源氏物語 第35帖 若菜下(40)
柏木の文の発見
まだ朝の涼しいうちに二条院へ戻ろうと、源氏は早く起きる。昨夜の扇を落としたので、昨日うたた寝をした御座所のあたりを探すと、御褥の少し乱れた端から、浅緑の薄様の手紙が巻いたまま見えている。何気なく引き出して見ると男の筆跡で、紙の香りもたいそう艶やかに、ことさらめいた書きぶりである。二枚重ねにこまごまと書いてあるのを見ると、まぎれもなくあの人(柏木)の筆跡であった。御鏡を開けて差し上げる女房は、源氏が見ているのは普通の手紙だろうと思うが、事情を知る小侍従は、昨日の手紙の色だと見て、ひどく胸がつぶれる。粥を召し上がる方にも目を向けず、まさかそれではあるまい、そんなことがあるはずがない、宮が隠したのだろうと思い込もうとする。宮は無心にまだ眠っている。源氏は、なんと幼い、このようなものを散らかして、ほかの人が見つけたらと思うと、宮を見下す気持ちになり、やはり奥ゆかしさのない様子を案じていたとおりだと思う。源氏が出て行くと、小侍従は宮に、昨日の手紙をどうなさったか、今朝院が見ていた手紙の色が似ていたと言う。宮はあきれて、涙ばかりがあふれ出る。小侍従は、どこに置いたのか、人が来たので遠慮して下がったが、院が入っていらっしゃるまで少し時間があったので、隠したと思っていたと言う。宮は、見ている時に院が入ってきたので、すぐに置く暇もなく、挟んだのを忘れたと言う。小侍従が探しても、どこにもない。小侍従は、あの君もひどく恐れて、少しでも院の耳に入ったらと言っていたのに、間もなくこんなことが起こるとは、すべて宮の幼さのために人にも見られたのだ、誰のためにも気の毒なことだと、遠慮もなく言う。宮は返事もできず、ただ泣く。宮がひどく苦しそうで何も食べないので、女房たちは、こんな宮を放っておいて、すっかりよくなった紫の上の世話に心を入れていると、源氏を恨む。

- 1まだまだまだ朝朝あさすゞみすゞみすずみののの程程ほどににに渡渡わたりりり給給たまははわむむんとてとてとて疾疾とくくく起起おききき給給たまふふう。。。よべよべよべのののかはほりかはほりかわほりをををおとしおとしおとしてててこれこれこれははは風風かぜぬるくぬるくぬるくこそこそこそありありありけれけれけれとてとてとて御御おん扇扇おうぎおきおきおき給給たまひひいててて、、、きのふきのふきのううたゝねうたゝねうたたねししし給給たまへへえりりりしししおましおましおましのののあたりあたりあたりををを立立たちちちとまりとまりとまりててて見見み給給たまふふうににに、、、御御おんしとねしとねしとねののの少少すこしししまよひまよひまよいたるたるたるつまつまつまよりよりより淺淺あさ綠綠みどりののの薄薄うす葉葉ようなるなるなる文文ふみののの押押おししし卷卷まきききたるたるたる端端はし見見みゆるゆるゆるををを、、、何何なに心心ごころもももなくなくなく引引ひききき出出いでででゝゝて御覽御覽ごらんずるずるずるににに男男おとこののの手手てなりなりなり。。。かみかみかみのののかかかなどなどなどいといといとえんえんえんにににことさらことさらことさらめきめきめきたるたるたる書書かきききざまざまざまなりなりなり。。。ふたふたふたかさねかさねかさねにににこまごまこまごまこまごまととと書書かきききたるたるたるををを見見み給給たまふふうににに、、、まぎるまぎるまぎるべきべきべき方方かたなくなくなくそのそのその人人ひとののの手手てなりなりなりけりけりけりととと見見み給給たまひひいつつつ。。。御御おん鏡鏡かがみなどなどなど開開あけけけててて參參まいらするらするらする人人ひとははは猶猶なお見見み給給たまふふう文文ふみにににこそこそこそはははととと、、、心心こころももも知知しらららぬぬぬ小小こ侍侍じ從從じゅう見見みつけつけつけててて、、、昨昨きの日日うののの文文ふみののの色色いろととと見見みるるるににに、、、いといといといみじくいみじくいみじく胸胸むねつぶつぶつぶつぶつぶつぶとととなるなるなる心心こころちちちすすす。。。御御おんかゆかゆかゆなどなどなどまゐるまゐるまいる方方かたににに目目めももも見見みやらやらやらずずず、、、いでいでいでさりともさりともさりともそれそれそれにににはははあらあらあらじじじ、、、いといといといみじくいみじくいみじくさるさるさる事事ことはははありありありなむなむなんややや、、、かくしかくしかくし給給たまひひいてててけむけむけんととと思思おもひひいなすなすなす。。。
- 2宮宮みやははは何何なに心心ごころもももなくなくなく、、、まだまだまだ大大おお殿殿とのごもれごもれごもれりりり。。。あなあなあないはけないはけないわけな、、、かゝるかゝるかかるものものものをををちらしちらしちらし給給たまひひいててて我我わならならならぬぬぬ人人ひとももも見見みつけつけつけたらたらたらましかましかましかばばばとととおぼすおぼすおぼすももも心心こころおとりおとりおとりしししててて、、、さればよさればよさればよいといといとむげむげむげににに心心こころにくきにくきにくき所所ところなきなきなき御御おん有樣有樣ありさまををを後後うしろめたしめたしめたしとととははは見見みるるるかしかしかしとととおぼすおぼすおぼす。。。出出いででで給給たまひひいぬれぬれぬればばば人々人々ひとびと少少すこしししあかれあかれあかれぬるぬるぬるににに、、、侍侍じ從從じゅうよりよりよりててて「「「昨昨きの日日うののの物物ものはははいかにいかにいかにせせせさせさせさせ給給たまひひいてててししし。。。けさけさけさ院院いんののの御覽御覽ごらんじじじつるつるつる文文ふみのののいろいろいろこそこそこそ似似にててて侍侍はべりりりつれつれつれ」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、あさましあさましあさましとととおぼしおぼしおぼしててて淚淚なみだのののたゞたゞただいできいできいできににに出出いでででくれくれくればばば、、、いとほしきいとほしきいとおしきものものものからからからいふかひいふかひいうかいなななののの御御おんさまさまさまやややととと見見み奉奉たてまつるるる。。。「「「いづくいづくいずくにににかはかはかは置置おかかかせせせ給給たまひひいてててししし。。。人々人々ひとびとののの參參まいりりりしししににに事事ことありありあり顏顏かおににに近近ちかくくくさぶらはさぶらはさぶらわじじじととと、、、さばかりさばかりさばかりのののいみいみいみをををだにだにだに心心こころののの鬼鬼おににににさりさりさり侍侍はべりりりしししををを、、、いらいらいらせせせ給給たまひひいしししほどほどほどははは少少すこししし程程ほど經經へ侍侍はべりりりにににしししをををかくさかくさかくさせせせ給給たまひひいつつつらむらむらんとととなむなむなん思思おもううう給給たまへへえししし」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、「「「いさいさいさとよとよとよ、、、見見みししし程程ほどににに入入いりりり給給たまひひいしかしかしかばばばふとふとふともももえええおきおきおきあへあへあえででで、、、さしさしさしはさみはさみはさみしししををを忘忘わすれれれにににけりけりけり」」」とととのたまふのたまふのたまうにににいといといと聞聞きこえええむむんかたかたかたなしなしなし。。。
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現代語訳
まだ朝の涼しいうちに二条院へ帰ろうと、源氏は早くお起きになる。昨夜の扇を落としてしまって、「これは風がぬるいね」と言って御扇を置きなさって、昨日うたた寝をなさった御座所のあたりに立ち止まってご覧になると、御褥の少し乱れている端から、浅緑の薄様の手紙の押し巻いてある端が見えるのを、何心もなく引き出してご覧になると、男の筆跡である。紙の香りなども、たいそう艶やかで、ことさらめいた書きぶりである。二枚重ねにこまごまと書いてあるのをご覧になると、紛れようもなく、あの人(柏木)の筆跡であったとご覧になった。御鏡などを開けて差し上げる女房は、やはり院がご覧になるべき手紙なのだろうと思うが、事情を知らないわけではない小侍従は見つけて、昨日の手紙の色だと見ると、たいそうひどく胸がどきどきとする気がする。お粥などを召し上がる方にも目も向けず、「いや、いくら何でもあれではあるまい。たいそうひどい、そんなことがあろうか。宮がお隠しになったのだろう」と思い込もうとする。
宮は何心もなく、まだお休みになっている。源氏は、「ああ幼いことよ。このようなものを散らかしておいて、私でない人が見つけたら」とお思いになるにつけても、宮を見下す気持ちになって、「やはりそうだった、たいそうひどく奥ゆかしいところのないご様子を、気がかりだと思っていたのだ」とお思いになる。源氏がお出かけになったので、女房たちが少し散っていった時に、侍従(小侍従)が近寄って、「昨日のものは、どうなさいましたか。今朝院がご覧になっていた手紙の色が、似ておりましたが」と申し上げると、宮はあきれたことだとお思いになって、涙がただもうあふれ出てくるので、小侍従は、お気の毒ながら、ふがいないご様子だと拝見する。「どこにお置きになったのですか。人々が参ったので、わけありげにおそばにいるまいと、それほどの用心さえ、心の鬼から下がりましたが、院がお入りになった時は、少し時間が経っておりましたので、お隠しになっただろうと存じておりました」と申し上げると、宮は「さあ、それがね、見ていた時に院がお入りになったので、すぐに置くこともできず、挟んだのを忘れてしまったの」とおっしゃるので、まったく申し上げる言葉もない。
寄って見ても、どこにあろうか。「まあひどい。あの君もたいそうひどく恐れはばかって、『少しでもお耳に入るようなことがあったら』と、恐縮申し上げていらっしゃったのに、時も経たないうちに、このようなことが起こるとは。すべてお幼いご様子で、人にも姿をお見せになったので、あの方は長年あれほど忘れがたく恨み言を言い続けていらっしゃったけれど、まさかこれほどまでとは存じませんでしたのに。誰のためにも、お気の毒なことでございましょう」と、遠慮もなく申し上げる。宮が気安く若くいらっしゃるので、慣れ親しみ申し上げているのであろう。宮はお返事もおできにならず、ただもう泣いてばかりいらっしゃる。たいそう苦しそうで、少しの物も召し上がらないので、女房たちは、「このようにご気分悪くしていらっしゃるのを見捨てておいて、今はすっかりよくなっていらっしゃる方のお世話に心を入れていらっしゃることよ」と、つらく思って言う。
意訳
源氏は御褥の下から柏木の手紙を見つけ、宮の幼さにあきれる。小侍従はそれに気づいて胸がつぶれる。
小侍従は宮を責め、宮はただ泣くばかりである。
語釈・文法注
文法
- 反実仮想「ましかば」(我ならぬ人も見つけたらましかば)
- 「もし私でない人が見つけていたら」。下に「いかならまし」などが省略されている。
- 「心のおに」(さばかりのいみをだに心の鬼にさり侍りしを)
- 心の鬼。良心の呵責、やましさ。
- 反語の「かは」(かくまで思う給へし御ことかは)
- 「これほどまでとは存じませんでした」。
解説
源氏が柏木の手紙を発見する場面は、若菜下の巻の最大の転機である。手紙は御褥の端からのぞいていて、源氏は「何心もなく」それを引き出す。宮の不用意さと小侍従の不注意とが重なって、密通は源氏の知るところとなる。
源氏はまず「あないはけな」と宮の幼さにあきれる。怒りよりも先に、宮への軽蔑と、自分が案じていたとおりだという思いが来るところに、源氏の宮への冷めた感情が表れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、698–701頁(コマ60–61)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日