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源氏物語 第35帖 若菜下(13)

女楽の計画

登場人物:光源氏・女三の宮・紫の上

朝廷の賀と重なるのは具合が悪いので、源氏は院の賀を少し延ばし、二月十日過ぎと定める。楽人や舞人が参上して、絶えず音楽の稽古がある。源氏は、紫の上がいつも聞きたがっている宮の琴に、女君たちの箏や琵琶を合わせて、女楽を試みようと言う。今の名手たちも、六条院の女君たちの心配りには及ばない、自分は若い頃から世にある師や名家の伝えをすべて試みたが、深く恥ずかしいと思うほどの人はいなかった、今の若い人々は浅くなっている、琴はまして習う人もなくなったと言う。女三の宮は無邪気にほほえみ、源氏がこれほど認めてくれるほど上達したのだと嬉しく思う。宮は二十一、二歳になったが、まだひどく幼く、ほっそりとか弱く美しい。源氏は、院に久しく会っていないのだから、成長したと見ていただけるよう心がけて会うようにと教える。周りの人々も、このような後見がなければ、宮の幼さは隠れようもなかっただろうと思う。正月二十日頃、空もうららかに風もぬるく、梅も盛りとなり、花の木々も芽ぐんで霞がかかる。

早春の六条院の寝殿で、源氏が女三の宮に琴の上達をほめて語りかけ、宮が無邪気にほほえんでいる場面(AI生成)
早春の六条院の寝殿で、源氏が女三の宮に琴の上達をほめて語りかけ、宮が無邪気にほほえんでいる場面
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  2. 2廿にじふ廿にじふにじゅう一いち一いちいち二に二ににばかりばかりばかりににになりなりなり給たま給たまたまへへえどどど猶なほ猶なほなおいといといといみじくいみじくいみじくかたなりかたなりかたなりにににきびはきびはきびわなるなるなる心地ここち心地ここちここちしししてててほそくほそくほそくあえかあえかあえかににに美うつく美うつくうつくしくしくしくのみのみのみ見み見みみえええ給たま給たまたまふふう。。。「「「院ゐん院ゐんいんにににももも見み見みみえええ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまははわででで年とし年としとし經へ經へへぬるぬるぬるをををねびねびねびまさりまさりまさり給たま給たまたまひひいにににけりけりけりととと御覽ごらん御覽ごらんごらんずずずばかりばかりばかり用意ようい用意よういよういくはへくはへくわえててて見み見みみえええ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまへへえ」」」とととことことことににに觸ふ觸ふふれれれててて敎をし敎をしおしへへへ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうににに、、、げにげにげにかゝるかゝるかかる御おん御おんおんうしろみうしろみうしろみなくなくなくてててはははましてましてましていはけなくいはけなくいわけなくおはしますおはしますおわします御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまかくれかくれかくれなからなからなからましましましととと人々ひとびと人々ひとびとひとびとももも見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる正しやう正しやうしょう月ぐわつ月ぐわつがつ二十日はつか二十日はつかはつかばかりばかりばかりににになれなれなればばば空そら空そらそらもももをかしきをかしきおかしき程ほど程ほどほどににに風かぜ風かぜかぜぬるくぬるくぬるくふきふきふきててて御お御おお前まへ前まへまえののの梅むめ梅むめうめももも盛さかり盛さかりさかりににになりなりなりゆくゆくゆく。。。大方おほかた大方おほかたおおかたののの花はな花はなはなののの木き木ききどもどもどもゝゝも皆みな皆みなみな氣色けしき氣色けしきけしきばみばみばみ霞かす霞かすかすみみみ渡わた渡わたわたりりりにににけりけりけり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

朝廷の御賀の行事がたいそう盛大なのに重なっては不都合だとお思いになって、源氏は少し時期をお延ばしになる。二月十日過ぎとお定めになって、楽人や舞人などが参上しては、御遊びが絶えずある。源氏は、「この対の人(紫の上)がいつも聞きたがっている宮の御琴の音に、何とかしてこの人々の箏や琵琶の音も合わせて、女楽を試みさせよう。今の音楽の名手たちこそ、まったくこの六条院の女君たちのお心配りにはかなわない。私は、しっかりと伝え受けたことはほとんどないけれど、何事も何とかして知らないことはないようにと、幼い頃に思ったので、世にいる楽の師という者はすべて、また高貴な家々のしかるべき人の伝えなども残さず試してみたが、その中で、たいそう深く、こちらが恥ずかしくなると思われるほどの人はいなかった。その昔よりも、また最近の若い人々が、しゃれて風流ぶりすぎるのは、また浅くなってしまっているのだろう。琴(きん)は、まして、まったく習う人がいなくなってしまったとか。この宮の御琴の音ほどにでも伝えている人は、ほとんどいないだろう」とおっしゃるので、宮は無邪気にほほえんで、うれしく、このようにお認めになるほどになったのだとお思いになる。

宮は二十一、二歳ほどにおなりになったけれど、やはりたいそうひどく未熟で幼い感じがして、ほっそりとか弱く、かわいらしくばかりお見えになる。源氏は、「院にもお目にかからずに年月が経ってしまったのだから、成長なさったものだとご覧になるほど、心づかいを加えてお目にかかりなさい」と、何かにつけてお教え申し上げなさるので、なるほど、このようなご後見がなくては、まして幼くいらっしゃるご様子は隠れようもなかっただろうと、人々も拝見する。正月二十日ほどになると、空も趣深い頃で、風もぬるく吹いて、御前の梅も盛りになっていく。ほかの花の木々も皆、芽ぐむ気配を見せて、一面に霞んでいた。

意訳

源氏は院の賀を二月に延ばし、宮の琴に女君たちの箏や琵琶を合わせて女楽を試みようと言う。

宮は二十一、二歳になってもまだ幼く、源氏は院に成長した姿を見せるよう教える。

語釈・文法注

文法

「女樂」(女樂こゝろみさせむ)
女性たちによる合奏。
「きびは」(かたなりにきびはなる心地して)
幼くて弱々しい様子。
反実仮想「まし」(いはけなくおはします御有樣かくれなからまし)
「このような後見がなかったら、幼いご様子は隠れようもなかっただろう」。

解説

源氏が自らの音楽の修練を語る言葉には、自負とともに、今の世の浅さへの嘆きがこもっている。琴(きん)の衰退を嘆く源氏は、宮にそれを伝えることに特別な意味を見いだしている。

女三の宮は二十一、二歳になっても「かたなりにきびはなる」と描かれる。源氏の教えに無邪気に喜ぶ宮の姿は愛らしいが、同時に、源氏の後見なしには何もできない宮の危うさをも示している。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、666–667頁(コマ44)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日