やはりこの世にかかずらっているのも、かえって苦しゅうございますので、自分から死出の道を急ぎ立つ気持ちがいたします。それにつけても、この世の別れに捨てがたい言葉がたいそう多いのです。親にも孝養を尽くしきれずに、今さらにお心を悩ませ、帝にお仕えすることも半ばのままで、わが身を顧みるにつけても、ましてはかばかしくない出世の恨みを残してしまった一般の嘆きはさておいて、また心の内に思い乱れておりますことがございますのを、このような今わの際に、どうして漏らしてよいものかと思いますけれど、一人では耐えがたいことを、ほかの誰に訴えましょう。兄弟はあれこれと大勢おりますが、さまざまな事情があって、まったくほのめかすのも具合が悪いのです。
六条院(源氏)との間に、少しばかりの事の行き違いがありまして、ここ数か月、心の内でお詫び申し上げたいことがございましたが、たいそう不本意に、世の中を心細く思うようになって病みついてしまったと思われましたところへ、お召しがあって、院の御賀の楽所の試楽の日に参上して、ご様子を拝見しましたところ、やはり許さないお気持ちがあるように、お目つきを拝見いたしまして、いよいよ世に生きながらえることもはばかりが多く思われるようになりまして、情けなく存じておりましたうちに、心が騒ぎはじめて、このように静まらなくなってしまいました。私など人数にもお思い入れにならなかったでしょうが、幼うございました時から深くお頼み申し上げる心がございましたのに、どのような讒言などがあったのだろうかと、これがこの世の憂いとして残りましたので、きっとあの来世の妨げにもなるだろうかと存じますので、事のついでがございましたら、お耳にとめて、よいようにお取りなし申し上げてください。死んだ後にでも、このお咎めが許されましたら、それはあなたのおかげでございましょう」などとおっしゃるうちに、ひどく苦しそうにばかり見えまさってくるので、夕霧はたまらなくなって、
心の中で思い当たることなどもあるけれど、それとはっきりとは推し量ることもできず、「どのような心の鬼(良心のとがめ)なのでしょう。まったく源氏にはそのようなご様子もなく、このように重くおなりになった由をお聞きになっても、驚き嘆きなさることが限りなく、残念がり申し上げていらっしゃるようでしたのに。どうして、このようにお思いになることがあるのなら、今まで隠し残していらっしゃったのでしょう。双方にお取りなし申し上げるべきでしたのに、今は言っても仕方がないことですね」と言って、時を取り返したいほど悲しくお思いになる。柏木は、「本当に、少しでも具合のよかった折に申し上げ、ご意見を承るべきでございました。けれども、まさかこのように今日明日のこととは思わず、自分ながら分からない命のほどを、のんびりと構えておりましたのもはかないことです。このことは決してあなたのお心から漏らしなさいますな。しかるべき機会がございましたら、お心配りを加えてくださいと思って申し上げておくのです。一条にいらっしゃる宮(落葉の宮)を、何かにつけてお見舞い申し上げてください。お気の毒な身の上で、朱雀院などのお耳にもお入りになるでしょうから、取り繕ってさしあげてください」などとおっしゃる。言いたいことは多いのだろうけれど、気分がどうしようもなくなってしまったので、お帰りくださいと手振りで申し上げなさる。加持を行う僧たちが近くに参り、母上や父大臣などが集まっていらっしゃって、人々も立ち騒ぐので、夕霧は泣く泣く退出なさった。
意訳
柏木は、病の重さも分からぬまま弱り、この世の別れに言い残したいことが多いと夕霧に語り始める。
柏木は、源氏との行き違いと試楽の日の源氏の目つきが病のもとだと告げ、源氏への取りなしを頼む。
夕霧は思い当たることもあるが確かめられず、柏木は落葉の宮のことも頼み、夕霧は泣く泣く退出する。
語釈・文法注
文法
- 「御まじり」(猶ゆるされぬ御心ばへあるさまに御まじりを見奉り侍りて)
- 目尻。目つき。源氏の冷たいまなざしを指す。
- 「ざうげん」(いかなるざうげんなどのありけるにか)
- 讒言。人を陥れるために事実を偽って告げ口すること。
- 「かうじ」(このかうじ許されたらむなむ)
- 勘事。主君などから咎めを受けること。勘気。
- 「心の鬼」(いかなる御心の鬼にかは)
- 良心のとがめ、うしろめたさから生じる疑心。
解説
柏木は、死を前にして親友の夕霧に、源氏との「たがひめ」を打ち明ける。しかし、それが女三の宮との密通であることは決して語らない。柏木は、試楽の日の源氏のまなざしが病のもとだったと告げ、源氏への取りなしを頼む。秘密を抱えたまま死ぬ柏木の苦しみが、言葉の端々ににじんでいる。
夕霧は「心の中に思ひ合する事ども」があると描かれる。かつて夕霧は、猫が御簾を引き上げた時、柏木が女三の宮を見たことに気づいていた。夕霧は真相に近づきながら、確かめることができない。柏木の遺言は、夕霧のその後の行動、特に落葉の宮との関わりの出発点となる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、730–733頁(コマ76–77)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日