源氏物語 第35帖 若菜下(49)
御賀の延期
源氏は、あの細やかな柏木への返事は、これほど気がねもせずに書き交わしているのだろうと思うと、たいそう憎くて、すべての哀れみも冷めそうだが、言葉などを教えて院への返事を書かせる。宮が院のもとへ参上することは、この月もこうして過ぎた。女二の宮が盛大に参上したのに、古めかしい身で並ぶのも気がひける。十一月は源氏自身の忌月で、年の終わりはまた騒がしい。源氏は、宮のこの姿も見苦しく、院がご覧になるのをと思うが、そうかといって延ばしてばかりもいられない、思い乱れずに明るくふるまって、このひどくやせたのを養生しなさいと言い、さすがにかわいらしいと見る。源氏は、何事でも趣のある折には必ず柏木を呼んで相談していたが、今はまったくそのような便りもない。人は不審に思うだろうと思うが、会えばいっそう自分の老いぼれた様子が恥ずかしく、また自分の心も平静ではいられまいと思い返し、柏木が何か月も参上しないのも咎めない。世間の人は、柏木がやはり病が続き、六条院でも管絃の遊びなどない年だからと思っているが、夕霧だけは、何かわけがあるのだろう、色好みの柏木は、自分が様子を見て取ったことを抑えきれなかったのかと思い当たるが、これほどはっきりとすべてが露見しているとまでは思い寄らない。

- 1かのかのかのこまかこまかこまかなりなりなりししし返返かえり事事ごとはははいといといとかくかくかくしもしもしもつゝまつゝまつつまずずず通通かよはしはしわし給給たまふふうらむらむらんかしかしかしとととおぼしおぼしおぼしやるやるやるににに、、、いといといとにくけれにくけれにくければばばよろづよろづよろずののの哀哀あわれもももさめさめさめぬぬぬべけれべけれべけれどどど、、、ことばことばことばなどなどなど敎敎おしへへへ書書かかかかせせせ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。參參まいりりり給給たまははわむむんことことことはははこのこのこの月月つきかくかくかくててて過過すぎぎぎぬぬぬ。。。二二にののの宮宮みやののの御御おんいきほひいきほひいきおいことことことにてにてにて參參まいりりり給給たまひひいけるけるけるをををふるめかしきふるめかしきふるめかしき御御おん身身みざまざまざまにてにてにて立立たちちちならびならびならび顏顏かおならならならむむんもももはゞかりはゞかりはばかりあるあるある心心こころちちちしししけりけりけり霜霜しも月月つきはははみづからみづからみずからののの御御おん忌忌き月月ずきなりなりなり。。。年年としのののをはりをはりおわりはははたたたいといといと物物ものさわがしさわがしさわがし。。。又又またいとゞいとゞいとどこのこのこの御御おん姿姿すがたももも見見み苦苦ぐるしくしくしく待待まちちち見見み給給たまははわむむんをををととと思思おもひひい侍侍はべれれれどどど、、、さりとてさりとてさりとてさささのみのみのみ延延のぶぶぶべきべきべきことことことにににやはやはやは。。。「「「むつかしくむつかしくむつかしく物物ものおぼしおぼしおぼし亂亂みだれれれずずずあきらかあきらかあきらかにににもてなしもてなしもてなし給給たまひひいてててこのこのこのいたくいたくいたくおもおもおも瘦瘦やせせせ給給たまへへえるるるつくろひつくろひつくろい給給たまへへえ」」」などなどなどいといといとらうたしらうたしろうたしとととさすがにさすがにさすがに見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
- 2衛衛え門門もん督督かみをををばばば何何なにざまざまざまののの事事ことにににもももゆゑゆゑゆえあるあるあるべきべきべきをりふしをりふしおりふしにににははは必必かならずずず殊殊こと更更さらにににまつはしまつはしまつわし給給たまひひいつゝつゝつつのたまはせのたまはせのたまわせあはせあはせあわせしししををを絕絕たえええてててさるさるさる御御おんせうそこせうそこしょうそこもももなしなしなし。。。人人ひとあやしあやしあやしととと思思おもふふうらむらむらんとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、見見みむむんにににつけつけつけてててもももいとゞいとゞいとどほれぼれしきほれぼれしきほれぼれしきかたかたかたはづかしくはづかしくはずかしく見見みむむんにににはははまたまたまた我我わががが心心こころもももたゞたゞただならならならずずずやややとととおぼしおぼしおぼし返返かえささされれれつゝつゝつつ、、、やがてやがてやがて月月つき比比ごろ參參まいりりり給給たまははわぬぬぬをををもももとがめとがめとがめなしなしなし。。。大方大方おおかたののの人人ひとははは猶猶なお例例れいならならならずずず惱惱なやみみみわたりわたりわたりててて院院いんにににはははたたた御御おん遊遊あそびなどなどなどなきなきなき年年としなれなれなればばばとととのみのみのみ思思おもひひいわたるわたるわたるををを大大だい將將しょうののの君君きみ、、、ぞぞぞあるあるあるやうやうようあるあるあることことことなるなるなるべしべしべし、、、すきすきすきものものものははは定定さだめめめててて我我わががが氣色氣色けしきとりとりとりしししことことことにににははは忍忍しのばばばぬぬぬにににやややありありありけむけむけんととと思思おもひひいよれよれよれどどど、、、いといといとかくかくかくさだかさだかさだかににに殘殘のこりりりなきなきなきさまさまさまならならならむむんとととははは思思おもひひいよりよりより給給たまははわざりざりざりけりけりけり。。。
現代語訳
源氏は、あの細やかだった柏木への返事は、たいそうこのようにも遠慮もせずに書き交わしていらっしゃるのだろうとお思いやりになると、たいそう憎らしいので、何もかもの哀れみも冷めてしまいそうだけれど、言葉などを教えて、院へのお返事をお書かせ申し上げなさる。宮が院のもとへ参上なさることは、この月もこのようにして過ぎてしまった。女二の宮のご威勢が格別で参上なさったのに、古めかしいお身の上で、肩を並べる顔をするのも気がひける気持ちがした。十一月は源氏ご自身の御忌月である。年の終わりは、またたいそう騒がしい。源氏は、「またいっそう、このお姿も見苦しく、院がお待ちになってご覧になるだろうにと思いますが、そうかといって、そう延ばしてばかりいられることだろうか。煩わしく思い乱れなさらずに、晴れやかにふるまいなさって、このひどくやせていらっしゃるのを養生なさい」などと、たいそういじらしいと、さすがに拝見なさる。
衛門督(柏木)のことは、どのようなことでも、趣のあるはずの折々には、必ずことさらに呼び寄せなさって、ご相談なさったのに、まったくそのようなお便りもない。人は不審に思うだろうとお思いになるけれど、会うにつけても、いっそう自分の老いぼれた様子が恥ずかしく、会えばまた自分の心も平静ではいられないだろうかと、お思い返しになっては、そのまま何か月も参上なさらないのも咎めない。世間一般の人は、柏木がやはりいつもと違って病み続けていて、院(六条院)でもまた、管絃の御遊びなどもない年なのでと、ばかり思い続けているが、大将の君(夕霧)は、「何かわけがあることなのだろう。色好みの柏木は、きっと自分が様子を見て取ったことでは、抑えきれなかったのだろうか」と思い当たるけれど、まさかこのようにはっきりと、何もかも露見している様子であろうとは、思いも寄りなさらなかった。
意訳
源氏は、宮が柏木と手紙を交わしていたと思うと憎く思うが、院への返事を書かせ、院への参上は年内には果たせない。
源氏は柏木を呼ばなくなり、夕霧は何かわけがあると感じるが、真相までは思い寄らない。
語釈・文法注
文法
- 「忌月」(霜月はみづからの御忌月なり)
- 親などの亡くなった月。十一月は源氏の母桐壺の更衣の亡くなった月とされる。
- 反語の「やは」(さりとてさのみ延ぶべきことにやは)
- 「そうかといって、そう延ばしてばかりいられようか、いや、いられない」。
- 「ほれぼれし」(いとゞほれぼれしきかた)
- 老いぼれた様子。源氏が自分の老いを自嘲している。
解説
源氏は、柏木と宮が手紙を交わしていたことを思って「いとにくければ」と思う。それでも宮に院への返事を書かせ、体を気づかう。源氏の心には、宮への怒りと哀れみとが入り混じっている。
源氏が柏木を呼ばなくなったのは、「ほれぼれしきかたはづかしく」、つまり若い柏木の前で自分の老いを意識することが恥ずかしいからでもある。源氏は柏木に妻を奪われたことで、自分の老いを痛感している。夕霧は異変を感じ取るが、真相には至らない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、710–711頁(コマ66)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日