古典ライブラリー

源氏物語 第32帖 梅枝(9)

嵯峨帝と延喜帝の御本

登場人物:光源氏・兵部卿宮

その日は書の話で一日を過ごし、源氏は、継ぎ紙の手本を選び出したついでに、兵部卿宮の子の侍従に宮家の手本を取りに行かせる。嵯峨天皇が古万葉集から選んで書かせた四巻と、延喜の帝(醍醐天皇)が古今和歌集を唐の浅縹の紙に書いた巻が届く。巻ごとに書風を変えて書き尽くしたものを、灯火を低くして見て、源氏は、尽きることのない見事さで、今の人は一方面を気取るだけだと感嘆する。宮は、これを姫君のために源氏に差し上げる。源氏は返礼に、侍従に唐の本と高麗笛を贈る。源氏は、世に知られた名手たちに身分を選んで草子や巻物を書かせ、珍しい宝物の中でもこれらの本を見たがる若い人が多かった。源氏は、須磨の日記も姫君に伝えたいと思うが、もう少し世の中を知ってからと思い直す。

夜の六条院で、灯火を低くして、源氏と兵部卿宮が唐の浅縹の紙に書かれた延喜の帝の古今和歌集の巻物を広げて、感嘆しながら見入っている場面(AI生成)
夜の六条院で、灯火を低くして、源氏と兵部卿宮が唐の浅縹の紙に書かれた延喜の帝の古今和歌集の巻物を広げて、感嘆しながら見入っている場面
  1. 1今日けふ今日けふきょうははは又また又またまた、、、手て手ててののの事こと事ことことどもどもどもをををのたまひのたまひのたまいくらしくらしくらしてててさまざまさまざまさまざまのののつぎつぎつぎ紙がみ紙がみがみののの本ほん本ほんほんどもどもどもえりえりえり出い出いいださださださせせせ給たま給たまたまへへえるるる序ついで序ついでついでににに御おん御おんおん子こ子ここののの侍從じじゆう侍從じじゆうじじゅうしてしてして宮みや宮みやみやににに侍さぶら侍さぶらさぶらふふう本ほん本ほんほんどもどもどもとりとりとりににに遣つか遣つかつかはすはすわす。。。嵯さ嵯ささ峨が峨ががのののみかどみかどみかどののの古こ古ここ萬まん萬まんまん葉えふ葉えふよう集しふ集しふしゅうををを撰えら撰えらえらびびび書か書かかかかかせせせ給たま給たまたまへへえるるる四し四しし卷くわん卷くわんかん、、、延えん延えんえん喜ぎ喜ぎぎののの帝みかど帝みかどみかどののの古こ古ここ今きん今きんきん和わ和わわ歌か歌かか集しふ集しふしゅうををを唐から唐からからののの淺あさ淺あさあさはなだはなだはなだののの紙かみ紙かみかみをををつぎつぎつぎててておなじおなじおなじ色いろ色いろいろののの濃こ濃ここきききもんもんもんののの唐から唐からからのののきききののの表へう表へうひょう紙し紙ししおなじきおなじきおなじき玉たま玉たまたまののの軸ぢく軸ぢくじくだんだんだんのののからくみからくみからくみののの紐ひも紐ひもひもなどなどなど、、、なまめかしうなまめかしうなまめかしゅうててて卷まき卷まきまきごとごとごとににに御おん御おんおん手て手ててのののすぢすぢすじをををかへかへかへつゝつゝつついみじういみじういみじゅう書か書かかききき盡つく盡つくつくさささせせせ給たま給たまたまへへえるるる、、、おほとなぶらおほとなぶらおおとなぶらみじかくみじかくみじかく參まゐ參まゐまいりりりててて御覽ごらん御覽ごらんごらんずるずるずるににに「「「つきせつきせつきせぬぬぬものものものかなかなかな。。。このこのこの頃ころ頃ころころののの人ひと人ひとひとははは唯たゞ唯たゞただ片かた片かたかたそばそばそばををを氣色けしき氣色けしきけしきばむばむばむにににこそこそこそありありありけれけれけれ」」」などなどなどめでめでめで給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2やがてやがてやがてこれこれこれはははとゞめとゞめとどめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう。。。「「「女をんな女をんなおんなごごごなどなどなどをををもてもてもて侍はべ侍はべはべらららましましましにににだにだにだに、、、をさをさをさをさおさおさ見み見みみはやすはやすわやすまじきまじきまじきにににははは傳つた傳つたつたふふうまじきまじきまじきををを、、、ましてましてまして朽く朽くくちちちぬぬぬべきべきべきををを」」」などなどなど聞きこ聞きこきこえええててて奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれ給たま給たまたまふふう。。。侍從じじゆう侍從じじゆうじじゅうににに唐から唐からからののの本ほん本ほんほんなどなどなどのののいといといとわざとがましきわざとがましきわざとがましきぢんぢんじんののの箱はこ箱はこはこににに入い入いいれれれててていみじきいみじきいみじき高こ高ここ麗ま麗まま笛ぶえ笛ぶえぶえそへそへそえててて奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれ給たま給たまたまふふう。。。
  3. 3又また又またまたこのこのこの頃ころ頃ころころははは唯たゞ唯たゞただかんなかんなかんなのののさだめさだめさだめをををししし給たま給たまたまひひいててて世よ世よよののの中なか中なかなかにてにてにてかくかくかくととと覺おぼ覺おぼおぼえええたるたるたるかみかみかみなかなかなかしもしもしもののの人々びと人々びとびとにににもももさるべきさるべきさるべきものものものどもどもどもおぼしおぼしおぼしはからひはからひはからいててて尋たづ尋たづたずねねねててて書か書かかかかかせせせ給たま給たまたまふふう。。。このこのこの御おん御おんおん箱はこ箱はこはこにににははは立た立たたちちちくだれくだれくだれるるるをををばばばまぜまぜまぜ給たま給たまたまははわずずず。。。わざとわざとわざと人ひと人ひとひとののの程ほど程ほどほどしなしなしなわかわかわかせせせ給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ草さう草さうそう子し子しし卷まき卷まきまき物もの物ものもの皆みな皆みなみなかゝせかゝせかかせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、萬よろづ萬よろづよろずににに珍めづ珍めづめずらからからかなるなるなる御おん御おんおん寳たから寳たからたからものものものどもどもども、、、ひとひとひとのののみかどみかどみかどまでまでまでありがたげありがたげありがたげなるなるなる中なか中なかなかににに、、、このこのこの本ほん本ほんほんどもどもどもなむなむなんゆかしゆかしゆかしととと心こころ心こころこころ動うご動うごうごききき給たま給たまたまふふう若わか若わかわか人うど人うどうど世よ世よよににに多おほ多おほおおかりかりかりけるけるける。。。
  4. 4御おん御おんおん繪ゑ繪ゑえどもどもどもとゝのへとゝのへととのえさせさせさせ給たま給たまたまふふう中なか中なかなかにににかのかのかの須す須すす磨ま磨ままののの日に日にに記き記ききははは末すゑ末すゑすえにににももも傳つた傳つたつたへへえ知し知ししらせらせらせむむんとととおぼせおぼせおぼせどどど今いま今いまいま少すこ少すこすこししし世よ世よよをををももも思おぼ思おぼおぼししししりしりしりなむなむなんにににとととおぼしおぼしおぼしかへしかへしかえしててて又また又またまたとりとりとり出い出いいででで給たま給たまたまははわずずず。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

今日もまた、書の事などをお話しになって一日を過ごし、さまざまの継ぎ紙の手本などを選び出させなさったついでに、宮は、御子の侍従を使いにして、宮家にある手本などを取りに遣わす。嵯峨の帝が古万葉集から選んでお書かせになった四巻と、延喜の帝(醍醐天皇)が古今和歌集を、唐の浅縹の紙を継いで、同じ色の濃い紋の唐の綺の表紙、同じ色の玉の軸、緞の唐組の紐などで、優美にして、巻ごとに書風を変えながら、すばらしく書き尽くしなさったものを、灯火を低くしてご覧になると、源氏は「尽きることのない見事さだ。この頃の人は、ただ一方面を気取っているだけだったのだ」などとおほめになる。

宮は、そのままこれを源氏のもとに置いて差し上げなさる。「女の子などを持っておりましたとしても、ろくに見て賞美しないような者には伝えないものですが、まして私のもとでは朽ちてしまいそうなので」などと申し上げて、差し上げなさる。源氏は、侍従に、唐の本などのたいそう立派なものを沈の箱に入れて、すばらしい高麗笛を添えて差し上げなさる。

またこの頃は、ひたすら仮名の品定めをなさって、世の中で名手として知られている上中下の人々にも、ふさわしいものなどをお考えになって、探し求めてお書かせになる。この姫君の御箱には、身分の低い者のものはおまぜにならない。わざわざ人の身分の程を区別させなさりながら、草子や巻物を皆書かせ申し上げ、何事にも珍しい御宝物などが、異国の朝廷にまでめったにないほどある中で、この手本などを見たいと心を動かしなさる若い人が、世に多かった。

御絵なども整えさせなさる中で、あの須磨の日記は、子孫にも伝えて知らせたいとお思いになるけれど、もう少し世の中のこともお分かりになってからとお考え直しになって、まだお取り出しにならない。

意訳

兵部卿宮は、嵯峨帝の古万葉集と延喜帝の古今和歌集の御本を源氏に贈り、源氏は感嘆する。

源氏は、名手たちに草子や巻物を書かせて姫君の調度を整えるが、須磨の日記は、もう少し後に伝えようと思う。

語釈・文法注

文法

反実仮想の「ましにだに」(もて侍らましにだに)
「持っておりましたとしても」。仮定の上に「だに」を加えて強める。
係り結び「こそ…けれ」(氣色ばむにこそありけれ)
「こそ」に応じて已然形「けれ」で結ぶ。

解説

嵯峨天皇や醍醐天皇の御筆の本は、皇族である兵部卿宮の家に伝わる宝物である。宮がそれを姫君のために源氏に贈ることは、姫君の入内が皇族からも祝福されていることを示している。

須磨の日記は、絵合の巻で、源氏が須磨で描いた絵日記として披露されたものである。源氏がそれを姫君に伝えたいと思いながら、まだ早いと思い直すのは、須磨での苦難を、成長した娘に分かってほしいという願いからであろう。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、564–567頁(コマ287–288)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日