源氏物語 第35帖 若菜下(37)
女三の宮の懐妊
女三の宮は、あのことを嘆いて以来、具合が悪く、大げさではないが、先月から物も食べずにひどく青ざめている。柏木は、思いが抑えきれない時々に、夢のように逢っていたが、宮はいつまでも耐えがたいことと思っている。源氏をひどく恐れている宮の心には、柏木は容姿も身分も源氏とは比べものにならない。柏木は風流で優美なので、世間では並の人より優れていると褒められるが、幼い頃から比類のない源氏に慣れている宮には、目障りにしか見えないのに、このように悩み続けるのは、哀れな宿縁である。乳母たちが気づいて、源氏が来ることもまれだと恨むので、源氏は宮が病と聞いて六条院へ行こうとする。紫の上は暑苦しいので髪を洗って少しさっぱりしている。髪は乾ききらないが、少しの乱れもなく美しく、青ざめやつれた肌は白く透き通るようで、この上なくかわいらしい。蝉の抜け殻のように頼りない様子である。長く住まなかった二条院は少し荒れて手狭に見えるが、紫の上は、手入れされた遣水や前栽を見て、今まで生きていたことをしみじみと思う。池には蓮の花が咲き、葉の露が玉のように光る。源氏が、あれをご覧なさい、自分だけ涼しげだと言うと、紫の上は起き上がって外を眺める。源氏は、こうしてあなたを見られるのは夢のようだ、自分まで最期かと思う時もあったと涙ぐむ。紫の上は「消えとまる」と詠み、源氏は「契りおかむ」と、来世でも蓮の上で心を隔てまいと返す。源氏は気が進まないが、帝や朱雀院の耳に入ることもあるので、このような病の晴れ間にまで籠もってはいられないと、六条院へ行く。

- 1姫姫ひめ宮宮みやははは怪怪あやしかりしかりしかりしししことことことをををおぼしおぼしおぼし歎歎なげきききしししよりよりより、、、やがてやがてやがて例例れいのののさまさまさまにににもももおはせおはせおわせずずず、、、惱惱なやましくましくましくししし給給たまへへえどどど、、、おどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしくはははあらあらあらずずず、、、立立たちちちぬるぬるぬる月月つきよりよりより物物もの聞聞きこししし召召めさささでででいたくいたくいたくあをみあをみあおみそこなはそこなはそこなわれれれ給給たまふふう。。。かのかのかの人人ひとはははわりなくわりなくわりなく思思おもひひいあまるあまるあまる時時とき々々どきははは、、、夢夢ゆめのののやうやうようににに見見み奉奉たてまつりりりけれけれけれどどど、、、宮宮みやはははつきつきつきせせせずずずわりなきわりなきわりなき事事ことにににおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。院院いんをををいみじくいみじくいみじくおぢおぢおじ聞聞きこえええ給給たまへへえるるる御心御心みこころににに、、、有樣有樣ありさまももも人人ひとのののほどほどほどももも、、、ひとしくひとしくひとしくだにだにだにやはやはやはあるあるある。。。いたくいたくいたくよしめきよしめきよしめきなまめきなまめきなまめきたれたれたればばば大方大方おおかたののの人人ひと目目めにににこそこそこそなべてなべてなべてののの人人ひとにににははは優優まさりりりてててめでめでめでらるれらるれらるれ、、、幼幼おさなくくくよりよりよりさるさるさるたぐひたぐひたぐいなきなきなき御御おん有樣有樣ありさまにににならひならひならい給給たまへへえるるる御心御心みこころにににはははめざましくめざましくめざましくのみのみのみ見見み給給たまふふう程程ほどににに、、、かくかくかく惱惱なやみみみわたりわたりわたり給給たまふふうははは哀哀あわれなるなるなる御御おんすくせすくせすくせにににぞぞぞありありありけるけるける。。。御御おんめのとめのとめのと達達たち見見み奉奉たてまつりりり咎咎とがめめめててて「「「院院いんのののわたらわたらわたらせせせ給給たまふふうことことこともももいといといとたまさかたまさかたまさかなるなるなるををを」」」とととつぶやきつぶやきつぶやき怨怨うらみみみ奉奉たてまつるるるかくかくかく惱惱なやみみみ給給たまふふうととと聞聞きこししし召召めしししてててぞぞぞわたりわたりわたり給給たまふふう。。。
- 2女女おんな君君ぎみはははあつくあつくあつくむつかしむつかしむつかしとてとてとて、、、御御おんぐしぐしぐしすましすましすましててて少少すこしししさはやかさはやかさわやかにににもてなしもてなしもてなし給給たまへへえりりり。。。臥臥ふしししながらながらながらうちうちうちやりやりやり給給たまへへえりりりしかしかしかばばばとみとみとみにににもももかはかかはかかはかねねねどどど、、、露露つゆばかりばかりばかり打打うちちちふくみふくみふくみまよふまよふまようすぢすぢすじもももなくなくなくててていといといと淸淸きよらららにににゆらゆらゆらゆらゆらゆらとととしししてててあをみあをみあおみおとろへおとろへおとろえ給給たまへへえるるるしもしもしも、、、色色いろはははさをさをさおにににまろくまろくまろく美美うつくしげしげしげにににすきすきすきたるたるたるやうやうようににに見見みゆるゆるゆる御御おんはだはだはだつきつきつきなどなどなど世世よににになくなくなくらうたげらうたげろうたげなりなりなり。。。もぬけもぬけもぬけたるたるたる蟲蟲むしのののからからからなどなどなどのののやうやうようにににまだまだまだいといといとたゞよはしげたゞよはしげただよわしげにににおはすおはすおわす。。。年年とし比比ごろすみすみすみ給給たまははわででで少少すこししし荒荒あれれれたりたりたりつるつるつる院院いんのののうちうちうちたとしへたとしへたとしえなくなくなくせばげせばげせばげにににさへさへさへ見見みゆゆゆ。。。昨昨きの日日う今今け日日きょうかくかくかくものものもの覺覺おぼえええ給給たまふふうひまひまひまにてにてにて心心こころことことことにににつくろはつくろはつくろわれれれたるたるたるやりやりやりみづみづみずせんざいせんざいせんざいのののうちつけうちつけうちつけににに心心こころよげよげよげなるなるなるををを見見み出出いししし給給たまひひいてててももも哀哀あわれににに今今いままでまでまで經經へにににけるけるけるをををおもほすおもほすおもおす。。。
- 3池池いけはははいといといと涼涼すずしげしげしげにてにてにてはちすはちすはちすののの花花はなののの咲咲さきききわたれわたれわたれるるるににに、、、葉葉ははははいといといと靑靑あおやかやかやかにてにてにて露露つゆきらきらきらきらきらきらととと玉玉たまのののやうやうようににに見見みえええわたるわたるわたるををを「「「かれかれかれ見見み給給たまへへえ。。。おのれおのれおのれひとりひとりひとりももも涼涼すずしげしげしげなるなるなるかなかなかな」」」とととのたまふのたまふのたまうににに、、、起起おきききあがりあがりあがりててて見見み出出いししし給給たまへへえるるるもももいといといとめづらしけれめづらしけれめずらしければばば「「「かくかくかくててて見見み奉奉たてまつるるるこそこそこそ夢夢ゆめののの心心こころちちちすれすれすれ。。。いみじくいみじくいみじく我我わががが身身みさへさへさへかぎりかぎりかぎりととと覺覺おぼゆるゆるゆる、、、をりをりをりをりおりおりのののありありありしししはははややや」」」ととと淚淚なみだをををうけうけうけてててのたまへのたまへのたまえばばば、、、みづからみづからみずからももも哀哀あわれとととおもほしおもほしおもおしててて、、、「「「消消きえええとまるとまるとまるほどほどほどやはやはやはふふふべきべきべきたまさかたまさかたまさかににに蓮蓮はちすののの露露つゆのののかゝるかゝるかかるばかりばかりばかりををを」」」とととののの給給のたまふふう。。。「「「契契ちぎりりりおかおかおかむむんこのこのこの世世よならならならでででもももはちすはちすはちす葉葉ばににに玉玉たまゐるゐるいる露露つゆのののこゝろこゝろこころへだつへだつへだつななな」」」。。。出出いででで給給たまふふうかたかたかたざまざまざまははは物物ものうけれうけれうけれどどど、、、內內うちにににももも院院いんにににももも聞聞きこししし召召めさささむむん所所ところありありあり。。。惱惱なやみみみ給給たまふふうととと聞聞ききききてててももも程程ほど經經へぬるぬるぬるをををめめめににに近近ちかきききににに心心こころををを惑惑まどはしはしわしつるつるつるほどほどほど見見み奉奉たてまつるるることことこともももをさをさをさをさおさおさなかりなかりなかりつるつるつるににに、、、かゝるかゝるかかる雲雲くも間間まにににさへさへさへやはやはやは、、、絕絕たえええこもらこもらこもらむむんとととおぼしおぼしおぼし立立たちちちてててわたりわたりわたり給給たまひひいぬぬぬ。。。
現代語訳
姫宮(女三の宮)は、あの不思議だったことをお嘆きになってから、そのまま普段の様子でもいらっしゃらず、具合悪くしていらっしゃるけれど、大げさではなく、先月から物も召し上がらず、ひどく青ざめて衰えていらっしゃる。あの人(柏木)は、どうしようもなく思いあまる時々は、夢のようにお逢い申し上げたけれど、宮はいつまでも耐えがたいことにお思いになっていた。院(源氏)をひどく恐れ申し上げていらっしゃるお心には、柏木は容姿も人の身分も、肩を並べることなどできようか。柏木はたいそう風流めいて優美なので、世間一般の人の目には、普通の人よりは優れて褒められるけれど、幼い頃からあのような比類のない院のご様子に慣れていらっしゃるお心には、ただ目障りとばかりご覧になるうちに、このようにお悩みになり続けるのは、哀れなご宿縁であった。御乳母たちが拝見して見とがめて、「院がお越しになることもたいそうまれなのに」と、ぶつぶつ恨み申し上げる。院は、宮がこのようにお悩みだとお聞きになって、六条院にお渡りになる。
女君(紫の上)は、暑苦しいとて、御髪を洗って、少しさっぱりとしていらっしゃった。横になったまま髪を広げていらっしゃったので、すぐには乾かないけれど、少しも寝癖や乱れる筋もなく、たいそう美しくゆらゆらとして、青ざめ衰えていらっしゃるのがかえって、肌の色は青白く、白くかわいらしく透き通っているように見えるお肌の様子などが、世にないほどいとおしい。蝉の抜け殻などのように、まだたいそう頼りなさそうでいらっしゃる。長年お住みにならなくて少し荒れていた二条院の中は、たとえようもなく手狭にさえ見える。昨日今日、このように意識がはっきりしていらっしゃる間に、格別に手入れされた遣水や前栽が、急に気持ちよさそうになっているのをご覧になっても、しみじみと、今まで生きてきたことをお思いになる。
池はたいそう涼しげで、蓮の花が一面に咲いているところに、葉はたいそう青々として、露がきらきらと玉のように見渡されるのを、源氏が「あれをご覧なさい。自分だけ涼しそうだね」とおっしゃると、紫の上が起き上がって外を眺めていらっしゃるのも、たいそう珍しいので、「こうしてあなたを拝見するのこそ、夢のような気がする。ひどく、自分の身まで最期かと思われる折々があったよ」と、涙を浮かべておっしゃるので、紫の上ご自身もしみじみとお思いになって、「消えとまるほどやはふべきたまさかに蓮の露のかゝるばかりを(消え残っている間も長くはないでしょう。たまたま蓮の葉の露がかかっている程度の命なのに)」とおっしゃる。源氏は、「契りおかむこの世ならでもはちす葉に玉ゐる露のこゝろへだつな(約束しておこう。この世だけでなく、来世でも同じ蓮の葉の上に宿る露のように、心を隔てないでくれ)」。源氏は六条院へお出かけになるのは気が進まないけれど、帝にも院(朱雀院)にも、お耳になさる手前がある。宮がお悩みだと聞いても時が経ったのに、目の前の紫の上のことに心を惑わしていた間は、お目にかかることもほとんどなかったので、このような病の晴れ間にまで、籠もりきりでいられようかとお思い立ちになって、お出かけになった。
意訳
女三の宮は懐妊して具合が悪く、柏木は時々忍んで逢うが、宮は源氏を恐れて柏木を疎ましく思う。
紫の上は回復し、二条院の池の蓮を源氏と眺めて歌を交わす。源氏は宮の病を聞いて六条院へ行く。
語釈・文法注
文法
- 反語の「やは」(ひとしくだにやはある)
- 「肩を並べることさえできようか、いや、できない」。
- 「もぬけたる蟲のから」(もぬけたる蟲のからなどのやうに)
- 蝉の抜け殻。病み衰えた紫の上のはかなげな様子をたとえる。
- 「玉ゐる」(はちす葉に玉ゐる露の)
- 玉のように宿る。蓮の葉の上の露を、極楽で同じ蓮に生まれる二人にたとえる。
解説
二条院の蓮の場面は、病から一時回復した紫の上の美しさと、二人の深い愛情とを描く、若菜下の巻の中でも印象的な場面である。紫の上は「消えとまるほどやはふべき」と、自分の命の短さを詠み、源氏は来世での再会を約束する。蓮の露は、極楽往生の象徴でもある。
この場面の直前に、女三の宮の懐妊が語られる。紫の上との穏やかな時間の後、源氏は宮のもとへ向かい、そこで柏木との密通の事実を知ることになる。物語は、静けさの後に大きな衝撃が訪れるように構成されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、696–699頁(コマ59–60)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日