源氏物語 第35帖 若菜下(31)
柏木の恐れ
宮の若くかわいらしい声を聞き終えないうちに出てきた柏木は、魂が本当に身を離れて宮のもとに残った心地がする。妻の女二の宮のもとへも行かず、父の邸にひそかに帰る。横になっても眠れず、夢がはっきりと実現することも難しいと思うと、あの猫の姿が恋しく思い出される。なんというひどい過ちを犯したことか、世に生きていくのもまぶしいほど恥ずかしいと、恐ろしく後ろめたい気持ちで、外出もしない。宮のためにはもちろん、自分にとってもあってはならないことで、恐ろしく思われるので、気ままに出歩くこともできない。帝の妃と過ちを犯して噂になったとしても、これほど思いつめたことのためなら身を滅ぼしても苦しくはないだろう、しかし、それほどはっきりした罪にはならないとしても、源氏ににらまれることはたいそう恐ろしく恥ずかしいと思う。高貴な女性でも、少し世慣れた心のある人は、表面は上品でおっとりしていても、内心では従わない心があって、男と心を通わせることもあるが、宮は深い考えもなく、ひたすら物おじする心なので、今にも人が見聞きしたかのように恥ずかしく思い、明るい所にもいざり出ず、自分は情けない身だと思い知るのだった。

- 1御御おん聲聲こえののの若若わかくくくをかしげをかしげおかしげなるなるなるををを聞聞ききききさすさすさすやうやうようにてにてにて出出いでででぬるぬるぬる、、、たましひたましひたましいはははまことまことまことににに身身みををを離離はなれれれてててとまりとまりとまりぬるぬるぬる心心こころちちちすすす。。。女女おんな宮宮みやののの御御おん許許もとにににもももまうでまうでもうで給給たまははわででで大大おお殿殿とのへへへぞぞぞ忍忍しのびびびててておはしおはしおわしぬるぬるぬる。。。打打うちちちふしふしふしたれたれたれどどどめめめもももあはあはあわずずず。。。見見みつるつるつる夢夢ゆめのののさだかさだかさだかにににあはあはあわむむんことことことももも難難かたきききをををさへさへさへ思思おもふふうににに、、、かのかのかの猫猫ねこのののありありありしししさまさまさまいといといと戀戀こいしししととと思思おもひひい出出いでででらるらるらる。。。さてさてさてもももいみじきいみじきいみじきあやまちあやまちあやまちしししつるつるつる身身みかなかなかな、、、世世よにににあらあらあらむむんことことことこそこそこそまばゆくまばゆくまばゆくなりなりなりぬれぬれぬれととと、、、恐恐おそろしくしくしくそらそらそらはづかしきはづかしきはずかしき心地心地ここちしししてててありきありきありきなどなどなどもももししし給給たまははわずずず。。。女女おんなののの御御おんためためためははは更更さらにににもももいはいはいわずずず、、、我我わががが心地心地ここちにににもももいといといとあるあるあるまじきまじきまじき事事ことととといふいふいう中中なかにににもももむくつけくむくつけくむくつけく覺覺おぼゆれゆれゆればばば、、、思思おもひひいのののまゝまゝままにににもももえええまぎれまぎれまぎれありかありかありかずずず。。。みかどみかどみかどののの御御おんめめめをををももも取取とりりり過過あやまちちちてててことことことののの聞聞きこえええあらあらあらむむんににに、、、かばかりかばかりかばかり覺覺おぼえええむむんことことことゆゑゆゑゆえははは身身みのののいたづらいたづらいたずらにににならならならむむんことことことももも苦苦くるしくしくしくおぼゆおぼゆおぼゆまじまじまじ、、、しかしかしかいちじるきいちじるきいちじるき罪罪つみにににはははあたらあたらあたらずずずともともとも、、、このこのこの院院いんにににめめめをををそばめそばめそばめられられられ奉奉たてまつらららむむんことことことはははいといといと恐恐おそろしくしくしくはづかしくはづかしくはずかしくおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
- 2かぎりかぎりかぎりなきなきなき女女おんなととと聞聞きこゆれゆれゆれどどど、、、少少すこししし世世よづきづきずきたるたるたる心心こころばへばへばえまじりまじりまじり、、、上上うえはははゆゑゆゑゆえありありありこめかしきこめかしきこめかしきにににももも從從したがははわぬぬぬしたしたしたののの心心こころ添添そひひいたるたるたるこそこそこそ、、、とととあるあるあることことことかゝるかゝるかかることことことにににうちうちうちなびきなびきなびき心心こころかはしかはしかはし給給たまふふうたぐひたぐひたぐいもももありありありけれけれけれ。。。これこれこれははは深深ふかききき心心こころもももおはせおはせおわせねねねどどどひたひたひたおもむきおもむきおもむきににに物物ものおぢおぢおじししし給給たまへへえるるる御心御心みこころにににたゞたゞただ今今いましもしもしも人人ひとののの見見み聞聞ききききつけつけつけたらたらたらむむんやうやうようににに、、、まばゆくまばゆくまばゆくはづかしくはづかしくはずかしくおぼさおぼさおぼさるれるれるればばば、、、あかきあかきあかき所所ところにににだにだにだにえええゐざりゐざりいざり出出いででで給給たまははわずずず、、、いといといと口惜口惜くちおしきしきしき身身みなりなりなりけりけりけりととと、、、みづからみづからみずから思思おぼししし知知しるるるべしべしべし。。。
現代語訳
宮の若くかわいらしいお声を聞きかけたようなところで出てきてしまった柏木は、魂が本当に身を離れて、宮のもとにとどまってしまった気がする。女宮(落葉の宮)の御もとへも参上なさらずに、大殿(父の邸)へひそかにお帰りになった。横になったけれど、目も合わない。見た夢がはっきりと現実になることも難しいことまで思うと、あの猫の様子がたいそう恋しく思い出される。「それにしても、ひどい過ちをしてしまった身だなあ。世に生きていることも、まぶしいほど恥ずかしくなってしまった」と、恐ろしく、何となく恥ずかしい気持ちがして、外出などもなさらない。女(宮)の御ためにはいうまでもなく、自分の気持ちとしても、たいそうあってはならないことという中でも、恐ろしく思われるので、思いのままに紛れて出歩くこともできない。「帝の御妃と過ちを犯して、それが評判になったとしても、これほど思いつめたことのためなら、身が破滅することも苦しくは思わないだろう。それほどはっきりした罪にはあたらないとしても、この院(源氏)ににらまれ申し上げることは、たいそう恐ろしく恥ずかしく思われる」。
この上ない身分の女性と申しても、少し世慣れた心がまじって、表面は上品でおっとりしていても、内心では従わない心が添っている人こそ、あれこれのことになびいて、男と心を通わせなさる例もあるのだが、この宮は深いお考えもおありでなく、ひたすら物おじしていらっしゃるお心なので、たった今にも人が見聞きしたかのように、まぶしく恥ずかしくお思いになるので、明るい所にさえいざり出ることがおできにならず、たいそう情けない身であったのだと、ご自身でお思い知りになるのであろう。
意訳
柏木は魂が宮のもとに残ったような心地で帰り、犯した過ちの恐ろしさと、源氏ににらまれることへの恐れにおののく。
宮は深い考えもなく、ただ物おじして、人に知られたかのように恥じ、明るい所にも出られない。
語釈・文法注
文法
- 「聞きさす」(聞きさすやうにて出でぬる)
- 聞くのを途中でやめる。宮の声を聞き終えないうちに出てきたこと。
- 「めをそばめらる」(この院にめをそばめられ奉らむこと)
- 目をそばめる、にらむ。源氏ににらまれること。
- 「こめかし」(上はゆゑありこめかしきにも)
- おっとりしている、子どもっぽい。
解説
柏木は、帝の妃との密通であれば身を滅ぼしても悔いはないが、源氏ににらまれることは恐ろしいと思う。柏木にとって源氏は、尊敬する人であると同時に、何よりも恐ろしい存在であった。この恐れが、やがて柏木を病と死へと追いつめていく。
語り手は、世慣れた女性なら密通の相手と心を通わせることもあるが、女三の宮は「ひたおもむきに物おぢし給へる御心」なので、ただ恐れるばかりだと語る。宮は柏木を愛しておらず、ただ恐怖と恥にとらわれている。この心のすれ違いが、二人の悲劇をいっそう深いものにしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、690–691頁(コマ56)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日