源氏物語 第35帖 若菜下(52)
試楽
柏木は、東の御殿(花散里の町)で、夕霧が整えた楽人や舞人の装束のことなどに、さらに手を加える。夕霧が尽くしたうえに、いっそう細やかな心配りが加わり、柏木はこの道に深い人である。今日は試楽の日なので、御方々が見るのに見どころがないようではいけないと、賀の当日は赤い白橡に葡萄染の下襲を着るが、今日は青色に蘇芳襲、楽人三十人は今日は白襲を着る。南東の釣殿に続く廊を楽所にして、築山の南の端から御前に出る時、仙遊霞を奏して、雪がわずかに散る中、春の近さに梅がほころびかけている。源氏は廂の御簾の内におり、式部卿宮と右大臣(鬚黒)だけが控え、それ以下の上達部は簀子にいて、正式でない日なので、もてなしも気軽にする。鬚黒の四男、夕霧の三男、蛍兵部卿宮の孫王二人が万歳楽を舞い、まだ幼くてかわいらしい。四人とも高貴な家の子で、容姿も美しく大切に育てられている。また、夕霧の典侍腹の次男、式部卿宮の兵衛督の子(今は源中納言)が皇麞、鬚黒の三男が陵王、夕霧の長男が落蹲、ほかに太平楽や喜春楽などの舞を、同じ一族の君達や大人たちが舞う。日が暮れると御簾を上げさせ、興がまさる中、かわいらしい孫たちが見事な舞を舞い、師匠たちの教えに加えて深い才気を見せるので、源氏はどの子もいとおしく思う。年老いた上達部たちは皆涙を落とし、式部卿宮も孫を思って鼻が赤くなるまで泣く。

- 1ひんがしひんがしひんがしのののおとゞおとゞおとどにてにてにて大大だい將將しょうのののつくろひつくろひつくろい出出いししし給給たまふふう樂樂がく人人にん舞舞まい人人びとのののさうぞくさうぞくそうぞくのののことことことなどなどなど又又また々々また行行おこなひひい加加くわへへえ給給たまふふう。。。あるあるあるべきべきべきかぎりかぎりかぎりいみじくいみじくいみじく盡盡つくししし給給たまへへえるるるにににいとゞいとゞいとど委委くわしきしきしき心心こころしらひしらひしらいそふそふそうもももげにげにげにこのこのこの道道みちはははいといといと深深ふかききき人人ひとにににぞぞぞものしものしものし給給たまふふうめるめるめる。。。今今け日日きょうはははかゝるかゝるかかるこゝろみこゝろみこころみののの日日ひなれなれなればばば御御おん方方かた々々がた物物もの見見み給給たまははわむむんににに見見み所所どころなくなくなくはははあらあらあらせせせじじじとてとてとて、、、かのかのかの御御おん賀賀がののの日日ひははは赤赤あかきききしらしらしらつるばみつるばみつるばみににに、、、えびぞめえびぞめえびぞめのののしたしたしたがさねがさねがさねををを着着きるるるべしべしべし。。。今今け日日きょうははは靑靑あお色色いろにににすはうすはうすおうがさねがさねがさね、、、樂樂がく人人にん三三さん十十じゅう人人にん今今け日日きょうはははしらしらしらがさねがさねがさねををを着着きたりたりたり。。。辰辰たつ巳巳みののの方方かたののの釣釣つり殿殿どのにににつゞきつゞきつづきたるたるたる廊廊ろうをををがくがくがくそそそにににしししててて山山やまののの南南みなみのののそばそばそばよりよりより御御お前前まえににに出出いづるづるずる程程ほどせんゆうかせんゆうかせんゆうかととといふいふいうものものもの遊遊あそびびびててて雪雪ゆきのののたゞたゞただいさゝかいさゝかいささかちるちるちるににに春春はるのののとなりとなりとなり近近ちかくくく梅梅うめののの氣色氣色けしき見見みるるるかひかひかいありありありてててほゝゑみほゝゑみほほえみたりたりたり。。。廂廂ひさしののの御御み簾簾すののの內內うちににに坐坐おわしませしませしませばばば、、、式部式部しきぶ卿卿きょうののの宮宮みや右右みぎのののおとゞおとゞおとどばかりばかりばかりさぶらひさぶらひさぶらい給給たまひひいててて、、、それそれそれよりよりよりしもしもしもののの上達部上達部かんだちめはははすのこすのこすのこにににわざとわざとわざとならならならぬぬぬ日日ひのののことことことにてにてにて御御おんあるじあるじあるじなどなどなど氣氣け近近じかききき程程ほどににに仕仕つかうまつりうまつりうまつりなしなしなしたりたりたり。。。
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現代語訳
柏木は、東の御殿で、大将(夕霧)が整えなさった楽人や舞人の装束のことなどに、またさらに手を加えなさる。夕霧があるべき限りすばらしく尽くしていらっしゃるところに、いっそう細やかな心配りが加わるのも、なるほど、この道にはたいそう深い人でいらっしゃるようだ。今日はこのような試楽の日なので、御方々がご覧になるのに見どころがないようではいけないと、あの御賀の当日は、赤い白橡に葡萄染の下襲を着ることになっている。今日は青色に蘇芳襲、楽人三十人は、今日は白襲を着ていた。南東の釣殿に続いている廊を楽所にして、築山の南の端から御前に出る時、仙遊霞という曲を奏して、雪がほんの少し散るところに、春の近い気配で、梅のほころびかけた様子が見るかいがあって、ほほえんでいるようだった。源氏が廂の御簾の内にいらっしゃるので、式部卿の宮と右大臣(鬚黒)だけがお控えになって、それより下の上達部は簀子にいて、正式でない日のことなので、饗応なども気軽な程度にお仕えした。
右大臣の四郎君、大将殿の三郎君、兵部卿の宮の孫王の君達二人は、万歳楽を舞う。まだたいそう小さい年頃で、たいそうかわいらしい。四人とも、どれも優劣なく高貴な家の子で、容貌が美しく、大切に育てられた様子と思うせいか、気高い。また、大将の御子で典侍腹の次郎君、式部卿の宮の兵衛督といった人で、今は源中納言の御子が皇麞、右大臣の三郎君が陵王、大将殿の太郎君が落蹲、そのほか太平楽、喜春楽などという舞を、同じ一族の君達や大人たちなどが舞った。日が暮れていくので、御簾を上げさせなさって、興がまさるにつけて、たいそうかわいらしい御孫の君達が、美しい容貌や姿で、舞の様子も世に見たことのないような手を尽くして、お師匠たちもそれぞれ手の限りをお教え申し上げたうえに、深い才気を加えて、珍しいほど見事に舞いなさるのを、源氏はどの子もたいそういとおしいとお思いになる。年老いていらっしゃる上達部たちは皆、涙を落としなさる。式部卿の宮も、御孫のことをお思いになって、お鼻の色が赤くなるまで涙に濡れていらっしゃる。
意訳
柏木は舞人の装束に細やかに手を加え、試楽では雪のちらつく中、楽人たちが仙遊霞を奏する。
源氏の孫たちが万歳楽や陵王などを見事に舞い、年老いた上達部たちは涙を流す。
語釈・文法注
文法
- 「しらつるばみ」(赤きしらつるばみに)
- 白橡。薄い茶色。赤みを帯びた白橡は、高貴な人の袍の色。
- 「せんゆうか」(せんゆうかといふもの遊びて)
- 仙遊霞。雅楽の曲名。
- 「しほたる」(御鼻の色づくまでしほたれさせ給ふ)
- 涙に濡れる。
解説
試楽の場面は、若菜上の巻の源氏の四十の賀の場面と対をなしている。あの時は夕霧と柏木が入綾を舞ったが、今度は源氏の孫たちが舞う。世代が移り、源氏の一族は栄えている。しかし、この華やかな場面の中で、柏木は病と罪の意識に苦しんでいる。
柏木が舞人の装束に細やかに手を加えるのは、源氏から頼まれた役目を果たそうとする誠実さの表れである。柏木はこの道に深い人として描かれ、その才能と誠実さが、かえって柏木の悲劇を痛ましいものにしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、714–715頁(コマ68)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日