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源氏物語 第35帖 若菜下(48)

源氏の訓戒

登場人物:光源氏・女三の宮・朱雀院

朱雀院の手紙には、会えずに年月が過ぎるのが哀れだ、病の様子を詳しく聞いてから念仏の折にも思いやられる、夫婦仲で寂しく思いがけないことがあっても、耐え忍んで過ごしなさい、恨めしげな様子を知ったふうにほのめかすのは、たいそう品のないことだと教えてある。源氏は、宮がこのような内々のあきれたことを院に知られたのではなく、自分の怠りのせいと思われているのだと思い、この返事をどうするのか、気の毒な手紙で自分こそ苦しい、思いがけないことがあっても、人に見咎められるほど粗略にはしていないつもりだ、誰が申し上げたのかと言う。宮は恥じらって背を向けるが、その姿もいじらしく、やせて物思いに沈んだ様子が上品で美しい。源氏は、院は宮の幼さを知って心配しているのだと思い合わせ、今後もこんなことは言うまいと思うが、院の御心に背くとお聞きになるのも心穏やかでないので、あなたにだけは申し上げると前置きして、語り続ける。自分のことを、思慮の浅い、人の言うことばかり信じる心で、薄情だとばかり思い、今はすっかり年老いた様子も侮って見慣れているだろうが、院のご存命の間は、心を抑えて、院が決めた年寄りの夫を、院と同じように思って、ひどく軽んじないでほしい。自分も出家の本意は深いが、院が後見として譲ってくださった心がうれしかったので、続いて出家しては申し訳ないと控えている。今は自分を引き留める者もいないし、女御も皇子たちが増えたので安心だ、ほかの人々も皆、ともに出家しても惜しくない年齢になった。院の余命は長くないだろう、病が重くなって心細げなのに、今さら思いがけない噂を立てて院のお心を乱さないでほしい、この世のことはたやすいが、後の世の妨げとなるのは罪深いと、はっきり言わずにしみじみと語る。宮は涙ばかり落として茫然とし、源氏も泣いて、人のことでも年寄りの説教はもどかしいと思っていたのに、自分がそうなるとは、いやな老人だとうるさく思われるだろうと恥じながら、硯を引き寄せ、自ら墨をすって紙を整え、返事を書かせようとするが、宮は手が震えて書けない。

六条院の寝殿で、源氏が硯と紙を整え、女三の宮に朱雀院への返事を勧めている場面(AI生成)
六条院の寝殿で、源氏が硯と紙を整え、女三の宮に朱雀院への返事を勧めている場面
  1. 1「「「覺おぼ覺おぼおぼ束つか束つかつかなくなくなくてててのみのみのみ年とし年としとし月つき月つきつきのののすぐるすぐるすぐるなむなむなん哀あはれ哀あはれあわれなりなりなりけるけるける。。。惱なや惱なやなやみみみ給たま給たまたまふふうなるなるなるさまさまさまはははくはしくくはしくくわしく聞き聞きききききししし後のち後のちのちねんずねんずねんずのののついでついでついでにににももも思おも思おもおもひやらひやらいやらるゝるゝるるはははいかゞいかゞいかが。。。世よ世よよののの中なか中なかなかさびしくさびしくさびしく思おも思おもおもははわずずずなるなるなることことことありありありともともとも忍しの忍しのしのびびびすぐしすぐしすぐし給たま給たまたまへへえうらめしげうらめしげうらめしげなるなるなる氣色けしき氣色けしきけしきなどなどなどおぼろけおぼろけおぼろけにてにてにて見み見みみ知し知ししりりり顏かほ顏かほかおにににほのめかすほのめかすほのめかす、、、いといといとしなしなしなおくれおくれおくれたるたるたるわざわざわざににになむなむなん」」」などなどなど敎をし敎をしおしへへへ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえりりり。。。いといといといとほしくいとほしくいとおしく心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしくしくしく、、、かゝるかゝるかかる內うち內うちうち々うち々うちうちのののあさましきあさましきあさましきをををばばばきこしきこしきこし召め召めめすすすべきべきべきにににはははあらあらあらででで、、、我わ我わわがががをこたりをこたりおこたりにににほいほいほいなくなくなくのみのみのみ聞き聞きききききおぼすおぼすおぼすらむらむらんことことことをををとととばかりばかりばかりおぼしおぼしおぼしつゞけつゞけつづけててて「「「このこのこの御おん御おんおんかへりかへりかえりをををばばばいかゞいかゞいかが聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしきしきしき御おん御おんおんせうそこせうそこしょうそこにににまろまろまろこそこそこそいといといと苦くる苦くるくるしけれしけれしけれ。。。思おも思おもおもははわずずずににに思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこゆるゆるゆることことことありありありともともともおろかおろかおろかににに人ひと人ひとひとののの見み見みみ咎とが咎とがとがむむむばかりばかりばかりはははあらあらあらじじじとととこそこそこそ思おも思おもおもひひい侍はべ侍はべはべれれれ。。。たたたががが聞きこ聞きこきこえええたるたるたるにににかかかあらあらあらむむん」」」とととのたまふのたまふのたまうににに、、、はぢらひはぢらひはじらいててて背そむ背そむそむききき給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおん姿すがた姿すがたすがたもももいといといとらうたげらうたげろうたげなりなりなり。。。いたくいたくいたくおもおもおも瘦や瘦ややせせせててて物思ものおも物思ものおもものおもひひいくしくしくし給たま給たまたまへへえるるるいとゞいとゞいとどあてあてあてにににをかしをかしおかし。。。
  2. 2「「「いといといとをさなきをさなきおさなき御おん御おんおん心こころ心こころこころばへばへばえををを見み見みみ置お置おおききき給たま給たまたまひひいててていたくいたくいたくうしろめたがりうしろめたがりうしろめたがり聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうなりなりなりけりけりけりととと思おも思おもおもひひい合あは合あはあわせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれればばば、、、今いま今いまいまよりよりより後のち後のちのちもももよろづよろづよろずににになむなむなんかうかうこうまでまでまでもももいかでいかでいかで聞きこ聞きこきこえええじじじととと思おも思おもおもへへえどどど。。。うへうへうえののの御心みこころ御心みこころみこころにににそむくそむくそむくととときこしきこしきこし召め召めめすすすらむらむらんことことこと安やす安やすやすからからからずずずいぶせきいぶせきいぶせきををを、、、こゝこゝここにににだにだにだに聞きこ聞きこきこえええ知し知ししらせらせらせでででやはやはやはとてとてとてなむなむなん。。。いたりいたりいたりすくなくすくなくすくなくたゞたゞただ人ひと人ひとひとののの聞きこ聞きこきこえええなすなすなすかたかたかたにににのみのみのみよるよるよるべかめるべかめるべかめる御心みこころ御心みこころみこころにににははは、、、唯ただ唯ただただおろかおろかおろかにににあさきあさきあさきとととのみのみのみおぼしおぼしおぼし、、、又また又またまた今いま今いまいまはははこよなくこよなくこよなくさださださだすぎすぎすぎにににたるたるたる有樣ありさま有樣ありさまありさまもももあなづらはしくあなづらはしくあなずらわしくめめめなれなれなれてててのみのみのみ見み見みみなしなしなし給たま給たまたまふふうらむらむらんももも、、、方かた方かたかた々がた々がたがたににに口惜くちを口惜くちをくちおしくしくしくもももうれたくうれたくうれたくももも覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるををを、、、院ゐん院ゐんいんのののおはしまさおはしまさおわしまさむむん程ほど程ほどほどははは猶なほ猶なほなお心こころ心こころこころをさめをさめおさめてててかのかのかのおぼしおぼしおぼしおきておきておきてたるたるたるやうやうようありありありけむけむけんさださださだすきすきすきびとびとびとをををももも同おな同おなおなじくじくじくなずらへなずらへなずらえ聞きこ聞きこきこえええててていたくいたくいたくなななかろめかろめかろめ給たま給たまたまひひいそそそ。。。いにしへいにしへいにしえよりよりよりほいほいほいふかきふかきふかきみちみちみちにににもももたどりたどりたどりうすかるうすかるうすかるべきべきべき女をんな女をんなおんながたがたがたにににだにだにだに皆みな皆みなみな思おも思おもおもひひい後おく後おくおくれれれつゝつゝつついといといとぬるきぬるきぬるき事こと事ことこと多おほ多おほおおかるかるかるををを、、、みづからみづからみずからののの心こころ心こころこころにににははは何なに何なになにばかりばかりばかり思おも思おもおもひひい迷まよ迷まよまよふふうべきべきべきにににはははあらあらあらねねねどどど、、、今いま今いまいまはははととと捨す捨すすててて給たま給たまたまひひいけむけむけん世よ世よよのののうしろみうしろみうしろみににに讓ゆづ讓ゆづゆずりりりおきおきおき給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおん心こころ心こころこころばへばへばえののの哀あはれ哀あはれあわれににに嬉うれ嬉うれうれしかりしかりしかりしししををを、、、引ひ引ひひききき續つゞ續つゞつづききき爭あらそ爭あらそあらそひひい聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるやうやうようにてにてにて、、、同おな同おなおなじじじさまさまさまににに見み見みみ捨す捨すすててて奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんことことことのののあへなくあへなくあえなく覺おぼ覺おぼおぼささされれれむむんにににつゝみつゝみつつみてててなむなむなん。。。
  3. 3心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしししととと思おも思おもおもひひいししし人々ひとびと人々ひとびとひとびとももも今いま今いまいまはははかけかけかけとゞめとゞめとどめらるゝらるゝらるるほだしほだしほだしばかりばかりばかりなるなるなるももも侍はべ侍はべはべらららずずず。。。女御にようご女御にようごにょうごもももかくかくかくててて行ゆ行ゆゆくくく末すゑ末すゑすえははは知し知ししりりり難かた難かたかたけれけれけれどどど御み御みみ子こ子ここ達たち達たちたち數かず數かずかずそひそひそい給たま給たまたまふふうめれめれめればばばみづからみづからみずからののの世よ世よよだにだにだにのどけくのどけくのどけくはははととと見み見みみおきおきおきつつつべしべしべし。。。そのそのその外ほか外ほかほかはははたれたれたれもももたれたれたれもももあらあらあらむむんににに從したが從したがしたがひひいててて諸もろ諸もろもろ共とも共ともともににに身み身みみををを捨す捨すすてててむむんももも惜を惜をおしかるしかるしかるまじきまじきまじき齡よはひ齡よはひよわいどもどもどもににになりなりなりにににたるたるたるををを、、、やうやうやうやうようようすゞしくすゞしくすずしく思おも思おもおもひひい侍はべ侍はべはべるるる。。。院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん世よ世よよののののこりのこりのこり久ひさ久ひさひさしくしくしくもももおはせおはせおわせじじじ。。。いといといとあつしくあつしくあつしくいとゞいとゞいとどなりなりなりまさりまさりまさり給たま給たまたまひひいててて、、、物もの物ものもの心こころ心こころこころぼそげぼそげぼそげにににのみのみのみおぼしおぼしおぼしたるたるたるににに、、、今いま今いまいま更さら更さらさらににに思おも思おもおもははわずずずなるなるなる御おん御おんおん名な名ななもりもりもり聞きこ聞きこきこえええててて御心みこころ御心みこころみこころ亂みだ亂みだみだりりり給たま給たまたまふふうななな。。。このこのこの世よ世よよはははいといといと安やす安やすやすししし。。。ことことことにににもももあらあらあらずずず。。。後のち後のちのちののの世よ世よよののの御おん御おんおん道みち道みちみちののの妨さまた妨さまたさまたげげげならならならむむんももも罪つみ罪つみつみいといといとおそろしからおそろしからおそろしからむむん」」」などなどなど、、、まほまほまほにににそのそのそのことことこととととはははあかしあかしあかし給たま給たまたまははわねねねどどどつくづくつくづくつくずくととと聞きこ聞きこきこえええ續つゞ續つゞつづけけけ給たま給たまたまふふうににに、、、淚なみだ淚なみだなみだのみのみのみ落おと落おとおとちちちつゝつゝつつ我わ我わわにににもももあらあらあらずずず思おも思おもおもひひいしみしみしみててておはすれおはすれおわすればばば、、、我わ我わわもももうちうちうち泣な泣ななききき給たま給たまたまひひいててて人ひと人ひとひとのののうへうへうえにてにてにてももももどかしくもどかしくもどかしく聞き聞ききききき思おも思おもおもひひいしししふるふるふる人びと人びとびとのののさかしらさかしらさかしらよよよ、、、身み身みみににに變かは變かはかわるるることことことにににこそこそこそ、、、いかにいかにいかにうたてうたてうたてのののおきなおきなおきなやややとととむつかしくむつかしくむつかしくうるさきうるさきうるさき御心みこころ御心みこころみこころそふそふそうらむらむらんととと、、、耻は耻ははぢぢじ給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ御おん御おんおん硯すゞり硯すゞりすずりひきひきひき寄よ寄よよせせせ給たま給たまたまひひいててて手て手ててづからづからずから押お押おおししし摺す摺すすりりり紙かみ紙かみかみ取と取ととりりりまかなひまかなひまかない書か書かかかかかせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまへへえどどど、、、御おん御おんおん手て手ててもももわなゝきわなゝきわななきてててえええ書か書かかききき給たま給たまたまははわずずず。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

朱雀院のお手紙には、「気がかりなまま年月が過ぎるのが、しみじみと悲しいことです。お悩みになっているご様子は、詳しく聞いた後は、念仏の折にも思いやられるが、どうですか。夫婦仲で、寂しく思いがけないことがあっても、耐え忍んでお過ごしなさい。恨めしげな様子などを、軽々しく知ったふうな顔でほのめかすのは、たいそう品の劣ることです」などと、教え申し上げていらっしゃった。源氏は、たいそうお気の毒で心苦しく、このような内々のあきれたことは院がお聞きになるはずもなく、ただ自分の怠りのせいで、心外なことばかりお聞きになってお思いになっているのだろうと、お思い続けになって、「このお返事を、どのように申し上げなさるのか。お気の毒なお手紙に、私こそたいそう苦しい。思いがけなくお思い申し上げることがあっても、人が見咎めるほど粗略にはしていないつもりなのだが。誰が申し上げたのだろう」とおっしゃると、宮は恥じらって背を向けていらっしゃるお姿も、たいそういじらしい。ひどく面やせして物思いに沈んでいらっしゃるのが、いっそう上品で美しい。

「院が、あなたのたいそう幼いお心を見届けておかれて、ひどく心配申し上げていらっしゃるのだと思い合わせ申し上げると、これから後も、何事につけても、これほどまでは決して申し上げまいと思うのだが。院のお心に背いているとお聞きになるだろうことが、心穏やかでなく気が晴れないので、せめてあなたにだけでも申し上げないでいられようかと思ってね。思慮が浅く、ただ人の申し上げる方にばかり心が寄るようなあなたのお心には、私がただ粗略で薄情だとばかりお思いになり、また今はすっかり年を取ってしまった様子も、侮って見慣れたものとばかりご覧になっているだろうことも、あれこれと残念にも、うらめしくも思われるが、院がご存命の間は、やはり心を抑えて、院がお考えになったわけがあったのだろう、この年寄りの夫をも、院と同じようにお思いになって、ひどく軽んじなさいますな。昔から出家の本意の深い道にも、思慮の浅いはずの女の方々でさえ皆、出家に後れずにいるのに、私はたいそうのんびりしていることが多いが、自分の心では、何ほども迷うはずはないのだけれど、院が今はとお捨てになった世の後見として、あなたを私に譲っておかれたお心づかいが、しみじみとうれしかったのに、引き続き、争い申し上げるように、同じように出家してお見捨て申し上げることが、あっけなくお思いになるだろうと遠慮して。

心苦しいと思っていた人々も、今は引き留められるほどのほだしもございません。女御も、このように将来はわからないけれど、皇子たちが数多く増えていらっしゃるようなので、私の生きている間だけでも穏やかにと、見届けておくことができるだろう。そのほかは、誰も彼も、成り行きに従って、一緒に出家しても惜しくない年齢になってしまったので、だんだん気楽に思っております。院の御寿命も、残り長くはいらっしゃらないだろう。たいそうご病気がちになって、いっそう重くおなりになり、心細そうにばかりお思いになっているのに、今さら思いがけないお噂を院のお耳に入れて、お心を乱しなさいますな。この世のことはたいそうたやすい。何でもない。後の世の御道の妨げとなるようなことは、罪がたいそう恐ろしいだろう」などと、はっきりとそのこととは明かしなさらないけれど、しみじみと申し上げ続けなさると、宮は涙ばかり落としながら、我を忘れて思い沈んでいらっしゃるので、源氏も泣いて、「人のことでも、もどかしく聞いて思った年寄りのさかしらよ。自分の身に変わったことだ。どんなにいやな老人だと、煩わしくうるさいお心が加わることだろう」と、恥じなさりながら、御硯を引き寄せなさって、自ら墨をすり、紙を取り整えて、お書かせ申し上げなさるけれど、宮はお手も震えて、お書きになれない。

意訳

朱雀院の手紙は、夫婦仲に不満があっても耐えるようにと宮を諭すもので、源氏は宮に返事を書かせようとする。

源氏は、院の存命中は自分を軽んじないよう、院の心を乱すような噂を立てないようにと、遠回しに宮を諭す。宮は涙にくれ、手が震えて返事も書けない。

語釈・文法注

文法

「さだすぐ」(こよなくさだすぎにたる有樣も)
盛りを過ぎる、年をとる。
禁止の「な…そ」(いたくなかろめ給ひそ)
「ひどく軽んじなさいますな」。
「さかしら」(ふる人のさかしらよ)
利口ぶること、差し出がましい振る舞い。

解説

源氏は、宮の密通を知りながら、それを直接は口にせず、朱雀院の手紙に託して宮を諭す。「この世はいと安し。ことにもあらず。後の世の御道の妨げならむも罪いとおそろしからむ」という言葉は、宮の罪を暗に責めるものである。宮はそれを悟って、ただ涙を流すばかりである。

源氏は自分の説教を「ふる人のさかしら」と自嘲する。かつて若い恋人として振る舞った源氏が、今は年老いた夫として若い妻を諭している。この場面は、源氏の老いと、若い宮との隔たりとを痛切に描き出している。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、708–711頁(コマ65–66)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日