源氏物語 第35帖 若菜下(3)
真木柱と蛍兵部卿宮
鬚黒の北の方となった玉鬘は、実の兄弟たちよりも、夕霧を昔のまま親しく思い、夕霧も、近寄りがたい紫の上や明石の君とは違う親しみを感じている。鬚黒は、前の北の方とすっかり縁を切り、玉鬘を大切にしている。玉鬘との間には男の子ばかりなので、鬚黒は娘の真木柱を引き取りたいと思うが、祖父の式部卿宮は許さない。式部卿宮は帝の信任も厚く、世の人も重んじていたので、真木柱の評判も高く、求婚者も多い。式部卿宮は柏木を婿にと考えるが、柏木は猫ほどにも思っていないようで、まったく関心を示さない。真木柱は、心の病の母を恥じ、継母の玉鬘に心ひかれて、当世風の気立てに育っている。北の方を亡くした蛍兵部卿宮が真木柱に求婚すると、式部卿宮の北の方(大宮)は、娘は宮仕えか親王に嫁がせるものだと言って承諾する。蛍兵部卿宮は、張り合いのない縁組だと思いながらも、通い始める。大宮は、娘たちのことで苦労してきたが、この孫娘のことは見捨てがたく、自ら部屋の設えなどに心を配る。

- 1左左さ大大だい將將しょう殿殿どのののの北北きたののの方方かたははは大大おお殿殿とのののの君君きん達達だちよりよりよりももも、、、右右う大大だい將將しょうののの君君きみをををばばばなむなむなん昔昔むかしのののまゝまゝままにににうとからうとからうとからずずず思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。心心こころばへばへばえのののかどかどしくかどかどしくかどかどしくけぢかくけぢかくけじかくおはするおはするおわする君君きみにてにてにて對對たい面面めんししし給給たまふふう時時とき々々どきもももこまやかこまやかこまやかににに隔隔へだてててたるたるたる氣色氣色けしきなくなくなくもてなしもてなしもてなし給給たまへへえれれればばば、、、大大だい將將しょうもももしげいさしげいさしげいさなどなどなどのののうとうとしくうとうとしくうとうとしく及及およびびびがたげがたげがたげなるなるなる御御おん心心こころざまざまざまのののあまりあまりあまりなるなるなるにににさまさまさまことことことなるなるなる御御おんむつびむつびむつびにてにてにて思思おもひひいかはしかはしかわし給給たまへへえりりり。。。男男おとこ君君ぎみ今今いまはははましてましてましてかのかのかの初初はじめののの北北きたののの方方かたをををももももてもてもてはなれはなれはなれはてはてはてゝゝて並並ならびびびなくなくなくもてもてもてかしづきかしづきかしずき聞聞きこえええ給給たまふふう。。。このこのこの御御おん腹腹はらにににははは男男おとこ君君きん達達だちのののかぎりかぎりかぎりなれなれなればばばさうざうしさうざうしそうぞうしとてとてとて、、、かのかのかのまきまきまきばしらばしらばしらののの姫姫ひめ君君ぎみえええてててもてもてもてかしづかかしづかかしずかまほしくまほしくまほしくししし給給たまへへえどどど、、、おほぢおほぢおおじ宮宮みやなどなどなど更更さらににに許許ゆるししし給給たまははわずずず、、、このこのこの君君きみをををだにだにだに人人ひとわらへわらへわらえならならならぬぬぬさまさまさまにてにてにて見見みむむんととと覺覺おぼしししののの給給のたまふふう。。。みこみこみこののの御御おんおぼえおぼえおぼえいといといとやんごとなくやんごとなくやんごとなくうちうちうちにににもももこのこのこの宮宮みやののの御御おん心心こころよせよせよせいといといとこよなくこよなくこよなくててて、、、このこのこのことことことゝゝと奏奏そうししし給給たまふふうことことことをををばばばえええそむきそむきそむき給給たまははわずずず心心こころぐるしきぐるしきぐるしきものものものににに思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。大方大方おおかたももも今今いまめかしくめかしくめかしくおはするおはするおわする宮宮みやにてにてにてこのこのこの院院いん大大おお殿殿とのにににさしさしさしつぎつぎつぎ奉奉たてまつりりりてててははは、、、人人ひとももも參參まいりりり仕仕つかうまつりうまつりうまつり、、、世世よののの人人ひともももおもくおもくおもく思思おもひひい聞聞きこえええけりけりけり。。。大大だい將將しょうもももさるさるさる世世よのののおもしおもしおもしとととなりなりなり給給たまふふうべきべきべきしたしたしたかたかたかたなれなれなればばば、、、姫姫ひめ君君ぎみののの御御おんおぼえおぼえおぼえなどなどなどてててかはかはかはかるくかるくかるくはははあらあらあらむむん。。。聞聞きこえええ出出いづるづるずる人々人々ひとびとことことことににに觸觸ふれれれててて多多おおかれかれかれどどどおぼしおぼしおぼしもももさだめさだめさだめずずず。。。衛衛え門門もん督督かみをををさささももも氣色氣色けしきばまばまばまばばばとととおぼすおぼすおぼすべかめれべかめれべかめれどどど、、、猫猫ねこにににははは思思おもひひいおとしおとしおとし奉奉たてまつるるるにににややや、、、かけかけかけてててももも思思おもひひいよらよらよらぬぬぬぞぞぞ口惜口惜くちおしかりしかりしかりけるけるける。。。
- 2母母はは君君ぎみのののあやしくあやしくあやしく猶猶なおひがめるひがめるひがめる人人ひとにてにてにて世世よののの常常つねのののありさまありさまありさまにににもももあらあらあらずずずもてもてもてけちけちけち給給たまへへえるるるををを口惜口惜くちおしきしきしきものものものにににおぼしおぼしおぼしててて、、、まゝはゝまゝはゝままははののの御御おんあたりあたりあたりをををばばば心心こころつけつけつけてててゆかしくゆかしくゆかしく思思おもひひいててて、、、今今いまめきめきめきたるたるたる御御おん心心こころざまざまざまにににぞぞぞ物物ものししし給給たまひひいけるけるける。。。兵兵ひょう部部ぶ卿卿きょうののの宮宮みや猶猶なお一一ひと所所ところのみのみのみおはしおはしおわしててて、、、御心御心みこころにににつけつけつけててておぼしおぼしおぼしけるけるける事事ことどもどもどもははは、、、皆皆みなたがひたがひたがいててて世世よののの中中なかもももすさまじくすさまじくすさまじく人人ひとわらへわらへわらえにににおぼさおぼさおぼさるゝるゝるるににに、、、さてさてさてのみのみのみやはやはやはあまえあまえあまえててて過過すぐすぐすぐすべきべきべきととと覺覺おぼしししてててこのこのこのわたりわたりわたりににに氣色氣色けしきばみばみばみよりよりより給給たまへへえれれればばば大大おお宮宮みや「「「何何なにかはかはかはかしづかかしづかかしずかむむんととと思思おもははわむむん女女おんな子子ごをををばばば宮仕宮仕みやずかへへえにににつぎつぎつぎてててはははみみみ子子こ達達たちにににこそこそこそははは見見みせせせ奉奉たてまつらららめめめ、、、たゞたゞただ人人ひとのののすくよかすくよかすくよかににになほなほしきなほなほしきなおなおしきをををのみのみのみ今今いまののの世世よののの人人ひとのののかしこくかしこくかしこくするするするしなしなしななきなきなきわざわざわざなりなりなり」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、いたくいたくいたくももも惱惱なやましましまし奉奉たてまつりりり給給たまははわずずずうけひきうけひきうけひき申申もうししし給給たまひひいつつつ。。。御御み子子こあまりあまりあまりうらみうらみうらみどころどころどころなきなきなきをををさうざうしさうざうしそうぞうしとととおぼせおぼせおぼせどどど大方大方おおかたのののあなづりあなづりあなずりにくきにくきにくきあたりあたりあたりなれなれなればばばえええしもしもしもいひいひいい過過すぐしぐしぐし給給たまははわでででおはしましおはしましおわしましそめそめそめぬぬぬ、、、いといといとににになくなくなくかしづきかしづきかしずききこえきこえきこえ給給たまふふう。。。大大おお宮宮みやははは女女おんなごごごあまたあまたあまた物物ものししし給給たまひひいててて、、、さまざまさまざまさまざま物物ものなげかしきなげかしきなげかしき折々折々おりおり多多おおかるかるかるににに物物ものこりこりこりもももしししぬぬぬべけれべけれべけれどどど猶猶なおこのこのこの君君きみのののことことことののの思思おもひひい放放はなちちち難難かたくくく覺覺おぼえええてててなむなむなん、、、母母はは君君ぎみははは怪怪あやしきしきしきひがひがひがものものものににに年年とし比比ごろにににそへそへそえてててなりなりなりまさりまさりまさり給給たまふふう。。。大大だい將將しょうはははたたた我我わがががことことことににに從從したがははわずずずとてとてとておろかおろかおろかににに見見み捨捨すてててられられられためためためれれればばばいといといとなむなむなん心苦心苦こころぐるしきしきしきとてとてとて、、、御御おんしつらひしつらひしつらいをををもももたちたちたちゐゐい御御おん手手てづからづからずから御覽御覽ごらんじじじいれいれいれよろづよろづよろずにににかたじけなくかたじけなくかたじけなく御心御心みこころににに入入いれれれ給給たまへへえりりり。。。
現代語訳
左大将殿(鬚黒)の北の方(玉鬘)は、太政大臣家の君達(実の兄弟)よりも、右大将の君(夕霧)を、昔のままに親しくお思い申し上げていらっしゃった。気立てが才気があって親しみやすくいらっしゃる方なので、対面なさる時々も、こまやかに隔てた様子もなくお扱いになるので、大将も、淑景舎(明石の女御)などが疎遠で近寄りがたいようなご気性があまりなので、それとは違った親しみで思い合っていらっしゃった。男君(鬚黒)は、今はまして、あの最初の北の方とすっかり縁を切って、並ぶ者もなく玉鬘を大切にしていらっしゃる。この北の方のお腹には男の子ばかりなので、物足りないといって、あの真木柱の姫君を引き取って大切に育てたいとお思いになるけれど、祖父の宮(式部卿宮)などは決してお許しにならず、「せめてこの姫君だけでも、物笑いにならないようにして見届けよう」と、お思いになりおっしゃる。親王(式部卿宮)のご声望はたいそう高く、帝もこの宮へのご信任がこの上なくて、この宮が奏上なさることは背くことがおできにならず、気の毒な方と思い申し上げていらっしゃる。この宮はだいたい当世風でいらっしゃる方で、この院(源氏)や大臣(太政大臣)に次いでは、人々も参上してお仕えし、世の人も重んじ申し上げていた。大将(鬚黒)も、ゆくゆくは世の重鎮となられるはずの下地なので、姫君の評判も、どうして軽いことがあろうか。求婚を申し出る人々は何かにつけて多いけれど、宮はお決めにならない。衛門督(柏木)を、そのように意向を示したらとお思いのようだけれど、柏木は猫ほどにも思い申し上げないのであろうか、まったく思いも寄らないのは、残念なことであった。
姫君は、母君が妙にやはりひがんだ人で、世間並みの様子でもなく、引きこもっていらっしゃるのを残念にお思いになって、継母(玉鬘)のあたりを心にかけて慕わしく思って、当世風のお気立てでいらっしゃった。兵部卿の宮(蛍兵部卿宮)は、やはり独り身でいらっしゃって、お心にかけていらっしゃったことは、皆思いどおりにならず、世の中もおもしろくなく、物笑いだとお思いになるので、そうして甘えてばかり過ごしていられようかとお思いになって、このあたり(真木柱)に意向を示してお近づきになったところ、大宮(式部卿宮の北の方)が、「何の、大切に育てようと思う娘は、宮仕えに次いでは、親王たちにこそお見せ申し上げるものです。臣下で堅実で平凡な人ばかりを、今の世の人がありがたがるのは、品のないことです」とおっしゃって、あまりじらし申し上げることもなく、お引き受けなさった。親王は、あまりにも恨みどころがないのを物足りなくお思いになるけれど、大体が侮りがたいあたりなので、言い逃れることもおできにならず、お通いになり始めた。宮家ではこの上なく大切にお世話申し上げなさる。大宮は娘が大勢いらっしゃって、さまざまに嘆かわしい折々が多いので、懲りてもしまいそうだけれど、やはりこの姫君のことは思い放ちがたく思われて、「母君は妙なひがみ者に、年ごとにますますなっていかれる。大将はまた、自分の言うことに従わないといって、おろそかに見捨てておしまいになったようなので、たいそう気の毒だ」と言って、御設えなども、立ったり座ったりして、ご自身の手でご覧になって、何かと恐れ多いほどにお心に入れていらっしゃった。
意訳
玉鬘は夕霧を親しく思い、鬚黒は真木柱を引き取りたいが、式部卿宮は許さない。式部卿宮は柏木を婿にと考えるが、柏木は関心を示さない。
蛍兵部卿宮が真木柱に求婚し、大宮は承諾して、孫娘の婚礼の世話に心を尽くす。
語釈・文法注
文法
- 「おもし」(さる世のおもしとなり給ふべきしたかた)
- 重し。世の重鎮。「したかた」は下地、素地。
- 「しななきわざ」(今の世の人のかしこくするしななきわざなり)
- 品のないこと。臣下の堅実な人ばかりを婿としてありがたがるのは下品だ、という大宮の言葉。
- 「ものこり」(物こりもしぬべけれど)
- 物懲り。懲りること。
解説
式部卿宮家は、紫の上の父の家である。式部卿宮の北の方(大宮)は紫の上の継母で、紫の上の幸運を妬み続けてきた人である。その大宮が孫娘の真木柱の縁談に心を砕くのは、娘たちの不運を挽回しようとする思いからである。
柏木が真木柱に関心を示さないのは、女三の宮への思いにとらわれているからである。語り手は「猫には思ひおとし奉るにや」と皮肉る。宮の猫ほどにも、真木柱のことを思わないのであろうか、というのである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、654–657頁(コマ38–39)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日