源氏物語 第35帖 若菜下(17)
春秋の論
夜が更け、風が冷ややかになり、臥待の月がわずかに出る。源氏が、春の朧月夜もよいが、秋の哀れは虫の声と合わさって格別だろうと言うと、夕霧は、秋の夜の月は何もかもはっきりして琴笛も澄むが、作り合わせたようで限りがある、春の霞の間の朧月に笛を吹き合わせる方が、艶やかに澄みのぼる、女は春をあわれむと古人も言ったと答える。源氏は、昔から人が決めかねたことを、末の世の者が決めることはできまいと言い、今の名手たちも、この女楽に混ぜれば劣るだろうと言って、夕霧に意見を求める。夕霧は、昔のことを知らないからか、柏木の和琴や蛍兵部卿宮の琵琶が今の名手と言われるが、今夜の音はどれも劣らず驚いた、唱歌もしにくいほどだと言い、とりわけ紫の上の和琴は、致仕の大臣にも劣らず見事だったとほめる。源氏は得意顔でほほえみ、悪くない弟子たちだ、琵琶は自分が教えたわけではないが、昔明石で初めて聞いた時よりも格段に上達したと、自分の手柄のように言うので、女房たちは突つき合う。

- 1夜夜よ更更ふけけけ行行ゆくくく風風かぜのののけはひけはひけわいひやゝかひやゝかひややかなりなりなり。。。臥臥ふしまちまちまちののの月月つきはつかはつかはつかにににさしさしさし出出いでででたるたるたる心心こころもとなしもとなしもとなしややや。。。「「「春春はるのののおぼろおぼろおぼろ月月ずき夜夜よよよよ、、、秋秋あきののの哀哀あわれはたはたはたかうかうこうやうやうようなるなるなる物物もののののねねねににに蟲蟲むしののの聲聲こえよりよりより合合あわせせせたるたるたる、、、たゞたゞただならならならずずずこよなくこよなくこよなく響響ひびきききそふそふそう心地心地ここちすすすかしかしかし」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば大大だい將將しょうののの君君きみ「「「秋秋あきののの夜夜よののの隈隈くまなきなきなき月月つきにににははは萬萬よろずののの物物もののののとゞこほりとゞこほりとどこおりなきなきなきににに琴琴こと笛笛ふえののの音音ねもももあきらかあきらかあきらかににに澄澄すめめめるるる心地心地ここちはははししし侍侍はべれれれどどど猶猶なお殊殊こと更更さらににに作作つくりりり合合あわせせせたるたるたるやうやうようなるなるなる空空そらののの氣色氣色けしき花花はなののの露露つゆもももいろいろいろいろいろいろめめめ移移うつろひろひろい心心こころちりちりちりてててかぎりかぎりかぎりこそこそこそ侍侍はべれれれ。。。春春はるののの空空そらのののたどたどしきたどたどしきたどたどしき霞霞かすみののの間間まよりよりより朧朧おぼろなるなるなる月月つきかげかげかげににに靜靜しずかににに吹吹ふききき合合あわせせせたるたるたるやうやうようにににははは、、、いかでいかでいかでかかか笛笛ふえのののねねねなどなどなどももも艶艶えんににに澄澄すみみみのぼりのぼりのぼりはてはてはてなむなむなん。。。女女おんなははは春春はるをををあはれむあはれむあわれむとととふるきふるきふるき人人ひとのののいひいひいい置置おききき侍侍はべりりりけるけるける、、、げにげにげにさささなむなむなん侍侍はべりりりけるけるける。。。なつかしくなつかしくなつかしくものものものゝゝのとゝのほるとゝのほるととのおることことことははは春春はるののの夕暮夕暮ゆうぐれこそこそこそことことことににに侍侍はべりりりけれけれけれ」」」ととと申申もうししし給給たまへへえばばば「「「いないないなこのこのこのさだめさだめさだめよよよ。。。いにしへいにしへいにしえよりよりより人人ひとのののわきわきわきねねねたるたるたることことことををを末末すえののの世世よにににくだれくだれくだれるるる人人ひとのののえええあきらめあきらめあきらめはつはつはつまじくまじくまじくこそこそこそ。。。物物もののののしらべしらべしらべごくごくごくのののものものものどもどもどもはははしもしもしもげにげにげにりちりちりちをををばばば次次つぎのののものものものにににしししたるたるたるはははさささもももありありありかしかしかし」」」などなどなどののの給給のたまひひいててて「「「いかにいかにいかに只只ただ今今いまいうそくいうそくいうそくのののおぼえおぼえおぼえたかきたかきたかきそのそのその人人ひとかのかのかの人人ひとごぜんごぜんごぜんなどなどなどにてにてにて度度たび々々たび試試こころみみみさせさせさせ給給たまふふうにににすぐれすぐれすぐれたるたるたるははは數數かず少少すくなくくくなりなりなりためためためるるるをををそのそのそのこのかみこのかみこのかみととと思思おもへへえるるる上手上手じょうずどもどもどもいくばくいくばくいくばくえええまねびまねびまねび取取とらららぬぬぬにににやややあらあらあらむむん。。。このこのこのがくがくがくほのかほのかほのかなるなるなる女女おんなたちたちたちののの御御おん中中なかにににひきひきひきまぜまぜまぜたらたらたらむむんにににきはきはきわ離離はなるるるべくべくべくこそこそこそ覺覺おぼえええねねね。。。年年とし比比ごろかくかくかくうもれうもれうもれてててすぐすすぐすすぐすににに耳耳みみなどなどなどももも少少すこしししひがひがしくひがひがしくひがひがしくなりなりなりにににたるたるたるにににやややあらあらあらむむん。。。口惜口惜くちおしうしうしゅうなむなむなん怪怪あやしくしくしく人人ひとのののざえざえざえはかなくはかなくはかなくとりとりとりするするすることことことゞもゞもどもゝゝも物物もののののはえはえはえありありありてててまさるまさるまさる所所ところなるなるなる。。。そのそのその御御お前前まえののの御御おんあそびあそびあそびなどなどなどにににひとひとひときざみきざみきざみにににえらばえらばえらばるゝるゝるる人々人々ひとびと、、、それそれそれかれかれかれととといかにいかにいかにぞぞぞ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば
- 2大大だい將將しょう「「「それそれそれをををなむなむなんとりとりとり申申もうさささむむんととと思思おもひひい侍侍はべりりりつれつれつれどどどあきらかあきらかあきらかならならならぬぬぬ心心こころのののまゝまゝままにににおよすげおよすげおよすげてててやややはははととと思思おもひひい給給たまふるふるうる。。。のぼりのぼりのぼりてててののの世世よををを聞聞きききき合合あわせせせ侍侍はべらららねねねばばばにににややや、、、衛衛え門門もん督督かみのののわごんわごんわごん、、、兵兵ひょう部部ぶ卿卿きょうののの宮宮みやののの御御おん琵琵び琶琶わなどなどなどをををこそこそこそこのこのこの比比ごろ珍珍めずららからからかなるなるなるためしためしためしににに引引ひききき出出いででで侍侍はべるるるめれめれめれ。。。げにげにげにかたはらかたはらかたわらなきなきなきををを、、、こよひこよひこよいうけたまはるうけたまはるうけたまわるものものものゝゝの音音ねどもどもどもののの皆皆みな等等ひとしくしくしく耳耳みみ驚驚おどろききき侍侍はべれれればばば、、、猶猶なおかくかくかくわざとわざとわざともももあらあらあらぬぬぬ御御おんあそびあそびあそびとととかねてかねてかねて思思おもひひい給給たまへへえたゆみたゆみたゆみけるけるける心心こころののの騷騷さわぐぐぐにににややや侍侍はべらららむむん、、、さうがさうがそうがなどなどなどいといといと仕仕つかうまつりうまつりうまつりにくゝにくゝにくくなむなむなん。。。和和わ琴琴ごんはははかのかのかのおとゞおとゞおとどばかりばかりばかりこそこそこそかくかくかく折折おりにににつけつけつけてててこしらへこしらへこしらえなびかしなびかしなびかしたるたるたるねねねなどなどなど、、、心心こころにににまかせまかせまかせててて掻掻かききき立立たててて給給たまへへえるるるはははいといといとことことことにににものしものしものし給給たまへへえ。。。をさをさをさをさおさおさきはきはきわ離離はなれれれぬぬぬものものものににに侍侍はべるるるめるめるめるををを、、、いといといとかしこくかしこくかしこく整整ととのひひいてててこそこそこそ侍侍はべりりりつれつれつれ」」」とととめでめでめで聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「いといといとさささことごとしきことごとしきことごとしききはきはきわにににはははあらあらあらぬぬぬをををわざとわざとわざとうるはしくうるはしくうるわしくももも取取とりりりなさなさなさるゝるゝるるかなかなかな」」」とてとてとてえたりえたりえたり顏顏がおにににほゝゑみほゝゑみほほえみ給給たまひひいけりけりけり。。。「「「けしうけしうけしゅうはははあらあらあらぬぬぬ弟弟で子子しどもどもどもなりなりなりかしかしかし。。。琵琵び琶琶わはははしもしもしもこゝこゝここににに口口くち入入いるるるべきべきべきことことことまじらまじらまじらぬぬぬををを、、、さささいへいへいえどどど物物もののののけはひけはひけわいことことことなるなるなるべしべしべし。。。覺覺おぼえええぬぬぬ所所ところにてにてにて聞聞きききき始始はじめめめたりたりたりしししににに珍珍めずらしきしきしき物物ものののの聲聲こえかなかなかなとととなむなむなん覺覺おぼえええしかしかしかどどど、、、そのそのその折折おりよりよりよりははは又又またこよなくこよなくこよなくまさりまさりまさりにににたるたるたるをををややや」」」とととせめてせめてせめてわれわれわれがしこがしこがしこににに喞喞かこちちちなしなしなし給給たまへへえばばば女房女房にょうぼうなどなどなどははは少少すこしししつきつきつきしろふしろふしろう。。。
現代語訳
夜が更けていく風の様子は冷ややかである。臥待の月がわずかに出たのは、待ち遠しかったことよ。源氏が、「春の朧月夜よ。秋の哀れは、またこのような楽の音に虫の声を合わせたのが、並々でなくこの上なく響き添う感じがするよ」とおっしゃると、大将の君(夕霧)は、「秋の夜の隈のない月には、すべてのものが滞りなく見えるので、琴や笛の音も明らかに澄んだ感じはいたしますが、やはりことさら作り合わせたような空の様子や、花の露も色々と目移りがして心が散って、限りがございます。春の空のおぼつかない霞の間から、朧な月影に静かに吹き合わせたようなのには、どうして笛の音なども、あれほど艶やかに澄みのぼりきることができましょう。『女は春をあわれむ』と昔の人が言いおきましたが、なるほどそのとおりでございます。心ひかれて物の音が整うことは、春の夕暮れこそ格別でございます」と申し上げなさると、源氏は、「いや、この判定よ。昔から人が決めかねたことを、末の世に下った人が決めきることはできまい。楽の調べや曲のものは、なるほど律の調子を次のものとしているのは、そうでもあろうよ」などとおっしゃって、「どうだろう、今、名手として評判の高いあの人この人を、帝の御前などでたびたび試みさせなさると、優れた者は数少なくなってしまったようだが、その筆頭と思っている名手たちも、どれほども習得できていないのだろうか。この、音楽をほのかにたしなむ女たちの中に弾き混ぜてみても、それほど抜きん出るとも思われない。長年このように引きこもって過ごしているので、耳なども少しおかしくなってしまったのだろうか。残念なことだ。不思議と、人の才能や、ちょっとした技芸なども、ここでは引き立って優れて見える所なのだ。あの帝の御前の御遊びなどで、第一に選ばれる人々、あの人この人と比べてどうだろう」とおっしゃると、
大将は、「それを申し上げようと思っておりましたが、よくわからない心のまま、さかしらに申し上げてよいものかと存じまして。昔の世を聞き合わせておりませんからでしょうか、衛門督(柏木)の和琴、兵部卿の宮の御琵琶などを、近頃は珍しい名手の例として引き合いに出すようです。なるほど並ぶ者がないのですが、今夜承った楽の音は、どれも等しく耳を驚かせましたので、やはりこのように、わざわざというわけでもない御遊びと、かねて油断しておりました心が騒いだのでございましょうか、唱歌などもたいそうお仕えしにくうございました。和琴は、あの大臣(致仕の大臣)だけが、このように折に応じて工夫して調子を合わせた音などを、心のままに掻き立てなさるのは、たいそう格別でいらっしゃいます。なかなか抜きん出ることのできないもののようですのに、たいそう見事に整っておりました」と、おほめ申し上げなさる。源氏は、「それほど大したものではないのに、ことさら立派に取りなしてくれることよ」と言って、得意顔でほほえみなさった。「悪くない弟子たちだよ。琵琶は、私が口を出すことはまじらないのだが、そうはいっても、何か雰囲気が違うのだろう。思いがけない所(明石)で初めて聞いた時に、珍しい楽器の音だなあと思ったけれど、その時よりはまた格段に上達したようだ」と、無理に自分の手柄のように言いなされるので、女房たちは少しつつき合う。
意訳
源氏と夕霧は、春と秋のどちらが音楽に趣深いかを語り合い、夕霧は春の朧月夜をよしとする。
夕霧は女君たちの演奏、とりわけ紫の上の和琴をほめ、源氏は得意顔で自分の弟子だと言う。
語釈・文法注
文法
- 「臥まちの月」(臥まちの月はつかにさし出でたる)
- 臥待の月。陰暦十九日の月。出が遅いので、臥して待つことから。
- 「女は春をあはれむ」(女は春をあはれむとふるき人のいひ置き侍りける)
- 「春は女、秋は士悲しむ」(毛詩・豳風の注)などによる。
- 「われがしこ」(せめてわれがしこに喞ちなし給へば)
- 我賢。自分の手柄のように得意がること。
解説
春秋の優劣論は、古来繰り返された話題である。夕霧が春をよしとするのは、春の朧月夜の女楽に感動したからであり、また春を好む紫の上への敬意もこめられている。源氏が判定を避けるのは、春の紫の上と秋の秋好中宮という、六条院の二人の女君への配慮でもある。
源氏が明石の君の琵琶を自分の手柄のように語るのは、明石の巻で初めてその琵琶を聞いた思い出を懐かしむものである。女房たちがつつき合うのは、源氏の得意げな様子がほほえましいからである。この女楽の夜は、六条院の和やかさの頂点として描かれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、672–673頁(コマ47)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日