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源氏物語 第36帖 柏木(14)

権大納言への昇進

登場人物:柏木・落葉の宮・一条御息所・柏木の母・太政大臣・左大弁・冷泉帝・夕霧

柏木は宮の出家を聞いて、いっそう消え入るように弱り、もう回復の望みも少なくなった。妻の女二の宮(落葉の宮)が哀れに思われるので、宮がこちらに移って来るのは今さら軽々しいし、母上や父大臣がいつも付き添っているので、うっかり宮の姿を見られることもあろうかと、それは不本意だと思い、あちらの宮邸へ何とかしてもう一度行きたいと言うが、両親は許さない。柏木は誰にもこの宮のことを頼む。初めから母御息所はこの縁組に乗り気でなかったが、父大臣が熱心に申し入れ、その志の深さに負けて、朱雀院もやむを得ないと許した。院が女三の宮の身を案じた時に、かえってこの宮は将来安心な誠実な後見を得たと言っていたと聞いたのを、柏木は恐れ多く思い出す。こうして宮を見捨てることになるのかと思うと気の毒だが、命は思うにまかせず、添い遂げられない縁が恨めしく、宮が嘆くのが心苦しいので、母上にも、どうか心をかけて見舞ってほしいと頼む。母上は、ああ縁起でもない、あなたに先立たれて、いつまで生きていられる身だと思って、そんなことまで言うのかと泣くばかりなので、柏木はそれ以上言えず、弟の左大弁にあれこれ詳しく頼む。柏木は穏やかで善良な人だったので、弟たちも親のように頼りにしており、皆が悲しみ、邸の人々も嘆く。帝も惜しみ残念がり、最期と聞いて急に権大納言に任じる。その喜びで元気を出して参内することもあろうかと思うが、柏木はとても起き上がれず、苦しい中でお礼を申し上げる。父大臣も帝の重い寵愛を見るにつけて、いよいよ悲しく惜しく思い惑う。夕霧はいつも深く嘆いて見舞っており、昇進の祝いにも真っ先に訪れる。

太政大臣邸の病室で、やせ衰えた柏木が母に落葉の宮のことを頼み、母が袖で顔を覆って泣いている場面(AI生成)
太政大臣邸の病室で、やせ衰えた柏木が母に落葉の宮のことを頼み、母が袖で顔を覆って泣いている場面
  1. 1かのかのかの衛ゑ衛ゑえ門もん門もんもん督かみ督かみかみはははかゝるかゝるかかる御おん御おんおん事こと事ことことををを聞き聞ききききき給たま給たまたまふふうににに、、、いとゞいとゞいとど消き消ききえええ入い入いいるるるやうやうようにににししし給たま給たまたまひひいてててむげむげむげににに賴たの賴たのたのむむむ方かた方かたかたすくなうすくなうすくのうなりなりなり給たま給たまたまひひいにににたりたりたり。。。女をんな女をんなおんな宮みや宮みやみやののの哀あはれ哀あはれあわれににに覺おぼ覺おぼおぼえええたまへたまへたまえばばばこゝこゝここににに渡わた渡わたわたりりり給たま給たまたまははわむむんことことことははは今いま今いまいま更さら更さらさらにににかるがるしきかるがるしきかるがるしきやうやうようにににもももあらあらあらむむんををを、、、上うへ上うへうえもももおとゞおとゞおとどもももかくかくかくつとつとつとそひそひそいおはすれおはすれおわすればばばおのづからおのづからおのずからとりとりとりはづしはづしはずしててて、、、見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふうやうやうようもももあらあらあらむむんににに、、、味あぢ味あぢあじ氣き氣ききなしなしなしとととおぼしおぼしおぼしててて「「「かのかのかの宮みや宮みやみやにににとかくとかくとかくしししててて今いま今いまいま一ひと一ひとひと度たび度たびたびまうでまうでもうでむむん」」」とととのたまふのたまふのたまうををを更さら更さらさらににに許ゆる許ゆるゆるししし聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまははわずずず。。。誰たれ誰たれたれにににもももこのこのこの宮みや宮みやみやののの御おん御おんおん事こと事ことことををを聞きこ聞きこきこえええつけつけつけ給たま給たまたまふふう。。。初はじめ初はじめはじめよりよりより母はゝ母はゝはは御み御みみ息やす息やすやす所どころ所どころどころはははをさをさをさをさおさおさ心こころ心こころこころゆきゆきゆき給たま給たまたまははわざりざりざりしししををを、、、このこのこのおとゞおとゞおとどのののゐゐいたちたちたちねんごろねんごろねんごろににに聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいててて志こころざし志こころざしこころざし深ふか深ふかふかかりかりかりしししにににまけまけまけ給たま給たまたまひひいててて、、、院ゐん院ゐんいんにににもももいかゞいかゞいかがはははせせせむむんとととおぼしおぼしおぼし許ゆる許ゆるゆるしししけるけるけるををを、、、二に二にに品ほん品ほんほんののの宮みや宮みやみやののの御おん御おんおん事こと事ことことをををおもほしおもほしおもおし亂みだ亂みだみだれれれけるけるける序ついで序ついでついでににに、、、なかなかなかなかなかなかこのこのこの宮みや宮みやみやははは行ゆ行ゆゆくくくさきさきさきうしろやすくうしろやすくうしろやすくまめやかまめやかまめやかなるなるなるうしろみうしろみうしろみまうけまうけもうけ給たま給たまたまへへえりりりとととのたまはすのたまはすのたまわすととと聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいしししをををかたじけなくかたじけなくかたじけなく思おも思おもおもひひい出い出いいづづず。。。かくかくかくててて見み見みみ捨す捨すすててて奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりぬるぬるぬるなななめりめりめりととと思おも思おもおもふふうにににつけつけつけてててはははさまざまさまざまさまざまにににいとほしけれいとほしけれいとおしけれどどど、、、心こころ心こころこころよりよりより外ほか外ほかほかなるなるなる命いのち命いのちいのちなれなれなればばば堪た堪たたへへえぬぬぬ契ちぎり契ちぎりちぎりうらめしううらめしううらめしゅうててて、、、おぼしおぼしおぼし歎なげ歎なげなげかかかれれれむむんががが心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしきしきしきことことこと「「「御おん御おんおん志こころざし志こころざしこころざしありありありてててとぶらひとぶらひとぶらい物もの物ものものせせせさせさせさせ給たま給たまたまへへえ」」」ととと母はゝ母はゝはは上うへ上うへうえにににももも聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。「「「いでいでいであなあなあなゆゝしゆゝしゆゆし。。。後おく後おくおくれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりてててはははいくばくいくばくいくばく世よ世よよにににふふふべきべきべき御おん御おんおん身み身みみとてとてとて、、、かうかうこうまでまでまで行ゆ行ゆゆくくくさきさきさきののの事こと事ことことをををばばばのたまふのたまふのたまう」」」とてとてとて泣な泣ななきききにににのみのみのみなきなきなき給たま給たまたまへへえばばばえええ聞きこ聞きこきこえええやりやりやり給たま給たまたまははわずずず、、、左さ左ささ大だい大だいだい辨べん辨べんべんののの君きみ君きみきみにににぞぞぞ大おほ大おほおお方かた方かたかたののの事こと事ことことどもどもどもははは委くは委くはくわしうしうしゅう聞きこ聞きこきこえええつけつけつけ給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2心こころ心こころこころばへばへばえのどかのどかのどかににに善よ善よよくくくおはしおはしおわしつるつるつる君きみ君きみきみなれなれなればばば、、、弟おとうと弟おとうとおとうとののの君きん君きんきん達だち達だちだちももも又また又またまた末すゑ末すゑすえ々ずゑ々ずゑずえのののわかきわかきわかきははは親おや親おやおやとととのみのみのみ賴たの賴たのたのみみみ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえるるるににに、、、かうかうこう心こころ心こころこころぼそうぼそうぼそうのたまふのたまふのたまうををを悲かな悲かなかなしししととと思おも思おもおもははわぬぬぬ人ひと人ひとひとなくなくなく、、、殿との殿とのとののののうちうちうちののの人ひと人ひとひともももなげくなげくなげく。。。おほやけおほやけおおやけもももをしみをしみおしみ口くち口くちくちをしがらをしがらおしがらせせせ給たま給たまたまふふう。。。かくかくかくかぎりかぎりかぎりととと聞きこ聞きこきこしめししめししめしててて俄にはか俄にはかにわかににに權ごん權ごんごん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんににになさなさなさせせせ給たま給たまたまへへえりりり。。。よろこびよろこびよろこびににに思おも思おもおもひひいおこしおこしおこしててて今いま今いまいま一ひと一ひとひとたびたびたびももも參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふうやうやうようもももやややあるあるあるとととおぼしおぼしおぼしのたまはせのたまはせのたまわせけれけれけれどどど、、、更さら更さらさらにににえええためらひためらひためらいやりやりやり給たま給たまたまははわででで、、、苦くる苦くるくるしきしきしき中なか中なかなかにににもももかしこまりかしこまりかしこまり申まう申まうもうししし給たま給たまたまふふう。。。おとゞおとゞおとどもももかくかくかく重おも重おもおもききき御おん御おんおんおぼえおぼえおぼえををを見み見みみ給たま給たまたまふふうにににつけつけつけてててももも、、、いよいよいよいよいよいよ悲かな悲かなかなしうしうしゅうあたらしあたらしあたらしとととおぼしおぼしおぼし惑まど惑まどまどふふう。。。大だい大だいだい將しやう將しやうしょうののの君きみ君きみきみ常つね常つねつねにににいといといと深ふか深ふかふこううう思おも思おもおもひひい歎なげ歎なげなげきききとぶらひとぶらひとぶらい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。御おん御おんおん悅よろこび悅よろこびよろこびにににもももまづまづまずまうでまうでもうで給たま給たまたまへへえりりり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

あの衛門督(柏木)は、このような宮のご出家のことをお聞きになると、いっそう消え入るようになさって、まったく回復の望みが少なくおなりになってしまった。女宮(落葉の宮)が哀れに思われなさるので、宮がこちらにお移りになることは、今さら軽々しいようでもあろうし、母上も父大臣もこのようにずっと付き添っていらっしゃるので、自然とうっかりして、宮のお姿をご覧になることもあろうから、それはつまらないとお思いになって、「あちらの宮邸へ、何とかしてもう一度参りたい」とおっしゃるが、両親はまったくお許し申し上げなさらない。柏木は誰にでも、この宮のことをお頼み申し上げなさる。初めから母御息所(一条御息所)は、ほとんど気が進まなかったのを、この父大臣が自ら奔走して熱心に申し入れなさって、その志の深さに負けなさって、朱雀院にも、どうしようもないとお許しになったのを、院が二品の宮(女三の宮)のことを思い乱れなさった折に、かえってこの宮は将来安心で誠実な後見を得なさったとおっしゃっていたとお聞きになったのを、恐れ多く思い出す。こうして宮をお見捨て申し上げることになるようだと思うにつけては、さまざまに気の毒だけれど、心のままにならない命なので、添い遂げられない縁が恨めしくて、宮がお嘆きになるだろうことが心苦しく、「お心をかけて、お見舞いをしてさしあげてください」と母上にも申し上げなさる。母上は、「まあ、縁起でもない。あなたに後れ申し上げては、どれほど世に生きていられる身だと思って、こうまで先々のことをおっしゃるのですか」と言って、泣いてばかりいらっしゃるので、それ以上は申し上げることもおできにならず、左大弁の君に、だいたいのことは詳しくお頼み申し上げなさる。

柏木は気立てが穏やかで善良でいらっしゃった君なので、弟の君達も、また末々の若い弟たちは、親とばかり頼り申し上げていらっしゃったのに、このように心細くおっしゃるのを、悲しいと思わない人はなく、邸の中の人々も嘆く。帝も惜しみ、残念がりなさる。このように最期とお聞きになって、急に権大納言にお任じになった。その喜びに気を取り直して、もう一度でも参内なさることもあろうかとお思いになり、おっしゃったけれど、柏木はまったく病状を持ち直すこともおできにならず、苦しい中でもお礼を申し上げなさる。父大臣も、このように重い帝のご寵愛をご覧になるにつけても、いよいよ悲しく惜しいとお思い惑いなさる。大将の君(夕霧)は、いつもたいそう深く思い嘆いて、お見舞い申し上げなさる。昇進のお祝いにも、真っ先に参上なさった。

意訳

宮の出家を聞いた柏木はさらに弱り、妻の落葉の宮のことを母や弟の左大弁に頼む。

帝は最期と聞いて柏木を権大納言に任じ、夕霧は真っ先に祝いに訪れる。

語釈・文法注

文法

「ゐたち」(このおとゞのゐたちねんごろに聞え給ひて)
居立ち。自ら立ち働いて熱心に奔走すること。
「二品の宮」(二品の宮の御事をおもほし亂れける序に)
二品に叙せられた女三の宮のこと。
「堪へぬ契」(心より外なる命なれば堪へぬ契うらめしうて)
長く続かない縁。夫婦として添い遂げられない宿縁。

解説

柏木は、自分の死後に残される妻の落葉の宮を案じる。それほど深く愛した妻ではなかったが、死を前にして、宮を見捨てることへの申し訳なさが募る。朱雀院が女三の宮よりもこの宮の方が幸せだと言ったという話は、皮肉な響きを持っている。

帝は柏木を権大納言に任じるが、柏木はもはや参内することもできない。昇進が死の直前に与えられることは、柏木の人生の悲劇を一層際立たせる。夕霧の見舞いが、次の遺言の場面へとつながっていく。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、728–729頁(コマ75)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日