源氏物語 第35帖 若菜下(36)
紫の上の受戒
紫の上が出家をしきりに望むので、源氏は受戒の功徳もあるかと思い、頭頂の髪をしるしばかり切って、五戒だけを受けさせる。戒師が受戒の功徳のすぐれていることを仏に申し上げる言葉にも、しみじみと尊いことがまじり、源氏は人目もかまわずそばに付き添って、涙をぬぐいながら一心に仏に念じる。世に賢い人も、このようにお心の惑うことに出会っては、心を静めることができないものである。源氏は、どうにかして紫の上を救い引き留めようと、夜昼嘆き、呆然とするほど顔もやつれる。五月の梅雨の頃は、晴れない空模様に、紫の上もさっぱりしないが、以前よりは少しよい。しかしなお病は続く。物の怪の罪を救うために、毎日法華経一部を供養し、さまざまな尊い行いをさせる。枕元近くでは不断の読経をさせる。物の怪は現れてからは時々悲しげなことを言うが、すっかり去ることはなく、暑い頃はたびたび息も絶えそうになり、いよいよ弱っていく。紫の上は、命もないような心地の中にも、源氏が嘆き惑う様子を心苦しく思い、自分が死んでも心残りはないが、源氏にむなしく死なれたと思わせるのは思いやりがないと、気を取り直して薬湯などを少し飲むせいか、六月になって時々頭を上げられるようになる。源氏は珍しく思いながらも、なお不吉に思い、六条院にはまったく行かない。

- 1御御おんぐしぐしぐしおろしおろしおろしてててむむんとととせちせちせちにににおぼしおぼしおぼしたれたれたればばば、、、忌忌いむむむことことことののの力力ちからもももやややとてとてとて御御おんいたゞきいたゞきいただきしるししるししるしばかりばかりばかりはははさみさみさみててて五五ごかいかいかいばかりばかりばかりうけうけうけさせさせさせ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。御御おん戒戒かいののの師師しいむいむいむことことことののの勝勝すぐれれれたるたるたるよしよしよし佛佛ほとけににに申申もうすすすにににももも哀哀あわれににに尊尊とうときききことことことまじりまじりまじりててて人人ひとわろくわろくわろく御御おん傍傍かたわらにににそひそひそい居居い給給たまひひいててて淚淚なみだおしおしおしのごひのごひのごい給給たまひひいつゝつゝつつ佛佛ほとけをををもろもろもろごゝろごゝろごころににに念念ねんじじじ聞聞きこえええ給給たまふふうさまさまさま、、、世世よにににかしこくかしこくかしこくおはするおはするおわする人人ひともももいといといとかくかくかく御心御心みこころ惑惑まどふふうことことことにににあたりあたりあたりてててはははえええしづめしづめしずめ給給たまははわぬぬぬわざわざわざなりなりなりけりけりけり。。。いかなるいかなるいかなるわざわざわざをををしししてててこれこれこれををを救救すくひひいかけかけかけ留留とどめめめ奉奉たてまつらららむむんとととのみのみのみよるよるよるひるひるひるおぼしおぼしおぼし歎歎なげくくくににに、、、ほれぼれしきほれぼれしきほれぼれしきまでまでまで御御おん顏顏かおももも少少すこしししおもおもおもやせやせやせ給給たまひひいにににたりたりたり。。。五五さ月月つきなどなどなどははは、、、ましてましてましてはればれしからはればれしからはればれしからぬぬぬ空空そらののの氣色氣色けしきににに、、、えええさはやぎさはやぎさわやぎ給給たまははわねねねどどど、、、ありありありしししよりよりよりははは少少すこしししよろしきよろしきよろしきさまさまさまなりなりなり。。。されどされどされど猶猶なお絕絕たえええずずず惱惱なやみみみわたりわたりわたり給給たまふふう。。。ものものものゝけゝけのけののの罪罪つみ救救すくふふうべきべきべきわざわざわざ、、、日日ひごとごとごとににに法法ほ華華け經經きょう一一いち部部ぶづつづつずつ供供く養養ようせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。何何なにくれくれくれととと尊尊とうときききわざわざわざせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。御御おんまくらまくらまくらがみがみがみ近近ちかくくくててて不不ふ斷斷だんのののみみみ讀讀ど經經きょう聲聲こえ尊尊とうときききかぎりかぎりかぎりしししててて讀讀よままませせせ給給たまふふう。。。
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現代語訳
紫の上が御髪を下ろしてしまいたいと切にお思いになっているので、源氏は受戒の功徳もあろうかと、頭頂の髪をしるしばかり挟み切って、五戒だけをお受けさせ申し上げなさる。御戒の師が、受戒の功徳のすぐれていることを仏に申し上げるにつけても、しみじみと尊いことがまじっていて、源氏は人目も悪く、おそばに付き添っていらっしゃって、涙をぬぐいなさりながら、仏を心を合わせて念じ申し上げなさる様子は、世に賢くていらっしゃる人も、このようにお心の惑うことに出会っては、心を静めることがおできにならないものだったのだ。どのようなことをしてこの人を救い、引き留め申し上げようかとばかり、夜昼お嘆きになるので、呆然とするほどお顔も少しやつれておしまいになった。五月などは、まして晴れ晴れとしない空模様に、紫の上もさっぱりとなさることはできないけれど、以前よりは少しよい様子である。けれども、やはり絶えずお苦しみになり続ける。物の怪の罪を救うべきこととして、毎日法華経を一部ずつ供養させなさる。何やかやと尊いことをおさせになる。御枕元近くでは、不断の御読経を、声の尊い者ばかりで読ませなさる。
物の怪は現れ始めてからは、折々悲しそうなことを言うけれど、まったくこの物の怪は去りきらず、いっそう暑い頃は息も絶えそうになりながら、いよいよ弱っていかれるので、源氏は言いようもなくお嘆きになっていた。紫の上は、命もないようなご気分の中にも、このような源氏のご様子を心苦しく拝見なさって、「この世からいなくなってしまっても、自分の身には少しも心残りはないだろうけれど、このようにお思い惑いになっているようなのに、むなしく死んだ姿をお見せするのは、たいそう思いやりのないことだろう」と、気を取り直して、薬湯などを少し召し上がるせいであろうか、六月になって、時々頭をお上げになるようになった。源氏は珍しく拝見なさるにつけても、やはりたいそう不吉に思われて、六条院にはちょっとの間もお帰りになれない。
意訳
紫の上は出家を強く望み、源氏は頭頂の髪をわずかに切って五戒を受けさせ、涙ながらに仏に念じる。
紫の上は病が続くが、源氏の嘆きを心苦しく思って気を取り直し、六月には時々頭を上げられるようになる。
語釈・文法注
文法
- 「五かい」(五かいばかりうけさせ奉り給ふ)
- 五戒。在家の信者が守る五つの戒め。出家はさせず、受戒だけをさせたこと。
- 「もろごゝろ」(佛をもろごゝろに念じ聞え給ふ)
- 心を合わせて、一心に。
- 「け」(御ゆなどいさゝかまゐるけにや)
- 故。せい、ため。
解説
源氏は紫の上の出家を許さず、受戒だけをさせる。頭頂の髪をわずかに切るという形式的な受戒は、紫の上の本当の願いをかなえるものではない。源氏は紫の上を失いたくないあまりに、紫の上の魂の救いを妨げているとも言える。
紫の上が気を取り直して薬湯を飲むのは、自分のためではなく、嘆き惑う源氏のためである。「我が身には更に口惜しきことのこるまじけれど」という言葉に、紫の上の深い諦念と、それでもなお源氏を思いやる心とが表れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、694–697頁(コマ58–59)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日