源氏物語 第31帖 真木柱(19)
北の方の嘆きと玉鬘の出産
式部卿宮邸に戻った北の方は、月日がたつにつれてますます思い沈み、ぼけたようになっていく。髭黒は、生活の面倒は細かく見て、子どもたちも変わらず大切にしているので、すっかり縁が切れたわけではない。髭黒は姫君(真木柱)を恋しく思うが、宮家は会わせようとしない。姫君は、周囲が父を恨むので、ますます隔てられて心細く悲しい。男の子たちは髭黒の邸に通い、玉鬘がやさしく接してくれると話すので、姫君はうらやましく思う。その年の十一月、玉鬘はかわいい男の子を産み、髭黒は思いどおりだと大切にする。内大臣も満足し、柏木は、宮仕えを続けていれば帝の御子を産んで面目を施したろうにと言う。玉鬘は、尚侍としての公務はこなしながらも、宮中に参上することは、このまま途絶えてしまうようだ。

- 1かのかのかのもともともとののの北北きたののの方方かたははは月月つき日日ひ隔隔へだたるたるたるまゝまゝままにににあさましあさましあさましととと物物ものををを思思おもひひい沈沈しずみみみいよいよいよいよいよいよほけほけほけしれしれしれててて物物ものししし給給たまふふう。。。大將大將だいしょう殿殿どのははは大方大方おおかたのののとぶらひとぶらひとぶらい何事何事なにごとをををももも委委くわしうしうしゅうおぼしおぼしおぼしおきおきおきててて、、、君達君達きんだちをををばばばかはらかはらかわらずずず思思おもひひいかしづきかしづきかしずき給給たまへへえばばばえええしもしもしもかけかけかけ離離はなれれれ給給たまははわずずず、、、まめやかまめやかまめやかなるなるなる方方かたのののたのみたのみたのみははは同同おなじじじごとごとごとにてにてにてなむなむなん物物ものししし給給たまひひいけるけるける。。。
- 2姬君姬君ひめぎみをををぞぞぞ堪堪たへへえがたくがたくがたくこひこひこい聞聞きこえええ給給たまへへえどどど絕絕たえええててて見見みせせせ奉奉たてまつりりり給給たまははわずずず。。。わかいわかいわかい御心御心みこころのののうちうちうちににに、、、このこのこの父父ちち君君きみををを誰誰たれももも誰誰たれもももゆるしゆるしゆるしなうなうのう恨恨うらみみみ聞聞きこえええでででいよいよいよいよいよいよ隔隔へだててて給給たまふふうことことことのみのみのみまされまされまさればばば心心こころぼそくぼそくぼそく悲悲かなしきしきしきににに、、、をとこをとこおとこ君達君達きんだちははは常常つねににに參參まいりりりなれなれなれつゝつゝつつかんかんかんののの君君きみののの御御おん有樣有樣ありさまなどなどなどをををもももおのづからおのづからおのずから事事ことにににふれふれふれててて打打うちちち語語かたりりりててて、、、「「「まろらまろらまろらをををもももらうたくらうたくろうたく懷懷なつかしうしうしゅうなむなむなんししし給給たまふふう。。。明明あけ暮暮くれをかしきをかしきおかしき事事ことををを好好このみみみててて物物ものししし給給たまふふう」」」などなどなどいふいふいうににに羨羨うらやましうましうましゅう、、、かやうかやうかようにてにてにてももも安安やすらからからかにににふるまふふるまふふるまう身身みならならならざりざりざりけむけむけんををを嘆嘆なげききき給給たまふふう。。。あやしうあやしうあやしゅうをとこをとこおとこ女女おんなにににつけつけつけつゝつゝつつ人人ひとににに物物ものををを思思おもははわするするするかんかんかんののの君君きみにににぞぞぞおはしおはしおわしけるけるける。。。
- 3そのそのその年年としののの十一月十一月しもつきにににいといといとをかしきをかしきおかしきちごちごちごをををさへさへさへ抱抱いだききき出出いででで給給たまへへえれれればばば、、、大將大將だいしょうももも思思おもふふうやうやうようにににめでたしめでたしめでたしととともてもてもてかしづきかしづきかしずき給給たまふふう事事こと限限かぎりりりなしなしなし。。。そのそのその程程ほどのののありさまありさまありさまはははいはいはいわずずずともともとも思思おもひひいやりやりやりつつつべきべきべき事事ことぞぞぞかしかしかし。。。父父ちちおとゞおとゞおとどもももおのづからおのづからおのずから思思おもふふうやうやうようなるなるなる御御おん宿宿すく世世せとととおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。わざとわざとわざとかしづきかしづきかしずき給給たまふふう君達君達きんだちにににももも御御おんかたちかたちかたちなどなどなどははは劣劣おとりりり給給たまははわずずず。。。
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現代語訳
あのもとの北の方は、月日が隔たるにつれて、情けないことと物思いに沈み、ますますぼけたようになっていらっしゃる。大将殿は、一通りのお世話は何事も細かくお心にかけて、君達を変わらず大切にお世話なさっているので、すっかり縁が切れたわけでもなく、実際の暮らしの頼りは、以前と同じようにしていらっしゃった。
大将は姫君をたまらなく恋しく思い申し上げなさるけれど、宮家ではまったくお見せ申し上げなさらない。姫君は、幼いお心の中で、誰も誰もこの父君を許さず恨み申し上げて、ますます隔てなさることばかりが多くなるので、心細く悲しいのに、男君たちは、いつも父の邸に参り慣れていて、尚侍の君のご様子なども、自然と何かにつけて話して、「私たちのこともかわいがって、親しくしてくださいます。明け暮れ、楽しいことを好んでいらっしゃいます」などと言うので、うらやましく、このように気楽に振る舞える身ではなかったことを嘆いていらっしゃる。妙に、男にも女にも、人に物思いをさせる尚侍の君でいらっしゃった。
その年の十一月に、たいそうかわいい稚児までもお産みになったので、大将も思いどおりでめでたいと、大切にお世話なさることは限りがない。その時の様子は、言わなくても想像できることであるよ。父大臣も、自然と思いどおりのご運命だとお思いになっている。格別に大切にお育てになっている君達にも、ご容貌などは劣りなさらない。
頭中将(柏木)も、この尚侍の君を、たいそう慕わしい姉妹として親しく申し上げなさるものの、さすがに未練のあるご様子をまじえながら、宮仕えを続けていらっしゃったらかいがあったろうに、この若君のかわいらしさにつけても、今まで帝に御子がいらっしゃらない嘆きを拝見するにつけて、どんなに面目を施しただろうと、あまりなことまで思っておっしゃる。玉鬘は、尚侍としての公務はしかるべく取り計らいなどしながら、宮中に参上なさることは、そのままこうして途絶えてしまいそうだ。それもまた、もっともなことであろう。
意訳
式部卿宮邸に戻った北の方は、ますます思い沈み、姫君(真木柱)は父に会えず心細く思う。男の子たちは髭黒の邸に通い、玉鬘にかわいがられている。
その年の十一月、玉鬘は男の子を産み、髭黒は大切にする。玉鬘の宮中への出仕は、このまま途絶えてしまいそうである。
語釈・文法注
文法
- 反実仮想の「まし」(宮仕にかひありて物し給はましものを)
- 「宮仕えを続けていらっしゃったら、かいがあったろうに」。
- 推量の「べかめり」(やみぬべかめり)
- 「べかるめり」の撥音便無表記。「途絶えてしまいそうだ」。
解説
北の方と姫君の不幸は、玉鬘の幸福と対照的に描かれる。「あやしうをとこ女につけつゝ人に物を思はするかんの君」という語り手の言葉は、玉鬘をめぐって多くの人が苦しんだことを総括している。
玉鬘が男の子を産んだことで、髭黒との結婚は確かなものとなる。かつて多くの求婚者に囲まれ、源氏の懸想に悩んだ玉鬘は、髭黒の妻として、母として生きることになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、554–555頁(コマ282)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日