古典ライブラリー

源氏物語 第32帖 梅枝(6)

東宮の元服と草子の準備

登場人物:光源氏・紫の上

東宮の元服は二月二十日過ぎに行われる。人々は娘を入内させようとするが、源氏の姫君の準備があまりに格別なので、左大臣や左大将なども遠慮する。それを聞いた源氏は、宮仕えは多くの人の中で競うのが本来の姿だと言って、姫君の入内を延ばす。そこで左大臣の三の君が先に入内し、麗景殿と呼ばれる。姫君は四月に入内することになり、源氏は昔の宿直所の淑景舎を改装し、調度も念入りに整える。入内の調度として草子の箱に入れる手本を選び、源氏は、仮名の書だけは今の世が昔にまさると言う。かつて女手を熱心に習った頃、六条御息所の何気ない走り書きを見て格別だと思ったと語り、その娘の秋好中宮の筆跡は細やかだが才気が劣ると、紫の上にささやく。

六条院の一室で、源氏が古今の名筆の手本を広げて紫の上に見せながら、仮名の書の良し悪しをささやいている場面(AI生成)
六条院の一室で、源氏が古今の名筆の手本を広げて紫の上に見せながら、仮名の書の良し悪しをささやいている場面
  1. 1春宮とうぐう春宮とうぐうとうぐうののの御おん御おんおん元げん元げんげん服ぷく服ぷくぷくははは廿餘日はつかあまり廿餘日はつかあまりはつかあまりののの程ほど程ほどほどににになむなむなんありありありけるけるける。。。いといといとおとなしくおとなしくおとなしくおはしませおはしませおわしませばばば人ひと人ひとひとのののむすめむすめむすめどもどもどもきほひきほひきおい參まゐ參まゐまいらすらすらすべきべきべきことことことををを心こころ心こころこころざしざしざしおぼすおぼすおぼすなれなれなれどどど、、、このこのこの殿との殿とのとののののおぼしおぼしおぼしきざすきざすきざすさまさまさまのののいといといと殊こと殊ことことなれなれなればばば、、、なかなかなかなかなかなかにてにてにてやややまじらはまじらはまじらわむむんととと、、、左ひだり左ひだりひだりのののおとゞおとゞおとど左さ左ささ大だい大だいだい將しやう將しやうしょうなどなどなどもももおぼしおぼしおぼしとゞまるとゞまるとどまるなるなるなるををを聞きこ聞きこきこしめししめししめしててて「「「いといといとたいだいしきたいだいしきたいだいしきことことことなりなりなり。。。宮仕みやづかへ宮仕みやづかへみやづかえのののすぢすぢすじはははあまたあまたあまたあるあるある中なか中なかなかににに少すこ少すこすこしししのののけぢめけぢめけじめをををいどまいどまいどまむむんこそこそこそほいほいほいならならならめめめ。。。そこらそこらそこらのののきやうさくきやうさくきょうさくののの姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみ達たち達たちたちのののひきひきひきこめこめこめられられられなばなばなば世よ世よよににに、、、はえはえはえあらあらあらじじじ」」」とととのたまひのたまひのたまいててて御おん御おんおん參まゐ參まゐまいりりりのののびびびぬぬぬ。。。
  2. 2つぎつぎつぎつぎつぎつぎにににもももとととしづめしづめしずめ給たま給たまたまひひいけるけるけるををを、、、かゝるかゝるかかるよしよしよし所々ところどころ所々ところどころところどころににに聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて左さ左ささ大だい大だいだい臣じん臣じんじん殿どの殿どのどのののの三さん三さんさんののの君きみ君きみきみ參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。麗れい麗れいれい景けい景けいけい殿でん殿でんでんととと聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。このこのこの御おん御おんおんかたかたかたははは昔むかし昔むかしむかしののの御おん御おんおんとのゐとのゐとのい所どころ所どころどころしげいさしげいさしげいさををを改あらた改あらたあらためめめしつらひしつらひしつらいててて御おん御おんおん參まゐ參まゐまいりりりのびのびのびぬるぬるぬるををを、、、宮みや宮みやみやにににももも心こころ心こころこころもとながらもとながらもとながらせせせ給たま給たまたまへへえばばば、、、四月うづき四月うづきうずきにににととと定さだ定さださだめめめさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。御おん御おんおん調度てうど調度てうどちょうどどもどもどもゝゝももともともとあるあるあるよりよりよりももも整とゝの整とゝのととのへへえててて、、、御おん御おんおんみづからみづからみずからももも物もの物ものもののののしたかたしたかたしたかたゑやうゑやうえようなどなどなどをををももも御覽ごらん御覽ごらんごらんじじじ入い入いいれれれつゝつゝつつすぐれすぐれすぐれたるたるたる道々みちみち道々みちみちみちみちののの上手じやうず上手じやうずじょうずどもどもども召め召めめししし集あつ集あつあつめめめてててこまかこまかこまかににに磨みが磨みがみがききき整とゝの整とゝのととのへへえさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。
  3. 3さうしさうしそうしののの箱はこ箱はこはこどもどもどもににに入い入いいるるるべきべきべきさうしさうしそうしどもどもどものののやがてやがてやがて本ほん本ほんほんにににもももししし給たま給たまたまふふうべきべきべきをををえらえらえらせせせ給たま給たまたまふふう。。。いにしへいにしへいにしえのののかみかみかみなきなきなききはきはきわののの御おん御おんおん手て手ててどもどもどもののの世よ世よよににに名な名ななををを殘のこ殘のこのこししし給たま給たまたまへへえるるるたぐひたぐひたぐいのののもももいといといと多おほ多おほおおくくくさぶらふさぶらふさぶらう。。。
  4. 4「「「萬よろづ萬よろづよろずののの事こと事ことこと昔むかし昔むかしむかしにににははは劣おと劣おとおとりりりざまざまざまににに淺あさ淺あさあさくくくなりなりなり行ゆ行ゆゆくくく世よ世よよのののすゑすゑすえなれなれなれどどど、、、かんなかんなかんなのののみみみなむなむなん今いま今いまいまののの世よ世よよはははいといといときはきはきわなくなくなくなりなりなりたるたるたる。。。ふるきふるきふるき跡あと跡あとあとははは定さだ定さださだまれまれまれるるるやうやうようにににあれあれあれどどどひろきひろきひろき心こころ心こころこころゆたかゆたかゆたかならならならずずず、、、一ひと一ひとひとすぢすぢすじににに通かよ通かよかよひひいてててなむなむなんありありありけるけるける。。。たへたへたえにににをかしきをかしきおかしきことことことはははとととよりよりよりてててこそこそこそ書か書かかききき出い出いいづるづるずる人々びと人々びとびとありありありけれけれけれどどど、、、女をんな女をんなおんなでででををを心こころ心こころこころににに入い入いいれれれててて習なら習ならならひひいしししさかりさかりさかりにににことことこともももなきなきなき手て手てて本ほん本ほんほんおほくおほくおおく集つど集つどつどへへえたりたりたりししし中なか中なかなかににに、、、中宮ちゆうぐう中宮ちゆうぐうちゅうぐうののの母はゝ母はゝはは御息所みやすどころ御息所みやすどころみやすどころののの心こころ心こころこころににに入い入いいれれれずずず走はし走はしはしりりり書か書かかいいい給たま給たまたまへへえりりりししし一ひと一ひとひとくだりくだりくだりばかりばかりばかりわざとわざとわざとならならならぬぬぬをををえええてててきはきはきわことことことににに覺おぼ覺おぼおぼえええしししはははややや。。。
  5. 5さてさてさてあるあるあるまじきまじきまじき御おん御おんおん名な名ななもももたてたてたて聞きこ聞きこきこえええてててしししぞぞぞかしかしかし。。。悔くや悔くやくやしきしきしき事こと事ことことににに思おも思おもおもひひいしみしみしみ給たま給たまたまへへえりりりしかしかしかどどどさしもさしもさしもあらあらあらざりざりざりけりけりけり。。。宮みや宮みやみやにににかくかくかく後うしろ後うしろうしろ見み見みみ仕つか仕つかつかうまつるうまつるうまつるとととををを、、、心こころ心こころこころ深ふか深ふかふこうううおはせおはせおわせしかしかしかばばばなきなきなき御おん御おんおん影かげ影かげかげにににももも見み見みみなほしなほしなおし給たま給たまたまふふうらむらむらん。。。宮みや宮みやみやののの御おん御おんおん手て手ててはははこまかこまかこまかにににをかしげをかしげおかしげなれなれなれどどどかどかどかどややや後おく後おくおくれれれたらたらたらむむん」」」とととうちうちうちさゝめきさゝめきささめきててて聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

東宮の御元服は、二月二十日過ぎ頃にあった。たいそう大人びていらっしゃるので、人々は娘たちを競って入内させようと志していらっしゃるようだけれど、この殿(源氏)がお考えになっている様子がたいそう格別なので、かえって中途半端に宮仕えすることになるだろうと、左大臣や左大将なども思いとどまっていらっしゃるそうなのをお聞きになって、源氏は「たいそうけしからぬことだ。宮仕えの道は、大勢いる中で、少しの差を競うのこそ本意であろう。たくさんのすぐれた姫君たちが引きこもってしまったら、世に張り合いもないだろう」とおっしゃって、姫君の御入内を延期なさった。

次々にと控えていらっしゃったのを、このようなことをあちこちでお聞きになって、左大臣殿の三の君が入内なさった。麗景殿と申し上げる。こちらの姫君の御方は、昔の源氏の御宿直所である淑景舎を改装して、御入内が延びたのを、東宮も待ち遠しくお思いになっているので、四月にとお決めになる。御調度なども、もとからあるものよりもさらに整えて、ご自身も、物の下絵や図案などもご覧になりながら、すぐれた諸道の名人たちを召し集めて、細かく磨き整えさせなさる。

草子の箱に入れるはずの草子などで、そのまま手本にもなさるはずのものを選ばせなさる。昔の、この上ない身分の方々のご筆跡で、世に名を残していらっしゃる類のものも、たいそう多くある。

源氏は「何事も、昔よりは劣ったように浅くなっていく末の世だけれど、仮名だけは、今の世はたいそう際限もなくすぐれたものになった。古い筆跡は、決まった形があるようだけれど、のびやかな心はゆたかでなく、一筋に通っているばかりであった。妙に趣深いものは、近頃になってから書き出す人々があるけれど、私が女手を熱心に習った盛りの頃に、欠点のない手本を多く集めた中で、中宮の母御息所(六条御息所)が、心を入れずに走り書きなさった一行ほどの、何気ないものを手に入れて、格別にすぐれていると思ったものだ。

そうして、あってはならないお噂も立てて差し上げてしまったのだったよ。御息所は悔しいことと深く思い込んでいらっしゃったけれど、それほどでもなかった。娘の宮(秋好中宮)に、このようにお世話申し上げていることを、思慮深くいらっしゃったので、亡き御影にも見直してくださっているだろう。宮のご筆跡は、細やかで美しいけれど、才気が劣っているだろうか」と、紫の上にささやいて申し上げなさる。

意訳

東宮の元服の後、源氏は、ほかの姫君たちが遠慮しないよう姫君の入内を延ばし、左大臣の三の君が先に入内する。姫君の入内は四月と決まり、源氏は淑景舎を改装し、草子の手本を選ぶ。

源氏は、仮名の書は今の世が昔にまさると言い、六条御息所の走り書きを格別だと思った思い出を、紫の上にささやく。

語釈・文法注

文法

係り結び「こそ…め」(いどまむこそほいならめ)
「こそ」に応じて已然形「め」で結ぶ。「競うのこそ本意であろう」。
推量の「らむ」(見なほし給ふらむ)
現在推量。「見直してくださっているだろう」。

解説

源氏が姫君の入内を延ばして、ほかの姫君たちの入内を促すのは、権勢を独占しようとしない、源氏の度量の大きさを示している。結果として、源氏の姫君の入内は、いっそう重みを増すことになる。

源氏の書論は、平安時代の仮名書道の発達を反映している。六条御息所の筆跡を懐かしむ源氏の言葉には、亡き御息所への複雑な思いと、その娘の秋好中宮を後見している自負とが込められている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、560–563頁(コマ285–286)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日