源氏物語 第35帖 若菜下(26)
柏木と落葉の宮
そういえば、柏木は中納言になっていた。今上帝の信任も厚く、時の人となる。しかし、身の声望が増しても思いがかなわない嘆きから、女三の宮の姉の女二の宮(落葉の宮)を妻に迎えた。母は身分の低い更衣なので、軽んじる気持ちも混じっている。宮の人柄は普通の人よりはるかに優れているが、柏木の心は初めに思いを寄せた女三の宮に深くとらわれていて、人目に咎められない程度に扱っている。柏木は女三の宮への思いを忘れられず、宮の乳母子の小侍従を語らい人としていた。小侍従の母の姉が柏木の乳母なので、柏木は早くから宮の美しさや、朱雀院の寵愛ぶりを聞いて、思いを寄せ始めたのだった。源氏が紫の上の看病で六条院を離れ、人目が少ないと推し量って、柏木は小侍従を呼んで熱心に頼む。昔からの思いを伝えてきたのに少しもかいがない、朱雀院も、宮が独り寝の夜が多いと聞いて、婿選びを悔い、女二の宮の方がかえって安心だと言ったそうで、気の毒にも残念にも思う、同じ血筋でも、それはそれ、これはこれだと嘆く。小侍従は、宮をそれとおいて、どれほど限りない望みなのかと言う。柏木は、院も帝も自分の求婚を知っていて、そのまま婿になってもよかったと言っていたと言うが、小侍従は、源氏に張り合える身分だと思っていたのか、近頃少し位が上がっただけなのにと、はっきり言う。柏木は言い返せない。

- 1まことにまことにまことに衛衛え門門もん督督かみははは中中ちゅう納納な言言ごんににになりなりなりにににきききかしかしかし。。。今今いまののの御御おん世世よにににはははいといといと親親おやしくしくしくおぼさおぼさおぼされれれててていといといと時時ときののの人人ひとなりなりなり。。。身身みのののおぼえおぼえおぼえまさるまさるまさるにににつけつけつけてててももも思思おもふふう事事ことのののかなはかなはかなわぬぬぬうれはしさうれはしさうれわしさををを思思おもひひい侘侘わびびびててて、、、このこのこの宮宮みやののの御御おん姉姉あねののの二二にの宮宮みやをををなむなむなんえええ奉奉たてまつりりりてててけるけるける。。。下下げ臈臈ろうののの更更こう衣衣い腹腹ばらにににおはしましおはしましおわしましけれけれければばば心心こころやすきやすきやすき方方かたまじりまじりまじりててて思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。人人ひとがらがらがらもももなべてなべてなべてののの人人ひとににに思思おもひひいなずらふれなずらふれなずらうればばばけはひけはひけわいこよなくこよなくこよなくおはすれおはすれおわすれどどど、、、もとよりもとよりもとよりしみしみしみにににししし方方かたこそこそこそ猶猶なお深深ふかかりかりかりけれけれけれ。。。慰慰なぐさめめめ難難かたきききをををばばばすてすてすてにてにてにて人人ひと目目めににに咎咎とがめめめらるらるらるまじきまじきまじきばかりばかりばかりにににもてなしもてなしもてなし聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。猶猶なおかのかのかのしたしたしたののの心心こころ忘忘わすららられれれずずず小小こ侍侍じ從從じゅうととといふいふいうかたらひかたらひかたらい人人びとははは、、、宮宮みやののの御御おん侍侍じ從從じゅうのののめのとめのとめのとのののむすめむすめむすめなりなりなりけりけりけり。。。そのそのそのめのとめのとめのとののの姉姉あねぞぞぞこのこのこのかんかんかんののの君君きみののの御御おんめのとめのとめのとなりなりなりけれけれければばば早早はやくくくよりよりより氣氣け近近じかくくく聞聞きききき奉奉たてまつりりりててて、、、まだまだまだ宮宮みや幼幼おさなくくくおはしましゝおはしましゝおわしましし時時ときよりよりよりいといといと淸淸きよらららににになむなむなんおはしますおはしますおわします。。。みかどみかどみかどのののかしづきかしづきかしずき奉奉たてまつりりり給給たまふふうさまさまさまなどなどなど聞聞ききききおきおきおき奉奉たてまつりりりてててかゝるかゝるかかる思思おもひひいもももつきつきつきそめそめそめたるたるたるなりなりなりけりけりけり。。。
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現代語訳
そういえば、衛門督(柏木)は中納言になっていたのだった。今の御代には、帝にたいそう親しくお思いになられて、たいそう時めく人である。身の声望が増すにつけても、思うことのかなわない嘆かわしさを思いわびて、この宮(女三の宮)の御姉の二の宮(落葉の宮)を妻としてお迎え申し上げたのだった。宮は身分の低い更衣腹でいらっしゃったので、軽く見る気持ちもまじってお思い申し上げていらっしゃった。人柄も、普通の人に比べれば、雰囲気はこの上なく優れていらっしゃるけれど、もともと心にしみついた方(女三の宮)への思いこそ、やはり深かった。慰めがたい思いはそのままにして、人目に咎められない程度にお扱い申し上げていらっしゃった。やはりあの内に秘めた思いを忘れられず、小侍従という相談相手は、宮の御侍従で乳母である人の娘であった。その乳母の姉が、この督の君(柏木)の御乳母だったので、柏木は早くから宮のことを身近にお聞き申し上げて、まだ宮が幼くいらっしゃった時から、たいそう美しくいらっしゃること、帝(朱雀院)が大切にお育て申し上げていらっしゃる様子などを聞いておいて、このような思いも抱き始めたのだった。
こうして院(源氏)も六条院を離れていらっしゃる間、人目が少なく、ひっそりとしているだろうと推し量って、柏木は小侍従を迎え取っては、熱心に語らう。「昔から、このように命も耐えられそうにないほど思っていることを、このような親しい縁があって、宮のご様子を聞き伝え、耐えきれない心のほどもお耳に入れていただいて頼もしく思っていたのに、まったくそのかいがないので、ひどくつらい。院の上(朱雀院)でさえ、『このように源氏の院が大勢の方々に心を分けていて、宮が人に圧倒されていらっしゃるようで、一人でお休みになる夜々が多く、退屈にお過ごしになっているそうだ』などと人が奏上したついでにも、少し後悔していらっしゃるご様子で、『同じことなら、臣下の気楽な後見を定めるならば、誠実にお仕えするはずの人をこそ選ぶべきだった』とおっしゃって、『女二の宮の方が、かえって安心で、末長い様子でいらっしゃるそうだ』とおっしゃったのを伝え聞いて、気の毒にも残念にも、どれほど思い乱れたことか。なるほど同じ血筋の方をと思ってお迎え申し上げたが、それはそれ、これはこれと思われるものだったのだ」と、うめき声を上げなさるので、小侍従は、「まあ、何と大それたことを。その二の宮をそれとしてさしおき申し上げなさって、そのうえどれほど限りないお心なのでしょう」と言うと、柏木はほほえんで、「そういうものなのだ。宮に恐れ多くも求婚申し上げた様子は、院(朱雀院)にも帝にもお聞きになっていた。『どうして、そのまま婿としてお仕えさせなかったのだろう』と、何かのついでにはおっしゃっていたのだ。いやもう、ほんの少しのお目こぼしがあったなら」などと言うと、小侍従は「たいそう難しいことでございます。ご宿縁とかいうものがございますのを基として、あの院(源氏)がことさらに進み出て熱心にお申し込みになったのに、肩を並べてお妨げ申し上げなさることのできるご声望だと、お思いになっていたのでしょうか。この頃になってようやく少し重々しくなって、御衣の色も深くおなりになったのに」と言うと、柏木は、言いようもなく早口で強情な口ぶりに、言い終えることもおできにならず、「今はもうよい、過ぎたことは申し上げまいよ。
意訳
柏木は中納言となり、女三の宮の姉の落葉の宮を妻に迎えるが、女三の宮への思いは消えない。
源氏が六条院を離れている間に、柏木は小侍従に宮への思いを訴え、小侍従は身分違いをはっきり指摘する。
語釈・文法注
文法
- 「時の人」(いと時の人なり)
- 時めいている人、時勢に乗っている人。
- 「あなおほけな」(いであなおほけな)
- 形容詞「おほけなし」の語幹。「まあ、何と大それたこと」。
- 「御ぞの色も深く」(御ぞの色も深くなり給へれ)
- 官位が上がると、袍の色が深くなる。中納言となって、三位相当の濃い紫の袍を着るようになったこと。
解説
柏木は、女三の宮の身代わりとして姉の落葉の宮を妻に迎えるが、心は少しも慰められない。「下臈の更衣腹」という身分への軽視も、柏木の傲慢さを示している。のちに落葉の宮は、柏木の死後、夕霧との関係で物語の重要な人物となる。
小侍従の「かの院のことに出でゝねんごろに聞え給ふに立ち並び妨げ聞えさせ給ふべき御身のおぼえとやおぼされし」という言葉は、身分の現実を厳しく突きつけるものである。しかし柏木はそれでも引き下がらず、小侍従にさらに迫っていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、682–685頁(コマ52–53)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日