古典ライブラリー

源氏物語 第36帖 柏木(9)

源氏の迷い

登場人物:光源氏・女三の宮・朱雀院

源氏は心の内で、本当に宮がそう思い立って言うのなら、尼姿でお世話するのはしみじみとしたものだろう、このまま夫婦として見ていても、何かにつけて心を隔てられるのは心苦しく、自分でも思い直せないつらいことがきっと交じるだろう、自然と自分の冷淡さを人が見咎めることもあって気の毒だし、朱雀院が聞いても自分の怠慢とされるだろう、病にかこつけて出家させてしまおうかとも思う。しかしまた、たいそう惜しく哀れで、これほど長い黒髪の先を、そのように尼姿にやつすのも心苦しいので、もっと気を強くお持ちなさい、たいしたことはないでしょう、最期と見えた人も無事だった例が身近にある、まだ頼みのある世だと言って、薬湯を差し上げる。宮はひどく青くやせて、あきれるほどはかなげに臥しているが、その様子がおっとりとかわいらしいので、源氏は、どんな大きな過ちがあっても、心弱く許してしまいそうな様子だと見る。

産後の病床で青くやせた女三の宮が臥し、源氏がそばで薬湯を差し出しながら、複雑な思いで宮の長い黒髪を見つめている場面(AI生成)
産後の病床で青くやせた女三の宮が臥し、源氏がそばで薬湯を差し出しながら、複雑な思いで宮の長い黒髪を見つめている場面
  1. 1御心みこころ御心みこころみこころのののうちうちうちにににははは誠まこと誠まことまことにににさささもももおぼしおぼしおぼしよりよりよりてててのたまはのたまはのたまわゞゞば、、、さやうさやうさようにてにてにて見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんははは哀あはれ哀あはれあわれなりなりなりなななむむんかしかしかし、、、かつかつかつ見み見みみつゝつゝつつもももことことことにににふれふれふれててて心こころ心こころこころおかおかおかれれれ給たま給たまたまははわむむんががが心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしうしうしゅう、、、我わ我わわながらながらながらもももえええ思おも思おもおもひひいなほすなほすなおすまじうまじうまじゅううきうきうき事こと事ことことうちうちうち交まじ交まじまじりりりぬぬぬべきべきべきををを、、、おのづからおのづからおのずからおろかおろかおろかににに人ひと人ひとひとののの見み見みみ咎とが咎とがとがむるむるむることことこともももあらあらあらむむんがががいといといといとほしういとほしういとおしゅう、、、院ゐん院ゐんいんなどなどなどののの聞きこ聞きこきこしめさしめさしめさむむんことことことももも我わ我わわがががをこたりをこたりおこたりにににのみのみのみこそこそこそはははならならならめめめ、、、御おん御おんおん惱なや惱なやなやみみみにににことづけことづけことずけてててさささもももやややなしなしなし奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりてててましましましなどなどなど覺おぼ覺おぼおぼしししよれよれよれどどど、、、又また又またまたいといといとあたらしうあたらしうあたらしゅう哀あはれ哀あはれあわれにににかばかりかばかりかばかり遠とほ遠とほとおきききみぐしみぐしみぐしのののおひさきおひさきおいさきををを、、、しかしかしかやつさやつさやつさむむんともともとも心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしけれしけれしければばば「「「猶なほ猶なほなおつよくつよくつよくおぼしおぼしおぼしなれなれなれ。。。けしうけしうけしゅうはははおはせおはせおわせじじじ。。。かぎりかぎりかぎりととと見み見みみゆるゆるゆる人ひと人ひとひともももたひらかたひらかたいらかなるなるなるためしためしためし近ちか近ちかちかけれけれければばばさすがさすがさすがにににたのみたのみたのみあるあるある世よ世よよににになむなむなん」」」などなどなど聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいててて御おん御おんおん湯ゆ湯ゆゆまゐりまゐりまいり給たま給たまたまふふう。。。いといといといたういたういとう靑あを靑あをあおみみみやせやせやせてててあさましうあさましうあさましゅうはかなげはかなげはかなげにてにてにて打う打ううちちち臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおんさまさまさまおほどきおほどきおおどきうつくしげうつくしげうつくしげなれなれなればばば、、、いみじきいみじきいみじきあやまちあやまちあやまちありありありともともとも心こころ心こころこころ弱よわ弱よわよわくくく許ゆる許ゆるゆるしししつつつべきべきべき御おん御おんおんさまさまさまかなかなかなととと見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

源氏のお心の内では、本当にそのように思い立っておっしゃるのなら、そのような尼姿でお世話申し上げるのは、しみじみとしたことであろう、一方では、夫婦として見ていながらも、何かにつけて宮が心を隔てられなさるだろうのはお気の毒で、自分ながらも思い直すことのできそうにないつらいことが、きっと交じってしまうだろうから、自然と冷淡に人が見咎めることもあろうのが、たいそう気の毒で、朱雀院などがお聞きになることも、ただ自分の怠慢ということになるだろう、ご病気にかこつけて、そのように尼にしてさしあげてしまおうか、などとお思いになるけれど、また、たいそう惜しく哀れで、これほど長い御髪の先行きを、そのように尼姿にやつしてしまうのも心苦しいので、「やはり気を強くお持ちなさい。たいしたことはいらっしゃらないでしょう。最期と見えた人も無事だった例が身近にありますから、やはり頼みのある世の中ですよ」などと申し上げなさって、薬湯を差し上げなさる。宮がたいそうひどく青くやせて、あきれるほどはかなげに臥していらっしゃるご様子が、おっとりとかわいらしいので、源氏は、たとえひどい過ちがあったとしても、心弱く許してしまいそうなご様子だなあと、見申し上げなさる。

意訳

源氏は宮を出家させるのもよいかと思うが、長い黒髪を惜しんで励まし、はかなげな宮の姿に、過ちも許してしまいそうだと思う。

語釈・文法注

文法

「心おかれ給はむ」(ことにふれて心おかれ給はむが心苦しう)
宮が心を隔てられるだろうこと。源氏に対して気がねされること。
「かぎりと見ゆる人もたひらかなるためし」(たひらかなるためし近ければ)
最期と見えた人も助かった例。紫の上が一度息絶えて蘇生したことを指す。
「おほどく」(御さまおほどきうつくしげなれば)
おっとりしている、おおようである。

解説

源氏は、宮の出家を、自分の冷淡さを隠し、朱雀院への言い訳とするための手段としても考える。源氏の心中は、愛情よりも体面と計算に傾いている。

それでも源氏は、宮の長い黒髪を惜しみ、はかなげな姿に、過ちも許してしまいそうだと思う。源氏の宮への思いは、怒りと憐れみの間で揺れている。この揺れが、次の朱雀院の下山の場面へとつながっていく。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、724–725頁(コマ73)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日