源氏物語 第35帖 若菜下(12)
女三の宮に琴を教える
楽の師匠たちが忙しい頃である。女三の宮は幼い頃から琴(きん)を習っていたが、早く院と別れたので、院は、参上の折に宮の琴を聞きたい、琴だけは上達しているだろうと、陰で言う。帝もそれを聞いて、院の前で弾く時に自分も聞きたいと言う。源氏は、宮の腕前は上達したが、まだ人に聞かせるほどではなく、そのような所で弾かせるのはきまりが悪いと思い、この頃熱心に宮に琴を教える。調子の変わった曲や、四季によって変わる響き、寒暖の調子などを教え、宮も次第に上達する。昼は人が多く落ち着かないので、夜ごとに教えることにし、紫の上には暇を請うて、明け暮れ宮に教える。明石の女御も、紫の上も、源氏から琴を習ったことがなかったので、この機会に聞きたいと思い、女御は懐妊を理由に、暇を得て退出する。十一月を過ぎたら参内するよう帝から催促があるが、女御は源氏が自分に琴を伝えてくれなかったことを恨めしく思う。冬の夜の月を好む源氏は、雪の光の中で琴を弾き、女房たちにも弾かせて遊ぶ。年が明け、院の賀はまず朝廷で行われる。

- 1道道みち々々みちののの物物ものののの師師し上手上手じょうずいとまいとまいとまなきなきなきころころころなりなりなり宮宮みやはははもとよりもとよりもとよりきんきんきんのののおんおんおんことことことをををなむなむなん習習ならひひい給給たまひひいけるけるけるをををいといといと若若わかくくくててて院院いんにににもももひきひきひき別別わかれれれ奉奉たてまつりりり給給たまひひいにににしかしかしかばばば覺覺おぼ束束つかなくなくなく思思おぼしししててて「「「參參まいりりり給給たまははわむむんついでついでついでにににかのかのかの御御おん琴琴ことののの音音ねなむなむなん聞聞きかかかまほしきまほしきまほしき。。。さりともさりともさりともきんきんきんばかりばかりばかりはははひきひきひき取取とりりり給給たまひひいつつつらむらむらん」」」とととしりうしりうしりゅうごとごとごとににに聞聞きこえええ給給たまひひいけるけるけるををを內內うちにににももも聞聞きこししし召召めしししててて「「「げにげにげにさりともさりともさりともけはひけはひけわいことことことならならならむむんかしかしかし。。。院院いんののの御御お前前まえにてにてにて手手てつくしつくしつくし給給たまははわむむんついでついでついでににに參參まいりりりててて聞聞きかかかばやばやばや」」」などなどなどののの給給のたまはせはせわせけるけるけるをををおとゞおとゞおとどののの君君きみももも傳傳つたへへえ聞聞きききき給給たまひひいててて「「「年年とし比比ごろさりぬべきさりぬべきさりぬべきついでついでついでごとごとごとにににははは敎敎おしへへへ聞聞きこゆるゆるゆることことこともももあるあるあるををを、、、そのそのそのけはひけはひけわいはははげにげにげに優優まさりりり給給たまひひいにににたれたれたれどどど、、、まだまだまだ聞聞きこししし召召めししし所所ところあるあるあるものものものふかきふかきふかきてててにににはははおよばおよばおよばぬぬぬををを何何なに心心ごころもももなくなくなくててて參參まいりりり給給たまへへえらむらむらんついでついでついでににに聞聞きこししし召召めさささむむんとととゆるしゆるしゆるしなくなくなくゆかしがらゆかしがらゆかしがらせせせ給給たまははわむむんはははいといといとはしたなかるはしたなかるはしたなかるべきべきべきことことことにににももも」」」ととといとほしくいとほしくいとおしくおぼしおぼしおぼしてててこのこのこのころころころぞぞぞ御心御心みこころ留留とどめめめててて敎敎おしへへへ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。しらべしらべしらべ殊殊ことなるなるなるててて二二ふたつつつ三三みつつつつおもしろきおもしろきおもしろきだいだいだいこくこくこくどもどもどもののの四四し季季きにににつけつけつけててて變變かわるるるべきべきべきひゞきひゞきひびき空空そらのののさむささむささむさぬるさぬるさぬるさをををとゝのへとゝのへととのえ出出いでででゝゝてやんごとなかるやんごとなかるやんごとなかるべきべきべき手手てのののかぎりかぎりかぎりををを取取とりりり立立たてててゝゝて敎敎おしへへへ聞聞きこえええ給給たまふふうににに、、、心心こころもとなくもとなくもとなくおはするおはするおわするやうやうようなれなれなれどどどやうやうやうやうようよう心得心得こころえ給給たまふふうまゝまゝままにににいといといとよくよくよくなりなりなり給給たまふふう。。。晝晝ひるはははいといといと人人ひとしげくしげくしげく猶猶なおひとひとひとたびたびたびもももゆしゆしゆしあんずるあんずるあんずる暇暇いとまももも心心こころあわたゞしけれあわたゞしけれあわただしければばばよるよるよるよるよるよるなむなむなんしづかしづかしずかにににことことことののの心心こころもももしめしめしめ奉奉たてまつるるるべきべきべきとてとてとて對對たいにににもももそのそのその比比ころははは御御おん暇暇いとま聞聞きこえええ給給たまひひいててて明明あけ暮暮くれ敎敎おしへへへ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 2女御女御にょうごののの君君きみにににももも對對たいののの上上うえにににもももきんきんきんははは習習ならはしはしわし奉奉たてまつりりり給給たまははわざりざりざりけれけれければばばこのこのこのをりをりおりをさをさをさをさおさおさ耳耳みみなれなれなれぬぬぬ手手てどもどもども彈彈ひききき給給たまふふうらむらむらんをををゆかしゆかしゆかしとととおぼしおぼしおぼしててて女御女御にょうごもももわざとわざとわざとありがたきありがたきありがたき御御おん暇暇いとまををを唯唯ただ暫暫しばしししととと聞聞きこえええ給給たまひひいてててまかでまかでまかで給給たまへへえりりり。。。御御み子子こ二二ふた所所ところおはするおはするおわするををを又又またもももけしきけしきけしきばみばみばみ給給たまひひいててていつゝきいつゝきいつつきばかりばかりばかりにににぞぞぞなりなりなり給給たまへへえれれればばばかみかみかみわざわざわざなどなどなどにににことことことつけつけつけててておはしますおはしますおわしますなりなりなりけりけりけり。。。十十じゅう一一いち月月がつすぐしすぐしすぐしてててははは參參まいりりり給給たまふふうべきべきべき御御おんせうそこせうそこしょうそこうちうちうちしきりしきりしきりあれあれあれどどどかゝるかゝるかかるついでついでついでにににかくかくかくおもしろきおもしろきおもしろきよるよるよるよるよるよるののの御御おん遊遊あそびをををうらやましくうらやましくうらやましく、、、などなどなどててて我我わににに傳傳つたへへえ給給たまははわざりざりざりけむけむけんとととつらくつらくつらく思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。冬冬ふゆののの夜夜よののの月月つきははは人人ひとにににたがひたがひたがいてててめでめでめで給給たまふふう御心御心みこころなれなれなればばばおもしろきおもしろきおもしろき夜夜よののの雪雪ゆきののの光光ひかりにににをりをりおりににに合合あひひいたるたるたる手手てどもどもどもひきひきひき給給たまひひいつゝつゝつつさぶらふさぶらふさぶらう人々人々ひとびとももも少少すこしししこのこのこの方方かたにににほのめきほのめきほのめきたるたるたるににに御御おん琴琴ことどもどもどもとりどりとりどりとりどりにににひかひかひかせせせててて遊遊あそびびびなどなどなどししし給給たまふふう。。。年年としののの暮暮くれれれつかたつかたつかたははは對對たいなどなどなどにににはははいそがしくいそがしくいそがしくこなたこなたこなたかなたかなたかなたののの御御おんいとなみいとなみいとなみにににおのづからおのづからおのずから御覽御覽ごらんじじじ入入いるゝるゝるることことことゞもゞもどもあれあれあればばば春春はるのののうらゝかうらゝかうららかならならならむむん夕夕ゆうべなどなどなどにににいかでいかでいかでこのこのこの御御おん琴琴ことのののねねね聞聞きかかかむむんとととのたまひのたまひのたまいわたるわたるわたるににに年年とし返返かえりりりぬぬぬ院院いんののの御御おん賀賀がまづまづまずおほやけおほやけおおやけよりよりよりせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。
現代語訳
それぞれの道の楽の師匠や名手は、暇のない頃である。宮(女三の宮)は、もともと琴の御琴を習っていらっしゃったが、たいそう若くて院(朱雀院)とも別れ申し上げなさったので、院は気がかりにお思いになって、「宮が参上なさる折に、あの御琴の音を聞きたいものだ。いくら何でも、琴だけは弾きこなせるようになっただろう」と、陰でおっしゃったのを、帝もお聞きになって、「なるほど、いくら何でも、格別な腕前になっているだろう。院の御前で手を尽くして弾きなさる折に、参上して聞きたいものだ」などとおっしゃったのを、大臣の君(源氏)も伝え聞きなさって、「長年、しかるべき機会ごとにはお教え申し上げることもあるので、その腕前はなるほど上達していらっしゃるけれど、まだお聞かせできるほどの奥深い手には及ばないのに、何心もなく参上なさった折に、お聞きになろうと、遠慮なく聞きたがりなさるのは、たいそうきまりの悪いことになるだろう」と、気の毒にお思いになって、この頃、心を込めてお教え申し上げなさる。調子の違った曲を二つ三つ、趣深い大曲などで、四季によって変わるはずの響き、空の寒さ暖かさに応じた調子を整え出して、大切にすべき手だけを取り立ててお教え申し上げなさると、心もとないようでいらっしゃるけれど、だんだんおわかりになるにつれて、たいそう上手におなりになる。昼はたいそう人が多く、やはり一度でも弦を揺らして考えるような暇も慌ただしいので、夜々に静かに琴の心も身につけていただこうと、対(紫の上)にもその頃は暇を請いなさって、明け暮れお教え申し上げなさる。
女御の君(明石の女御)にも、対の上にも、琴(きん)は習わせ申し上げなさらなかったので、この機会に、めったに聞いたことのない手をお弾きになるだろうから聞きたいとお思いになって、女御も、ことさらにめったにいただけないお暇を、ただしばらくだけと申し上げて、退出なさった。御子がお二人いらっしゃるが、またご懐妊の様子で、五か月ほどにおなりになっていたので、神事などにかこつけて里にいらっしゃるのだった。十一月を過ぎたら参内なさるようにとのお便りがしきりにあるけれど、女御は、このような機会に、このように趣深い夜々の御遊びをうらやましく、どうして私に伝えてくださらなかったのだろうと、恨めしくお思い申し上げなさる。源氏は、冬の夜の月を、人とは違ってお好みになるお心なので、趣深い夜の雪の光に、時節に合った手をお弾きになりながら、お仕えする女房たちも少しこの方面の心得がある者には、御琴類をそれぞれに弾かせて、遊びなどをなさる。年の暮れ頃は、対の上などは忙しく、あちらこちらの年末の準備で、自然とご覧になることもあるので、源氏は、「春のうららかな夕べなどに、何とかしてこの宮の御琴の音を聞かせたい」とおっしゃり続けるうちに、年が改まった。院の御賀は、まず朝廷からおさせになる。
意訳
朱雀院と帝が女三の宮の琴を聞きたがるので、源氏は宮に熱心に琴を教え、宮も上達する。
明石の女御は琴を聞きたくて退出し、源氏は雪の夜に琴を弾き、年が明けて院の賀がまず朝廷で行われる。
語釈・文法注
文法
- 「きん」(宮はもとよりきんのおんことをなむ習ひ給ひける)
- 琴(きん)。七弦の中国伝来の琴。奏法が難しく、当時すでに弾き手が少なかった。
- 「しりうごと」(としりうごとに聞え給ひける)
- 陰口、陰で言うこと。
- 「いつつき」(いつゝきばかりにぞなり給へれば)
- 五月。妊娠五か月。
解説
琴(きん)は、宇多天皇や醍醐天皇の時代に盛んだったが、源氏物語の時代にはすでに弾き手の少ない楽器であった。源氏が女三の宮に琴を伝えることは、皇女としての宮の格式を高めるとともに、朱雀院への面目を保つためでもある。
源氏が宮に琴を教えるために、夜ごと宮のもとへ通うことは、紫の上にとってさらなる寂しさとなる。明石の女御が「などて我に傳へ給はざりけむ」と恨むのも、宮が特別な扱いを受けていることへの思いである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、664–667頁(コマ43–44)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日