源氏物語 第35帖 若菜下(33)
紫の上の絶命
源氏は、めったに六条院に来ないのに、すぐには二条院に戻れず、落ち着かない思いでいると、紫の上が息絶えたと知らせが来る。源氏は何も考えられず、心も真っ暗になって戻る。二条院のあたりの大路まで人々が騒ぎ立て、邸の内は泣き叫ぶ声で不吉な気配に満ちている。源氏が我を忘れて入ると、女房たちは、この頃は少しよくなっていたのに、急にこうなったと言い、自分も後を追おうと取り乱す。御修法の壇も壊され、僧たちも帰り始めているのを見て、源氏はもう最期だと思い、そのあまりの衝撃は比べるものがない。それでも源氏は、物の怪のしわざだろう、騒ぐなと人々を静め、いっそう大がかりな願を立てさせる。優れた験者たちを集め、定められた命がこの世で尽きたとしても、不動尊の誓いがあるのだから、その日数だけでも引き留めてほしいと、頭から黒煙を立てるほど一心に加持させる。源氏は、せめてもう一度目を見合わせてほしい、最期の時にさえ立ち会えなかったのが悔しく悲しいと、取り乱す。源氏の深い心を仏も見たのか、何か月も現れなかった物の怪が小さい童に乗り移って叫び立てるうちに、紫の上はようやく息を吹き返す。源氏は、うれしくも恐ろしくも思って心が騒ぐ。

- 1おとゞおとゞおとどののの君君きみはははまれまれまれまれまれまれ渡渡わたりりり給給たまひひいてててえええふとふとふとももも立立たちちちかへりかへりかえり給給たまははわずずずしづしづしず心心こころなくなくなくおぼさおぼさおぼさるゝるゝるるににに、、、絕絕たえええ入入いりりり給給たまひひいぬぬぬとてとてとて人人ひと參參まいりりりたれたれたればばば更更さらににに何事何事なにごともももおぼしおぼしおぼしわかわかわかれれれずずず御心御心みこころもももくれくれくれててて渡渡わたりりり給給たまふふう。。。道道みちののの程程ほどののの心心こころもとなきもとなきもとなきににに、、、げにげにげにかのかのかの院院いんはははほとりほとりほとりのののおほぢおほぢおおじまでまでまで人人ひとたちたちたち騷騷さわぎぎぎたりたりたり。。。殿殿とのののの內內うち泣泣なきききのゝしるのゝしるののしるけはひけはひけわいいといといとまがまがしまがまがしまがまがし。。。我我わにににもももあらあらあらででで入入いりりり給給たまへへえれれればばば「「「日日ひ比比ごろはははいさゝかいさゝかいささかひまひまひま見見みえええ給給たまへへえるるるををを、、、俄俄にわかににになむなむなんかくかくかくおはしますおはしますおわします」」」とてとてとて侍侍さぶらふふうかぎりかぎりかぎりははは我我わももも後後おくれれれ奉奉たてまつらららじじじととと惑惑まどふふうさまさまさまどもどもどもかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。みずほふみずほふみずほうどもどもどもののの壇壇だんこぼちこぼちこぼち僧僧そうなどなどなどもももさるべきさるべきさるべきかぎりかぎりかぎりこそこそこそまかでまかでまかでねねね、、、ほろほろほろほろほろほろととと騷騷さわぐぐぐををを見見み給給たまふふうににに、、、更更さらににに限限かぎりにににこそこそこそはははとととおぼしおぼしおぼしはつるはつるはつるあさましさあさましさあさましさににに何事何事なにごとかはかはかはたぐひたぐひたぐいあらあらあらむむん。。。「「「さりともさりともさりともものものものゝけゝけのけのののするするするにににこそこそこそあらあらあらめめめ。。。いといといとひたぶるひたぶるひたぶるにににななな騷騷さわぎぎぎそそそ」」」ととと靜靜しずめめめ給給たまひひいててて、、、いよいよいよいよいよいよいみじきいみじきいみじきぐわんぐわんがんどもどもどもををを立立たてててそへそへそえさせさせさせ給給たまふふう。。。勝勝すぐれれれたるたるたるけんざけんざけんざどもどもどものののかぎりかぎりかぎり召召めししし集集あつめめめててて、、、「「「限限かぎりあるあるある御御おん命命いのちにてにてにてこのこのこの世世よつきつきつき給給たまひひいぬぬぬともともとも只只ただ今今いま暫暫しばしししのどめのどめのどめ給給たまひひい不不ふ動動どう尊尊そんののの御御おんもともともとのののちかひちかひちかいありありあり、、、そのそのその日日ひ數數かずをををだにだにだにかけかけかけ留留とどめめめ奉奉たてまつりりり給給たまへへえ」」」ととと、、、かしらかしらかしらよりよりよりまことまことまことににに黑黑くろ烟烟けぶりををを立立たてててゝゝていみじきいみじきいみじき心心こころををを起起おこしししててて加加か持持じししし奉奉たてまつるるる。。。
- 2院院いんももも、、、只只ただ今今いま一一ひと度度たび目目めををを見見み合合あわせせせ給給たまへへえ、、、いといといとあへなくあへなくあえなく限限かぎりなりなりなりつつつらむらむらん程程ほどをををだにだにだに、、、えええ見見みずずずなりなりなりにににけるけるけることことことののの悔悔くやしくしくしく悲悲かなしきしきしきをををととと、、、おぼしおぼしおぼし惑惑まどへへえるるるさまさまさま、、、とまりとまりとまり給給たまふふうべきべきべきにににもももあらあらあらぬぬぬををを見見み奉奉たてまつるるる心心こころちちちどもどもども唯唯ただ推推おしししはかるはかるはかるべしべしべし。。。いみじきいみじきいみじき御心御心みこころのののうちうちうちををを佛佛ほとけももも見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふうにににややや、、、月月つき比比ごろ更更さらににに現現あらわれれれ出出いでででこここぬぬぬ物物もののののけけけちひさきちひさきちいさき童童わらわにににうつりうつりうつりてててよばひよばひよばいのゝしるのゝしるののしる程程ほどににに、、、やうやうやうやうようよう生生いきききいでいでいで給給たまふふうにににももも嬉嬉うれしくしくしくもももゆゝしくゆゝしくゆゆしくもももおぼしおぼしおぼし騷騷さわがががるるる。。。
現代語訳
大臣の君(源氏)は、めったに六条院にお越しにならないので、すぐにはお帰りになれず、落ち着かない気持ちでいらっしゃると、紫の上が息絶えておしまいになったと人が参上したので、まったく何事もおわかりにならず、お心も真っ暗になってお帰りになる。道中がもどかしいが、なるほど、あの二条院では、そのあたりの大路まで人々が立ち騒いでいる。邸の中で泣き叫ぶ気配が、たいそう不吉である。我を忘れてお入りになると、女房たちは「この頃は少しよくなる時も見えていらっしゃったのに、急にこのようにおなりになりまして」と言って、お仕えする者は皆、自分も後れ申し上げまいと取り乱す様子は限りがない。御修法の壇なども壊して、僧なども、しかるべき者だけは退出しないが、ぱらぱらと立ち騒ぐのをご覧になると、源氏は、もうまったく最期なのだとお思いになりきる、そのあきれるほどの衝撃に、何がこれに比べられようか。源氏は、「いくら何でも、物の怪がしていることであろう。むやみに騒ぐな」とお静めになって、いよいよ大がかりな願をいくつも立てさせなさる。優れた験者たちだけを召し集めて、「定めのある御命で、この世の命が尽きなさったとしても、ほんのしばらくお延ばしください。不動尊の本来の誓いがあるのだから、せめてその日数だけでも引き留め申し上げてください」と、頭から本当に黒煙を立てるほど、一心に念じて加持申し上げる。
院も、「ほんのもう一度だけ、目を見合わせてください。たいそうあっけなく最期であったろう時にさえ、立ち会えなかったことが悔しく悲しいのに」と、お思い惑いになる様子は、とてもこの世に留まっていらっしゃれそうにもないのを拝見する人々の気持ちは、ただ推し量るがよい。源氏の深いお心の内を、仏もご覧になったのであろうか、何か月もまったく現れ出なかった物の怪が、小さな童に乗り移って叫び立てるうちに、紫の上はだんだん息を吹き返しなさるにつけても、源氏はうれしくも、恐ろしくも、心が騒がずにはいられない。
意訳
紫の上が息絶えたと知らされ、源氏は二条院に駆けつけて、取り乱しながら加持祈祷をさせる。
物の怪が童に乗り移って叫ぶうちに、紫の上は息を吹き返す。
語釈・文法注
文法
- 禁止の「な…そ」(いとひたぶるにな騷ぎそ)
- 「むやみに騒ぐな」。
- 「不動尊の御もとのちかひ」(不動尊の御もとのちかひあり)
- 不動明王の本来の誓願。定められた寿命でも、六か月延ばすという誓いがあるとされた。
- 「よばひのゝしる」(ちひさき童にうつりてよばひのゝしる)
- 叫び騒ぐ。物の怪が憑坐(よりまし)の童に乗り移って叫ぶこと。
解説
紫の上の仮死の場面は、源氏の取り乱しようが痛切に描かれる。源氏が六条院の女三の宮のもとにいる間に、紫の上が息絶えたという知らせが届く。この配置は、源氏の二人の妻の間での揺れと、それがもたらした結果とを、象徴的に示している。
「頭より黑烟を立てゝ」加持する験者たちの姿は、平安時代の加持祈祷の激しさを伝えている。何か月も現れなかった物の怪が、ここで初めて姿を現す。その正体は、次の場面で明かされる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、690–693頁(コマ56–57)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日