源氏物語 第35帖 若菜下(9)
住吉の夜と帰途
紫の上は、六条院の中で時折の遊びには慣れていたが、都の外への外出は初めてなので、珍しくおもしろく思い、「住の江の」と霜を神の木綿鬘にたとえて詠む。明石の女御は「神人の」、中務の君は「祝子が」と詠み、ほかにも多くの歌が詠まれる。明け方、霜はいよいよ深く、酔い過ぎた神楽の人々は、顔の色も知らず興に乗って、庭火も消えかかる中、なお「万歳万歳」と榊を振って祝う。若い人々は、千夜を一夜にしたいほどの夜が明けるのを惜しむ。松原に並んだ車の下簾から、女房たちの衣の色がこぼれ、懸盤が次々に運ばれるのを、下々の者たちはすばらしいと見る。尼君の前にも精進料理が出され、目を見張るような女の宿縁だと、人々は陰で噂する。帰り道はさまざまな遊覧を尽くす。ただ、入道がこれを見聞きせずに世を離れてしまったことだけが物足りない。世の人はこれを手本に心高くなりそうで、何かにつけて「明石の尼君」と、幸い人の代名詞にする。致仕の大臣の娘、近江の君も、双六を打つ時に「明石の尼君、明石の尼君」と唱えて幸運を祈るのだった。

- 1對對たいののの上上うえ常常つねののの垣垣かき根根ねのののうちうちうちながらながらながら時時とき々々どきにににつけつけつけてててこそこそこそ興興きょうあるあるある朝朝あさ夕夕ゆうのののあそびあそびあそびににに耳耳みみふりふりふり目目めなれなれなれ給給たまひひいけれけれけれみかどみかどみかどよりよりよりとととののの物物もの見見みをををさをささをささおさししし給給たまははわずずず。。。ましてましてましてかくかくかくみやこみやこみやこののの外外ほかのののありきありきありきはははまだまだまだ習習ならひひい給給たまははわねねねばばば珍珍めずらしくしくしくをかしくをかしくおかしく思思おぼさささるるる。。。「「「すみのえすみのえすみのえののの松松まつににに夜夜よふかくふかくふかくおくおくおく霜霜しもははは神神かみのののかけかけかけたるたるたるゆふゆふゆうかづらかづらかずらかもかもかも」」」。。。たかむらたかむらたかむらのののあそんあそんあそんのののひらひらひらののの山山やまさへさへさへととといひいひいいけるけるける雪雪ゆきのののあしたあしたあしたをををおぼしおぼしおぼしやれやれやればばば祭祭まつりののの心心こころうせうせうせ給給たまふふうしるししるししるしにににやややととといよいよいよいよいよいよたのもしくたのもしくたのもしくなむなむなん。。。女御女御にょうごののの君君きみ「「「神神かみ人人びとののの手手てにににとりとりとりもたもたもたるるる榊榊さかき葉葉ばにににゆふゆふゆうかけかけかけ添添そふるふるうるふかきふかきふかき夜夜よののの霜霜しも」」」。。。中中なか務務つかさののの君君きみ、、、「「「はふりはふりはふり子子こがががゆふゆふゆううちうちうちまがひまがひまがいおくおくおく霜霜しもはははげにげにげにいちじるきいちじるきいちじるき神神かみのののしるししるししるしかかか」」」。。。つぎつぎつぎつぎつぎつぎ數數かず知知しらららずずず多多おおかりかりかりけるけるけるををを何何なにせせせむむんにににかはかはかは聞聞ききききおかおかおかむむん。。。かゝるかゝるかかるをりふしをりふしおりふしののの歌歌うたははは例例れいののの上手上手じょうずめきめきめき給給たまふふう男男おとこ達達たちもももなかなかなかなかなかなかいでいでいでぎえぎえぎえしししててて松松まつののの千千ちとせとせとせよりよりより離離はなれれれててて今今いまめかしきめかしきめかしきことことことしししなけれなけれなければばばうるさくうるさくうるさくてててなむなむなん。。。ほのぼのほのぼのほのぼのととと明明あけけけ行行ゆくくくににに霜霜しもはははいよいよいよいよいよいよ深深ふかくくくてててもともともとすゑすゑすえもももたどたどしきたどたどしきたどたどしきまでまでまでゑひゑひえい過過すぎぎぎにににたるたるたる神神か樂樂ぐらおもておもておもてどもどもどものののおのおのおのががが顏顏かおをををははは知知しらららででで、、、おもしろきおもしろきおもしろきことことことににに心心こころはははしみしみしみててて、、、庭庭にわ火火びもももかげかげかげしめりしめりしめりたるたるたるににになほなほなおまざいまざいまざいまざいまざいまざいととと榊榊さかき葉葉ばををを取取とりりり返返かえしししつゝつゝつつ祝祝いわひひい聞聞きこゆるゆるゆる御御おん世世よののの末末すえ思思おもひやるひやるいやるぞぞぞいとゞしきいとゞしきいとどしきややや。。。萬萬よろずののの事事ことあかあかあかずずずおもしろきおもしろきおもしろきままままままにににちよちよちよをををひとよひとよひとよににになさなさなさまほしきまほしきまほしきよよよののの何何なににににもももあらあらあらででで明明あけけけぬれぬれぬればばばかへるかへるかえる浪浪なみにににきほふきほふきおうももも口惜口惜くちおしくしくしく若若わかききき人々人々ひとびとおもふおもふおもう。。。
- 2松松まつ原原ばらにににはるばるはるばるはるばるととと立立たてててつゞけつゞけつづけたるたるたる御御おん車車くるまどもどもどもののの風風かぜににに打打うちちちなびくなびくなびくしたしたしたすだれすだれすだれのののひまひまひまひまひまひまもももときはときはときわのののかげかげかげににに花花はなののの錦錦にしきををを引引ひききき加加くわへへえたるたるたるととと見見みゆるゆるゆるににに、、、うへうへうえのののきぬきぬきぬのののいろいろいろいろいろいろけぢめけぢめけじめおきおきおきてててをかしきをかしきおかしきかけかけかけばんばんばん取取とりりりつゞきつゞきつづきててて物物もの參參まいりりりわたすわたすわたすをををぞぞぞしもしもしもびとびとびとなどなどなどははは目目めにににつきつきつきてててめでたしめでたしめでたしとととははは思思おもへへえるるる。。。尼尼あま君君ぎみののの御御お前前まえにににもももせんかうせんかうせんこうのののをしきをしきおしきにににあをあをあおにびにびにびのののおもておもておもておりおりおりてててさうじさうじそうじものものものををを參參まいるるるとてとてとて目目めざましきざましきざましき女女おんなのののすくせすくせすくせかなかなかなとととおのおのおのがががじゝじゝじしはははしりうごちしりうごちしりゅうごちけりけりけり。。。詣詣もうでででたまひたまひたまいししし道道みちはははことごとしくことごとしくことごとしくててて煩煩わずらはしきはしきわしき神神かんだからだからだからさまざまさまざまさまざまににに所所ところせげせげせげなりなりなりしししをををかへさかへさかえさははは萬萬よろずのののせうえうせうえうしょうようををを盡盡つくししし給給たまふふう。。。言言いひひい續續つづくるくるくるもももうるさくうるさくうるさくむつかしきむつかしきむつかしき事事ことどもどもどもなれなれなればばば、、、かゝるかゝるかかる御御おん有樣有樣ありさまをををもももかのかのかの入入にゅう道道どうののの聞聞きかかかずずず見見みぬぬぬ世世よにににかけかけかけ離離はなれれれ給給たまへへえるるるのみのみのみなむなむなんあかあかあかざりざりざりけるけるける。。。難難かたきききことことことなりなりなりかしかしかし。。。まじらはまじらはまじらわましましましももも心苦心苦こころぐるしくしくしくややや。。。世世よののの中中なかののの人人ひとこれこれこれをををためしためしためしにてにてにて心心こころ高高たかくくくなりなりなりぬぬぬべきべきべきころころころなめりなめりなめり萬萬よろずののの事事ことにににつけつけつけてててめでめでめであさみあさみあさみ世世よのののことことことぐさぐさぐさにてにてにて明明あか石石しののの尼尼あま君君ぎみとととぞぞぞさいはひさいはひさいわいびとびとびとにににいひいひいいけるけるける。。。かのかのかのちじちじちじののの大大おお殿殿とのののの近近おう江江みののの君君きみはははすぐろくすぐろくすぐろくうつうつうつ時時ときののの詞詞ことばにににももも明明あか石石しののの尼尼あま君君ぎみ明明あか石石しののの尼尼あま君君ぎみとととぞぞぞ幸幸さいわひひい乞乞こひひいけるけるける。。。
現代語訳
対の上(紫の上)は、いつもの六条院の垣根の内にいながら、時節に応じて、趣のある朝夕の遊びには耳慣れ目慣れていらっしゃったけれど、門の外の物見はほとんどなさらない。まして、このように都の外の外出はまだ慣れていらっしゃらないので、珍しくおもしろくお思いになる。「すみのえの松に夜ふかくおく霜は神のかけたるゆふかづらかも(住吉の松に夜更けて置く霜は、神がかけた木綿鬘でしょうか)」。篁の朝臣が「比良の山さへ」と詠んだという雪の朝のことをお思いになると、神が祭の心をお受けになったしるしであろうかと、いよいよ頼もしい。女御の君は、「神人の手にとりもたる榊葉にゆふかけ添ふるふかき夜の霜(神主が手に持っている榊の葉に、木綿をかけ添えるような、深い夜の霜よ)」。中務の君は、「はふり子がゆふうちまがひおく霜はげにいちじるき神のしるしか(祝子の木綿と見まがうほどに置く霜は、なるほど明らかな神のしるしでしょうか)」。次々と数えきれないほど多かったが、どうして聞き留めておく必要があろうか。このような折の歌は、例の上手ぶっていらっしゃる男たちも、かえって見劣りがして、松の千年の祝いから離れた当世風なところがないので、煩わしくて省きます。ほのぼのと夜が明けていくと、霜はいよいよ深くて、本歌も末歌もおぼつかないほど酔いすぎた神楽の人々が、自分の顔の赤さも知らないで、おもしろいことに心がしみて、庭火も光が消えかかっているのに、なお「万歳、万歳」と榊の葉を振り返しながら祝い申し上げる御代の末を思いやるのは、いっそうめでたいことである。何もかも飽きることなくおもしろいままに、千夜を一夜にしたいような夜が、何の甲斐もなく明けてしまったので、帰る波と競うように帰るのも残念だと、若い人々は思う。
松原にはるばると立て続けている御車の、風になびく下簾のすき間すき間も、常緑の松の陰に花の錦を引き加えたように見えるところに、袍の色々で身分の区別をつけて、趣のある懸盤を次々に取り次いでお食事を差し上げてまわるのを、下々の者などは目にとめて、すばらしいと思っている。尼君の御前にも、浅香の折敷に青鈍の表をつけて、精進料理を差し上げるというので、「目を見張るような女の宿縁だなあ」と、それぞれ陰口を言った。参詣なさった道は仰々しくて、煩わしいほどの神宝などで、さまざまに窮屈そうだったが、帰り道は、あらゆる遊覧を尽くしなさる。言い続けるのも煩わしく面倒なことなので省くが、このようなご様子を、あの入道が聞きも見もしない世に離れておしまいになったことだけが、物足りないことであった。それは難しいことであろうよ。もし加わっていたら、それも心苦しいことであろうか。世の中の人は、これを手本にして、心高くなりそうな頃であるようだ。何かにつけて感嘆し驚き、世の語り草として、「明石の尼君」と、幸い人の代名詞にした。あの致仕の大臣の近江の君は、双六を打つ時の言葉にも、「明石の尼君、明石の尼君」と唱えて、幸運を祈ったのだった。
意訳
紫の上や明石の女御らが霜を詠んで神の加護をたたえ、夜明けまで神楽が続く。
尼君の幸運は世の語り草となり、近江の君まで双六で「明石の尼君」と唱えて幸運を祈る。
語釈・文法注
文法
- 「ゆふかづら」(神のかけたるゆふかづらかも)
- 木綿鬘。楮の皮の繊維で作った鬘で、神事に用いた。白い霜をそれにたとえた。
- 「しりうごつ」(おのがじゝはしりうごちけり)
- 陰口を言う、陰で噂する。
- 「さいはひびと」(明石の尼君とぞさいはひびとにいひける)
- 幸い人。幸運な人。
解説
紫の上にとって、都の外への外出はこれが初めてである。六条院の中に閉じこもって暮らしてきた紫の上が、住吉の霜の朝に詠む歌は、新鮮な感動に満ちている。しかし、この晴れやかな旅の後、紫の上は出家を願い、やがて重い病に倒れることになる。
「明石の尼君」が幸い人の代名詞になったという結びは、明石一族の栄華を世の人々の目から描いたものである。近江の君が双六の時に唱えるという滑稽な話で、住吉詣での華やかな場面は締めくくられる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、662–663頁(コマ42)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日