源氏物語 第35帖 若菜下(41)
源氏の苦悩
源氏は、手紙をなお不審に思い、人のいない所で繰り返し読む。女房の誰かが柏木の筆跡をまねて書いたのかとまで考えるが、言葉づかいがはっきりとして、紛れようのないことが書かれている。長年思い続けたことが偶然かなって、かえって心安らかでない思いを書き尽くした言葉は、見事で哀れではあるが、源氏は、これほどはっきり書くものか、惜しい人が思慮もなく書いたものだ、落ちて人の目に触れることもあると、自分は昔、こまやかに書くべき折にも、言葉を省いて紛らわして書いたものだ、人の深い用心は難しいものだと、柏木の心まで見下す。そして、この宮をどう扱えばよいのか、懐妊もこのことのせいだったのか、なんと情けない、このように人づてでなく嫌なことを知りながら、これまでどおり世話をするのかと思う。いい加減な慰みと思う人でさえ、ほかに心を分けたと思えば不快なのに、まして、これは格別に大それた人の心だ。帝の妃と過ちを犯す例は昔もあったが、それはまた別だ。宮仕えでは、同じ帝に仕えるうちに心を通わせることもあろう。女御や更衣でも、欠点のある人もいて、はっきりした過ちが見えない限りは、そのまま宮仕えを続けることもあるだろう。しかし、これほどまたとなく大切に扱い、内心の愛情よりも尊く恐れ多いものとして世話をしている自分をさしおいて、このようなことは例がないと、源氏は爪弾きをする。帝といっても、公の心遣いばかりで、宮仕えも味気ない中で、心深い私的な求愛になびき、自然に心を通わせるのは、同じ不義でも理由がある。自分の身ながら、あれほどの者に宮が心を分けるとは思えないのにと、たいそう不快だが、顔に出すべきことでもないと思い乱れるにつけ、故桐壺院も、このように心の中ではご存じで、知らないふりをしておられたのではないかと思い、思えばあの頃のことこそ、たいそう恐ろしく、あってはならない過ちだったと、自分の身近な例を思うと、恋の山路は非難できない気持ちもまじるのだった。

- 1おとゞおとゞおとどはははこのこのこの文文ふみののの猶猶なお怪怪あやしくしくしくおぼさおぼさおぼさるれるれるればばば人人ひと見見みぬぬぬ方方かたにてにてにて打打うちちち返返かえしししつゝつゝつつ見見み給給たまふふう。。。さぶらふさぶらふさぶらう人々人々ひとびとののの中中なかにににかのかのかの中中ちゅう納納な言言ごんののの手手てににに似似にたるたるたる手手てしししててて書書かきききたるたるたるかかかとととまでまでまでおぼしおぼしおぼしよれよれよれどどど、、、言言こと葉葉ばづかひづかひずかいきらきらきらきらきらきらとととまがふまがふまがうべくべくべくもももあらあらあらぬぬぬことことことゞもゞもどもありありあり。。。年年としををを經經へててて思思おもひひいわたりわたりわたりけるけるけることことことのののたまさかたまさかたまさかにににほいほいほいかなひかなひかないててて心心こころ安安やすからからからぬぬぬすぢすぢすじををを書書かききき盡盡つくしししたるたるたることばことばことばいといといと見見み所所どころありありありててて哀哀あわれなれなれなれどどど、、、いといといとかくかくかくさやかさやかさやかにににはははかくかくかくべしべしべしややや、、、あたらあたらあたら人人ひとののの文文ふみをををこそこそこそ思思おもひやりひやりいやりなくなくなく書書かきききけれけれけれ、、、おちおちおちちるちるちることことこともももこそこそこそととと思思おもひひいしかしかしかばばば、、、昔昔むかしかやうかやうかようにににこまかこまかこまかなるなるなるべきべきべきをりふしをりふしおりふしにににももも、、、ことことことそぎそぎそぎつゝつゝつつこそこそこそ書書かきききまぎらはしゝまぎらはしゝまぎらわししかかか、、、人人ひとののの深深ふかききき用意用意よういははは難難かたきききわざわざわざなりなりなりけりけりけりととと、、、かのかのかの人人ひとののの心心こころをををさへさへさへ見見みおとしおとしおとしたまひたまひたまいつつつ。。。さてさてさてもももこのこのこの人人ひとをををばばばいかゞいかゞいかがもてなしもてなしもてなし聞聞きこゆゆゆべきべきべき、、、珍珍めずらしきしきしきさまさまさまののの御御おん心地心地ここちもももかゝるかゝるかかることことことのののまぎれまぎれまぎれにてにてにてなりなりなりけりけりけり、、、いでいでいであなあなあな心心こころうううややや、、、かくかくかく人人ひとづてづてずてならならならずずずうきうきうきことことことをををしるしるしるしるしるしるありありありしししながらながらながら見見み奉奉たてまつらららむむんよよよととと、、、我我わががが御心御心みこころながらながらながらもももえええ思思おもひひいなほすなほすなおすまじくまじくまじく覺覺おぼゆるゆるゆるををを、、、
- 2なほざりなほざりなおざりのののすさびすさびすさびととと始始はじめよりよりより心心こころををを留留とどめめめぬぬぬ人人ひとだにだにだに又又またことことことざまざまざまののの心心こころわくわくわくらむらむらんととと思思おもふふうははは、、、心心こころづきなくづきなくずきなく思思おもひひい隔隔へだてててらるゝらるゝらるるををを、、、ましてましてましてこれこれこれはははさまさまさまことことことにににおほけなきおほけなきおおけなき人人ひとののの心心こころにににもももありありありけるけるけるかなかなかな、、、みかどみかどみかどのののみみみめめめをををもももあやまつあやまつあやまつたぐひたぐひたぐい昔昔むかしもももありありありけれけれけれどどど、、、それそれそれははは又又またいふいふいうかたかたかたことことことなりなりなり。。。宮宮みやづかへづかへずかえととといひいひいいててて我我わももも人人ひとももも同同おなじじじ君君きみににになれなれなれ仕仕つかうまつるうまつるうまつる程程ほどににに、、、おのづからおのづからおのずからさるべきさるべきさるべき方方かたにににつけつけつけてててももも、、、心心こころをををかはしかはしかわしそめそめそめ物物もののののまぎれまぎれまぎれ多多おおかりかりかりぬぬぬべきべきべきわざわざわざなりなりなり。。。女御女御にょうご更衣更衣こういととといへいへいえどどど、、、とととあるあるあるすぢすぢすじかゝるかゝるかかる方方かたにににつけつけつけてててかたほかたほかたおなるなるなる人人ひともももありありあり、、、心心こころばせばせばせ必必かならずずず重重おもからからからぬぬぬうちうちうちまじりまじりまじりててて思思おもははわずずずなるなるなることことこともももあれあれあれどどど、、、おぼろげおぼろげおぼろげののの、、、さだかさだかさだかなるなるなるあやまちあやまちあやまち見見みえええぬぬぬ程程ほどはははさてさてさてもももまじらふまじらふまじらうやうやうようもももあらあらあらむむんににに、、、ふとふとふとしもしもしもあらはあらはあらわならならならぬぬぬまぎれまぎれまぎれありありありぬぬぬべしべしべし。。。かくかくかくばかりばかりばかり又又またなきなきなきさまさまさまにににもてなしもてなしもてなし聞聞きこえええててて內內うち々々うちののの志志こころざしひくひくひくかたかたかたよりよりよりもももいつくしくいつくしくいつくしくかたじけなきかたじけなきかたじけなきものものものににに思思おもひひいはぐゝまはぐゝまはぐくまむむん人人ひとをををおきおきおきてててかゝるかゝるかかることことことははは更更さらにににたぐひたぐひたぐいあらあらあらじじじとととつまはじきつまはじきつまはじきせせせられられられ給給たまふふう。。。
- 3みかどみかどみかどととと聞聞きこゆれゆれゆれどどどたゞたゞただすなほすなほすなおにににおほやけおほやけおおやけざまざまざまののの心心こころばへばへばえばかりばかりばかりにてにてにて宮仕宮仕みやずかえののの程程ほどももも物物ものすさまじきすさまじきすさまじきににに、、、志志こころざし深深ふかききき私私わたくしのののねぎねぎねぎごとごとごとににになびきなびきなびき、、、おのおのおのがががじゝじゝじし哀哀あわれをををつくしつくしつくし見見みすぐしすぐしすぐし難難かたききき折折おりのののいらへいらへいらえをををもももいひいひいいそめそめそめ、、、じねむじねむじねむににに心心こころかよひかよひかよいそむそむそむらむらむらんなからひなからひなからいははは、、、同同おなじじじけしからけしからけしからぬぬぬすぢすぢすじなれなれなれどどど、、、よるよるよるかたかたかたありありありややや、、、我我わががが身身みながらながらながらもももさばかりさばかりさばかりののの人人ひとににに心心こころわけわけわけ給給たまふふうべくべくべくははは覺覺おぼえええぬぬぬをををととと、、、いといといと心心こころづきなけれづきなけれずきなけれどどど又又また氣色氣色けしきににに出出いだすすすべきべきべき事事ことにににもももあらあらあらずずずなどなどなどおぼしおぼしおぼし亂亂みだるゝるゝるるにににつけつけつけててて、、、故故こ院院いんののの上上うえもももかくかくかく御心御心みこころにににはははしろしめししろしめししろしめしてててややや知知しらららずずず顏顏がおをををつくらつくらつくらさせさせさせ給給たまひひいけむけむけん、、、思思おもへへえばばばそのそのその世世よのののことことことこそこそこそはははいといといと恐恐おそろしくしくしくあるあるあるまじきまじきまじきあやまちあやまちあやまちなりなりなりけれけれけれととと近近ちかきききためしためしためしをををおぼすおぼすおぼすにににぞぞぞ、、、戀戀こいののの山山やま路路じはははえええもどくもどくもどくまじきまじきまじき御心御心みこころまじりまじりまじりけるけるける。。。
現代語訳
大臣(源氏)は、この手紙がやはり不審にお思いになるので、人の見ない所で繰り返しご覧になる。お仕えする女房たちの中で、あの中納言(柏木)の筆跡に似た筆跡で書いたのかとまで、お思い寄りになるけれど、言葉づかいがはっきりとして、紛れようのないことが書いてある。年月を経て思い続けてきたことが、たまたま本意をかなえて、かえって心安らかでない筋を書き尽くした言葉は、たいそう見どころがあって哀れだけれど、源氏は、「たいそうこのようにはっきりと書くべきものか。惜しいほどの人が、手紙を思慮もなく書いたものだ。落ちて散らばることもあると思ったので、私は昔、このように細やかに書くべき折にも、言葉を省いて紛らわして書いたものだが。人の深い用心は難しいことなのだ」と、あの人の心までお見下しになった。「それにしても、この宮をどのようにお扱い申し上げたらよいのだろう。珍しいご懐妊のご様子も、このようなことの紛れでできたのだった。いやもう、ああ情けない。このように人づてではなく、嫌なことを知りながら、これまでどおりお世話申し上げるのか」と、ご自分のお心ながらも、思い直すことはできないように思われるが、
「いい加減な慰みと、初めから心をとめていない人でさえ、またほかに心を分けているだろうと思うのは、不愉快で隔て心が置かれるのに、ましてこれは、格別に大それた人の心であったことよ。帝の妃と過ちを犯す例は昔もあったが、それはまた言うべき筋が違う。宮仕えといって、自分も相手も同じ帝に慣れ親しんでお仕えするうちに、自然としかるべき方面につけても、心を通わせ始め、紛れが多くなるのも当然のことだ。女御や更衣といっても、あれこれの方面で欠点のある人もいて、心ばえが必ずしも重々しくない人もまじって、思いがけないこともあるけれど、並々の、はっきりとした過ちが見えない間は、そのまま宮仕えを続けることもあるだろうし、すぐにはあらわにならない紛れもあるに違いない。これほどまたとない様子にお扱い申し上げて、内心の愛情の引く方よりも、尊く恐れ多いものとしてお世話申し上げている自分をさしおいて、このようなことは、まったく例があるまい」と、爪弾きをなさる。
「帝と申し上げても、ただ素直に公の心遣いばかりで、宮仕えの間も何となく味気ないので、心深い私的な求愛になびき、互いに情けを尽くして、見過ごしがたい折の返事などを言い始め、自然と心が通い始めたような仲は、同じけしからぬ筋であっても、理由のあることだろうか。我が身ながら、あれほどの者に心を分けなさるはずだとは思われないのに」と、たいそう不快だけれど、また顔色に出すべきことでもないなどとお思い乱れになるにつけて、「故院の上(桐壺院)も、このようにお心の中ではご存じで、知らない顔をしておつくりになったのであろうか。思えば、あの頃のことこそは、たいそう恐ろしく、あってはならない過ちだったのだ」と、身近な例をお思いになると、恋の山路は非難できないお心も、まじるのだった。
意訳
源氏は手紙を繰り返し読み、柏木の不用意さを見下し、宮をこれからどう扱えばよいかと思い乱れる。
源氏は、帝の妃の密通とは違い、これほど大切にしてきた自分を裏切るのは例がないと思うが、かつて自分が藤壺と犯した罪を思い、桐壺院も知っていたのではないかと思い至る。
語釈・文法注
文法
- 「つまはじき」(つまはじきせられ給ふ)
- 爪弾き。人差し指の爪を親指の腹にかけて弾くこと。不快や非難の気持ちを表す。
- 「しるしる」(うきことをしるしるありしながら見奉らむよ)
- 知る知る。知りながら。
- 「戀の山路」(戀の山路はえもどくまじき御心まじりける)
- 恋の道の迷い。「恋の山しげき小笹の露分けて入りそむるよりぬるる袖かな」(古今六帖)などによる。
解説
源氏は、柏木の手紙の不用意さを見下しながら、自分は昔そのような手紙は書かなかったと思う。その「昔」とは、藤壺や朧月夜との密かな関係のことである。源氏の思いは、やがて桐壺院へと及び、「故院の上もかく御心にはしろしめしてや知らず顏をつくらさせ給ひけむ」という恐ろしい問いにたどり着く。
この場面は、源氏物語の因果応報の構造を最も鮮明に示している。源氏が若い頃に父桐壺帝の后である藤壺と通じ、不義の子冷泉帝をもうけたように、今度は柏木が源氏の妻と通じ、不義の子をもうける。源氏は自分の罪を思い、「戀の山路はえもどくまじき」と、柏木を一方的に責めることのできない気持ちになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、700–703頁(コマ61–62)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日