源氏物語 第35帖 若菜下(25)
紫の上の重態
六条院中が騒ぎ、嘆く人が多い。冷泉院も聞いて嘆く。夕霧たちは、紫の上が亡くなれば源氏も必ず出家するだろうと、心を尽くして看病する。少し意識がはっきりする時、紫の上は、出家を許してくれないことを恨むが、源氏は、命の限りで別れるよりも、目の前で自分から姿を変えて捨てられるのを見ては、片時も耐えられないほど悲しい、自分こそ出家の本意が深いのに、あなたを思って留まっているのに、逆に自分を捨てようとするのかと惜しむ。紫の上はいよいよ弱り、最期かと見える時も多く、源氏は女三の宮のもとにもまったく行かない。琴も片づけられ、六条院の人々は皆二条院に集まり、六条院は火が消えたようで、一人の人の存在がこれほど大きかったのかと思われる。明石の女御も来て看病する。紫の上は、懐妊中の女御に、物の怪が恐ろしいので早く帰るようにと言い、若宮を見て、大きくなるのを見られないだろう、忘れてしまうでしょうねと泣き、女御も涙をこらえきれない。源氏は、心の広い人は幸いが続き、心のおだやかな人は長生きするものだと言い、仏神にも紫の上の心ばえのありがたさを申し上げる。僧たちも心を尽くして祈る。少しよいかと思うと、また重くなり、物の怪も現れず、ただ日に日に弱っていく。

- 1院院いんののの內內うちゆすりゆすりゆすり滿滿みちちちててて思思おもひひい歎歎なげくくく人々人々ひとびと多多おおかりかりかり。。。冷冷れい泉泉ぜい院院いんもももきこしきこしきこし召召めしししなげくなげくなげく。。。このこのこの人人ひとうせうせうせ給給たまははわゞゞば院院いんももも必必かならずずず世世よををを背背そむくくく御御おんほいほいほい遂遂とげげげ給給たまひひいてててむむんととと、、、大大だい將將しょうののの君君きみなどなどなどももも心心こころ盡盡つくしししててて見見み奉奉たてまつりりりあつかひあつかひあつかい給給たまふふう。。。御御おんずずずほふほふほうなどなどなどははは、、、大方大方おおかたのののをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて、、、取取とりりり分分わきききててて仕仕つかうまつらうまつらうまつらせせせ給給たまふふう。。。聊聊いささか物物ものおぼしおぼしおぼしわくわくわくひまひまひまにににははは、、、「「「聞聞きこゆるゆるゆる事事ことをををさささももも心心こころうくうくうく」」」とととのみのみのみ怨怨うらみみみ聞聞きこえええ給給たまへへえどどど「「「限限かぎりありありありててて別別わかれれれはてはてはて給給たまははわむむんよりよりよりももも目目めののの前前まえににに我我わががが心心こころととと窶窶やつしししすてすてすて給給たまははわむむん御御おん有樣有樣ありさまををを見見みてててははは、、、更更さらににに片片かた時時ときたふたふたうまじくまじくまじくのみのみのみ惜惜おしくしくしく悲悲かなしかるしかるしかるべけれべけれべければばば、、、昔昔むかしよりよりよりみづからみづからみずからぞぞぞかゝるかゝるかかるほいほいほい深深ふかきききををを、、、とまりとまりとまりてててさうざうしくさうざうしくそうぞうしくおぼさおぼさおぼされれれむむん心苦心苦こころぐるしさしさしさにににひかひかひかれれれつゝつゝつつすぐすすぐすすぐすををを、、、さかさまさかさまさかさまににに打打うちちち捨捨すててて給給たまははわむむんとととやややおぼすおぼすおぼす」」」とととのみのみのみ惜惜おしみみみ聞聞きこえええ給給たまふふうににに、、、げにげにげにいといといとたのみたのみたのみがたげがたげがたげににによわりよわりよわりつゝつゝつつ限限かぎりのののさまさまさまににに見見みえええ給給たまふふう折々折々おりおり多多おおかるかるかるををを、、、いかさまいかさまいかさまにににせせせむむんとととおぼしおぼしおぼし惑惑まどひひいつゝつゝつつ宮宮みやののの御御おん方方かたにににもももあからさまあからさまあからさまにににわたりわたりわたり給給たまははわずずず。。。御御おん琴琴ことどもどもどもゝゝも凄凄すさまじくまじくまじくててて皆皆みなひきひきひき込込こめめめられられられ、、、院院いんのののうちうちうちののの人々人々ひとびとははは皆皆みなあるあるあるかぎりかぎりかぎり二二に條條じょう院院いんにににつどひつどひつどい參參まいりりりててて、、、このこのこの院院いんにににははは火火ひをををけちけちけちたるたるたるやうやうようにてにてにて唯唯ただ女女おんなどちどちどちおはしおはしおわしててて人人ひとひとりひとりひとりののの御御おんけはひけはひけわいなりなりなりけりけりけりととと見見みゆゆゆ。。。
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現代語訳
六条院の中は大騒ぎになって、思い嘆く人々が多かった。冷泉院もお聞きになって嘆かれる。この人がお亡くなりになったら、院(源氏)も必ず世を背く本意をお遂げになるだろうと、大将の君(夕霧)なども心を尽くして看病申し上げなさる。御修法などは、普通のものはもちろんのこと、源氏が特別に行わせなさる。紫の上は少し物事がおわかりになる間には、「お願い申し上げることを、そんなにもつらく退けなさって」とばかりお恨み申し上げなさるけれど、源氏は、「命に限りがあってお別れしてしまうよりも、目の前で自分から姿を変えて世を捨てなさるお姿を見ては、まったく片時も耐えられないほど、惜しく悲しいに違いないので。昔から私自身こそ、このような出家の本意が深いのに、後に残ってあなたが寂しくお思いになるだろうという心苦しさに引かれて過ごしているのに、逆に私を見捨てようとお思いなのか」とばかり惜しみ申し上げなさるが、紫の上は本当にたいそう頼りなさそうに弱っていかれて、もう最期かとお見えになる折々が多いので、源氏はどうしたらよいかとお思い惑いになりながら、宮の御方にもちょっとの間もお渡りにならない。御琴類も興ざめして皆しまい込まれ、六条院の人々は皆、ありったけ二条院に集まって参上して、六条院は火を消したようで、ただ女の方々ばかりがいらっしゃって、一人の人(紫の上)のお力であったのだと見える。
女御の君もお越しになって、源氏と一緒に看病申し上げなさる。紫の上は「普通のお体でもいらっしゃらないのに、物の怪などがたいそう恐ろしいので、早く宮中にお戻りなさい」と、苦しいご気分の中でも申し上げなさる。若宮がたいそうかわいらしくていらっしゃるのを拝見なさっても、ひどくお泣きになって、「大きくおなりになるのを、私は拝見できなくなってしまうでしょう。私のことなどお忘れになってしまうでしょうね」とおっしゃるので、女御は涙をこらえきれず、悲しいとお思いになった。源氏は、「縁起でもない、そのようにお思いになりますな。いくら何でも悪いことにはおなりにならないだろう。心次第で、人はどのようにもなるものだ。心構えの広い器量の人には、幸いもそれに従い、狭い心の人は、そうなる宿縁で、高い身分になっても、ゆったりとのびやかなところは劣り、性急な人は長続きせず、心がのんびりとおだやかな人は、長生きの例が多いものだ」などと、仏神にも、紫の上のお心ばえのめったにないことと、罪の軽い様子を申し上げてお願いなさる。
御修法の阿闍梨たちや、夜居などでも近くにお仕えする高僧たちは、源氏がたいそうこのようにお思い惑いになっているご様子を聞くと、たいそうひどくお気の毒なので、心を奮い起こしてお祈り申し上げる。少しよいご様子にお見えになる時が、五、六日混じりながら、また重くなってお苦しみになることが、いつまでということもなく月日が過ぎていくので、やはりどうおなりになるのだろう、治らないご病気なのだろうかと、源氏はお嘆きになる。御物の怪などといって出てくるものもない。お苦しみになる様子は、どこがどうと見えない。ただ日に日に弱っていかれる様子ばかりに見えるので、源氏はたいそうたいそう悲しく、ひどくお思いになって、お心の休まる暇もないようである。
意訳
紫の上の病は重く、六条院の人々は皆二条院に集まり、六条院は火が消えたようになる。紫の上は出家を願うが、源氏は許さない。
紫の上は若宮を見て泣き、源氏は仏神に紫の上の徳を申し上げて祈るが、病は日に日に重くなる。
語釈・文法注
文法
- 「人ひとりの御けはひなりけり」(人ひとりの御けはひなりけりと見ゆ)
- 六条院のにぎわいは、紫の上一人の存在によるものだったのだ、ということ。
- 禁止の「な…そ」(ゆゝしくかくなおぼしそ)
- 「縁起でもない、そのようにお思いになりますな」。
- 「おきてひろきうつはもの」(おきてひろきうつはものにはさいはひも其に隨ひ)
- 心構えの広い器量の人。
解説
紫の上が二条院に移ると、六条院は「火をけちたるやうに」なる。華やかな六条院は、実は紫の上一人の存在によって支えられていたのである。この表現は、紫の上が六条院の真の女主人であったことを、何よりも雄弁に物語っている。
源氏は紫の上の出家をなおも許さない。「目の前に我が心と窶しすて給はむ御有樣を見ては」という言葉は、紫の上を失うことへの恐れと、紫の上が自分から離れていくことへの拒絶とが入り混じった、源氏の深い執着を示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、682–683頁(コマ52)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日