源氏物語 第32帖 梅枝(8)
兵部卿宮の草子
兵部卿宮が訪れたので、源氏は驚いて直衣を着て迎え入れる。宮も清らかな姿で御階を上り、二人は互いにかしこまって挨拶を交わす。宮は、頼まれた草子を持ってきていた。宮の筆跡は、特にすぐれているわけではないが、一つの方面でたいそう洗練されていて、古歌を選んで三行ほどに文字少なく好ましく書いてある。源氏は驚いて、筆を投げ捨てたいほどだと悔しがる。源氏が書いた草子も見せ合うと、唐の紙に書いた草仮名もすばらしいが、高麗の紙に書いたおおらかな女手は、たとえようもないほど美しく、紙屋紙の色紙に乱れ書きした草仮名も見どころが限りない。左衛門督のものは大げさで筆の運びが洗練されていない。夕霧の葦手は、水の勢いや葦の生え方が難波の浦を思わせて、たいそう洗練されていると、宮はほめる。

- 1兵部卿兵部卿ひょうぶきょう宮宮みや渡渡わたりりり給給たまふふうととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、おどろきおどろきおどろきててて御御おん直衣直衣のうし奉奉たてまつりりり御御おんしとねしとねしとねまゐりまゐりまいり添添そへへえさせさせさせ給給たまひひいててて、、、やがてやがてやがて待待まちちちとりとりとり入入いれれれ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。このこのこの宮宮みやもももいといといと淸淸きよげげげにてにてにてみはしみはしみはしさまさまさまよくよくよく步步あゆみみみのぼりのぼりのぼり給給たまふふうほどほどほど、、、うちうちうちにににももも人々人々びとのぞきのぞきのぞきててて見見み奉奉たてまつるるる。。。うちうちうちかしこまりかしこまりかしこまりててて、、、かたみにかたみにかたみに麗麗うるはしはしわしだちだちだち給給たまへへえるるるもももいといといと淸淸きよらららなりなりなり。。。「「「つれづれつれづれつれずれににに籠籠こもりりり侍侍はべるるるももも苦苦くるしきしきしきまでまでまで思思おもううう給給たまへへえらるゝらるゝらるる頃頃ころののののどけきのどけきのどけきににに折折おりよくよくよく渡渡わたらららせせせ給給たまへへえるるる」」」ととと喜喜よろこびびび聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 2かのかのかの御御おん草草そう子子しもたもたもたせせせててて渡渡わたりりり給給たまへへえるるるなりなりなりけりけりけり。。。やがてやがてやがて御覽御覽ごらんずれずれずればばばすぐれすぐれすぐれてててしもしもしもあらあらあらぬぬぬ御御おん手手てをををたゞたゞただかたかどかたかどかたかどにににいといといといたういたういとう筆筆ふですみすみすみたるたるたる氣色氣色けしきありありありててて書書かきききなしなしなし給給たまへへえりりり。。。歌歌うたもももことさらことさらことさらめきめきめきそばみそばみそばみたるたるたるふるふるふる事事ごとどもどもどもをををえりえりえりててて唯唯ただ三三みぐたりぐたりぐたりばかりばかりばかりににに文文も字字じずくなずくなずくなににに好好このましくましくましくぞぞぞかきかきかき給給たまへへえるるる。。。おとゞおとゞおとど御覽御覽ごらんじじじおどろきおどろきおどろきぬぬぬ。。。「「「かうかうこうまでまでまでははは思思おもひひい給給たまへへえずずずこそこそこそありありありつれつれつれ。。。更更さらににに筆筆ふでなげなげなげ捨捨すつつつべしべしべしややや」」」とととねたがりねたがりねたがり給給たまふふう。。。「「「かゝるかゝるかかる御御おん中中なかにににおもなくおもなくおもなくくだすくだすくだす筆筆ふでののの程程ほど、、、さりともさりともさりともとととなむなむなん思思おもううう給給たまふるふるうる」」」などなどなど戯戯たわぶれぶれぶれ給給たまふふう。。。
- 3書書かききき給給たまへへえるるる草草そう子子しどもどもどもゝゝも隱隱かくししし給給たまふふうべきべきべきならならならねねねばばばとうでとうでとうで給給たまひひいてててかたみにかたみにかたみに御覽御覽ごらんずずず。。。唐唐からののの紙紙かみのののいといといとすくみすくみすくみたるたるたるにににさうさうそうにににかきかきかき給給たまへへえるるるすぐれすぐれすぐれてててめでたしめでたしめでたしととと見見み給給たまふふうににに、、、こまこまこまののの紙紙かみののの肌肌はだこまかこまかこまかににになごうなごうなごうなつかしきなつかしきなつかしきががが、、、色色いろなどなどなどははは華華はなやかやかやかならならならでででなまめきなまめきなまめきたるたるたるにににおほどかおほどかおおどかなるなるなる女女おんな手手でののの麗麗うるはしうはしうわしゅう心心こころ留留とどめめめててて書書かききき給給たまへへえるるる、、、譬譬たとふふうべきべきべきかたかたかたなしなしなし。。。見見み給給たまふふう人人ひとののの淚淚なみださへさへさへ水水みず莖莖ぐきににに流流ながれれれそふそふそう心心ここちちちしししててて飽飽あくくく世世よあるあるあるまじきまじきまじきににに、、、又又またこゝこゝここのののかんやかんやかんやのののしきししきししきしののの色色いろあひあひあい華華はなやかやかやかなるなるなるににに亂亂みだれれれたるたるたるさうさうそうののの歌歌うたををを筆筆ふでににに任任まかせせせててて亂亂みだれれれかきかきかき給給たまへへえるるるさまさまさま見見み所所どころかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。しどろもどろしどろもどろしどろもどろににに愛愛あいぎやうづきぎやうづきぎょうずき見見みまほしけれまほしけれまほしければばば更更さらにににのこりのこりのこりどもどもどもににに目目めももも見見みやりやりやり給給たまははわずずず。。。
- 4左左さ衛衛え門門もん督督のかみのののはははことごとしうことごとしうことごとしゅうかしこげかしこげかしこげなるなるなるすぢすぢすじをををのみのみのみ好好このみみみててて書書かきききたれたれたれどどど筆筆ふでのののおきておきておきてすますますまぬぬぬ心地心地ここちしししててていたはりいたはりいたわり加加くわへへえたるたるたる氣色氣色けしきなりなりなり。。。歌歌うたなどなどなどももも殊殊ことさらさらさらめきめきめきてててえりえりえり書書かきききたりたりたり。。。女女おんなのののはははまほまほまほにににもももとりとりとり出出いででで給給たまははわずずず、、、齋齋さい院院いんのののなどなどなどはははましてましてましてとうでとうでとうで給給たまははわざりざりざりけりけりけり。。。
- 5「「「あしてあしてあしてののの草草そう子子しどもどもどもぞぞぞ心々心々こころごころにににはかなうはかなうはかのうをかしきをかしきおかしき。。。宰相宰相さいしょう中將中將ちゅうじょうのののははは水水みずのののいきほひいきほひいきおいゆたかゆたかゆたかにににかきかきかきなしなしなしそゝけそゝけそそけたるたるたる芦芦あしののの生生おひひいざまざまざまなどなどなど、、、難難なに波波わののの浦浦うらにににかよひかよひかよいてててこなたこなたこなたかなたかなたかなたゆきゆきゆきまじりまじりまじりててていたういたういとうすみすみすみたるたるたる所所ところありありあり。。。又又またいといといといかめしういかめしういかめしゅうひきひきひきかへかへかえててて、、、文文も字字じょやうやうう、、、石石いしなどなどなどのののたゝずまひたゝずまひたたずまいこのみこのみこのみかきかきかき給給たまへへえるるるひらひらひらもももあああめりめりめり。。。目目めももも及及およばばばすすす、、、これこれこれはははいといといとまいりまいりまいりぬぬぬべきべきべき物物ものかなかなかな」」」とととけうじけうじきょうじめでめでめで給給たまふふう。。。何事何事なにごとももも物物ものごのみごのみごのみしししえんえんえんがりがりがりおはするおはするおわする御御おん子子こにてにてにていといといといみじういみじういみじゅうめでめでめで聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
現代語訳
兵部卿宮がお渡りになると申し上げるので、源氏は驚いて御直衣をお召しになり、御茵を加えて差し上げさせなさって、そのままお待ち受けしてお入れ申し上げなさる。この宮もたいそう清らかな姿で、御階を姿よく上っていらっしゃるのを、内でも女房たちがのぞいて拝見する。互いにかしこまって、礼儀正しく振る舞っていらっしゃるのも、たいそう美しい。源氏は「つれづれに籠もっておりますのも苦しいほどに思われる、のどかな頃に、ちょうどよくいらっしゃいました」と喜んで申し上げなさる。
宮は、あの頼まれた草子を持たせていらっしゃったのであった。すぐにご覧になると、特にすぐれているわけではないご筆跡を、ただ一つの方面で、たいそうひどく筆の洗練された様子に書き上げていらっしゃる。歌も、わざと風変わりな古歌などを選んで、ただ三行ほどに、文字少なく好ましくお書きになっている。大臣は、ご覧になって驚いた。「これほどまでとは思っておりませんでした。まったく、筆を投げ捨ててしまいたくなりますね」と悔しがりなさる。宮は「このような方々の中に、臆面もなく下ろす筆のほどを、それでもと思っております」などと戯れなさる。
源氏がお書きになった草子なども、隠しなさるべきものでもないので、取り出しなさって、互いにご覧になる。唐の紙のたいそうこわばったものに、草仮名でお書きになったのが、すぐれてすばらしいとご覧になると、高麗の紙の、肌理が細かく柔らかで親しみやすいものに、色などは華やかでなく優美なのに、おおらかな女手を端正に心をとめてお書きになっているのは、たとえようもない。見る人の涙までも、筆跡に流れ添うような気がして、見飽きることもないのに、またここの紙屋紙の色紙の色合いが華やかなのに、乱れた草仮名の歌を、筆に任せて乱れ書きなさった様子は、見どころが限りない。自由奔放で愛嬌があって、いつまでも見ていたいので、宮は、まったくほかのものには目もおやりにならない。
左衛門督のものは、大げさに賢そうな方面ばかりを好んで書いているけれど、筆の運びが洗練されていない気がして、技巧を加えた様子である。歌なども、ことさらめいたものを選んで書いている。女君たちのものは、源氏は正面からはお取り出しにならず、前斎院のものなどは、まして取り出しなさらなかった。
宮は「葦手の草子などは、それぞれに、はかなく趣深い。宰相中将のものは、水の勢いを豊かに書きなして、乱れた葦の生え方など、難波の浦に似通っていて、あちらこちらで行き交って、たいそう洗練された所がある。また、たいそういかめしく趣を変えて、文字の形や石などのたたずまいを好んでお書きになった紙もあるようだ。目も及ばない、これはたいそう手間のかかったものですね」と、興じてほめなさる。何事にも物好きで風流を好んでいらっしゃる親王なので、たいそうひどくほめ申し上げなさる。
意訳
兵部卿宮が、頼まれた草子を持って訪れる。宮の筆跡は洗練されていて、源氏は驚いて悔しがる。
源氏の草子や若い人々の葦手を見比べ、宮は、夕霧の葦手を特にほめる。
語釈・文法注
文法
- 係り結び「こそ…つれ」(思ひ給へずこそありつれ)
- 「こそ」に応じて已然形「つれ」で結ぶ。「これほどまでとは思っておりませんでした」。
- 推量の「あめり」(ひらもあめり)
- 「あるめり」の撥音便無表記。「紙もあるようだ」。
解説
源氏と兵部卿宮は、風流を解する兄弟として、互いの筆跡を認め合う。宮の「たゞかたかどに」すぐれた筆跡に対して、源氏の筆跡はさまざまな書体にわたって見事であり、源氏の多才さが際立っている。
夕霧の葦手が難波の浦の風景を思わせると評されるのは、夕霧の誠実で力強い人柄を反映しているようである。若い世代の成長が、書を通しても描かれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、564–565頁(コマ287)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日