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源氏物語 第35帖 若菜下(21)

紫の上の厄年

登場人物:光源氏・紫の上

紫の上は今年三十七歳、女の厄年である。源氏は、長年のことを思い出しながら、今年は特に祈祷をして慎むように、大がかりなことをするなら自分が手配しよう、故僧都がいないのが残念だと言う。そして、自分は幼い頃から人に異なる様子で育ち、今の声望は比類がないが、悲しい目にあうことも人よりまさっていた、愛する人々に先立たれ、生き残った晩年にも悲しく思うことが多いが、その代わりに今まで長生きしているのだろうと語る。あなたは須磨の別れのほかには、心を乱すような物思いはなかっただろう、后や高貴な人々も皆、物思いが絶えないものだが、親の家の窓の内にいるように気楽に過ごしてきたのは、人に勝る幸運だと思わないか、宮が来たのはつらいだろうが、そのためにいっそう深まった愛情を、自分のことだから気づかないのだろうかと言う。紫の上は、頼りない身には過ぎた幸運に見えるでしょうが、心に絶えない嘆きがあるのが、自分の祈りなのでしょうと、言い残したことがありそうな様子で答える。そして、自分は先が長くない気がするので、今年もこのまま過ごすのは不安だ、以前から申し上げていることをお許しいただけたらと出家を願う。源氏は、とんでもない、あなたがいなくなった世に残って何のかいがあろうか、明け暮れ隔てなく過ごす嬉しさこそこの上ないと言って許さない。紫の上が涙ぐむのを、源氏はいとおしく思い、何かと言い紛らす。

六条院の対の屋で、紫の上が出家の許しを願い、源氏が言葉を尽くして思いとどまらせようとしている場面(AI生成)
六条院の対の屋で、紫の上が出家の許しを願い、源氏が言葉を尽くして思いとどまらせようとしている場面
  1. 1今こ今ここ年とし年としとしははは三さん三さんさん十じふ十じふじゅう七しち七しちしちにににぞぞぞなりなりなりたまふたまふたまう。。。見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまひひいししし年とし年としとし月つき月つきつきのののことことことなどなどなどももも哀あはれ哀あはれあわれにににおぼしおぼしおぼし出い出いいでででたるたるたるついでついでついでににに「「「さるべきさるべきさるべき御おん御おんおんいのりいのりいのりなどなどなど常つね常つねつねよりよりより取と取ととりりり分わ分わわきききててて今こ今ここ年とし年としとしははは愼つゝし愼つゝしつつしみみみ給たま給たまたまへへえ。。。物もの物ものもの騷さわが騷さわがさわがしくしくしくのみのみのみありありありててて、、、思おも思おもおもひひい至いた至いたいたらららぬぬぬことことことしもしもしもあらあらあらむむんををを、、、猶なほ猶なほなおおぼしおぼしおぼしめぐらしめぐらしめぐらしててておほきおほきおおきなるなるなる事こと事ことことどもどもどもししし給たま給たまたまははわゞゞばおのづからおのづからおのずからせせせさせさせさせてててむむん。。。故こ故ここ僧そう僧そうそう都づ都づずののの物もの物ものものししし給たま給たまたまははわずずずなりなりなりにににたるたるたるこそこそこそいといといと口惜くちを口惜くちをくちおしけれしけれしけれ。。。大方おほかた大方おほかたおおかたにてにてにて打う打ううちちちたのまたのまたのまむむんにににももも、、、いといといとかしこかりかしこかりかしこかりししし人ひと人ひとひとををを」」」などなどなどののの給のたま給のたまのたまひひい出い出いいづづず。。。
  2. 2「「「自みづか自みづかみずからららはははをさなくをさなくおさなくよりよりより、、、人ひと人ひとひとににに異こと異ことことなるなるなるさまさまさまにてにてにてことごとしくことごとしくことごとしくおひおひおい出い出いいでででゝゝて、、、今いま今いまいまののの世よ世よよのののおぼえおぼえおぼえありさまありさまありさま、、、來こ來ここししし方かた方かたかたにににたぐひたぐひたぐいなくなくなくなむなむなんありありありけるけるける。。。されどされどされど又また又またまた世よ世よよにににすぐれすぐれすぐれててて悲かな悲かなかなしきしきしきめめめををを見み見みみるるる方かた方かたかたももも人ひと人ひとひとにににはははまさりまさりまさりけりけりけりかしかしかし。。。まづまづまずははは思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひとにににさまざまさまざまさまざま後おく後おくおくれれれ殘のこ殘のこのこりりりとまれとまれとまれるるる齡よはひ齡よはひよわいののの末すゑ末すゑすえにににももも、、、飽あ飽ああかかかずずず悲かな悲かなかなしししととと思おも思おもおもふふうことことこと多おほ多おほおおくくくあぢきなくあぢきなくあじきなくさるさるさるまじきまじきまじきことことことにににつけつけつけてててもももあやしくあやしくあやしく物もの物ものものおもはしくおもはしくおもわしく、、、心こころ心こころこころにににあかあかあかずずず覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆることことことそひそひそいたるたるたる身み身みみにてにてにてすぎすぎすぎぬれぬれぬればばば、、、それそれそれにににかへかへかへてててややや思おも思おもおもひひいしししほどほどほどよりよりよりははは今いま今いまいままでまでまでもももながらふるながらふるながらうるならならならむむんとととなむなむなん思おも思おもおもひひい知し知ししらららるゝるゝるる。。。君きみ君きみきみののの御おほん御おほんおん身み身みみにににははは、、、かのかのかのひとひとひとふしふしふしのののわかれわかれわかれよりよりよりあなたあなたあなたこなたこなたこなた物思ものおも物思ものおもものおもひひいとてとてとて、、、心こころ心こころこころ亂みだ亂みだみだりりり給たま給たまたまふふうばかりばかりばかりのののことことことあらあらあらじじじとととなむなむなん思おも思おもおもふふう。。。后きさき后きさききさきととといひいひいい、、、ましてましてましてそれそれそれよりよりより次つぎ次つぎつぎ々つぎ々つぎつぎはははやんごとなきやんごとなきやんごとなき人ひと人ひとひとととといへいへいえどどど、、、皆みな皆みなみな必かなら必かならかならずずず安やす安やすやすからからからぬぬぬ物思ものおも物思ものおもものおもひひいそふそふそうわざわざわざなりなりなり。。。高たか高たかたかきききまじらひまじらひまじらいにににつけつけつけてててももも心こころ心こころこころみだれみだれみだれ人ひと人ひとひとににに爭あらそ爭あらそあらそふふう思おも思おもおもひひいののの絕た絕たたえええぬぬぬもももやすげやすげやすげなきなきなきををを、、、親おや親おやおやのののまどまどまどのののうちうちうちながらながらながらすぐしすぐしすぐし給たま給たまたまへへえるるるやうやうようなるなるなる心こころ心こころこころやすきやすきやすきことことことはははなしなしなし。。。そのそのそのかたかたかたははは人ひと人ひとひとににに勝すぐ勝すぐすぐれれれたりたりたりけるけるけるすくせすくせすくせとととはははおぼしおぼしおぼししるしるしるややや。。。思おも思おもおもののの外ほか外ほかほかにににこのこのこの宮みや宮みやみやのののかくかくかく渡わた渡わたわたりりり物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえるるるこそこそこそはははなまなまなまぐるしかるぐるしかるぐるしかるべけれべけれべけれどどど、、、それそれそれにににつけつけつけてててはははいとゞいとゞいとど加くは加くはくわふるふるうる志こころざし志こころざしこころざしのののほどほどほどををを、、、御おん御おんおんみづからみづからみずからののの上うへ上うへうえなれなれなればばばおぼしおぼしおぼし知し知ししらららずずずやややあらあらあらむむん。。。物もの物ものものののの心こころ心こころこころももも深ふか深ふかふかくくく知し知ししりりり給たま給たまたまふふうめれめれめればばば、、、さりともさりともさりともとととなむなむなん思おも思おもおもふふう」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえばばば、、、
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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

紫の上は今年は三十七歳におなりになる。源氏は、ともに過ごしてこられた年月のことなどもしみじみとお思い出しになったついでに、「しかるべき御祈祷などを、いつもより特別に、今年はお慎みなさい。私は何かと騒がしくばかりあって、気がつかないこともあるだろうから、やはりあなたがお考えめぐらしになって、大がかりなことをなさるなら、私が自然と手配させよう。故僧都(紫の上の祖母の兄)がいらっしゃらなくなったのが、たいそう残念だ。一通りのことでお頼みするにも、たいそう優れた人だったのに」などと、おっしゃり出す。

「私は幼い時から、人とは違った様子で仰々しく育って、今の世の声望や有様は、過去にも例がないほどだった。けれどもまた、世に優れて悲しい目を見ることも、人よりまさっていたよ。まず愛する人々にさまざまに先立たれ、生き残った晩年にも、心から悲しいと思うことが多く、つまらないことにつけても妙に物思いがちで、心に満足できないと思うことが添った身で過ごしてきたので、それと引き換えに、思っていたよりは今まで長生きしているのだろうと、思い知られる。あなたの御身には、あの一度の別れ(須磨の別れ)のほかには、あれこれ物思いといって、お心を乱すほどのことはなかっただろうと思う。后といっても、まして、それより下の高貴な人々でも、皆必ず心穏やかでない物思いが添うものだ。高貴な宮仕えにつけても、心が乱れ、人と争う思いが絶えないのも心安らかでないのに、親の家の窓の内で過ごしていらっしゃるような気楽なことはない。その点では、人に勝った宿縁だとお分かりになるか。思いのほかに、この宮がこのようにお越しになったのは、何となく心苦しいことだろうが、それにつけては、いっそう加わった私の愛情のほどを、ご自身のことだから、お気づきにならないのだろうか。物の道理も深くおわかりのようだから、それでもわかってくださるだろうと思う」と申し上げなさると、

紫の上は、「おっしゃるとおり、頼りない身には過ぎた、外から見た評判はあるでしょうが、心に絶えない嘆かわしさばかりが添っているのは、それが私自身の祈りなのでしょうか」と言って、言い残したことが多そうな様子が、こちらが気後れするほどである。「本当のところ、たいそう行く先が短いような気がしますのに、今年もこのように知らない顔をして過ごすのは、たいそう不安です。以前から申し上げていることを、どうにかしてお許しいただけたら」と申し上げなさる。源氏は、「それこそあってはならないことだ。そうして私から離れておしまいになった世に残って、何のかいがあろうか。ただこのように何ということもなく過ぎていく年月だけれど、明け暮れ隔てなく一緒にいるうれしさだけが、この上なく思われるのだ。やはり、私の格別な心のほどを最後まで見届けてください」とばかり申し上げなさるので、紫の上は、いつものことだと心穏やかでなく、涙ぐんでいらっしゃる様子を、源氏はたいそういとおしいと拝見なさって、何かと言い紛らしなさる。

意訳

源氏は厄年の紫の上に慎むように言い、紫の上には須磨の別れのほかに物思いはなかっただろう、人に勝る幸運だと語る。

紫の上は、心に絶えない嘆きがあると答えて出家を願うが、源氏は許さず、紫の上は涙ぐむ。

語釈・文法注

文法

「三十七」(今年は三十七にぞなりたまふ)
女性の厄年とされた年齢。
「ひとふしのわかれ」(かのひとふしのわかれより)
一度の別れ。源氏の須磨退去による別れをいう。
「さはみづからのいのりなりける」(心に絶えぬ物なげかしさのみうち添ふや、さはみづからのいのりなりける)
「それが私自身の祈り(の支え)だったのでしょう」。絶えない嘆きがあるからこそ、仏に祈る心が保たれているという意味とされる。

解説

源氏が紫の上に「人に勝れたりけるすくせ」と言うのは、源氏の目から見た紫の上の人生である。しかし紫の上は「心に絶えぬ物なげかしさのみうち添ふ」と答える。女三の宮の降嫁以来、紫の上が抱えてきた苦しみは、源氏にはついに理解されない。この会話のすれ違いが、二人の関係の悲劇を象徴している。

紫の上の出家の願いは、ここでも退けられる。源氏の「明暮のへだてなき嬉しさ」という言葉は真実の愛情であるが、それは紫の上の苦しみを顧みない、源氏の側の都合でもある。この直後、紫の上は発病する。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、678–679頁(コマ50)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日