源氏物語 第33帖 藤裏葉(6)
源氏の訓戒と灌仏会
源氏と夕霧は、親子とも見えず、少し年上の兄ぐらいに見える。別々に見ると同じ顔を写し取ったようだが、並ぶとそれぞれにすばらしい。源氏は薄い直衣に唐めいた白い衣を重ね、夕霧は少し濃い色の直衣に丁子染の衣を着て、優艶である。四月八日の灌仏会には、方々から童を出して布施をするなど、宮中に劣らず盛大に行われる。夕霧は心も落ち着かず、念入りに身なりを整えて雲居雁のもとへ出かける。夕霧が情けをかけていた若い女房の中には、恨めしく思う者もいた。長年の思いが実った夫婦仲は、水も漏らさぬほどである。内大臣も、婿の夕霧をいっそう大切にし、負けた悔しさはあっても、夕霧が長年ほかに心を移さずに辛抱したことをありがたく思う。弘徽殿の女御よりも華やかな雲居雁の幸せに、北の方の女房たちは快く思わないが、按察使大納言の北の方(雲居雁の実母)は喜ぶ。

- 1ことことことうちうちうちあひあひあいめやすきめやすきめやすき御御おんあはひあはひあわいとととおぼさおぼさおぼさるるる。。。御御おん子子こともともとも見見みえええずずずすこしすこしすこしがががこのかみこのかみこのかみばかりばかりばかりととと見見みえええ給給たまふふう。。。ほかほかほかほかほかほかにてにてにてははは同同おなじじじ顏顏かおををを寫寫うつしししとりとりとりたるたるたるととと見見みゆるゆるゆるををを、、、おおお前前まえにてにてにてはははさまざまさまざまさまざまあなあなあなめでためでためでたととと見見みえええ給給たまへへえりりり。。。おとゞおとゞおとどははは薄薄うすききき御御おん直衣直衣のうし白白しろききき御御おんぞぞぞののの唐唐からめきめきめきたるたるたるががが紋紋もんけざやかけざやかけざやかにににつやつやつやつやつやつやとととすきすきすきたるたるたるををを奉奉たてまつりりりててて、、、猶猶なおつきせつきせつきせずずずあてあてあてににになまめかしうなまめかしうなまめかしゅうおはしますおはしますおわします。。。宰相宰相さいしょう殿殿どのははは少少すこししし色色いろ深深ふかききき御御おん直衣直衣のうしににに丁丁ちょう子子じ染染ぞめのののこがるゝこがるゝこがるるまでまでまでしめるしめるしめる白白しろききき綾綾あやののの懷懷なつかしきかしきかしきををを着着き給給たまへへえるるる、、、殊殊ことさらさらさらめきめきめきててて艶艶えんににに見見みゆゆゆ。。。
- 2灌灌かん佛佛ぶつゐてゐていて奉奉たてまつりりりててて御御おん導導どう師師し遲遲おそくくく參參まいりりりけれけれければばば、、、日日ひ暮暮くれれれててて方々方々かたがたよりよりよりわらはべわらはべわらわべいだしいだしいだし布布ふ施施せなどなどなどおほやけおほやけおおやけざまざまざまにににかはらかはらかわらずずず心々心々こころごころにににししし給給たまへへえりりり。。。御御おんまへまへまえののの作法作法さほうをををうつしうつしうつしててて君達君達きんだちなどなどなどももも參參まいりりりつどひつどひつどいてててなかなかなかなかなかなか麗麗うるはしきはしきわしき御前御前おまえよりよりよりももも怪怪あやしうしうしゅう心心こころづかひづかひずかいせせせられられられててておくしおくしおくしがちがちがちなりなりなり。。。
- 3宰相宰相さいしょうはははしづしづしず心心こころなくなくなくいよいよいよいよいよいよけさうじけさうじけそうじひきひきひきつくろひつくろひつくろいててて出出いででで給給たまふふう。。。わざとわざとわざとならならならねねねどどどなさけなさけなさけだちだちだち給給たまふふう若若わか人人うどはははうらめしうらめしうらめしととと思思おもふふうもももありありありけりけりけり。。。年年とし頃頃ごろのののつもりつもりつもり取取とりりり添添そへへえててて思思おもふふうやうやうようなるなるなる御御おんなからひなからひなからいなななめれめれめればばば、、、水水みずももももらもらもらむむんやはやはやは。。。あるじあるじあるじのののおとゞおとゞおとどもももいとゞしきいとゞしきいとどしきちかちかちかまさりまさりまさりををを美美うつくしきくしきくしきものものものににに思思おぼしししててて、、、いみじういみじういみじゅうもてもてもてかしづきかしづきかしずき聞聞きこえええ給給たまふふう。。。まけまけまけぬるぬるぬる方方かたののの口口くち惜惜おしさしさしさははは猶猶なおおぼせおぼせおぼせどどど罪罪つみももも殘殘のこるるるまじうまじうまじゅうぞぞぞ、、、まめやかまめやかまめやかなるなるなる御御おん心心こころざまざまざまなどなどなどののの年年とし頃頃ごろことことこと心心こころなくなくなくててて、、、念念ねんじじじ過過すぐしぐしぐし給給たまへへえるるるなどなどなどをををありがたうありがたうありがとうおぼしおぼしおぼしゆるすゆるすゆるす。。。
- 4女御女御にようごののの御御おん有樣有樣ありさまなどなどなどよりよりよりももも華華はなやかやかやかにににめでたくめでたくめでたくあらまほしけれあらまほしけれあらまほしければばば、、、北北きたののの方方かたさぶらふさぶらふさぶらう人々人々びとなどなどなどははは心心こころよからよからよからずずず思思おもひひいいふいふいうもももあれあれあれどどど、、、何何なにののの苦苦くるしきしきしきとととかかかあらあらあらむむん。。。あぜちあぜちあぜちののの北北きたののの方方かたなどなどなどもももかゝるかゝるかかる方方かたにてにてにて嬉嬉うれしししととと思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまひひいけりけりけり。。。
現代語訳
源氏は、二人は不釣り合いでもなく、見苦しくないご夫婦だとお思いになる。源氏と夕霧は、親子とも見えず、少し年上の兄ぐらいにお見えになる。別々の所では、同じ顔を写し取ったように見えるけれど、御前で並ぶと、それぞれに、まあすばらしいとお見えになった。大臣(源氏)は、薄い色の御直衣に、白い御衣の唐めいたものが、紋がはっきりと、つやつやと透けているのをお召しになって、やはり尽きることなく上品で優美でいらっしゃる。宰相殿は、少し色の濃い御直衣に、丁子染の、焦げるほどに香を焚きしめた白い綾の柔らかなものをお召しになっているのが、格別に優艶に見える。
灌仏の像をお迎えして、御導師が遅く参上したので、日が暮れてから、御方々から童を出して、布施などを、宮中と変わらず、それぞれになさった。御前の作法をまねて、君達なども参集して、かえって端正な宮中の御前よりも、妙に気がつかわれて、気後れしがちである。
宰相は落ち着いた心もなく、ますます念入りに化粧をし、身なりを整えてお出かけになる。特別ではないけれど、情けをかけていらっしゃった若い女房の中には、恨めしいと思う者もいた。長年の積もる思いも加わって、思いどおりのご夫婦仲のようなので、水も漏らさないほどであろう。主人の大臣(内大臣)も、ますます近くで見るほど立派に見える婿を、かわいいものとお思いになって、たいそう大切にお世話申し上げなさる。負けてしまった側の悔しさはやはりお思いになるけれど、恨みも残りそうになく、夕霧の誠実なお心ざまなどが、長年ほかに心を移さず、辛抱して過ごしていらっしゃったことなどを、めったにないことだとお思いになって、お許しになる。
雲居雁のご様子が、女御(弘徽殿の女御)などのご様子よりも、華やかでめでたく申し分ないので、北の方や、お仕えする女房などは、快く思わずに言う者もいるけれど、何の差し支えがあろうか。按察使大納言の北の方(雲居雁の実母)なども、このような縁組で、うれしいと思い申し上げていらっしゃった。
意訳
源氏と夕霧は、親子とも見えず兄弟のようである。灌仏会が盛大に行われ、夕霧は念入りに身なりを整えて雲居雁のもとへ通う。
内大臣は婿の夕霧を大切にし、雲居雁の実母も喜ぶが、内大臣の北の方の女房たちは快く思わない。
語釈・文法注
文法
- 反語の「やは」(水ももらむやは)
- 「水も漏れることがあろうか、いや、ない」。夫婦仲の睦まじさをいう。
- 反語の「とかあらむ」(何の苦しきとかあらむ)
- 「何の差し支えがあろうか」。
解説
源氏と夕霧が兄弟のように見えるという描写は、源氏がまだ若々しいことと、夕霧が立派に成長したことの両方を示している。父と子が並ぶ場面は、源氏の栄華の極みを象徴している。
雲居雁の実母は、内大臣と別れて按察使大納言の北の方となっている。娘の幸せを喜ぶ実母の姿が、短く添えられている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、574–577頁(コマ292–293)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日