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源氏物語 第35帖 若菜下(35)

蘇生の知らせ

登場人物:光源氏・紫の上・柏木・夕霧・式部卿宮・女三の宮

物の怪がなおも語り続けるが、源氏は物の怪と話すのも気がとがめるので、封じ込めて、紫の上をひそかに別の部屋に移す。紫の上が亡くなったという噂が世に広まり、見舞いを申し上げる人々もいるので、源氏はたいそう不吉に思う。祭の帰りの行列を見に出た上達部たちは、生きたかいのあった幸い人が光を失う日で、雨もそぼ降るのだと言い、また、何もかもそろった人は長生きしないものだ、「何を桜に」という古歌もある、こういう人が長生きして世の楽しみを尽くしたら、周りの人が苦しいだろう、今こそ二品の宮(女三の宮)の本来の声望が現れるだろうと、ささやき合う。柏木は、弟たちを車に乗せて祭の帰りを見ていたが、この噂を聞いて胸がつぶれ、何かうき世に久しかるべきと口ずさんで、二条院へ参る。不確かなことなので、普通の見舞いとして参上すると、人々が泣き騒いでいるので、本当だったのかと驚く。式部卿宮もひどくぼんやりした様子で来る。夕霧が涙をぬぐって出てきて、物の怪のしわざで今朝から息絶えていたが、ようやく息を吹き返したようだと言う。柏木は、夕霧がそれほど親しくない継母のことを、ひどく悲しんでいるなと目をとめる。源氏は、見舞いへの礼を伝える。柏木は胸がつぶれ、このような折でなければ参上できなかったと、源氏を恐れる心の内は、腹黒いものであった。源氏は、生前でも恐ろしかった御息所が、死後まで怪しいものになっていることを思うと、中宮の世話さえ物憂く、女の身はみな罪深いものだと世の中が嫌になる。死霊が、紫の上との寝物語の内容まで知っていたことを思い出し、いっそう煩わしく思う。

二条院の門前に、紫の上の死去の噂を聞いた上達部たちの牛車が集まり、邸の中から泣き声が聞こえる中、柏木が青ざめた顔で立ちすくんでいる場面(AI生成)
二条院の門前に、紫の上の死去の噂を聞いた上達部たちの牛車が集まり、邸の中から泣き声が聞こえる中、柏木が青ざめた顔で立ちすくんでいる場面
  1. 1などなどなどいひいひいいつゞくれつゞくれつづくれどどど、、、ものものものゝけゝけのけににに向むか向むかむかひひいててて物語ものがたり物語ものがたりものがたりししし給たま給たまたまははわむむんもももかたはらいたけれかたはらいたけれかたわらいたければばば、、、ふうじふうじふうじこめこめこめててて上うへ上うへうえをををばばば又また又またまたことことこと方かた方かたかたににに忍しの忍しのしのびびびててて渡わた渡わたわたししし奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう。。。かくかくかくうせうせうせ給たま給たまたまひひいにににけりけりけりととといふいふいう事こと事ことこと世よ世よよののの中なか中なかなかににに滿み滿みみちちちててて、、、御おん御おんおんとぶらひとぶらひとぶらいににに聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう人々ひとびと人々ひとびとひとびとあるあるあるをををいといといとゆゝしくゆゝしくゆゆしくおぼすおぼすおぼす。。。今け今けけ日ふ日ふきょうのののかへさかへさかえさ見み見みみににに出い出いいででで給たま給たまたまひひいけるけるける上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめなどなどなど歸かへ歸かへかえりりり給たま給たまたまふふう道みち道みちみちににに、、、「「「かくかくかく人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうせせせばばばいといといといみじきいみじきいみじき事こと事ことことにににもももあるあるあるかなかなかな。。。生い生いいけけけるるるかひかひかいありありありつるつるつるさいはひさいはひさいわいびとびとびとののの光ひかり光ひかりひかり失うしな失うしなうしなふふう日ひ日ひひにてにてにて雨あめ雨あめあめはははそぼふるそぼふるそぼふるなりなりなりけりけりけり」」」とととうちつけうちつけうちつけごとごとごとししし給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひともももありありあり。。。又また又またまた「「「かくかくかくたらひたらひたらいぬるぬるぬる人ひと人ひとひとははは必かなら必かならかならずずずえええ長なが長ながながからからからぬぬぬことことことなりなりなり。。。何なに何なになにををを櫻さくら櫻さくらさくらにににととといふいふいうふるふるふるごとごとごともももあるあるあるはははかゝるかゝるかかる人ひと人ひとひとのののいとゞいとゞいとど世よ世よよにににながらへながらへながらへててて世よ世よよのののたのしみたのしみたのしみををを盡つく盡つくつくさささばばば傍かたはら傍かたはらかたわらののの人ひと人ひとひと苦くる苦くるくるしからしからしからむむん。。。今いま今いまいまこそこそこそ二に二にに品ほん品ほんほん宮のみや宮のみやのみやはははもともともとののの御おん御おんおんおぼえおぼえおぼえあらはれあらはれあらわれ給たま給たまたまははわめめめ。。。いとほしげいとほしげいとおしげにににおさおさおされれれたりたりたりつるつるつる御おん御おんおん覺おぼ覺おぼおぼえええををを」」」などなどなどうちうちうちさゝめきさゝめきささめきけりけりけり。。。
  2. 2衛ゑ衛ゑえ門もん門もんもん督かみ督かみかみ昨きの昨きのきの日ふ日ふういといといと暮くら暮くらくらししし難かた難かたかたかりかりかりしししををを思おも思おもおもひひいててて、、、今け今けけ日ふ日ふきょうははは御おん御おんおん弟おとうと弟おとうとおとうとどもどもども左さ左ささ大だい大だいだい辨べん辨べんべん頭とう頭とうとう宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうなどなどなど奧おく奧おくおくののの方かた方かたかたににに乘の乘ののせせせててて見み見みみ給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。かくかくかくいひいひいいあへあへあえるるるををを聞き聞ききくくくにににももも胸むね胸むねむね打う打ううちちちつぶれつぶれつぶれててて「「「何なに何なになにかかかうきうきうき世よ世よよににに久ひさ久ひさひさしかるしかるしかるべきべきべき」」」ととと打う打ううちちちずじずじずじ獨ひと獨ひとひとりごちりごちりごちててて、、、かのかのかの院ゐん院ゐんいんへへへ皆みな皆みなみな參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふう。。。たしかたしかたしかならならならぬぬぬ事こと事ことことなれなれなればばばゆゝしくゆゝしくゆゆしくやややとてとてとて、、、唯ただ唯ただただ大方おほかた大方おほかたおおかたののの御おん御おんおんとぶらひとぶらひとぶらいににに參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまへへえるるるににに、、、かくかくかく人ひと人ひとひとののの泣な泣ななきききさわげさわげさわげばばば誠まこと誠まことまことなりなりなりけりけりけりととと打う打ううちちち騷さわ騷さわさわぎぎぎ給たま給たまたまへへえりりり。。。式部しきぶ式部しきぶしきぶ卿きやう卿きやうきょうののの宮みや宮みやみやももも渡わた渡わたわたりりり給たま給たまたまひひいててて、、、いといといといたくいたくいたく覺おぼ覺おぼおぼしししほれほれほれたるたるたるさまさまさまにてにてにてぞぞぞ入い入いいりりり給たま給たまたまふふう。。。人々ひとびと人々ひとびとひとびとののの御おん御おんおん消せう消せうしょうそこそこそこもももえええ申まう申まうもうししし傳つた傳つたつたへへえ給たま給たまたまははわずずず。。。大だい大だいだい將しやう將しやうしょうののの君きみ君きみきみ淚なみだ淚なみだなみだをををのごひのごひのごいててて立た立たたちちち出い出いいででで給たま給たまたまへへえるるるににに「「「いかにいかにいかにいかにいかにいかに。。。ゆゝしきゆゝしきゆゆしきさまさまさまににに人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうしししつれつれつればばば、、、信しん信しんしんじじじ難かた難かたかたきききことことことにてにてにてなむなむなん、、、唯ただ唯ただただ久ひさ久ひさひさしきしきしき御おん御おんおん惱なやみ惱なやみなやみををを承うけたまは承うけたまはうけたまわりりり歎なげ歎なげなげきききててて參まゐ參まゐまいりりりつるつるつる」」」などなどなどののの給のたま給のたまのたまふふう。。。「「「いといといと重おも重おもおもくくくなりなりなりててて月つき月つきつき日ひ日ひひ經へ經へへ給たま給たまたまへへえるるるをををこのこのこの曉あかつき曉あかつきあかつきよりよりより絕た絕たたえええいりいりいり給たま給たまたまへへえりりりつるつるつるををを、、、ものものものゝけゝけのけのののしわざしわざしわざににになむなむなんありありありけるけるける。。。やうやうやうやうようよういきいきいき出い出いいででで給たま給たまたまふふうやうやうようににに聞き聞きききききなしなしなし侍はべ侍はべはべりりりててて今いま今いまいまなむなむなん皆みな皆みなみな人ひと人ひとひと心こころ心こころこころしづむしづむしずむめれめれめれどどど、、、まだまだまだいといといとたのもしげたのもしげたのもしげなしなしなしややや。。。心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしきしきしきことことことにににこそこそこそ」」」とてとてとて誠まこと誠まことまことににに痛いた痛いたいたくくく泣な泣ななききき給たま給たまたまへへえるるる氣色けしき氣色けしきけしきなりなりなり。。。目め目めめももも少すこ少すこすこししし腫は腫ははれれれたりたりたり。。。衛ゑ衛ゑえ門もん門もんもん督かみ督かみかみ、、、わわわがががあやしきあやしきあやしき心こころ心こころこころならひならひならいにににややや、、、このこのこの君きみ君きみきみのののいといといとさしもさしもさしも親おや親おやおやしからしからしからぬぬぬ繼まゝ繼まゝまま母はゝ母はゝははののの御おん御おんおんことことことををを、、、いたくいたくいたく心こころ心こころこころしめしめしめ給たま給たまたまへへえるるるかなかなかなととと目め目めめをををとゞむとゞむとどむ。。。
  3. 3かくかくかくこれこれこれかれかれかれ參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまへへえるるる由よし由よしよし聞きこ聞きこきこししし召め召めめしししててて「「「重おも重おもおもきききびやうざびやうざびょうざののの俄にはか俄にはかにわかにににとぢめとぢめとじめつるつるつるさまさまさまなりなりなりつるつるつるををを、、、女房にようばう女房にようばうにょうぼうなどなどなどははは心こころ心こころこころもももえええをさめをさめおさめずずず亂みだ亂みだみだりがはしくりがはしくりがわしく騷さわ騷さわさわぎぎぎ侍はべ侍はべはべりりりけるけるけるににに、、、みづからみづからみずからもももえええのどめのどめのどめずずず、、、心こころ心こころこころあわたゞしきあわたゞしきあわただしき程ほど程ほどほどにてにてにてなむなむなん。。。殊こと殊ことこと更さら更さらさらににになむなむなん斯かく斯かくかく物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえるるるよろこびよろこびよろこびははは聞きこ聞きこきこゆゆゆべきべきべき」」」とととのたまへのたまへのたまえりりり。。。かんかんかんののの君きみ君きみきみははは胸むね胸むねむねつぶれつぶれつぶれてててかゝるかゝるかかるをりをりおりのののらうろうらうろうろうろうならならならずずずはははえええ參まゐ參まゐまいるるるまじくまじくまじく、、、けはひけはひけわいはづかしくはづかしくはずかしく思おも思おもおもふふうももも心こころ心こころこころののの中なか中なかなかぞぞぞ腹はら腹はらはらぎたなかりぎたなかりぎたなかりけるけるける。。。かくかくかくいきいきいき出い出いいででで給たま給たまたまひひいてててののの後のち後のちのちしもしもしも恐おそろ恐おそろおそろしくしくしくおぼしおぼしおぼしててて、、、又また又またまた々また々またまたいみじきいみじきいみじき法ほふ法ほふほうどもどもどもをををつくしつくしつくしてててくはへくはへくわえ行おこな行おこなおこなははわせせせ給たま給たまたまふふう。。。うつしうつしうつしびとびとびとにてにてにてだにだにだにむくつけかりむくつけかりむくつけかりししし人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんけはひけはひけわいののの、、、ましてましてまして世よ世よよかはりかはりかわりあやしきあやしきあやしきものものものゝゝのさまさまさまににになりなりなり給たま給たまたまへへえらむらむらんをををおぼしおぼしおぼしやるやるやるににに、、、いといといと心こころ心こころこころうけれうけれうければばば中ちゆう中ちゆうちゅう宮ぐう宮ぐうぐうをををあつかひあつかひあつかい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうさへさへさへぞぞぞこのこのこのをりをりおりははは物もの物ものものうくうくうくいひいひいいもてもてもてゆけゆけゆけばばば、、、女をんな女をんなおんなののの身み身みみははは皆みな皆みなみな同おな同おなおなじじじ罪つみ罪つみつみ深ふか深ふかふかきききもとゐもとゐいぞぞぞかしかしかしとととなべてなべてなべて世よ世よよののの中なか中なかなかいとはしくいとはしくいとわしく、、、かのかのかの又また又またまた人ひと人ひとひとももも聞き聞ききかかかざりざりざりししし御おん御おんおん中なか中なかなかのののむつむつむつものがたりものがたりものがたりににに少すこ少すこすこししし語かた語かたかたりりり出い出いいででで給たま給たまたまへへえりりりしししことことことをををいひいひいい出い出いいでででたりたりたりしししににに、、、誠まこと誠まことまこととととおぼしおぼしおぼし出い出いいづるづるずるにににいといといと煩わづら煩わづらわずらはしくはしくわしくおぼさおぼさおぼさるるる。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

などと言い続けるけれど、物の怪に向かって話をなさるのも気がひけるので、封じ込めて、上(紫の上)をまた別の部屋にひそかにお移し申し上げなさる。このように亡くなっておしまいになったということが世の中に広まって、お見舞いを申し上げなさる人々もいるのを、源氏はたいそう不吉にお思いになる。今日の祭の帰りの行列を見に出かけなさった上達部などは、お帰りになる道で、「このように人が申すので、たいそうひどいことであるよ。生きたかいのあった幸い人が光を失う日で、雨はそぼ降るのだったのだ」と、思いつきの言葉をおっしゃる人もいる。また、「このように何もかも満ち足りた人は、必ず長生きできないものだ。『何を桜に』という古歌もあるのは、このような人がいっそう世に生き長らえて、世の楽しみを尽くしたら、そばの人が苦しいだろうということだ。今こそ二品の宮(女三の宮)は、本来のご声望が現れなさるだろう。お気の毒なほど圧倒されていたご声望を」などと、ささやき合った。

衛門督(柏木)は、昨日たいそう過ごしにくかったのを思って、今日は弟たち、左大弁や頭宰相などを車の奥の方に乗せて、祭の帰りを見物なさった。人々がこのように言い合うのを聞くにつけても胸がつぶれて、「何かうき世に久しかるべき」と口ずさんで独り言を言って、あの院(二条院)へ皆で参上なさる。確かでないことなので、縁起でもないかと思って、ただ普通のお見舞いとして参上なさると、このように人々が泣き騒いでいるので、本当だったのだとお驚きになった。式部卿の宮もお越しになって、たいそうひどく呆然とした様子でお入りになる。人々のお見舞いの言葉も、取り次いで申し上げることがおできにならない。大将の君(夕霧)が涙をぬぐって出ていらっしゃったので、柏木は「どうなのです、どうなのです。不吉な様子に人が申したので、信じがたいことで、ただ久しいご病気を承って嘆いて参上したのです」などとおっしゃる。夕霧は「たいそう重くなって月日が経っていらっしゃったのを、この明け方から息絶えておしまいになったのですが、物の怪のしわざだったのです。だんだん息を吹き返しなさるようだと聞きまして、今ようやく皆が心を落ち着けているようですが、まだたいそう頼りないご様子です。お気の毒なことです」と言って、本当にひどくお泣きになった様子である。目も少し腫れている。衛門督は、自分の妙な心の習いからであろうか、この君が、それほど親しくない継母のことを、ひどく心にかけていらっしゃることよと、目をとめる。

源氏は、このようにあの人この人が参上なさったことをお聞きになって、「重い病人が急に息絶えた様子だったのを、女房などが心も落ち着けられず、取り乱して騒ぎましたので、私自身も心を静めることができず、慌ただしい時でして。改めて、このようにお越しくださったお礼は申し上げましょう」とおっしゃった。督の君は胸がつぶれて、このような折の混乱でなければ参上できなかっただろうと、源氏の気配が恥ずかしく思うのも、心の中は腹黒いことであった。源氏は、このように紫の上が息を吹き返しなさった後こそ、かえって恐ろしくお思いになって、またまた大がかりな修法を尽くして加えて行わせなさる。生きていた時でさえ恐ろしかった人のご様子が、まして死後、怪しいものの姿になっていらっしゃるのをお思いやりになると、たいそう情けないので、中宮のお世話を申し上げなさることさえ、この折は物憂く、突き詰めていけば、女の身は皆同じ罪深いもとであることよと、すべて世の中が嫌になり、あの、ほかの人は聞かなかった紫の上との寝物語の中で少しお話しになったことを、物の怪が言い出したので、本当にあの人だとお思い出しになると、たいそう煩わしくお思いになる。

意訳

紫の上が亡くなったという噂が広まり、祭帰りの上達部たちは女三の宮の声望が上がると噂し合う。柏木も見舞いに訪れ、夕霧の深い悲しみに目をとめる。

源氏は、死霊が寝物語の内容まで知っていたことを恐れ、女の身の罪深さを思って世の中を嫌う。

語釈・文法注

文法

引き歌「何を櫻に」(何を櫻にといふふるごとも)
「待てといふに散らでしとまるものならば何を桜に思ひまさまし」(古今集・読人知らず)による。桜は散るからこそ愛されるということ。
引き歌「何かうき世に久しかるべき」(「何かうき世に久しかるべき」と打ちずじ)
「散ればこそいとど桜はめでたけれうき世になにか久しかるべき」(伊勢物語)による。
「腹ぎたなし」(心の中ぞ腹ぎたなかりける)
腹黒い、意地が悪い。

解説

紫の上の死去の噂が広まると、世間の人々は「今こそ二品宮はもとの御おぼえあらはれ給はめ」と噂する。紫の上がいかに女三の宮の声望を圧倒していたかが、世間の目から語られる。一方、柏木は、夕霧の深い悲しみに目をとめる。夕霧の紫の上への秘めた思いを、柏木は直感しているのである。

源氏は、死霊が寝物語の内容まで知っていたことに衝撃を受ける。「女の身は皆同じ罪深きもとゐ」という源氏の感慨は、仏教的な女性観に基づくものであるが、同時に、自分自身の女性関係が招いた結果への、源氏なりの受け止め方でもある。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、694–695頁(コマ58)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日