源氏物語 第35帖 若菜下(15)
夕霧の調弦
夕霧は、帝の前の儀式ばった試みよりも、今日の方が気を遣うと思い、鮮やかな直衣に香を深くたきしめて参上する。夕暮れの空に、梅の花は去年の雪を思わせるほど咲き乱れ、御簾の内の香りも風に吹き合わせて、すばらしい匂いである。源氏が御簾の下から箏の琴の端を差し出して調弦を頼むと、夕霧は恐縮して受け取り、壱越調に調えて、すぐには弾かずに控える。源氏が掻き合わせだけでもと言うと、夕霧は合奏に加わるほどの腕ではないと遠慮するが、源氏は、女楽に加われずに逃げたと噂されるのは惜しいと笑う。夕霧は掻き合わせだけを弾いて返す。孫の君達が笛を吹き合わせ、やがて合奏が始まる。琵琶はとりわけ上手で古風な趣がある。紫の上の和琴は、親しみやすく愛嬌があり、名手たちにも劣らない華やかさで、夕霧も驚き、源氏も安心してありがたく思う。女御の箏はかわいらしく優美で、宮の琴は若いが、習い盛りなので確かで、よく響き合う。源氏も扇を鳴らして唱歌し、夕霧も美しい声で歌い、夜は静かに更けていく。月の出が遅い頃なので、灯籠に火をともさせる。

- 1大大だい將將しょういといといといたくいたくいたく心心こころげさうげさうげそうしししててて御御お前前まえのののことごとしくことごとしくことごとしくうるはしきうるはしきうるわしき御御おん心心こころみみみあらあらあらむむんよりよりよりももも今今け日日きょうののの心心こころづかひづかひずかいははは殊殊ことにににまさりまさりまさりててて覺覺おぼえええ給給たまへへえばばばあざやかあざやかあざやかなるなるなる御御おん直直のう衣衣し、、、かうかうこうにににしみしみしみたるたるたる御御おんぞぞぞどもどもども袖袖そでいたくいたくいたくたきたきたきしめしめしめててて引引ひきききつくろひつくろひつくろいててて參參まいりりり給給たまふふうほどほどほどくれくれくれはてはてはてにににけりけりけり。。。ゆゑゆゑゆえあるあるあるたそがれたそがれたそがれ時時どきののの空空そらににに花花はなはははこぞこぞこぞのののふるふるふる雪雪ゆき思思おもひひい出出いでででられられられててて枝枝えだもももたわむたわむたわむばかりばかりばかり咲咲さききき亂亂みだれれれたりたりたり。。。ゆるらかゆるらかゆるらかににに打打うちちち吹吹ふくくく風風かぜにににえええならならならずずず匂匂におひひいたるたるたるみすみすみすののの內內うちのののかをりかをりかおりももも吹吹ふききき合合あわせせせててて鶯鶯うぐいすさそふさそふさそうつまつまつまにににまつまつまつべくべくべくいみじきいみじきいみじきおとゞおとゞおとどのののあたりあたりあたりのののにほひにほひにおいなりなりなり。。。みすみすみすののの下下したよりよりより箏箏そうののの御御おん琴琴ことのののすそすそすそ少少すこしししさしさしさし出出いでででゝゝて「「「かるがるしきかるがるしきかるがるしきやうやうようなれなれなれどどどこれこれこれががが緒緒お整整ととのへへえててて調調しらべべべ試試こころみみみ給給たまへへえ。。。こゝこゝここににに又又またうときうときうとき人人ひとののの入入いるるるべきべきべきやうやうようもももなきなきなきををを」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば打打うちちちかしこまりかしこまりかしこまりててて給給たまはりはりわり給給たまふふうほどほどほどよういよういようい多多おおくくくめやすくめやすくめやすくててていちこちいちこちいちこちでうでうぢょうののの聲聲こえにににはちはちはちののの緒緒おををを立立たてててゝゝてふとふとふとももも調調しらべべべやらやらやらでででさぶらひさぶらひさぶらい給給たまへへえばばば「「「猶猶なおかきかきかきあはせあはせあわせばかりばかりばかりははは手手てひとつひとつひとつすさまじからすさまじからすさまじからでででこそこそこそ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば「「「更更さらににに今今け日日きょうののの御御おん遊遊あそびのののさしさしさしいらへいらへいらえにににまじらふまじらふまじらうばかりばかりばかりののの手手てづかひづかひずかいなむなむなん覺覺おぼえええずずず侍侍はべりりりけるけるけるををを」」」ととと氣色氣色けしきばみばみばみ給給たまふふう。。。「「「さささもももあるあるあることことことなれなれなれどどど女女おんな樂樂がくにににえええことことことまぜまぜまぜでででなむなむなん遁遁にげげげにににけるけるけるとととつたはらつたはらつたわらむむん名名なこそこそこそ惜惜おしけれしけれしけれ」」」とてとてとて笑笑わらひひい給給たまふふう。。。調調しらべべべはてはてはてゝゝてをかしきをかしきおかしき程程ほどににに搔搔かききき合合あわせせせばかりばかりばかり彈彈ひきききててて參參まいらせらせらせ給給たまひひいつつつ。。。
- 2このこのこの御御おんまごまごまごののの君君きん達達だちのののいといといと美美うつくしきしきしきとのゐとのゐとのいすがたすがたすがたどもどもどもにてにてにて吹吹ふききき合合あわせせせたるたるたる物物もののののねねねどもどもどもまだまだまだ若若わかけれけれけれどどどおひおひおいさきさきさきありありありててていみじくいみじくいみじくをかしげをかしげおかしげなりなりなり。。。御御おん琴琴ことどもどもどもののの調調しらべべべどもどもども整整ととのひひいはてはてはてゝゝて搔搔かききき合合あわせせせ給給たまへへえるるるほどほどほどいづれいづれいずれとととなきなきなき中中なかににに琵琵び琶琶わはははすぐれすぐれすぐれててて上手上手じょうずめきめきめきかみかみかみさびさびさびたるたるたる手手てづかひづかひずかいすみすみすみはてはてはてゝゝておもしろくおもしろくおもしろく聞聞きこゆゆゆ。。。和和わ琴琴ごんににに大大だい將將しょうももも耳耳みみ留留とどめめめ給給たまへへえるるるににになつかしくなつかしくなつかしくあいぎやうあいぎやうあいぎょうづきづきずきたるたるたる御御おんつまつまつまおとおとおとににに搔搔かききき返返かえしししたるたるたるねねねののの、、、珍珍めずらしくしくしく今今いまめきめきめきててて更更さらにににこのこのこのわざとわざとわざとあるあるある上手上手じょうずどもどもどものののおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしく掻掻かききき立立たてててたるたるたるしらべしらべしらべ調調ちょう子子しににに劣劣おとらららずずずにぎはゝしくにぎはゝしくにぎわわしく、、、やまとやまとやまとごとごとごとにににもももかゝるかゝるかかる手手てありありありけりけりけりととと聞聞きききき驚驚おどろかかかるるる深深ふかききき御御おんらうらうろうののの程程ほどあらはあらはあらわににに聞聞きこえええててておもしろきおもしろきおもしろきにににおとゞおとゞおとど御心御心みこころおちゐおちゐおちいててていといといとありがたくありがたくありがたく思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。さうさうそうののの御御おん琴琴ことははは物物もののののひまひまひまひまひまひまににに心心こころもとなくもとなくもとなく漏漏もりりりいづるいづるいずる物物もののののねねねがらがらがらにてにてにてうつくしげうつくしげうつくしげににになまめかしくなまめかしくなまめかしくのみのみのみ聞聞きこゆゆゆ。。。きんきんきんははは猶猶なお若若わかききき方方かたなれなれなれどどど習習ならひひい給給たまふふうさかりさかりさかりなれなれなればばばたどたどしからたどたどしからたどたどしからずずずいといといとよくよくよく物物ものににに響響ひびききき合合あひひいててていういういうににになりなりなりにににけるけるける御御おん琴琴ことのののねねねかなかなかなととと大大だい將將しょう聞聞きききき給給たまふふう。。。ひやうしひやうしひょうしとりとりとりてててさうがさうがそうがししし給給たまふふう。。。院院いんももも時時とき々々どき扇扇おうぎうちうちうちならしならしならしててて加加くわへへえ給給たまふふう御御おん聲聲こえ昔昔むかしよりよりよりもももいみじくいみじくいみじくおもしろくおもしろくおもしろく少少すこしししふつゝかふつゝかふつつかにににものものものものしきものしきものしきけけけそひそひそいててて聞聞きこゆゆゆ。。。大大だい將將しょうももも聲聲こえいといといとすぐれすぐれすぐれ給給たまへへえるるる人人ひとにてにてにて夜夜よののの靜靜しずかににになりなりなり行行ゆくくくまゝまゝままにににいふいふいうかぎりかぎりかぎりなくなくなくなつかしきなつかしきなつかしき夜夜よののの御御おん遊遊あそびなりなりなり。。。月月つき心心こころもとなきもとなきもとなきころころころなれなれなればばばとうろとうろとうろこなたこなたこなたかなたかなたかなたにににかけかけかけててて火火ひよきよきよき程程ほどにににともさともさともさせせせ給給たまへへえりりり。。。
現代語訳
大将(夕霧)は、たいそう念入りに身支度をして、帝の御前での仰々しく格式ばった試みがあるようなときよりも、今日の心づかいは格別にまさってお思いになるので、鮮やかな御直衣に、香の深くしみこんだ御衣類を、袖にたいそう深くたきしめて、身なりを整えて参上なさる頃には、すっかり日が暮れてしまった。風情のある黄昏時の空に、梅の花は、去年の古い雪が思い出されるほど、枝もたわむばかりに咲き乱れている。ゆるやかに吹く風に、何ともいえず匂っている御簾の内の香りも吹き合わせて、鶯を誘う手引きにもなりそうなほど、すばらしい御殿のあたりの匂いである。源氏が御簾の下から箏の御琴の端を少し差し出して、「軽々しいようだけれど、これの弦を整えて、調子を試してみなさい。ここにはまた、親しくない人が入ってくるはずもないから」とおっしゃると、夕霧はかしこまって受け取りなさる様子が、心づかいが行き届いて見苦しくなく、壱越調の音に発の緒を合わせて、すぐには調べ弾かずに控えていらっしゃるので、源氏が「やはり掻き合わせぐらいは、一曲だけでも興ざめでないように弾きなさい」とおっしゃると、「とても今日の御遊びのお相手として加わるほどの手並みは、思い当たりませんので」と、気取って辞退なさる。源氏は、「そうでもあろうが、女楽に加わることができずに逃げてしまったと伝わるような評判こそ、惜しいことだ」と言ってお笑いになる。夕霧は調弦を終えて、趣のある程度に掻き合わせだけを弾いて、お返し申し上げなさった。
この御孫の君達が、たいそうかわいらしい宿直姿で吹き合わせている楽器の音は、まだ幼いけれど、将来性があって、たいそう見事である。御琴類の調弦が整い終わって、掻き合わせなさる時、どれも優劣のない中で、琵琶はとりわけ上手らしく、古風な趣のある手さばきが澄みきって、趣深く聞こえる。和琴に大将も耳をとめていらっしゃると、親しみやすく愛嬌のある爪音で掻き返した音が、珍しく当世風で、まったくこのわざわざ名手と言われる人々が仰々しく掻き立てた調べや調子にも劣らずにぎやかで、和琴にもこのような手があったのかと、聞いて驚かれるほど深いご修練のほどがはっきりと聞こえて趣深いので、大臣(源氏)はお心が落ち着いて、たいそうありがたくお思い申し上げなさる。箏の御琴は、他の楽器の合間合間に、ほのかに漏れ出る音色なので、かわいらしく優美にばかり聞こえる。琴(きん)は、やはりまだ未熟な方だけれど、習っていらっしゃる盛りなので、たどたどしくなく、たいそうよく他の楽器と響き合って、上手になった御琴の音だなあと、大将はお聞きになる。夕霧は拍子をとって唱歌なさる。院(源氏)も時々扇を打ち鳴らして加わりなさるお声は、昔よりもたいそう趣深く、少し太く重々しい感じが加わって聞こえる。大将も声のたいそう優れた人で、夜が静かになっていくにつれて、言いようもなく心ひかれる夜の御遊びである。月の出が待ち遠しい頃なので、灯籠をあちらこちらに掛けて、火をほどよくともさせなさった。
意訳
夕霧は身支度を整えて参上し、源氏に頼まれて箏を調弦するが、合奏には加わらない。
女君たちの合奏が始まり、明石の君の琵琶、紫の上の和琴、女御の箏、宮の琴がそれぞれ見事に響き合う。
語釈・文法注
文法
- 「いちこちでう」(いちこちでうの聲にはちの緒を立てゝ)
- 壱越調。雅楽の六調子の一つで、D音を主音とする。「はちの緒」は、調子の基準となる最初の弦。
- 「さうが」(ひやうしとりてさうがし給ふ)
- 唱歌。楽器の旋律を口で歌うこと。
- 「つまおと」(なつかしくあいぎやうづきたる御つまおと)
- 爪音。琴を爪で弾く音。
解説
女楽の場面は、若菜下の巻の中でも最も華やかな場面である。それぞれの楽器の音色が、弾き手の人柄を映すように描き分けられている。とりわけ紫の上の和琴は、源氏の心配に反して、名手たちにも劣らない見事なもので、夕霧も驚く。
しかし、この女楽の後、紫の上は重い病に倒れる。この華やかな夜は、紫の上の生涯の頂点であるとともに、その終わりの始まりでもあった。語り手は「いふかぎりなくなつかしき夜の御遊」と、この夜の美しさを惜しむように語る。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、668–671頁(コマ45–46)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日