源氏物語 第36帖 柏木(11)
宮の出家の願いと院の決意
源氏は、見苦しい席だがと言って、御帳台の前に敷物を用意して院を迎え入れる。宮も女房たちが身繕いさせて、御帳台の下に降ろす。院は几帳を少し押しやって、夜居の加持の僧のような心地がするが、まだ験が現れるほどの修行もしていないので恥ずかしい、ただ会いたいと思っている顔をそのまま見なさいと言って、涙をぬぐう。宮も弱々しく泣いて、生きられそうにないので、こうしておいでになった機会に尼にしてほしいと言う。院は、そのような本意があるなら尊いことだが、まだ限りのある命とも決まらず、行く末の長い人は、かえって後に乱れがあり、世の非難を受けることにもなるので控えるべきだと言いながら、源氏に、このように進んで言うので、最期の様子なら、わずかの間でも出家の功徳があるようにしてやりたいと言う。源氏は、日頃からそう言っているが、物の怪が人の心をたぶらかしてそうさせることもあるというので聞き入れなかったと答える。院は、物の怪の教えであっても、それに従って悪いことなら控えもしようが、弱った人の最期の願いを聞き過ごすのは後悔が残るだろうと言う。院は心の内で、安心だと思って託した宮を、源氏はそれほど深く愛さず、意に沿わない扱いだと長年聞いて思い詰めていたが、表立って恨むこともできず、世間の噂も残念に思っていたので、この機会に宮を源氏から離すのも、世を恨んだように見えず人笑えにならないだろう、源氏は一般的な後見としてはやはり頼れる人なので、預けたしるしとして、宮には自分が譲った広く趣ある三条宮を繕って住ませよう、自分の存命中に、尼としても安心な暮らしを見届けておこう、源氏もそうはいっても見捨てはしないだろうから、その心のほども見届けようと思い定め、それならこうして来た機会に、戒を受けることだけでも結縁にしようと言う。

- 1「「「かたはらかたはらかたわら痛痛いたきききおましおましおましなれなれなれどもどもども」」」とてとてとて御御み帳帳ちょうののの前前まえににに御御おん褥褥しとねまゐりまゐりまいりててて入入いれれれ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。宮宮みやをををもももとかうとかうとこう人々人々ひとびとつくろひつくろひつくろい聞聞きこえええてててゆかゆかゆかのののしもしもしもにににおろしおろしおろし奉奉たてまつるるる。。。御御み几几き帳帳ちょう少少すこしししおしおしおしやらやらやらせせせ給給たまひひいててて「「「夜夜よ居居いののの加加か持持じののの僧僧そうなどなどなどののの心心こころちちちすれすれすれどどどまだまだまだげんげんげんつくつくつくばかりばかりばかりののの行行おこなひひいにににもももあらあらあらねねねばばばかたはらかたはらかたわら痛痛いたけれけれけれどどど唯唯ただ覺覺おぼ束束つかなくなくなく覺覺おぼえええ給給たまははわむむんさまさまさまをををさながらさながらさながら見見み給給たまふふうべきべきべきなりなりなり」」」とてとてとて御御おん目目めおしおしおしのごはのごはのごわせせせ給給たまふふう。。。宮宮みやもももいといといと弱弱よわげげげにににないないない給給たまひひいててて「「「生生いくくくべうべうびょうももも覺覺おぼえええ侍侍はべらららぬぬぬをををかくかくかくおはしましおはしましおわしましたるたるたる序序ついでににに尼尼あまににになさなさなさせせせ給給たまひひいてててよよよ」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「さるさるさる御御おんほほほ意意いあらあらあらばばばいといといと尊尊とうときききことことことなるなるなるをををさすがさすがさすがににに限限かぎらららぬぬぬ命命いのちのののほどほどほどにてにてにて行行ゆくくく末末すえとほきとほきとおき人人ひとはははかへりてかへりてかえりてことことことのののみだれみだれみだれありありあり、、、世世よののの人人ひとににに謗謗そしらるゝらるゝらるるやうやうようありありありぬぬぬべきべきべきことことことににになむなむなん、、、猶猶なお憚憚はばかりりりぬぬぬべきべきべき」」」などなどなどのたまはせのたまはせのたまわせててておとゞおとゞおとどののの君君きみににに「「「かくかくかくなむなむなんすゝみすゝみすすみのたまふのたまふのたまうををを、、、今今いまはははかぎりかぎりかぎりのののさまさまさまならならならばばば片片かた時時ときのののほどほどほどにてにてにてもももそのそのそのたすけたすけたすけあるあるあるべきべきべきさまさまさまにてにてにてとととなむなむなん思思おもひひい給給たまふるふるうる」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば「「「日日ひ比比ごろもももかくかくかくなむなむなんのたまへのたまへのたまえどどど、、、ざけざけざけなどなどなどののの人人ひとののの心心こころたぶらかしたぶらかしたぶらかしてててかゝるかゝるかかる方方かたにににすゝむるすゝむるすすむるやうやうようももも侍侍はべるるるなるなるなるをををとてとてとてきゝきゝききももも入入いれれれ侍侍はべらららぬぬぬなりなりなり」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「ものものものゝゝのけけけののの敎敎おしへへへにてにてにてもももそれそれそれにににまけまけまけぬぬぬとてとてとて惡惡あしかるしかるしかるべきべきべき事事ことならならならばばばこそこそこそはゞからはゞからはばからめめめ。。。よわりよわりよわりにににたるたるたる人人ひとののの限限かぎりとてとてとて物物ものししし給給たまははわむむんことことことををを聞聞ききききすぐさすぐさすぐさむむんははは後後のちのののくいくいくい心苦心苦こころぐるしうしうしゅうややや」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。
- 2御心御心みこころのののうちうちうちにににはははかぎりなうかぎりなうかぎりのううしろやすくうしろやすくうしろやすくゆづりゆづりゆずり置置おきききししし御御おん事事ことをををうけうけうけとりとりとり給給たまひひいてててさしもさしもさしも志志こころざし深深ふかからからからずずず、、、我我わががが思思おもふふうやうやうようにににはははあらあらあらぬぬぬ御御おん氣色氣色けしきををを事事ことにににふれふれふれつゝつゝつつ年年とし比比ごろ聞聞きこしめししめししめしおぼしおぼしおぼしつめつめつめけるけるけることことこと色色いろににに出出いでででゝゝて恨恨うらみみみ聞聞きこえええ給給たまふふうべきべきべきことことことにににもももあらあらあらねねねばばば、、、世世よののの人人ひとののの思思おもひひいいはいはいわむむん所所ところももも口惜口惜くちおしうしうしゅうおぼしおぼしおぼしわたるわたるわたるににに、、、かゝるかゝるかかる折折おりにににもてもてもてはなれはなれはなれなななむむんももも何何なにかかかははは人人ひとわらへわらへわらえににに世世よををを恨恨うらみみみたるたるたる氣色氣色けしきならならならででで、、、さささもももあらあらあらざらざらざらむむん大大おおかたかたかたのののうしろみうしろみうしろみにににははは猶猶なお賴賴たのまままれれれぬぬぬべきべきべき御御おんおきておきておきてなるなるなるををを、、、唯唯ただ預預あずけけけ置置おききき奉奉たてまつりりりししししるししるししるしにににははは思思おもひひいなしなしなしててて、、、にくげにくげにくげににに背背そむくくくさまさまさまにににはははあらあらあらずずずともともとも、、、御御おんそうぶんそうぶんそうぶんににに廣廣ひろくくくおもしろきおもしろきおもしろき宮宮みや給給たまはりはりわり給給たまへへえるるるををを繕繕つくろひひいててて住住すままませせせ奉奉たてまつらららむむん、、、わわわがががおはしますおはしますおわします世世よにににさるさるさる方方かたにてにてにてももも後後うしろめたからめたからめたからずずずきゝきゝききおきおきおき、、、又又またかのかのかのおとゞおとゞおとどもももさささいふいふいうともともともいといといとおろかおろかおろかにににはははよもよもよも思思おもひひい放放はなちちち給給たまははわじじじ、、、そのそのその心心こころばへばへばえをををももも見見みはてはてはてむむんなどなどなどおもほしおもほしおもおしとりとりとりててて、、、「「「さらばさらばさらばかくかくかく物物ものしししたるたるたる序序ついでにににいむいむいむことことことうけうけうけ給給たまははわむむんをををだにだにだに結結けち緣緣えんにににせせせむむんかしかしかし」」」とととのたまはすのたまはすのたまわす。。。
現代語訳
源氏は「見苦しい御座所ですが」と言って、御帳台の前に御褥を用意して、院をお入れ申し上げなさる。宮をも、あれこれと女房たちが身繕いをして差し上げて、御帳台の床の下にお降ろし申し上げる。院は御几帳を少し押しやらせなさって、「夜居の加持の僧などのような気がするけれど、まだ験が現れるほどの修行もしていないので、気恥ずかしいけれど、ただ会いたいとお思いだろう私の姿を、そのままご覧になるのがよいのです」と言って、お目をぬぐわせなさる。宮もたいそう弱々しくお泣きになって、「生きられそうにも思われませんので、このようにおいでになった機会に、尼にしてくださいませ」と申し上げなさる。院は、「そのようなご本意があるのなら、たいそう尊いことだが、やはり限りのある命とも決まらない身で、行く末の長い人は、かえって後で事の乱れがあり、世の人に非難されるようなこともきっとあるだろうから、やはり控えるべきだろう」などとおっしゃって、源氏の君に、「このように進んで申しますので、もう最期の様子ならば、わずかの間でも、その出家の功徳があるようにしてやりたいと存じます」とおっしゃると、源氏は、「日頃もこのように申しますが、物の怪などが人の心をたぶらかして、このような方面に勧めることもあると申しますので、聞き入れずにおりますのです」と申し上げなさる。院は、「物の怪の教えであっても、それに負けたからといって、悪いことになるのならば控えもしよう。弱ってしまった人が、最期だと言って願いなさることを聞き過ごすのは、後で悔いが残って心苦しいのではないか」とおっしゃる。
院のお心の内では、この上なく安心だと思って譲り置いた宮のことを、源氏は引き受けなさったものの、それほど愛情も深くなく、自分の思っていたようではないご様子を、何かにつけて長年お聞きになって、思い詰めていらっしゃったことを、表立って恨み申し上げなさるべきことでもないので、世の人が思ったり言ったりするだろうことも残念に思い続けていらっしゃったので、このような機会に宮を源氏から離してしまうのも、何の人笑いになろうか、世を恨んだような様子ではなく、そうではない一般的な後見としては、やはり頼りにできそうな源氏のお心構えなのだから、ただ宮を預け置き申し上げたしるしとしてはそれで十分と思いなして、憎らしげに背いて離れるという形ではなくても、ご遺産として私が広く趣のある宮邸をお譲りしたのを修繕して住まわせ申し上げよう、自分の生きている間に、そのような尼の身としても安心な様子を聞き置き、また、あの源氏も、そうはいっても、まさかひどく見捨てることはなさるまい、その心のほども見届けよう、などとお思い定めになって、「それでは、このように来た機会に、戒を受けなさることだけでも、仏との結縁にしよう」とおっしゃる。
意訳
宮は父院に尼にしてほしいと願う。源氏は物の怪のせいだとためらうが、院は最期の願いを聞き過ごすのは悔いが残ると言う。
院は、宮を大切にしない源氏から離し、三条宮に住ませて見届けようと考え、戒を授けることにする。
語釈・文法注
文法
- 「夜居の加持の僧」(夜居の加持の僧などの心ちすれど)
- 夜通し病人のそばに控えて加持をする僧。僧形の自分をこれにたとえる。
- 「ざけ」(ざけなどの人の心たぶらかして)
- 邪気。物の怪。
- 「御そうぶん」(御そうぶんに廣くおもしろき宮)
- 御処分。財産の分与、遺産。朱雀院が宮に譲った三条宮を指す。
- 「結緣」(いむことうけ給はむをだに結緣にせむかし)
- 仏道に縁を結ぶこと。
解説
女三の宮は、ついに父院に出家を願い出る。院は世の非難を案じてためらうふりをしながら、源氏にそれとなく許しを求める。源氏は物の怪のせいだとして反対するが、院の決意は固い。
院の心中には、源氏への長年の不満が積もっていた。宮を託したのに、源氏は宮を大切にしなかった。院は、出家を機に宮を源氏から離し、自分の目で宮の安らかな暮らしを見届けようとする。親の愛情と、源氏への静かな恨みとが、院の決断を支えている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、724–727頁(コマ73–74)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日