源氏物語 第35帖 若菜下(45)
朧月夜の出家
源氏は、二条の尚侍の君(朧月夜)のことを今も絶えず思い出していたが、このような裏切りを嫌なものと思い知って、朧月夜の心弱さも少し軽く思うようになった。その朧月夜が、とうとう出家の本意を遂げたと聞いて、源氏はたいそう哀れで残念に思い、すぐに見舞いの手紙を送る。今出家するとさえほのめかしてくれなかったつらさを深く恨み、「海人の世を」と、須磨の浦で涙に濡れたのは誰のためだったかと詠み、出家して自分を捨てても、回向の中にはまず加えてほしいと書く。朧月夜は、早くから出家を思い立っていたが、源氏の妨げにかかずらって、人にはそうと明かさなかったのだが、心の内ではしみじみと、昔からつらかった源氏との縁も、やはり浅くはなかったと思い出す。もう手紙を交わすこともない最後の手紙と思って、心をこめて書く。無常の世とは自分ひとりのことと思っていたが、後れたとおっしゃるとはと書き、「海人舟に」と、明石の浦で漁りをしたあなたがどうして後れることがあろうかと返し、回向はすべての人に向けたものなので、あなたもその中にと書く。濃い青鈍の紙で、樒に挿してあり、いつものことながら、たいそう洗練された筆づかいは、やはり見事である。源氏は二条院にいたので、もう縁の切れたことと思って、紫の上に見せる。

- 1二二に條條じょうのののないないないしししのののかんかんかんののの君君きみをををばばば猶猶なお絕絕たえええずずず思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええ給給たまへへえどどど、、、かくかくかくうしろめたきうしろめたきうしろめたきすぢすぢすじのののことことことうきうきうきものものものにににおぼしおぼしおぼししりしりしりててて、、、かのかのかの御心御心みこころよわさよわさよわさももも少少すこしししかるくかるくかるく思思おもひひいなさなさなされれれ給給たまひひいけりけりけり、、、遂遂ついににに御御おんほほほ意意いのののごとごとごとししし給給たまひひいてててけりけりけりととと聞聞きききき給給たまひひいてててははは、、、いといといと哀哀あわれににに口惜口惜くちおしくしくしく御心御心みこころ動動うごきききてててまづまづまずとぶらひとぶらひとぶらい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。今今いまなむなむなんとととだにだにだににほはしにほはしにおわし給給たまははわざりざりざりけるけるけるつらさつらさつらさをををあさからあさからあさからずずず聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「あまあまあまののの世世よをををよそよそよそににに聞聞きかかかめめめややや須須す磨磨まののの浦浦うらにににもももしほしほしおたれたれたれしししももも誰誰たれならならならなくなくなくににに。。。さまざまさまざまさまざまなるなるなる世世よののの定定さだめめめなさなさなさををを心心こころににに思思おもひひいつめつめつめててて今今いままでまでまで後後おくれれれ聞聞きこえええぬるぬるぬる口惜口惜くちおしさしさしさをををおぼしおぼしおぼし捨捨すてててつつつともともとも、、、さりさりさり難難かたききき御御おんゑかうゑかうえこうのののうちうちうちにににはははまづまづまずこそこそこそはははととと哀哀あわれににになむなむなん」」」などなどなど多多おおくくく聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。
- 2疾疾とくくくおぼしおぼしおぼし立立たちちちにににしししことことことなれなれなれどどどこのこのこの御御おんさまたげさまたげさまたげにににかゝづらひかゝづらひかかずらいててて人人ひとにににはははしかしかしかあらはしあらはしあらわし給給たまははわぬぬぬことことことなれなれなれどどど、、、心心こころのののうちうちうちあはれあはれあわれににに、、、昔昔むかしよりよりよりつらきつらきつらき御御おん契契ちぎりをををさすがにさすがにさすがにあさくあさくあさくしもしもしもおぼしおぼしおぼし知知しららられれれぬぬぬなどなどなどかたがたかたがたかたがたにににおぼしおぼしおぼし出出いでででらるらるらる。。。御御おんかへりかへりかえり今今いまはははかくかくかくしもしもしも通通かよふふうまじきまじきまじき御御おん文文ふみのののとぢめとぢめとじめとととおぼせおぼせおぼせばばば哀哀あわれにてにてにて心心こころとゞめとゞめとどめててて書書かききき給給たまふふう墨墨すみつきつきつきなどなどなどいといといとをかしをかしおかし。。。「「「常常つねなきなきなき世世よとととははは身身みひとつひとつひとつにににのみのみのみ知知しりりり侍侍はべりりりにににしししををを後後おくれれれぬぬぬとととのたまはせのたまはせのたまわせたるたるたるににになむなむなん。。。げにげにげに、、、あまあまあま船船ぶねにににいかゞいかゞいかがははは思思おもひひいおくれおくれおくれけむけむけんあかしあかしあかしののの浦浦うらにににいさりいさりいさりせせせししし君君きみ。。。ゑかうゑかうえこうにににはははあまねきあまねきあまねき方方かたにてにてにてもももいかゞいかゞいかがははは」」」とととありありあり。。。濃濃こきききあをあをあおにびにびにびののの紙紙かみにてにてにてしきみしきみしきみにににさしさしさし給給たまへへえるるる、、、例例れいのののことことことなれなれなれどどどいたくいたくいたくすぐしすぐしすぐしたるたるたる筆筆ふでづかひづかひずかい猶猶なおふりふりふりがたくがたくがたくをかしげをかしげおかしげなりなりなり。。。二二に條條じょう院院いんにににおはしますおはしますおわします程程ほどにてにてにて女女おんな君君ぎみにににももも今今いまはははむげむげむげににに絕絕たえええぬるぬるぬることことことにてにてにて見見みせせせ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
現代語訳
源氏は、二条の尚侍の君(朧月夜)を、なお絶えずお思い出し申し上げていらっしゃったが、このような気がかりな筋のことを嫌なものとお思い知りになって、あの方のお心の弱さも、少し軽くお思いになるようになった。その朧月夜が、とうとう出家の本意どおりにお遂げになったとお聞きになっては、たいそうしみじみと残念で、お心が動いて、まずお見舞い申し上げなさる。今出家するとさえほのめかしてくださらなかったつらさを、深くお恨み申し上げなさる。「あまの世をよそに聞かめや須磨の浦にもしほたれしも誰ならなくに(尼となったあなたのことを、どうしてよそごとと聞けようか。須磨の浦で海人のように涙に濡れたのも、ほかでもないあなたのためだったのに)。さまざまな世の定めなさを心に思いつめて、今まで出家に後れ申し上げた残念さを、お見捨てになったとしても、避けられない回向の中には、まず私を、としみじみ思います」などと、多く申し上げなさった。
朧月夜は、早くからお思い立ちになっていたことだけれど、この源氏のお妨げにかかずらって、人にはそうと明かしなさらなかったことだが、心の内ではしみじみと、昔からつらかった源氏とのご縁を、それでもやはり浅くはないとお思い知りにならずにはいられないなど、あれこれとお思い出しになる。お返事は、もうこのように交わすこともないはずのお手紙の最後とお思いになるので、しみじみとして、心をこめてお書きになる墨つきなど、たいそう趣深い。「無常の世とは、わが身ひとつのことだとばかり知っておりましたのに、後れたとおっしゃいますとは。げに、あま船にいかゞは思ひおくれけむあかしの浦にいさりせし君(なるほど、尼の乗る舟にどうして後れたとお思いなのでしょう。明石の浦で漁りをしていたあなたが)。回向は、あまねくすべての人に向けたものですから、どうして、あなたもその中に」とある。濃い青鈍の紙で、樒に挿していらっしゃるのは、例のことだけれど、たいそう洗練された筆づかいは、やはり昔と変わらず見事である。源氏は二条院にいらっしゃる時だったので、もうすっかり縁の切れたことなので、女君(紫の上)にもお見せ申し上げなさる。
意訳
朧月夜は出家し、源氏は「海人の世を」と詠んで、須磨の頃を思い出させる見舞いの手紙を送る。
朧月夜は、源氏との浅からぬ縁を思い、最後の手紙として心をこめて返歌を書き、源氏は紫の上に見せる。
語釈・文法注
文法
- 掛詞「あま」(あまの世をよそに聞かめや)
- 「尼」と「海人」を掛ける。「しほたれ」も海人の縁語で、涙に濡れること。
- 「ゑかう」(さり難き御ゑかうのうちにはまづこそは)
- 回向。仏道修行の功徳を、他の人の成仏のために振り向けること。
- 「しきみ」(濃きあをにびの紙にてしきみにさし給へる)
- 樒。仏前に供える常緑の木。尼の手紙らしい趣向。
解説
朧月夜の出家は、源氏の恋の物語の一つの終わりである。花宴の巻で始まり、須磨流謫の原因となり、若菜上の巻で再燃した朧月夜との関係は、ここで静かに幕を閉じる。源氏の歌は「須磨の浦にもしほたれしも誰ならなくに」と、二人の恋が源氏の人生を大きく変えたことを思い出させる。
源氏がこの手紙を紫の上に見せるのは、「今はむげに絕えぬること」だからである。かつては紫の上に隠れて朧月夜のもとに通っていた源氏が、今は過去の思い出として手紙を見せる。紫の上にとっても、それはもはや脅威ではない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、704–707頁(コマ63–64)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日